シノハラ
2025-03-12 22:29:04
12842文字
Public アルカヴェ♀
 

アルカヴェ♀まとめ(6本)



何も分からないうちに書いておきたい共同研究してた頃の付き合ってないアルカヴェ♀砂漠出張編
2023年4月1日

 砂漠は暑くて寒い。日が落ちれば防寒具が欠かせないのに、登った途端にこの有様である。研究の専門分野の関係で壁を越えてしばしばここに足を踏み入れるのだが、今回はいつも以上だとカーヴェは休憩所として拵えられている洞窟の入口に腰を下ろした。無意味に背中を温めていたリュックを地面に転がしてはじめてようやく一息吐くことができる。
 避難してきた洞窟は名ばかりの代物で、日陰を避けて落ち着ける場所以上の意味を持たない。そのため、深さもなければ穴の奥から冷気が漂って来るような事もなかった。それでも、砂にまみれた外套と日除けだけを頼りに足元の悪い砂の上を歩き続けるよりはずっとましである。これから空の一番高い場所を渡る一等明るい恒星が傾くまで、息を潜めて時間が過ぎるのを待つくらいならできそうだ。
 今回の天候にやられているのは自分だけではなく、共同研究者であるアルハイゼンも例外ではなかった。カーヴェのように悪態こそつかなかったが、日陰に入った瞬間に被っていた外套を小さな舌打ちと共に脱いだと思うと乱雑に地面に転がした。露になった髪先には汗の雫が溜まっていて、不快そうに額を手の甲で拭う。
 本当なら頭から水を浴びたいところだが、水を無駄遣いしていては待っているのは死だ。普段暮らすスメールシティの感覚で水を浪費するにはいかないのが砂漠だと、カーヴェは自身に言い聞かせながら水筒の水で口元を湿らせるだけに留める。
 喉を鳴らして水を一口飲んだアルハイゼンが水筒を片づけながら、煩わしそうに自身の服の袖をまくり上げた。普段は落ち着いた暗い色を選ぶ事の多いアルハイゼンだが、ここでは熱の吸収率を考慮してか普段よりずっと明るい布地の服を選んでいる。
 彼に倣ったわけではないが、カーヴェも薄い生地の袖をめくり上げた。たっぷりと汗を吸った生地が腕にべたべたと張り付き、いっそ引きちぎってやろうかと精神がささくれ立つのを何とか鎮めようとする。その矢先の事だった。
「アルハイゼン!」
 我慢ならなかったのか服の裾に手を掛けたアルハイゼンに、カーヴェは思わず声を大にして呼びかけた。その声音に制止の色を感じ取ったらしい後輩は腹辺りまで服をめくり上げた辺りで手を止める。背が伸びきった頃から体力作りも兼ねて鍛え始めたらしい彼の腹筋の存在感にやや驚きながらも、カーヴェはアルハイゼンを睨みつける。
「僕がここで脱いで良いなら君も脱いだら良い」
 不公平ではないか、とまでは口にしなかったが、充分意図は伝わっているだろう。男である彼が上半身裸になったとて何ら問題はないのだが、女であるカーヴェがそれをしてしまうと大問題だ。性差を理由に今この場で一方のみが楽をするのを見せつけられるのは腹立たしい所の話ではない。
 それなのにアルハイゼンは少々カーヴェをねめつけながら思案したかと思えば、がばりと服を脱ぎ捨ててしまった。さすがに汗が染みついた布を地面の上に転がして砂まみれにするのは気が引けたらしく、適当に畳んで鞄の上に乗せられる。
「君は僕の事をなんだと思っているんだ!」
 布一枚とはいえ随分とすっきりしたように見えるアルハイゼンを思わず怒鳴りつけるが、先輩の叱責を予測していたらしい後輩の反応は極々薄かった。怒りもあいまってか、自身が纏っている軽いはずの服が酷く重たく感じ、わずわらしさが増してしまう。
 元々彼より一枚多く下着を仕込んでいるのだから、きっとそれも暑さの原因の一つだろう。普段は繊細な刺繍が施されるそれを好ましいと思う事の方が多いのに、今は憎らしくて仕方がない。
「魅力的な女性だとは」
「だから脱いでほしいとでも?」
 しれっと告げられる褒め言葉ではあるものの、ぜんぜん、まったく嬉しくない。なんだか裏切られた気分までしてきて、カーヴェは小さく鼻を鳴らした。自分の後輩は少なくとも、時と場合を心得ない性的な情報には鼻白む質だと思っていたのに。
「それと、相応の聡明さと自衛のための自制心を持ち合わせていると思っているよ」
――……
 どう形にしていいか分からぬまま開こうとしていた口は、そのまま続けられたアルハイゼンの言葉に閉じられてしまった。そうなると膨らんでいた感情もぱちんと弾けてしまい、途端にしおしおとしぼんでしまう。
 束ねていた髪を一度解いてわしわしと掻き回すと、外気が濡れた頭皮に触れて少し思考がすっきりした気がした。カーヴェは自分が使った脅し文句に足元を掬われて、男の前で脱衣をするような女ではない。
 つまるところ、アルハイゼンはそうカーヴェを評してシャツを脱いでも問題ないと判断しているわけだ。その評価に反抗するのはさしものカーヴェも気が引けた。
「あー、もう、君の言いたいことは分かったよ。僕が悪かった」
 それでも暑いものは暑いし、カーヴェだって一枚でも身軽になりたい。悔しさを握りつぶし切れないまま、カーヴェはアルハイゼンと距離を取って彼から背を向けて座り込む。いつもであれば目的地にある研究対象についての話や、今後の展望について話して時間を潰すのだが、今日は自分の頭の中で完結させるしかなさそうだ。
 半刻は間違いなく過ぎてから、アルハイゼンが立ち上がるのが気配で分かった。それから乾いた砂を踏みしめて、カーヴェの元に近づいてくる。足音が止まったのに合わせて振り返ってアルハイゼンを見上げると、仕上がったと表現するのが相応しい男の姿があった。
 研究職は体力が求められる仕事でもある。根を詰められるようにカーヴェだって運動はしているつもりだが、その程度でここまでの筋肉はつかないだろう。もしかしたら、体を鍛えること自体が彼の趣味なのかもしれない。
 出会った頃の印象が強いのと、彼の面立ちが体つきと相反する向きがあるからだろうか。アルハイゼンがこんなにも厚い胴をしているなんて、カーヴェは微塵も思ってはいなかった。
「必要だろう」
――ああ、ありがとう」
 突然意識に入り込んできたアルハイゼンの声と水筒に、慌てて視線を彼の目に合わせて礼を言う。差し出された水筒は、カーヴェがアルハイゼンより無駄に流す汗の埋め合わせということなのだろう。
「でも、今は良いよ。もし足りなくなったらお願いするかもしれないけど、君の物にしておいて」
 自分の苦労を共同研究者でもあるアルハイゼンが理解し、報いようとしてくれた。そう思うと急に塞いでいた心がすっとして、カーヴェはアルハイゼンの手に砂漠では貴重な水分を押し戻す。
 アルハイゼンは自分の親切だか義務感だかを受け入れないくらいで気分を損ねる男ではない。うん、と柔らかな口調でカーヴェの申し出を受け入れた彼は、今度はカーヴェの横に腰を下す。
 アルハイゼンはまだ話すつもりはないようだったので、カーヴェはシャツの胸元をぱたぱたと動かし風を取り入れる。じっとりと肌に張り付いた汗を撫でる大気の肌触りは太陽がようやく頂点を通り過ぎた事を教えてくれていた。