riririnf
2025-03-15 10:03:45
40169文字
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ラスト・ワルツ

ヌヴィフリ逃亡書いてみた⑥
この話で璃月プレイアブルキャラは全員出した筈
(名前のみ、台詞のみ、匂わせのみ含む)
あと一話で完結予定。



「──こちらでお待ちください」
 赤い装束の女性の誘導に従い、細やかな格子模様が施された重厚な扉をくぐる。
 室内には朱漆垂香の家具が並び、盆栽の緑が雅やかに映える。見事な筆致の掛け軸と繊細な文様が描かれた屏風が整然と並び、贅の極みを尽くしている。どれも数百万モラはくだらないだろう。
 部屋の中央には、対話のために設えられた長机。両脇に一脚ずつ椅子が置かれ、机上にはすでに点心と茶器が用意されていた。
「では、失礼いたします」
 扉が閉まり、案内役の女性が退出すると同時、フリーナは長く深い息を吐き出した。
 ……予想はしてたけど、やっぱりすごいな……
 群玉閣。七星凝光の住まい。この部屋も見事だが、ここに来るまでも同様だ。
 まず浮遊城というだけでも凄まじいが、外観も内観も、仮に地上にあっても一際と目立つ一級の建築物だ。しかもこれが二代目だというのだから恐れ入る。
 フォンテーヌで神を演じていた頃、フリーナ自身も威厳の為と絢爛豪華な生活をしていたけれど、母国と璃月ではまた華美の方向性が異なる。慣れない風景に、フリーナはすでに緊張による精神的疲労を感じていた。
 けれども、屋内外に設えられた蓮池。そんなささやかな水の気配が、僅かながらにフリーナの緊張を解してくれもした。そんな自分は、やはり心根から水の国の人間なのだと思い知る。
 ……これがホームシック、というやつかい?
 フリーナはひとり苦笑する。母国の香りを徹底的に避け続けた三年間。やっと向き合おうという気になれたのは、まだ二日前のこと。それからというもの、フリーナは何かにつけては故郷を思い出す。
 ……いいこと、なのかな……
 それはまだ判断がつかない。水に纏わる想いを、思い出として馴染ませることが出来ているのかどうか。正直なところ、三年必死に封じ込めてきたものが急激に表に噴出して、制御不能になっているだけのような気もする。
…………
 もう一度、深く息を吐く。そんなことを今考えて、なんになる。今はただ、これからの大一番を乗り越えることだけを考えなければ。
 扉の前に立ち尽くしたままだったフリーナは、やっと数歩前に進み、ちらりと部屋に備えつけられた時計を見遣る。
 時刻は約束の時刻直前。これくらいなら、椅子に腰掛けずに待っていてもいいだろう。
 座っていたところで機嫌を悪くするような狭量な女性ではないことは理解しているが、今はとても腰を降ろす気分にはなれなかった。
 ──漫然と室内の芸術品を眺めること数分。とんとんと規則正しく扉を叩く音がする。
 来た、とフリーナは覚悟を決めて振り向いた。
 後から思い返せば、フリーナはそこで違和感を持つべきだった。聞こえるノックにやたらと耳馴染みを覚えた意味を、もっと深く考えるべきだった。
 ゆっくりと扉が開く。そこに、いたのは────…………

