河童の皿箱
2025-04-02 09:15:02
14880文字
Public 旧作
 

Realiz E ation

娑楽斎とリブロマンサーのお話。



「見つけたぞ、迷子め。アンタの連れが散々探してたぞ」

 もうどこともわからない、でも、会場のすぐそば。ふと話しかけられて振り向けば、そこには青い髪を逆立てた人がイラストレーター、ええと、確か、名前は。

「その服。なるほど、こりゃ筋金入りのっと、まずは名乗らなくちゃな。俺は娑楽斎。P.U.N.K.の浮世絵師だ」

 こちらからは、その人の目は見えない。当然だ。かなり透明度の低いカラーサングラスをかけているのだから。でも、なんとなくその雰囲気は肌に慣れたもので恐ろしさなどは感じなかった。

僕に、なにか」

「迷子探しだ。つっても、その様子じゃすぐ戻る気はなさそうだな。隣、座っても?」

 頷く。衣装が汚れるのも構わず、その人は僕の隣の地べたに、胡坐をかいて座った。視線が合う。

「なあ坊主。今動く気がないなら、ちょいと話でもしねぇか?」

「話?」

「そ。俺さ、エージェントの知り合いって、エージェントも色々いるよな。あーアイツの本名知らねぇあ、デスブローカーなら伝わるか?」

……はい。よく、知っています」

「あぁ、良かった。あいつ、妙な名前を名乗ってるよなぁ。死の仲介人だなんて、微妙に呼びづれぇ名前しやがってさ」

それ、人のこと言えます?」

 と、ゾッとした。なんてひどい、失礼なことを僕はいうんだ。でも、口から出た言葉はもう飲み込めなくて、何とか弁解しないといや、でも本人がいないけどこの人も割と……いやいや……そう思っていたら、シャラクサイさんは笑った。

「はっ、なんだ。案外元気そうだな? その通り、変な名前は俺もだ」

 その人は、おどけたようにニィッと笑う。ともかく、怒られなくてよかった。

「俺はデスブローカーと知り合いんで、お前たちの話も聞いてるんだ。お前たちが身を投じている戦いの事、それと、お前さんのことも」

……じゃあ、僕とファイアの事も?」

「そ。ばっちり聞いてる。ってか、相談されてたとこなんだよ。公演が終わったら面会する予定だった。まあ、こんな日になっちまったけどな」

 こんな日。確かにこんな日だ。
 そもそもあの子が僕を誘ってくれたのは、僕とファイアの不和を気にしてのことのはずだ。彼が飛び出してきて、自分の無力に気づいてしまった時から、僕の中にある焦りと燻りは、いつまで経っても消えてくれない。これじゃあだめだと分かってる。一方的にファイアと距離を置こうとしているのは、僕で。でも、どうしても自分の態度を変えられなくて。でも好きで、怖くて、どうしようもなくて。
 ずんと、心に重くのしかかる。泣きそうになるのをぐっとこらえて、まずは話を続けよう。

「でも、どうしてあなたとデスブローカーさんは知り合いなんですか?」

「んーと、突飛もない話になるけどよ。俺たちP.U.N.K.は全員がサイキッカーなんだ」

「え」

「突飛もない話だろ? さらに突飛もないことに、俺は描いた絵を動かせたり、まるで本当にそこに生きてるかのように実体化させられるんだな。百聞は一見にしかず、だ。瞬きせず見てろよ」

 そんなまさか。けれどシャラクサイさんは腰に差した小さな筆を手に持って、空中にくるくると操る。あっという間に、いとも簡単に魚を描けばまるでここが海であるかのように動き出し、跳ねた。
 夜の暗闇に浮かぶ、光の流線によって描かれた魚。綺麗で思わず手を伸ばせば、手のひらに寄ってきて、止まってくれた。

きれい」

「ははっ、気に入ってくれて何より。主にこの地域で起きている、本の世界からの侵略。その解決の手がかりを探し続けてるデスブローカーが、俺のこの力に手がかりがないかと尋ねてきたんだ。俺もその出来事に関心があったし、ちょくちょくっと連絡は取ってた」

「それで、僕たちのことを?」

「あぁ。本の魂を操りし者リブロマンサー。だが、ファイアスターターの持つ本から、その力の源だったヒーローがなぜか飛び出してきちまって、ファイアスターターが変身できなくなった」

