河童の皿箱
2025-04-02 09:15:02
14880文字
Public 旧作
 

Realiz E ation

娑楽斎とリブロマンサーのお話。



 ふっと、ステージに淡い光が灯る。袖の長い衣装を着込んだ女の子が、じっと立っていた。ステージの端で男の人が、床に置かれた弦楽器をしとやかに奏でる。中心に立つ女の子が、ゆるり、ゆるりと踊りそれは徐々にヒートアップしていった。
 加速する音楽。次第に力強い電子のビートが刻まれ始め、そのビートに、踊る女の子も足を鳴らす。届く音に、振動に体が強張りつつ、けれどバクバクと心臓を直接叩かれているようなそれは、どこか心地よくて。

「何故人は苦しみ尚生きるのか 苦しみこそ世と人は言う」

『否 否 否!』

「どうせ苦しみ生きるのならば」

「踊らにゃ損」

「歌わにゃ損々」

『楽しまなけりゃあ 損 損 損!』

 歌い語る、遠くにまで通る声。ドン、とひときわ大きな音に驚いて身を震わせれば、視界の端を鮮烈な光が通り抜けていく。反射的に視線がそちらへと向けば、人一人ほどの大きさがあるだろう巨大な機械をいや、巨大な筆を、その人は持っていた。座席と座席の間に敷かれた通路をスケートのように滑る。筆が色を散らし、光の軌跡で描いていく。空間に浮かび上がる光の模様。会場が、色に満たされていく。この人が、イラストレーター確か名前は、シャラクサイさん、だったはず。
 気が付けばステージ上ではパペッティアとパペットのふたり組――Mme.スパイダーさんが、ダンサーの女の子――セアミンさんと一緒に、ミュージシャンの男の人――ワゴンさんが奏でる音楽に乗せて激しく踊っていた。踊り続ける髪が、衣装が翻る。ドラムを叩くごとに、歌うごとに、激しさは増していく。鮮烈な色味のパペットは、その体にて光を明滅させていてどんなに遠くに居ようとも、きっとその派手で、苛烈なパフォーマンスは目に焼き付けられるんだろう。そう思った。
 そして、目が迷子だ。どこも見たいけど、全部は見れない! そう思ったのもつかの間、座席を彩っていたイラストレーターもステージに上がり、そして叫んだ。

「さぁさ、皆様ァ! お手を拝借ゥ!」

 彼が手本に叩いた手を、何とか必死についていこうと真似をする。隣のファイアは余裕そうで、隣のあの子も楽しそうで。もしかして、あまりにド派手な音に、色に、衣装に、いや全てにビビっているのは僕だけなのか!?
 でも、ステージ上に立つ誰もが楽しそうに笑っていて。それにつられてか、観客も楽しそうで。手を叩くたびにだんだんと、僕も楽しくなってきて。
 歌に踊りに、色に光に。ありとあらゆる感覚が揺さぶられ続け、どうにかなりそうだと熱に浮かされ始めたその時、はっ、と声が上がる。ドラムの音がひときわ大きく鳴り響く。同時に、ステージの4人は各々に決めポーズ拍手が巻き起こった。