「二日ぶりだな、フリーナ殿」

 理知的で静かな声。美しく艷めく銀の長髪。異国の地においても少しも色褪せない青の装い。

……ヌヴィレット……

 そこには二日前に決別を告げた、フリーナが最も会いたくて、最も会いたくない──会ってはいけない存在が立っていた。
……なん、で……
 呼吸が浅くなる。胸の奥で跳ねる鼓動がうるさく響く。
 何故ここに?凝光はどうした?奇門遁甲の効果は?
 疑問がいくつも生まれては、音にもならず、頭の中をぐるぐる回る。
 逃げ出したいのに、足が動かない。声も出ない。視線すら逸らせない。薄い紫色の瞳がこちらを見ている。
 これでは七日前の、彼との偶然の邂逅と同じ…………
……立ち話もなんだろう」
 痛いくらいの静寂に雫を落としたのは、ヌヴィレットの方だった。
「まずは座らないか」
 ……いけない。
 咄嗟にそう思った。このまま彼に従ってはいけない。彼のペースに呑まれてはいけない。
……なぜキミがそんなことを?」
 腕を組み、ふい、と顔を逸らす。
「僕が約束しているのは、この城の主、「天権」凝光だ。キミじゃない」
 冷たく突き放す。二日前の彼ならば、拒絶の態度に全てを察して、あちらから引いてくれる……筈だった。
「承知している。だが凝光殿は急な用事が入ったようでね。私を名代に指名し、君の相手をするように頼まれた」
「はあ……っ!?」
 意味のわからなすぎる回答に、逸らした視線を戻してしまう。見つめた怜悧な美貌は憎らしいくらいに変わらない。フリーナの反応は想定内。そういうことだ。
 ヌヴィレットの表情から何かを読み取るのは諦めて、フリーナは思索を巡らせる。
 彼の理屈は無茶苦茶なようにも聞こえるが、実際彼が群玉閣にいる以上、凝光も承知の上であることは、紛れもない事実。
……どんなマジックを使ったんだい?随分仲良くなったみたいじゃないか。「天権」は一定の利益がなければ動かない、実利重視の人物かと思っていたけれど」
 こんなくだらない企みに付き合わせるなんて。そんな嫌味を込めてはみたけれど、彼はなんら気にすることなく頷いた。
「なに、大したことはしていない。ただ昨日、食事を共にしただけだ」
 ……ふたりっきりで?
 最初にそんな疑問を浮かべた自分が、心の底から嫌になる。
「君の見解も間違っていないだろう。私から見ても、彼女の判断は“利益”という天秤に基づいているように感じられた」
 幸いにもヌヴィレットは、苦みを噛み締めるフリーナに構わず話し続ける。
「ただ凝光殿は、“私と食事をすること自体”に価値を見出したようだ。私と接触すること、そのものに」
 掌を胸にあて己を示すヌヴィレットに抱いた感情は、決して悟られてはならないものだ。彼の感情を読み取る権能にも、決して。
……驚いたよ。キミが誰かと食事をする日が来るなんて。三年も経つ訳だね」
 本当に驚いた。最高審判官として公平である為に、誰とも深く関わらないようにしていた彼が、他国の人間で審判と関わることなどそうないとはいえ、そんな風に他者と時間を潤わせたことも。
 そうした距離感を、自分だけの特権だと当たり前に思い込んでいた、己にも。

