riririnf
2025-03-15 10:03:45
40169文字
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ラスト・ワルツ

ヌヴィフリ逃亡書いてみた⑥
この話で璃月プレイアブルキャラは全員出した筈
(名前のみ、台詞のみ、匂わせのみ含む)
あと一話で完結予定。



 陽の橙の名残りが消えて、空は宵の蒼色へと入れ替わる。ほのかに灯る明かりは赤みを帯びてどこか暖かく、労働の終わりを告げる光に、人々は緩やかに活気づく。
 三年かけて慣れ親しんだ光景の中、フリーナは他の何より鮮やかな、銀と青の色彩に目を留めた。
「──フリーナ」
 フリーナが声を掛けるより早く、薄い紫色の瞳がこちらを向いた。
「問題はなかったか?なにか嫌なことを言われたり、怖い思いをしたりはしていないだろうか」
 ヌヴィレットはつかつかとフリーナに近寄ると、答える間もなく矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。
「大丈夫だよ。まったく、キミは心配性だね」
 過保護なせっかち水龍に、フリーナは思わず笑みを零した。
 ヌヴィレットは、鍾離との別れ話に自分も同行する、と強硬に主張してきた。それをなんとか宥めすかして、こうして待っていてもらうのには相当に苦労した。
 鍾離との関係はフリーナ自身の力で清算するべきことであったし、そもそも恋人の元に浮気相手を連れていくなど、愚の骨頂だ。それでは纏まるものも纏まらない。
 合流した旅人とパイモンが、ヌヴィレットの説得に加わってくれていなければ、どうなっていたことか。
「本当に、なんの心配もいらないよ。鍾離先生は器の広い人物だからね」
 いまだに気遣わしげな視線を向けてくるヌヴィレットを安心させる為、フリーナはそう言葉を付け足した。しかしそれは逆効果だったようで、彼は露骨に厶っとした。
「最高審判官に就任して数百年、私は痴情のもつれによる審判を数え切れないほど見てきた。特に別れ話を拗らせて、という事例は枚挙に暇がない。はじめは優しく紳士的だった男性の態度が急変した、という女性の涙ながらの陳情を、君も散々耳にした筈だ。それを思えば、私の懸念は至極真っ当なものだと思うのだが」
 滔々と小言を連ねてくるヌヴィレット。この数百年、数え切れないほど相手にしてきた姿だが、四年前に恋人関係になったことを境に、めっきり見られなくなっていた。
 長く澱んで滞留していた水流が、やっと清らかな流れを取り戻しつつある。心地よい感覚に、フリーナは目を細めた。
 このまま揺蕩っていたいような気もするけれど、まだまだやるべきことがある。
「──はいはい、終わりだ、ヌヴィレット。そんなことより、早く動かないと。食事処が埋まってしまうよ」
「む……
 ぱん、と両手を鳴らして諌めれば、形のよい眉が不満げに寄せられはしたものの、大人しく口は噤まれた。
 群玉閣にて遂に幕を下ろした逃亡劇ではあるが、終演後も物語は続くもの。
 この先の脚本はまだ真っ白だから、これからどういう物語を紡いでいくか、新たに練り上げていかねばならない。
 ヌヴィレットはフリーナの早急な帰国を望んだが、フリーナにだって璃月での仕事があり、生活があり、縁がある。
 コツコツと築き上げてきた居城は小さいながらも、それなりの設えと愛着があり、そう簡単には手放せない。それほどに、三年という年月はフリーナにとって長かった。
 二人の今後を左右する壮大な脚本が、たった数刻で纏まる筈もなく、けれども群玉閣に居座り続ける訳にもいかず。
 鍾離との待ち合わせ時間が迫っていたこともあり、ひとまず二人は群玉閣を後にした。
 三年前、フリーナはたった独りで逃亡劇の脚本を練り上げたが、これから創り出す舞台の役者は一人ではない。だからこそ、脚本会議を開く必要がある。
 もう一人の出演者である、彼と。
「ほら、行こう」
 そう考えるとなんだか急に照れくさくなってきて、フリーナはそそくさと歩き出す。
 不意に、ひゅう、と秋の冷たい夜風が肌を撫で、フリーナはふるりと身体を震わせた。
 流石に夜は少し寒い。そう感じた瞬間、指先に触れるものがあった。
 すらりとした、けれどしっかりとした感触。驚く間もなく、その指はするりと絡まって、フリーナの手を包み込む。
……冷えている」
 真隣から降る、彼の声。
「こうしていれば、少しは温まるだろう」
 彼の指に僅かに力がこもり、合わさった掌の温もりが、じんわりと染み込んでくる。呼応するように、じわじわと頬が熱を持ち、鼓動のリズムが早まっていく。
 この七日間、息をつかせぬ怒涛の展開に、体温も脈拍も乱高下を繰り返していたものだから、すっかり慣れたと高を括っていた。でも、これは──。
「い……、いいよ……っ、子どもじゃあるまいし……っ」
 過労にあえぐ心臓を守るため、手を振りほどこうとする。しかし指はがっちりと絡められたままで、あろうことか更に力をこめてくる。
「申告しよう。先程の言葉は、ただの建前だ」
「え」
 堂々すぎる告白に、フリーナは動きを止めた。
「あの男と君の噂を上書きしたい。これが一番、分かりやすいだろう。間違っても親族などとは言われまい」
 見上げれば、深く燃えるような眼差しが向けられていた。