 緩やかにポーズが解かれ、ミュージシャンがまた別の、ギターのような、バンジョーのような形の楽器を手に取り、奏でダンサーとパペッティアがステージを下り、観客席の通路にそれぞれ立つ。そしてステージ上では、イラストレーターが巨大な筆をドンと床に立てれば、一度描かれた鮮やかな色と雲のような模様がホログラムが淡く消え去る。
 白紙となったこの会場に、また新たに模様を描いていく。青く、まるで流れるかのごとき筆使いから、まるで水のような、細く美しい模様が紡がれ、そして広がっていく。その広がっていく水の隙間には、小さな魚や大きな魚が泳いでいた。手を伸ばし、触れてみても、手を通り過ぎるまるで、海を作り上げる魔法みたいだ。
 ダンサーとパペットが、水と魚を纏って舞い踊る。さっきみたいな激しい踊りではないけれど、流れるような動きに、そして眼前に広がる幻想的な光景に、思わず見とれる。隣の彼女も僕と同じなのか、感嘆の声をあげているのが、聞こえた。
 ステージ上では、大きな口に大きな目、大きな鱗に大きなヒレが描かれていくその全身が顕わになれば、描かれた巨大なコイは光あふれる大海に泳ぎ出す。一体、どうなっているんだろう。ホログラムをリアルタイムで描いて、アニメーションしているだなんて、決して多くはない僕の知識ではあるけど、テレビでも、ネットでも、こんなパフォーマンスは見たことがない。とにかく、綺麗だと、そう思う。
 ステージで描き続けるその人を注視する。真剣な顔で、緻密な絵を描き続ける。隣にミュージシャンが降りてきては、その楽しげな笑顔を見せる。それにつられるようにイラストレーターもニィッと笑いその笑顔に、ヒーローの笑顔の面影が見えた気がした。

 突如響き渡った爆発音。演出なのかと見渡してみると、ステージに立つふたりも、通路で踊るふたりも、パフォーマンスの手を止めた。しかし、爆発音は断続的に続き更には地響きも聞こえ始めた。徐々に、その方向が掴めて、見上げればまるでビルのように巨大な怪物が、海からこちらへ向かってきているのが見えた。

 ――あの怪物を見たことがある。今月刊行されたコミックのヴィランだ。本の世界からの侵略が、今ここで起きてしまったんだ。

「緊急事態発生、公演中止だ! ワゴンは守りを固めろ! スパイダーは避難誘導! セアミンはスタッフの統括だ、事前通りにやれよ!」

『えぇ。皆様、緊急事態どす。手荷物は極力椅子の上に置き、スタッフの指示に従うて避難を開始しとぉくれやす。繰り返します

 その声を皮切りに、会場は一気に動き出す。ふわりとまるで無重力であるかのように跳び上がったセアミンさんは、どこかへと姿を消しほどなくして会場の明かりがパチリとついた。迫る巨体の姿が光に照らされて、よりはっきりと見える。

 ――行かないと。でも。

「ファイア」

「わかってる。お前は下がってろ!」

「で、でも

「ミスティガール、こいつが突っ込まねぇように見張ってろよ!」

「うん。君はこっち。一度逃げよう!」

 そう言い残して、ファイアは走っていく。その身に炎を宿して。僕は、僕は彼については、いけない。ついていってはいけないんだ。
 その現実に、歯がゆさを覚える。ちょっと前までは、僕だって戦えていたのに、と。

 ――今はもう、僕は彼の力を借りて、変身できないんだ。

 その思考をかき消すかのごとき轟音。ヴィランがもうすぐそこにいるのかと思うほどのそれは、怪物の出した音ではなかった。これは、ドラムの音だ。
 彼女に手を引かれ、誘導通りに出口へ向かうその最中。ドラムを叩き続けるミュージシャンの姿が、そして、また別の絵を描き始めたイラストレーターの姿が見えた。一体、何をしているんだろう。あの人たちだって、危険なはずなのに。
 沿岸に到達したヴィランの正面に、炎が弾ける。ファイアが戦い始めたんだ。その巨体が、彼を捕えて押しつぶそうと、手を地面へと叩きつける。その振動がドラムの振動にかき消されて、ここまで感じられない。
 体中を震わすビート。ひときわ大きな音が鳴り響けば、まるで鼓膜を破るかのような爆音が、音の波として見え会場を覆う。その隙に、ステージに描かれていたそれが青いドラゴンが、ホログラムではなく、まるで生き物のように動き出す。その頭に乗ったイラストレーターと共にドラゴンは地を滑るように低空を駆け怪獣を食い殺さんとする、鋭い目に、酷く恐れを抱いてしまった。が、それはすぐに消え去る。
 ドラゴンが上空へと飛びあがるその瞬間、尻尾に見覚えのある炎が灯った。

 ――ファイアだ! ファイアが、無理やりあれに掴まっているんだ!

