riririnf
2025-03-15 10:03:45
40169文字
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ラスト・ワルツ

ヌヴィフリ逃亡書いてみた⑥
この話で璃月プレイアブルキャラは全員出した筈
(名前のみ、台詞のみ、匂わせのみ含む)
あと一話で完結予定。



 璃月の街が夕暮れ色に染まる頃。フリーナは楼橋の上、橙に煌めく海を横目に、恋人である鍾離と向き合っていた。
 今日も夕食を共にする約束をしていて、此処はその待ち合わせ場所なのだ。
 鍾離とは契約によって結ばれた関係で、決して艶めいた間柄ではなかったが、それでも彼との時間はとても楽しくて、今日の約束だって、フリーナはそれなりに楽しみにしていた。
 しかし今はもう、状況が変わってしまった。今のフリーナは鍾離という素敵な恋人がいながら、別の男に心なびいた浮気者だ。
 午前中、契約解除の定義について考えてみたりもしたけれど、これはもう言い逃れのしようもない、れっきとした契約違反である。
 だからフリーナは、これから鍾離に全てを打ち明けて、別れ話をしようとしている。
 お互い恋愛感情などないだろう、とか、鍾離は優しいから、きっと赦してくれるだろう、とか、そういう問題ではない。
 フリーナは鍾離に対して不誠実な行いをした。それが全て。
 ゆえに謝罪はしっかりと行わなければならないし、契約違反の罰──岩食いの刑だって、受けなければならない。それがせめてもの償いであり、けじめである。
 もうフリーナの髪に琥珀珠はない。それは今、フリーナの手の中にある。
 鍾離だって間違いなく気付いている筈で、だからこうして合流したにも関わらず、挨拶を交わした後、ただ向き合って、フリーナの出方を待ってくれている。
 ……いい加減、覚悟を決めろ、フリーナ……っ!
 手の中の髪飾りを、ぎゅっと握りしめ、フリーナは己を叱咤した。
「あのっ、鍾離先生……!」
「フリーナ殿、その前に俺からいいか?」
 ようやっと固めた覚悟は鍾離の掲げた片手に遮られ、「えっ?」とフリーナは気の抜けた声を上げてしまった。
「あ……、ええと、どうぞ……?」
 そして咄嗟に鍾離に発言を譲ることを選んだ。フリーナの話は非常に大切なことだが、そのために鍾離を待たせるのも、また違うように思われた。
 鍾離は、ああ、と一つ頷いてから、穏やかな笑みで口を開いた。

「別れよう、フリーナ殿」

 ざあ、っと遠くの波の気配を乗せた秋風が、二人の間に吹き抜けた。
…………、えっと……?」
 戸惑う手元で、さげ飾りがしゃらりと音を立てる。契約を奏でる音色に、フリーナはやっと思い至る。──鍾離に機先を制されたのだと。
「それは駄目だ……っ!」
 気付くと同時、フリーナは身を乗り出した。
「ふむ、何故だ?」
「何故って……っ!」
 対する鍾離は呑気に首を傾げる。
 いい訳がないだろう。フリーナは契約違反を犯した。おそらく──いや、間違いなく鍾離は全てを察していて、その上で身を引こうとしてくれているのだ。
 あれほど鍾離に泥を被らせる訳にはいかないと思っていたのに、この有り様。はやく撤回させ、フリーナから別れを告げる流れを取り戻さなければ。
 気色ばむフリーナが息を吸い込んだ、その時。
「言っておくが、フリーナ殿に拒否権はないぞ。これは「契約」だからな」
「え?」
「“来たるべき時が来たら、一つ、俺の願いに応える”。そういう契約だっただろう?」 
 まさか忘れたのか?と訊ねてくる鍾離に、フリーナはハテナを飛ばす。
「え……?いや、だって、契約は、もう……
 フリーナはもう願いに応えている筈だ。だってその契約を前提に、鍾離と恋人になったのだから。

「なんのことだ?俺は今まで、その契約を『履行する』とは一言も口にしていないぞ」

 ……ん?
 心底不思議そうな鍾離の問いかけに、フリーナもまた疑問を深くする。
 ──いやいや、待って。そんな訳はない。フリーナは七日前の記憶を手繰り寄せる。

 確か、鍾離はこう言った。
 ──「契約」を覚えているか、フリーナ殿。
 ── 改めて提案しよう。俺の恋人にならないか?そう身構えなくとも、そういう名前の茶飲み友達が出来たとでも思ってくれればいい。
 ──いいだろう。──契約成立だ。