……その通りです。でも、どうして僕がその、ファイアスターターだってわかったんですか?」

 シャラクサイさんは、すぐに僕の左肩を指差した。

「このワッペン、店売りじゃなくて手作りだろ? しかも赤い拳ともなりゃ、強引に尻尾から上がってきたあいつのシンボルだ。服もちょくちょくいじってるみたいだな。それとヘッドホン、確か漫画の懸賞のコラボモデルで見た覚えがある。割と性能良いって話題になってたよな。事前に漫画好きの子供ってのは聞いてたし、決め手はそのしょげたツラだ。手作りグッズを作るほど大好きなはずの相手に向き合えない。自分の心と心が大喧嘩してて辛い。そんなツラしてるぜ?」

 全部見事に言い当てられて、喉に言葉が詰まる。まさか心を読まれてるんじゃないかと思うくらい。いや、サイキッカーなら

「あ、言っとくけど超能力使ってねぇからな。俺、読心術とか使えねぇし」

 また読まれた。絶対読まれてる。

「まあちょいと具体的過ぎたな。ともかく、今のお前さんはそれだけわかりやすーい顔をしている」

「そ、そんなに顔に出てますか?」

「あぁ、見てて面白ぇぐらいに出てる。いやー、表情豊かだなぁ坊主」

「うすみません」

 思わず口から出た謝罪。そういえば、いつぶりだろう。謝る必要もないのに謝る、だなんて。僕がファイアスターターになってから、この言葉を口にすること、なかった気がする。

「ま、それはそれとして、だ。あーっと、お前さんの相棒について話そうと思ってんだが、気分はどうだ?」

ファイアの事?」

「そ。あいつ、なかなか強烈な奴だな。戦ってるときは一体何が何だかだったが、今思い返してみれば、あいつがお前さんの相棒本の世界から飛び出したヒーローってわけだ」

「そうです。今までは僕も戦えていたんです、けどファイアが出てきてからは、僕は戦えなくなっちゃって」

「本の力を借りるのがリブロマンサーだもんな。んで、今はあいつがってわけか。んー」

 シャラクサイさんは、膝の上で頬杖をつく。夜の真っ暗闇にぽっかり浮かぶ月を見て、少しの沈黙。すこし、肌寒いかもしれない。
 ふと、その姿勢を解いて、こちらを向いた。

「デスブローカーから聞いてるとはいえ、お前さんたちのことをよく知ってるわけじゃないからさ。あーファイア、だっけ。あいつの事を聞かせてくれねぇか?」

いいです、けど……

 今、彼のことをうまく言える気がしない。でも、どうにか説明出来たら、この現状をどうにかできるかも。その可能性を糧に、何とか喉を動かす。

「ええと、何から

「あぁ、そうだな。んじゃああいつの性格とかどうだ? 俺はあいつの事、かなり暑っ苦しいと思ったが」

「性格うん、暑苦しい、はあると思います。でも一生懸命、なのかな。ファイアも、コミックから飛び出してきてしばらくは困ってました」

「へぇ、あいつが」

「はい。一番困ったのは、服でした。ヒーローの姿のまんま出てきちゃったので、あの大きいナックルとか、前が全部開いてるとかそもそも知名度があるコミックのヒーローですし、街中歩ける格好じゃなかったんです。だから、服を買いに行ってでも、ファイアったらこだわり強くって。元々の服に近い服で、僕の予算内でうん、大変だったんです」

 こういう話でいいんだろうか。ふとシャラクサイさんのほうを見てみると、凄く穏やかな表情で、頷いて聞いていた。

「その年だと服買うってのもきついだろ?」

「うそうです。着替え分もですし特にジーンズが」

「だよな。っし。次は好物でもいやまず、飯って食うのか?」

「あ、食べます。動いた分食べるって言うか好き嫌いはあんまりしません。あ、でも肉料理は凄い気に入ってました」

「炎っつったら辛いイメージがあるけど、辛いものは?」

「あー、どうなんだろうスパイスチキンは喜んでたけど特段好きかは、まだ」

「ふむ、ちなみにお前さんは? 好きなもん教えてくれよ」

「え、えーっと母さんが作ってくれるもの、かなぁ何でもおいしいし」

「へぇ、母ちゃんは料理上手なんだな。んじゃ、次は


 そうして、何度も何度も、ファイアの他愛のない話をする。これ、本当に解決につながるんだろうか。ただただ、いつもの様子を話しているようにしか思えないんだけど
 でも、不思議なことに、そうした話を続けていく中で、ぐるぐる渦巻いていた重いなにかはどこかへと行ってくれた。今は、この人とちゃんとお話ししないと。


