シノハラ
2025-03-12 22:29:04
12842文字
Public アルカヴェ♀
 

アルカヴェ♀まとめ(6本)



後輩が折に触れて額とかに触れるだけのキスをするのが好きだといいねって走り書き
2023年4月5日

「それ、何か理由はあるのかい?」
 おはようと行ってきます。ただいまとおやすみ。その挨拶にふさわしい時間帯に顔を合わせれば一日で最大四回、カーヴェとアルハイゼンは挨拶を交わす。交際が始まる前から挨拶くらいはちゃんとしようと取り決めて、喧嘩の真っ最中でもない限りは粛々と行われていた数少ない慣例である。
 自分達の関係の形が変わってから、そこにもう一つ要素が追加された。アルハイゼンがカーヴェに口づけをくれるようになったのだ。
 唇にではなく、額や頬、目尻、鼻先に。男性の中でも随分高い背丈をしているせいで、カーヴェの頭の位置に合わせるためにわざわざ少々窮屈そうに背を丸めて。そうして、触れるだけの親愛を表す軽い口づけをアルハイゼンはカーヴェに贈る。
 成長するに従って文字通り筋骨隆々になった彼の数少ない柔らかさを額に受けた時はほんとうに驚いて、あからさまに身を硬くしてしまった。そんなカーヴェの緊張などどこ行く風でアルハイゼンはカーヴェの額に少しかさついた唇を乗せてから、何事もなかったかのように悠々と職場へと出かけて行ったのだ。
 その日の夕方に帰ってきたアルハイゼンはいつも通りカーヴェに挨拶をして、当然のように頬に口づけをした。その日を境にまるで今までもそうだったとでも言いたげにアルハイゼンはカーヴェにキスをする。いい加減慣れてしまって止めてほしいとも思わなくなった代わりに、今度は動機が気になってきたというのが事の次第である。
「質問は明確にしたらどうだ」
「今回については察してくれ」
 そのキスは一体なんなんだ、と声に出して問うほどの度胸がカーヴェにはなかった。帰宅直後に挨拶をした後の問いかけなのだから、推測はそう難しくもないはずだ。予想通り、アルハイゼンもカーヴェの言わんとするところは十分に理解していた上で苦言を申し立てているらしい。
「したい以上の動機があると思うのか?」
「いやまあ、そうだろうけど」
 曖昧に濁されているのが不満だったのか彼がやや眉根を顰めたが、今回は譲歩してくれるつもりのようだ。明らかに相性が悪いのは承知の上で、自分達は恋愛関係を成立させている。そこからして、この手の事象について合理性や明確な動機付けを求めるのは徒労でしかない。
……僕も試してみていいかい?」
 規則正しくと言えば聞こえはいいが、執拗さすら感じる行動であると思う。それほどに魅力がある行為なのかと首を傾げながら尋ねると、構わないよと応じられた。そもそも自分でしているのだから拒否する権利は彼にはあってないようなものなのだが。想定通りの許可を得たカーヴェは一歩彼に近づいて背筋を伸ばそうとして、はたと気がついて背の力を抜いた。
「届かないよ、これじゃあ」
 彼がいつも自然に伸ばしている背を丸めて、ようやくカーヴェの額に口づけられるのだ。踵を多少持ち上げたところで、カーヴェの身長では彼の額に口づけるには大分足りない。腕を引いて身を屈めるように乞うと、アルハイゼンが廊下に片膝を突いてくれた。
 自分の視線より下にアルハイゼンの頭があるなんて、早々ないことだ。珍しさが手伝ってしげしげと彼のつむじを見下ろしていると、アルハイゼンが顔を上げてカーヴェと視線を合わせてくる。
 あ、と自身の喉が音を鳴らしたのを耳に届いてから知覚した。彼はカーヴェから口づけが与えられるのを待っている。もしかしたら、カーヴェ自身もそうだったのかもしれない。朝、寝ぼけまなこであくび交じりに挨拶をしながら、少し顎を上げてアルハイゼンからの口づけが落とされるのを待っていなかったと果たして断言できるだろうか。
 かわいいと思う。親愛の意を示す以上の意味なんてないはずの口づけを静かに、それでも確かに待っているこの男が。彼もカーヴェに同じ思いを抱いて愛情を注ごうとしてくれているのだろうか。そうあれかしと、祈りにも似た疑問を胸中で浮かべる。
 そっと額の髪を除けて、カーヴェは指先と同じくらいの力加減でアルハイゼンの額に唇を乗せた。ほんの少しの接触なのに、じわりと心に擽ったさが広がって自身の口角が緩むのが分かる。
「うん、分かった。ありがとう」
 彼がいつも自分にしてくれるくらいの僅かな時間でキスを止めると、アルハイゼンが何事もなかったかのように立ち上がった。口づけを贈る時も、贈られる時も彼の反応はそう変わりはしないらしい。
 だからこそ、時計の針が天井を指す頃に彼はきっともう一度カーヴェにキスをくれるだろう。もう居間に向かい始めてしまった恋人の背を追いながら、その瞬間を今から楽しみにしてしまっていた。