 “あの男”とは、間違いなく鍾離のこと。ヌヴィレットにも、鍾離との噂が届いているのは知っている。二日前、彼が噂を耳にするのを織り込んで、街案内の計画を立てたのだから。
 それは鍾離とフリーナの関係が、虚偽では無いと分かりやすく信じさせる為であり、当然こんな展開を想定していた訳ではない。
 こんな展開、というのは、ほら、なんというか……
 ……やきもち……
「あ……、その、ええっと……
 もごもごと煮え切らないフリーナの態度をどう取ったのか、ヌヴィレットは更に言葉を重ねてくる。
「別のやり方もないではないが、この方法は他国において……、ひいては人間社会においては著しく不適当であるということも、理解はしている」
「いいだろう!僕と手を繋ぐ栄誉をキミに与えよう!」
 涼しい顔で、なにやら怖いことを言い出した。一体どんな手段だというんだ。けれども薮をつついて濁水精霊を出す、みたいなことをしないくらいには、賢明なつもりだ。
 だからフリーナは間髪入れずに、今の状態を受け入れた。それがこの場においての最適解だ。
……懐かしい口上だ」
 対するヌヴィレットは、フッと息を吐く。上向く薄い唇の意味が分からないほど、フリーナは朴念仁でもない。
「行こう」
 今度はヌヴィレットの方から歩き出す。その歩調は早くもなく、遅くもなく、絶妙にフリーナに合わせてくれている。数百年に渡って彼にエスコートを教え込んだのはフリーナだから、当然といえば当然ではあるけれど。
 風が吹き抜けるたび、慣れ親しんだ感覚と、ほんの僅かな違和感が、同じ足並みの中で溶け合っていく。
 もう肌寒さは感じない。でも、ちっとも落ち着かない。そんな中で、ふと気づく。
 ……これ、僕は男を取っかえ引っ変えする悪い女に見えているんじゃないかい……
 この七日間、ほとんど毎日鍾離と一緒にいたくせに、今は髪飾りを外して、別の男と手を繋いでしまっている。
 それこそ浮気者、男を手玉に取る悪女、だなんて噂が立ってしまうかもしれない。
 けれど、それくらいの泥は被るべきだろう。鍾離との噂はもう広まってしまっているのだから、別れた以上、それを払拭しなければならない。ならば別の噂で上書きしてしまうのが、一番手っ取り早いのだ。
 間違っても、鍾離は『女を取られた男』だなんて、そんな評判を立ててはいけない。その為には、これくらい分かりやすくてセンセーショナルな方が効果的だろう。
 鍾離には散々恩を受けてしまったし、ヌヴィレットとのゴタゴタにも付き合わせてしまった。だからせめて、これくらいはやらせてほしい。
 少しは鍾離のために出来ることがありそうだ。ああ、よかった……
 ……って、あれ?僕がこう思うことも、もしかして鍾離先生の計算通り?
 いやいや、まさか、流石にそこまでは……
「フリーナ、今何を考えている?」
 ヌヴィレットが僅かに身をかがめ、フリーナを覗き込んでくる。その顔には面白くない……というよりも、拗ねた色が浮かんでいる。
 それに気付いた瞬間、きゅうん、と胸が締め付けられるのを自覚した。ああもう、ヌヴィレットって、本当に心臓に優しくない。
 これに慣れる日なんて来るのだろうか。そしてまず、この問いには何と答えるべきだろうか。
 ごめんね、キミのことじゃないんだ、なんて正直に打ち明けて、やきもちを妬かせるのも悪くはないけれど、駆け引きとしては単調過ぎる。
 だからフリーナは少しだけ考えて、人差し指をそっと自らの唇に誘った。
……秘密」
 ほんのりと唇を上向かせて、密やかに、吐息と共に零れるように。
 女はちょっぴりミステリアスなくらいが丁度いい。そうして、ずうっと追いかけ続けてもらうのだ。
…………
 ヌヴィレットは何やら難しい顔をして黙り込み、しばらくして、諦めたように息を吐き出した。
……ならばせめて、こちらの質問には答えてもらいたい」
「ん?」
 なんだい?と首を傾げると、ヌヴィレットは、また少し難しい顔をして唇を引き結ぶ。そして被りを振って表情を元に戻す、というなんとも不思議な作業をしてから、改めて口を開いた。
……君の好きな場所を教えてもらいたい」
「え?」
「二日前のような、『誰か』の言葉を借りたものではなく」
 フリーナは目を丸くする。二日前の街案内、フリーナはヌヴィレットが楽しめるようにとコースを組んだ。自分の視点で語るよりも、雑学の類の方が好みだろうと、物知りな鍾離の言葉を沢山借りた。
「君のことだ。気に入りの店やスイーツがあるのだろう?私はそれを知りたい」  
 要するに、あの日フリーナが自身の好みを押し隠していたことは、筒抜けだったと。
 胸がじんわりと温かくなる。彼は思うよりずっと、フリーナの趣味趣向を把握していたらしい。
「あははっ、いいよ、教えてあげよう!」
 フリーナは歩を早め、ヌヴィレットをリードする。彼のお願いにより決定した目的地は人気店だから、急がなければ席が埋まってしまう。
「以前、とある高名な方士殿にお裾分けしてもらったのだけどね、持ち運べるアイスというものがあるんだよ」
「ほう、それは……
 アイスとは水から作るものだから、水をこよなく愛するヌヴィレットにもウケがいい。
 結局ヌヴィレットも興味を持ちそうなものを選んでしまったが、それでいい。どちらかが一方的に相手の好みに尽くすのでは、息が詰まってしまう。
 お互いの好みを共有し、分かち合えた方が、よっぽど素敵なことではないか。

 そうして二人は秋風の中、夜の賑わいに紛れていった。