シノハラ
2025-03-12 22:29:04
12842文字
Public アルカヴェ♀
 

アルカヴェ♀まとめ(6本)



お酒で盛大にやらかした後輩とお酒で様子がおかしくなっている先輩
2023年6月18日

 かわいい。綺麗だ。あの夜会えてよかった。朝、目が醒めて君がいるのが嬉しい。君を愛している。ずっと。
 前触れもなくアルハイゼンが零した言葉に、目を丸くしてカーヴェは半分ほど中身の減っていたコップを机に戻した。実際彼のそんな表情をなど見たことがないので憶測でしかないが、緊張したような、重荷を下してほっとしたような、そんな表情を彼はしている。じっとこちらを見つめているアルハイゼンの瞳が熱っぽく見えるのは、平常の温度を思えば火傷してしまいそうな愛の言葉のためなのか酒によるものなのかカーヴェには判断がつかなかった。
 彼はやたらと酒に強く、カーヴェと卓を同じくしたとしても酔う兆候を見せたことがない。常と違う様子なのは間違いないのだが、酒量は普段とそう変わらないはずだった。酔っているのならどうしてそんな量で口を滑らせるほどに酔ったのか分からなかったし、酔っていないのであれば何を思って言葉を紡いだのか全くカーヴェには分からない。
 分からない。カーヴェには何も分からなかった。ただ、彼が酷く愛らしい思いをカーヴェのために紡いだその事実以外は。
 アルハイゼンはカーヴェを可愛いと形容したが、今のカーヴェにはこの後輩が可愛らしく思えて仕方がなかった。成人を過ぎるどころか、社会人として立派にやっているはずの男が伝えるには酷く素朴な思いにきゅうきゅうと胸が音を立てる。
 自分だってそれなりの人数から思いを告げられてきたのだ。そのたびに背に冷や水を浴びせかけられるようなぞっとした感覚と、申し訳なさが一気に込み上げてきたのを覚えている。父や母を思い出して、家庭を築く第一歩である恋愛感情を前にカーヴェはいつも立ち竦んでしまっていた。
 それなのに、今はただ目の前の彼が可愛らしくて仕方がなかった。完全なる不意打ちだったからか、アルコールがうまく作用してカーヴェの理性を痺れさせているからか。普段の彼の態度を含めて二の次の事に感じてしまう。
 カーヴェの出方を窺っているのか何も言わずにきゅっと口を噤んでいる彼が本当に可愛らしくて仕方がなかった。自分よりもずっと背が高く、一般的とは言い難い男に使う形容詞としてあまり似つかわしくないのは分かっているが、今の彼は本当にかわいい。
――すまない。伝えるつもりはなかった」
 ぱちりと一つ瞬きした後ほんの少し調子が変わったふうに感じたが、どうやら後悔の色を混ぜたらしい。元々起伏の少ない喋り方をするせいでいまいち分かりづらいものの、声にもそんな感情が交ざっているように思える。
 もう一つ瞬きをして、アルハイゼンはカーヴェから視線を逸らした。こちらを見てほしいと反射的に願ってしまう。
「なら酔って忘れてしまえばいい。幸い君は今酔いやすくなっているみたいだから、きっともっと飲めば忘れてしまえるはずだ」
「俺だけが忘れても意味がない」
 回りづらくなっている頭で、アルハイゼンはカーヴェとの明日からの事を考えているに違いない。元々恋愛関係にない男女二人が同居していること自体なかなかのレアケースだが、お互いの性質が幸いして奇跡的に成立しているものだとカーヴェは思っていた。
 けれど、それは一方的な思い込みでしかなく、アルハイゼンの忍耐と配慮でもって成立していたに過ぎなかったのだ。その事実が露見し、かつカーヴェがその思いを受け入れないとアルハイゼンは信じ込んでいる。その思い込みにも近い確信はきっと正しいものなのだろう。今の自分は正常な状態とは言い難く、その状態が明日以降も継続するかどうかは自分自身にも分からなかった。
――……は、さすがに一気はきついな。ほら、僕も一緒に忘れるから、これでいいだろう?」
 テーブルの上にあった酒の中でも一番度が強いものをコップに注いで、カーヴェはそれを一気に煽った。半分ほど残っていたところに別の味を無作為に混ぜたのだから味も良くはなかったが、それよりも喉が焼ける感覚の方が強くカーヴェを刺激する。本来ちみちみと飲むのが正しい濃厚な酒精の気配に、反射的に脳がくらりと揺らぐ。
 いつもであれば、自分を安心させるための酒の飲み方に過ぎない。手っ取り早く酔って、日頃の不安から解放されて、意識を手放すためのそれ。アルハイゼンが眉を顰めるはずのそれを、今は彼のためにしているのが少し不思議だった。
 カーヴェが前後不覚になる飲み方を始めたと判断して安堵したのか、アルハイゼンがようやく自身のコップに口をつけ始める。喉仏を僅かに動かしながら酒を飲み干して、コップを唇から離したと思うとまた彼の愛情が零れ落ちた。
 自分が帰宅すると律儀に挨拶をしようと顔を出してくれるのが嬉しい。少ししか年齢が変わらないのに、先輩風を吹かそうとする虚勢も今となってはないと寂しく感じる。同じ本を読んで、意見交換をする時間は自分にとってかけがえのない時間だ。ころころと変わるカーヴェの表情を近くで見られる時間でもあるから。
 ぽつりぽつりと、普段よりほんの少しゆっくりな口調で、綺麗な感情だけを選んでアルハイゼンはカーヴェに思いを伝えてくれる。ひょっとしたらそもそもそれしかないのではないかと、カーヴェに思わせるくらいに徹底して。
 彼自身に制御できないのか、忘れてしまうなら構わないと思っているのかまでは判断がつかない。断続的にもたらされる告白を浴びながら、酒を呷るペースを抑えたくなる自分に抗うのはなかなかに難儀だった。まいったな、と音にはせずにカーヴェは漏らす。
 かわいいかわいい後輩から与えられる愛情は全て魅力的な色を帯びていて、じんわりとカーヴェを温めた。ずっとずっと聞いていたいと思ってしまう。彼が酒に呑まれて眠るまで、できることならその先でも。
 その思いを、その結果としての言葉の数々を忘れてしまうなんて。あんまりにも惜しいと思ってしまう。明日になって真っ当な思考回路を取り戻した自分は真っ青になってしまうのかもしれなかったが、それでも今惜しむ心は嘘偽りないと断言できた。