 蛇のようなドラゴンの体を、炎が駆け巡っていく。初めはまるで炎を振り落とすかのように体をくねらせていたドラゴンだったが、彼が敵ではないと気づいてくれたのだろう。炎は頭部へと到達し、2人で立っているのが見えた。
 何を話しているのかはわからない。けれど僕にできるのは、彼らの邪魔をしないように、避難することだけ。
 会場のゲートをくぐる。けれど、襲撃現場からどうしても離れられなくて。

 ――あいつの本を、探さないと。

 あの怪物を本当に何とかするには、あいつが出てきた本を見つけないと。避難のために手を引いてくれる彼女の手を、振り切る言い訳はできたでも、そういうわけにもいかない。こうして逃げるのが、最善だって知っているから。
 気持ちばかりが焦って、意思と体が一致しない。出来れば、今すぐにファイアのもとへ向かいたい。でも、でも、でも

 上空で繰り広げられるドラゴンと怪物の戦いを、ただ見上げる。青いドラゴンの鱗は爪や牙でぼろぼろと崩れ始めていてけれど、怪物も炎の拳に焼け焦がれ、互いに消耗しているみたいだ。
 すると、青いドラゴンの鱗が突如、炎のように赤を吹き出し青から赤へと変貌する。流麗な水を纏っていたはずの渦は、炎の渦へと姿を変える。頭上では光の筆が躍り炎の勢いはどんどんと強まる。その炎の中で、ヒーローはファイアは、まるでそこが本の中の世界であるかのように、見たこともないほどの熱を見せる。
 顎に、一発。灼熱の拳によるアッパーカットは、その巨体をぐらりと揺るがす。続けて、ドラゴンが再度放つ風の弾丸今度は、その身に纏う炎と、ヒーローの炎の双方を巻き上げ、1発、2発、3発、4発5発。怪物の体をえぐり、燃やし、弾き飛ばし更に、強烈なストレートが、1発。怪物の頭を砕かんとする一撃に、巨体は完全に沈黙。徐々に体が薄れていく。それと同時に、エージェントさんからの通信が入った。本は確保して、もう封印を始めている、と。

 ――あぁ、そうだ。本の中のファイアはいつでも、強くて、格好良くて。僕は、その姿に憧れて。彼が本から飛び出してきたときは、心臓がバクバクして。彼の力を借りて、彼のように戦えるだなんて、夢みたいだって思っていた。

 炎を纏うドラゴンが、空を泳いでいる。少しずつ高度を下げて、ステージのほうへと降りてくる。赤と青とでギラギラ輝くドラゴン。その頭上に、2人居る。

 ――でも、戦うのってすごく怖くて。痛くて。後悔しても、逃げたくても、彼は現実には出てこれなかった。彼の力を借りて、僕が戦うしかなかったんだ。どれだけ怖くても、痛くても、彼は僕を励ましてくれた。

 拍手喝采の中、急いでステージのほうへ戻る。ドラゴンから降りてきた2人が、大好きなヒーローが、そこに居て。駆け寄ろうとしてやめる。

 ――彼がこの世界へと実体をもって歩き出した時、僕は彼の力を借りられなくなった。彼が戦ってくれて、僕はもう、戦えなくて。守られてばかりで。

 立ち去る。拍手の中を、ただ項垂れて離れる。彼は僕の物じゃない。でも、彼が僕の前からいなくなってしまうんじゃないかって、恐ろしくてたまらない。
 ステージに立つファイアの姿。相も変わらず、格好良くて。もはや僕は不要なのでは、と。一瞬でも思ってしまった。その想いが消えてくれなくて、重くて、辛くて。

 逃げる。もはや脅威がなくなった場所から、僕は逃げ出した。