 ……んん?
「あれ……?え?いや……そんな筈……
 本当に、鍾離は一言も『履行する』とは言っていない。それどころか。
 ……契約、『成立』……
 まるで、新たに契約を交わしたかのような。
「フリーナ殿が俺と交わしている契約は二つ」
 鍾離が、すっと人差し指と中指を立てる。
「一つは“来たるべき時に一つ、俺の願いに応える”契約」
 中指が僅かに曲げられる。
「そしてもう一つは、“俺の恋人になる”契約だ」
 ぽかん、と間抜けに口が開くのを止められない。鍾離はそんなフリーナの様子を気にすることもなく、悠然と話し続ける。
「そして今回、俺が「契約」を履行することで、もう一つの契約も終わりとなる」
 鍾離の中指が、とん、と残った人差し指に寄せられ、そして両の指が下げられる。立てられた指が──契約が、なくなった。
 理屈は通っている。あの時、一度「契約」を思い出すよう促されて、その後の会話をその「契約」と地続きであると思い込んだのはフリーナだ。……いや、でも、それにしたって、これは。
「どうした?なにか納得のいかないことでも?」
「い、いや……だって……
 勝手に勘違いしたのはフリーナではあるが、それにしたって、これは少々ずるくはないか。思い返してみても、鍾離の言葉は大変紛らわしかったではないか。
 そんな不満と少しの悔しさが滲み出し、けれども何も言い返せない。唇を尖らせるフリーナに、鍾離はフ、と唇を綻ばせた。
「そしてこれはただの一般論だが、璃月は商いの国。商人達は言葉を巧みに操る。フリーナ殿も気をつけるといい」
……っ!」
 例えば十缶半額、などの謳い文句がそれに該当する、などと有難い忠言まで授けてくる。
「ともかくも、俺は今が『来たるべき時』だと判断した」
 ──ずるい。これは間違いなく確信犯だ。七日前のあの時、意図的に誤認を促したのだ。
 けれどもフォンテーヌの複雑な司法に慣れ親しんだフリーナを以てしても、「契約」に穴は見つけられない。
「──さて、どうする?一つ言っておくと、璃月において契約を破る者は、岩食いの刑だ」
 鍾離は悠然と微笑む。言っていることはとても物騒なのに、フリーナを見つめる琥珀の瞳はどこまでも優しい。
……どうして、そんな……
 そう訊ねずにはいられない。鍾離はフリーナが璃月に移住してから、ずっと親切にしてくれていたが、この「契約」に関しては次元が違う。
 確かに自由度の高い「契約」ではあるけれど、それでも適切なタイミングで手札を切る為には、緻密な計画と先を見通す力が必要だ。
 鍾離にはなんのメリットもないのに、どうしてそこまでの労力を払ってくれたのか。
 しかも結末はフリーナの浮気だというのに、どうして今なお優しくしてくれるのか。
……納得してしまったからな」
 顎に手をあて、少し考える素振りを見せた後、鍾離は言った。
「納得?」
「ああ。──「愛」は止められないんだろう?」
 フリーナは目を見開いた。それは彼との初デート──恋人関係になって二日目の夜、珠鈿舫でフリーナが鍾離に言ったこと。
 けれどもそれは、神への信仰について、という高尚な話題であって、決して浮気を正当化するための台詞ではなかった筈だ。
 しかしフリーナは今まさに、止められない「愛」を抱えている訳で。
「更に言うなら、俺はフォンテーヌの大スターであるフリーナ殿のファンなんだ」
 言葉の出ないフリーナをよそに、鍾離は飄々と「ファンがスターの幸せを願うのは当然のことだろ?」なんて言う。
 僕のファンだなんて初耳だぞ、とも思いはするものの、最早それは本筋ではないので、そんなことを突いたところで、どうしようもない。
 それにファンだと言われたことを、少し……ほんの少しだけ、喜んでしまっている自分もいる。それがまた少し悔しくて。
 フリーナはついに耐えられなくなり、しゃらりと揺れる髪飾りを握りしめたまま、あらん限りに声を上げた。
「ああもう!そうだよ!止められないんだ!浮気者でごめんね!」
 なかば、やけくそで。
 そしてそんなフリーナに、鍾離は笑みを深くする。
 ……本当に、優しすぎるよ、鍾離先生!
 このままだとフリーナは与えられてばかりの女になってしまうので、きちんと恩を返していかねばらない。
 とはいえフリーナに出来ることなど、たかが知れている。さて、どうしたものか。
 そしてふと思い出す。五日前の初デート、珠鈿舫での語らいは、「愛」についてだけではなかったことを。
……鍾離先生、約束を覚えているかい?」
「約束?」
 鍾離は僅かに目を瞬いた。珍しいその反応に、フリーナは、ふふん、と笑う。
「フォンテーヌの観光ガイドさ!珠鈿舫で約束しただろう?」
 今度こそ、鍾離ははっきりと目を見開いた。あの日、彼からされた何気ない提案に、フリーナは言葉を濁してしまったから、まさか約束が成立していたなんて、思ってもいなかったのだろう。
 あの頃のフリーナは、まだヌヴィレットとも母国フォンテーヌとも向き合えず、考えることすら避けていたので、まともに答えられなかった。気遣い上手な鍾離は、そのまま話を流してくれて、当時は大変感謝したものだった。
 けれど今はもう、何を恐れることもない。
「自慢じゃないが、僕はなかなかに詳しいんだ」
 なにせ五百年分の長があるからね!とは心の中だけに留め、胸を張る。
 フォンテーヌは言わばフリーナのホームグラウンド。元水神、元大スターのコネ、持てる全てを使って、鍾離を歓待してやろうではないか。ヌヴィレットの権力だって総動員だ。
「ふふっ、楽しみにしててよ!」
 勿論これくらいでは、まだまだ全然足りないけれど、何事も小さなことからコツコツと。
 にっこりと笑って鍾離を見上げれば、鍾離もまた、つられたように破顔した。
「──ああ、心しておこう」

 覚悟してよね、鍾離先生!