次は、お前さんがファイアを好きになった理由についてでも聞かせてくれよ」

「僕がファイアを好きになった理由?」

「そ。ファイアのコミックを知ったのはどこでだ? 本屋で見かけてか?」

「あぁ出会いそうです、僕が今の学校に通い始めた時に、本屋で見かけて表紙のファイアが格好良くって、手を取って、それで一冊買ってたくさんのヴィランを真正面から殴り合って、それで、それで困ってる人は絶対に助けるし、去り際はいつもクールで、それで、新刊が出たらすぐ買い行くようになってずっと憧れて……

 憧れて。そう、僕は彼に憧れていた。今も、それは同じ。

「憧れて……

 でも、なんか違う。何かが違う。憧れて、いる。いや、いた? 違う、ええと
 突然、頭が真っ白になって、口が止まる。大好きなところがたくさん思い浮かぶ。でも、その思い出は紙の中の出来事、だけだったはずなのに、現実に現れた彼との思い出も溢れ出してきた。
 敵を打ちのめす姿。誰にでも手を差し伸べる姿。冗談を言って戯けつつも絶対に強いその人は、朝起きては一緒にご飯を食べて、学校まで歩いて、そして終わるのを待って、迎えにきてくれる。母さんみたいに「今日は何があった?」と度々聞いてきては、彼が過ごした時間のことも聞いたりした。寄り道しながら帰って、シャワー浴びて、ゲームで遊んで、またご飯食べて、寝てでも、いざ戦いとなれば、僕を庇って、逃して、人を助けて……超人的な姿と、普通の人の姿が重なる。どっちが本当の彼なんだろう。コミックでの姿? 一緒にいる時の姿? 戦っている時の姿? ……僕はどの彼に憧れているのか、わからない。今彼に向けているこれが、憧れなのかもわからない。まさか僕は、彼に憧れなくなったのか?

言葉にできないか?」

 頷く。自分の中に再び渦巻く思考が絡まって、言葉にできない。いや、言葉にしてしまいたくない。それを肯定したくはない。黙ってしまった僕にも、シャラクサイさんはそのまま話してくれて。

「そうか。んなら、それはそれでよしだ。そうだな今何か、疑問が浮かんで、それに引っかかったように見えた。何か疑問があったのか?」

 頷く。疑問、そう、疑問だ。僕は彼への憧れに、疑問を抱いたんだ。

「でも、ファイア自身への疑いじゃないんです。ただ、不思議で」

「不思議?」

「はい。僕と彼は、あり得ない現象で出会いました。コミックの中の住民と話せるだなんて、奇跡でもあり得ないし、今でも、リブロマンサーとしての僕たちに力を貸してくれるキャラたちとしか、話ができない。ヴィランは会話なんてあんまりしてくれないしええと」

 言葉がまた続かなくなった。シャラクサイさんを見ると、やはり穏やかな顔で、頷いてきいてくれていた。

「話、か。確かに、話せたらと空想こそすれど、実際に話ができるかは別だもんな」

「そう、そうです。僕は、ファイアと話ができたらってずっと思ってた。どんな人だろうって空想してでも、いざ目の前にして話すってなった時、思ってたのと違うって思った」

「違う?」

「はい。あの、その。わ、笑わないでくださいね?」

「おう」

……なんか凄い人なんだけど、普通の人だなって」

 何とか言葉にしたそれを口から出す。しばらくの沈黙。けれど、シャラクサイさんは吹き出し、そして笑いだしてしまった。

「わ、笑わないでくださいって!」

「いや、いや悪い、すまんははっ。そうだよな、憧れてる人に会ってみたら思ったより普通あぁ、あぁ、うん、わかるぜ

「お怒りますよ! 恥ずかしいじゃないですか!」

「すまん、ツボっちまってはー。それじゃ、ちょいと真面目な話をしよう」

 さっきまで笑っていたのに、その笑いはすっと収まって、そして真顔になる。それにつられて、身が引き締まった。

「俺もな、それ言われたことあるんだよ。会えない人がどんな人だろうって想像が膨らむことは普通の事だ。ただ問題なのは、その想像と実際が違った時。相手を神や仙人か何かだと思ってる奴は、その想像上の存在になれと、こちらを矯正しようとする」