 ── 悔いが残らないように生きる。それこそ正しいことなんだと思わない?──

 不意に蘇った説法を、それでも聞こえない振りをする。胡桃には心底申し訳ないと思うけれど、今必要なのは、それじゃない。
「キミはもてなされる側だっただろうけど、それでも最低限のユーモアや話術は必要だ。その辺りもちゃんと出来ていたのかい?」
 ……ああ、嫌だな。
 これも違う。言ってしまってから気付く。これでは二日前のヌヴィレットのことを責められない。
 あの時自分は『いつまで彼氏気取りだ』なんて彼を突き放したが、今のフリーナの台詞は、まさしく『彼女気取り』そのものだ。
「正直なところ、その点に関してはあまり自信がない。君も知っての通り、私は友好を築く為の会話は不得手としている。同席してくれた旅人とパイモン、そして煙緋殿には感謝しなければならない」
「え?」
 取り繕うのも忘れて、間抜けな声が出た。今、三人くらい登場しなかったか。
「煙緋殿は璃月において高名な法律家だと聞いた。彼女と凝光殿の法律に対する見地は非常に専門的で興味深く、私としては実に有意義な時間を過ごせたと思っている」
 僅かに喜色を滲ませる彼ではあるが、そこに艷やかな気配は微塵もない。ただ法律談議に花を咲かせただけだったのだと、探るまでもなく伝わってくる。
……そんな高度な会話に付き合わされた旅人とパイモンに心底同情するよ」
 呆れを示すように首を振り、安堵の息を紛れ込ませる。
 法律オタクが三人揃えば、それはもう無限の湧き水の如くに会話が弾むだろう。言うまでもなく、色めいた空気になりはしないだろうが。
 フリーナとて、煙緋の辣腕を耳にしたことはある。そして彼女をヌヴィレットとの食事の席に招いたのは、間違いなく凝光だろう。
 では何故煙緋を呼んだのか。それはヌヴィレットの人となりを事前に知っていたから。おそらくは、その場にも同席したという旅人とパイモンから聞き出した。
 相手の好みを事前に調査し、適切な話題を提供し、適切な人材を配置する。それは貴賓をもてなす時の対応そのものだ。
……なるほどね。確かにキミとの食事は、数千万単位の価値がある」
 政でも商いでも、詰まるところ、それを成すのは人であり、大切なのは人脈だ。
 そして“フォンテーヌ最高審判官”とのコネクションを持つ意味を、凝光は非常に高く見積もった。自らの城を、こんなくだらない劇の舞台に提供するほどに。
「確かに協力の見返りに会食を希望してきたのは凝光殿の方ではあるが、流石にそれは過分な評価と言えるだろう」
 生真面目に返答するヌヴィレットの自己評価は相変わらずズレている。しかし、そんなことはさしたる問題ではない。問題は──、
「どうして、ここまで……
 問いかける声は少し揺れていて、でも仕方のないことだろう、とも流石に思う。
 三年前の別れは、ヌヴィレットに深い傷を残した。フリーナは傷を与えた者の贖罪として、二日前、彼に二度目の別れを告げた。
 荒療治だという自覚もあった。それでも彼ならば、必ずやフリーナの意図を察し、受け止め、前に進んでくれると、そう信じていた。
 だって彼は、どうしようもなく優しいから。その優しさゆえに、背負わなくてもよい罪を背負い、けれどその優しさゆえに、フリーナを追っては来ない。それでよかった。
 あとはフリーナが逃げ続ければ──“会いたい”とさえ願わなければ、それで終わる筈だったのに。
 こんな展開は、まるで予想していなかった。まさか、あのヌヴィレットが、こんなことをするなんて。
 自らを手札に切って、他国の重鎮に接触し、イリデッセンスツアーについて、と嘘までつかせて。……どうして、そこまで。
「君の髪飾りに込められた術……『奇門遁甲』を破るためだ」
……っ」
 淀みない回答に、ひゅ、とフリーナは息を呑む。知られている。『奇門遁甲』のことを。
……鍾離先生から聞いたの?」
「ああ、旅人とパイモンがね。君を望む方角に導く、占術の一種だと」
 ……また、あの二人。
 その説明のこの上ない説得力を味わうのは、本日二回目だ。乾いた笑みが浮かぶのを止められない。
「二人は奇門遁甲……つまりは奇門法術に詳しい者に心当たりがあったようで、沈玉の谷まで足を運び、情報を得て来てくれた。奇門遁甲は対象を物理的に隠す訳では無い。本来は方位の吉凶を占じるのみであると」
 「気配を隠し、特定の人物を避ける方位を無意識に選ばせるなど、規格外だと驚いていたそうだ」と続けるヌヴィレットの表情は、どこか苦々しい。
「しかし術の根本が同じならばと、ひとつ提案もしてくれた。結局は対象が方位を選ばなければ意味は無いのだから、ひとところに留めてしまえばいいのではないか、とな」
……っ!」
 まさに髪飾りを渡された時、鍾離は言っていた。『家に篭もるより、いつも通り出歩いた方が効果が出やすい』と。