「矯正って、なんか怖いですね、その人たち」

「そ、結構怖いんだよな。俺たちは確かに普段の様子を出さないアーティストだが、別に神や仙人じゃない。普通に飯食うし、眠い時は寝るし。でも、んー神秘性とでもいうか。自分の想像の中にある、憧れの対象であってほしいという願い。それが崩れるのを怖がる人は、案外多い」

「じゃあ、僕もそれなのかな」

「いや、俺は違うと思う。今の話を怖いって思ってくれたのもそうだし何より、お前さんはファイアの普段を知った今でも、ファイアの事が好きなんだろ?」

はい」

「それは、お前さんが今のファイアをしっかり受け入れてる証拠じゃないか? 自分の中にあるファイアの神秘が崩れるのを恐れているわけではなさそうだ。じゃあ、なんだろうな」

……ファイアを神秘的だ、って思ったこと、ないかもしれません。でも、イメージと違ったのは、ある。なんだろ、こんなに優しいだなんて思ってなかったううん、もっと誰にでも手を差し伸べるって思ってた。でも一緒に過ごしている中で、いつもいつも、僕は守られてばっかりで……

「ほう?」

「ファイアの、足を、引っ張りたくない。今の、戦えないままの僕じゃ、嫌なんです」

 鼓動がどくどくと動きだす。体がふと熱くなって、自分の中の絡まりが、解けていく。
 そうだ、僕はファイアの足を引っ張りたくない。だから、僕は僕を不要だと考えた。でも違う。烏滸がましいかもしれないけれど、ファイアを知っている人はたくさんいる。その中のひとりでしかない、僕の目の前に彼は現れてくれたんだ。だから僕は。

……そうだ、僕はファイアの隣に立ちたい! ファイアが僕を選んで、僕の前に現れてくれたんだから、それに応えたい。世界で唯一無二の、ファイアの相棒になりたいんです!」

 言えた。そうだ、これが僕の想いだ。確信した。これが、僕の本当の願いなんだ、と。
 シャラクサイさんは相変わらず穏やかな顔をしていて、ゆっくり頷いた。

「良い顔してるじゃねぇか。なら、意地悪な質問をしよう。それを叶えるためにはどうすれば良いと思う?」

「もう一度、戦えるようになる……が、いちばん良いと思う。でもそれは難しいから、僕は僕の得意分野で戦えるようにする」

「得意分野?」

「僕は……自分で言うのも何だけど、ギークだから。ギークだからこそ、ヴィランの弱点をたくさん知って自分の身を守れるように、隠れたり、逃げたりで立ち回りながら、ファイアの力を最大限にまで引き出せるようにする。それが、今の僕にできる精一杯の戦い方だと、思います」

「なるほど、ブレーンとして戦うってわけか。かなり具体的になってきたな」

 頷く。本当にその通りで、僕の中にあった願いにようやく気づけた。それに向けての目標もできた。心の中に重く垂れていたものに名前があるとしたら、不安だったんだろう。今は、不安はない。やっぱり嘘。ちょっとだけある。でも、さっきまで体を縛り付けるかのようなそれは、無くなっていた。

「さぁ、そろそろ戻れそうか? もう夜も遅い。帰りが遅いと、母ちゃん心配するぞ?」

「あっ、はい。……戻れます」

「よし。じゃあ戻ろうぜ。お前さんの相棒も、一緒にいるお嬢ちゃんも心配してたしな」

 シャラクサイさんが立ち上がるのにつられて、僕も立ち上がる。会場へ向かう背中を追いかける。その景色に、どこかデジャブを覚えた。
 あぁ、そうか。僕はずっと、ファイアの背中を追いかけていた。でも、追いかけるだけはもう終わったんだ。

 まだ、できることはある。ファイアと一緒にいるために、できること。戦えない僕に今できるのは、考えることだけ。だから、思考で戦えるように、準備するんだ。