「そして君を留め置くための方法は、今この通りだ。……ここならば、逃げ場はない」
 縦長の瞳孔が、フリーナを鋭く射抜く。
 ここは空中宮殿。窓から飛び出す訳にもいかないし、例えば悲鳴をあげてみたところで、ここにいるのは「天権」凝光の腹心のみ。助けなんて来ないだろう。
 いわばフリーナは、まんまと罠にかかった獲物。
 一度は治まりかけた鼓動が、またもドクドクと喚き出す。……恐ろしい?ああ、そうさ。怖いに決まってる。
 けれども問題は、逃げられないということではない。やはりここに戻ってくるのだ。
「僕に会うためだけに、ここまでしたって言うのかい……
 みっともなく掠れる声。対する答えは簡潔だった。
……こうまでしなければ、君はもう私に会ってはくれなかっただろう」
 痛み。これまで淡々としていた声音に僅かに滲む感情を、フリーナは確かに聞いてしまった。
 ……だめ。
 そして確かに、そんな程度で揺れ動く、どうしようもない想いがあった。
…………
 組んだ腕に隠して、ぎゅう、と自らの袖を握りしめる。
 ……だめ。だめだ。こんな一時の気の迷いに流されるな。冷静になれ。忘れるな。僕は、演じきるって決めたんだろう……
 このくだらない逃亡劇を。みっともなくとも、情けなくとも、それが最善の道だと信じて。
 息を吐き、ゆっくりと瞬きをする。ひとたび役に入り込めば、自然とノイズは遠のいていく。次に言うべき台詞が自然と浮かぶ。
「────また、キミに罠を仕掛けられることになるとはね」
……っ」
 瞬間、ヌヴィレットの怜悧な美貌がはっきりと歪んだ。
 ヌヴィレットはあの日──旅人やナヴィア、クロリンデ、果てはファデュイまでもを巻き込んで、フリーナを罠に嵌め、「拒否権なき審判」にかけた。予言の危機からフォンテーヌを救うため、フリーナを切り捨てた。
 しかしそれは至極当然のことであり、フリーナ自身、フォンテーヌのために自己の苦痛をよしとしたことで、五百年の歌劇は始まった。要するにフリーナもヌヴィレットも、同じ天秤を掲げて動いていたのだから、彼を責める気など毛頭ない。
 けれども心優しい彼は、フリーナが何度言っても、頑なに己を責め続け、悔い続けている。──知っていてなお、今フリーナは明確に、意識的に、彼の傷に爪を立てた。
 矛盾している。これ以上傷つけたくないからと、遠ざけるために彼を傷つける。そしてそれに勝手に傷つく。なんて無意味で愚かな思考回路。
 ……言い訳はしないよ。
 これはキミのためなんだよ、だなんて、そんな陳腐な理由づけはしない。謝罪もしない。そんなことをすれば、先の言葉は真実独り善がりの失言となる。
 だからせめて、彼の傷が無駄にならないように、手に持つ剣を振り続ける。それだけが、フリーナに示せる精一杯の誠意だと信じて。
「だから……
「──そうだ」
 遮る声は、玲瓏な響きを持って鼓膜を揺らした。
「言い訳はしない。再び君を騙し、傷つけてしまったことについては深く謝罪する」
 薄い紫色の瞳が痛みに揺れながら、それでも真っ直ぐにフリーナを見つめてくる。
「だが、それでも君と話がしたい」
 ……ねえ、キミは一体どうしてしまったんだい。
 あの日の浜辺で、壊れたおしゃべりマシナリーみたいに、おんなじ言葉だけを繰り返す、誠実だけれど不実な彼は、一体どこに行ってしまったのか。
……まずは、座らないか」
 先と同じ言葉が繰り返される。視線を滑らせれば、部屋の中央に長机。両脇に一脚ずつ椅子が置かれ、机上には点心と茶器がある。対話をする為に整えられた環境。
 けれどその意味は、この部屋に入った時とは、まるで変わってしまっている。
 ……結局こうなるんだね……
 あの日も審判から逃れることは出来なかった。五百年かけて築き上げた水神としての信用が、まるで砂のお城の如くに一瞬で、呆気なく崩れていった。
 それも必要なことだったのだと分かってもいるけれど、あの瞬間の恐怖や絶望は本物で、今も胸の奥底で時折疼く。
 ──だから、今度こそ。
 負けない。負けたくない。絶対に折れる訳にはいかない。
 今ここで諦めてしまったら、この三年間はなんだったのか。二日前の別れはなんだったのか。全てが無駄だったなんて、そんなことを認めたくはない。
……いいよ。七星の名代を無碍にする訳にもいかないからね」
 ゆっくりと、片方の椅子に着く。それを見届けてから、ヌヴィレットも反対脇の椅子へと腰掛ける。長い机の隔たりのもと、二人向き合って。
 ……なんだか、ダンスのポジションみたいだね?
 場違いかつ呑気にも、そんなことを思った。ならばこれは、さながらラスト・ワルツか。
 ……ああ、そうだね。キミと僕の、最後の舞踏だ。気が済むまで踊ろうじゃないか。

 どちらかのヒールが、折れるまで。