大人になってからの松花馴れ初め

pixiv再掲
独身だけど家族皆仲良しの花巻と、既婚者だけど威厳ある家庭で育てられた松川という設定で書きました。極も最終回も出る前に書いたので抜けてる公式設定多々あります
家族への憧れの話です



 おまけ1

「たかひろ君、行ってきます」
「はい行ってらっしゃい、楽しんどいでよ」
 エマは今日から一泊二日で、松川の母の家に泊まりに行く。土日だから花巻達も休み、松川がエマを家まで送る。

 松川の離婚が決まってしばらく経った頃、松川の母は腰に違和感を抱え始め、なにかあった時の為にすぐに介護ができるようにしようという松川の提案を五年越しにやっと承諾して、宮城の家を片付けて東京へやってきた。
 片付けも簡単にはいかない。単身で何もかも頑張ろうとした挙句、全てを終えて引っ越し業者が帰った後の東京の住まいで腰痛が悪化し、運良く忘れ物を取りにきた業者に気づいてもらえて、病院へ搬送された。
 だから今は念のため検査入院をしている、と電話を受け取った松川が、花巻もエマも連れて三人で一緒にお見舞いへ行った。それは秋も深まり雪がいつ降ってもおかしくないと思える日だった。
 高校時代に松川の母と少しだけ面識のあった花巻は、当時よりやつれた彼女の姿に心が痛み、顔を見せることを躊躇した。一人息子が離婚して男と住んでいるなんて知ったら、卒倒してしまうんじゃないか。松川を見遣ると、大丈夫、とだけ言って、きちんと花巻も伴って病床へ近づく。
「おばあちゃん!」
「あら、エマちゃん、元気にしていた? 花巻くんお久しぶり、こんな姿でごめんなさいね」
「い、いえ、お久しぶりですおばさん。腰、大丈夫?」
 柔らかい話し方と、ささやかな自分を恥じる物言い。自分の母ならここで豪快に笑って早く酒が飲みたい、なんてぼやいてベッドから今にも抜け出そうとしていただろう。花巻は全然違う二人の母親像に思わず笑いたくなった。
「ええ、でも腰以外もね、この年齢だとほかに何か病気が見つかるかもしれないからって、検査なんだって」
 嫌よねえ、なんて少しだけ松川に似た頬を赤らめて、
「花巻くん、一静、迷惑かけていない?」
 とこっそりと花巻に耳打ちする。
 え、なんで、としどろもどろになりながら、松川と松川の母を交互に見る。彼女はあまり息子にも見せたことのないいたずらっ子のような表情で言った。
「一静から前に連絡もらってたの。あなたと住むことになったからって。いつから? って聞いたら昨日から、だなんて。花巻くんの方は準備とかしてあったの? って聞いたら、してない、突然だったから。って。びっくりさせちゃったわよね、それも子供を連れてだなんて」
 はいびっくりさせられました。と正直に言うと、だからごめんって、と松川が横で唇を尖らせる。エマが祖母の側に寄って、うきうきと話し出す。
「たかひろ君のご飯、おばあちゃんのご飯みたいに美味しいよ」
「そう? 男の子で料理上手だなんて、すごいわねえ」
 うちは夫が男子厨房に立つべからず、だなんて言って、時代に逆行した人だったのよ。とため息をつきながら、松川の母はそれでも懐かしそうに目を細めて振り返る。
「きっと隠し味も入って美味しいでしょうね」
「隠し味?」
「そうそう。エマちゃん、隠し味はね」
 そこまで言われて、エマが知りたくてわくわくして更に祖母に身を乗り出した。
「愛情よ」
 花巻は音が出るぐらい真っ赤になって、松川のニヤニヤ顔を殴り飛ばしたくなった。この男、何をどこまで話したのか。
 ひとしきり松川の母と談笑して、看護師がやってきてお開きとなる。病院の廊下で、いまだに恥ずかしさと居たたまれなさで赤くなっている花巻を見て、堪えきれませんといったように笑う松川の肩に思いっきり拳を叩き込んだ時は、中学校の担任以来久しぶりの「静かに!」を浴びた。
 入院から明けて引っ越しの解体を手伝い、手続きなどを済ませてすっかり落ち着き、松川の母も東京の風に慣れてきた真冬、エマがおばあちゃんに会いたい、と言った。
 ──そうして日取りを決めて、本日の宿泊が決定したのである。

 最近の中ではわりと暖かい日々になりそうだ、と天気予報で伝えていたこの二日間に安堵して、花巻は気をつけてな、と言って笑顔で見送った。
 チェスターコートとマフラーを巻いた松川が、エマの赤い毛糸のミトンを掴む。親子はエレベーターを待ち、花巻は寒かったがドアを開けて見守っていた。
 上の階から降りてきたエレベーターには女性が一人乗っていた。彼女は確か妊婦で、花巻も少し話したことがある。まだ産休に入らずこれから出勤なのか、大きくなってきたお腹を覆うように厚手のコートを着ている彼女は、松川に軽く挨拶をする。松川も女性恐怖症を未だに抱えているとはいえ、挨拶と並大抵の会話はそつなくできる。
 あ、と花巻は、手を振って見送りながらその妊婦と松川とエマという三人を見て、なんとなく、ちくりと胸を刺す棘があった。
 自分ではその棘は抜けない、時間が経って心臓に溶けて消えてくれるのを待つばかりだ。
 待つばかり、だったのだが。

「ねえ花巻」
……何」
「なにかあった?」
……俺、勝手にネガティブになって凹んでるの」
 エマを自分の母親の家まで送り届けて一時間半ほどで戻ってきた松川は、コートを脱いでダイニングテーブルにぽけっと座る花巻を不思議に思いながら向かいの椅子に腰掛け、用意してもらっていたコーヒーをすすって、その冷たさに思わず眉をひそめたところでの、ねえ花巻、だった。
「どうしたの」
 もはやただのアイスコーヒーであるマグカップ内のそれに、それでもちびちびと口をつけながら尋ねると、
「妊婦さんと一静とエマが並んでるの見て、ああいうのいいなあ、って思っちゃって」
 刺さったままの棘は、どうやら吐き出して松川に抜いてもらうことしかできなさそうだった。
「珍しい、嫉妬したの?」
 思えば、互いの嫉妬している姿は見たことがない。花巻は回想した。
 高校のころ、花巻の彼女に好きな人ができた、と言われれば、彼女が幸せそうならそれでいいわ、とあっさり引き下がり、松川が女性社員と歩いているの偶然見ても、いっせいお疲れさーん! と手を振って終わった。二人はそういう互いの、ちゃんと自分に自信がある、謂わば自己肯定感の高さが好きだ。
「うーん……嫉妬っていうか……
「欲深くなっちゃった?」
 嫉妬されるのもそれはそれで嬉しいが、暗い顔というのも恋人としてあまり見せたくはないし、なにより自分に暗いのは似合わないとわかっている。
 花巻は、自分の飲み物も相当冷めきっているであろうマグカップを口に持って行って飲み干すと、ことりと音を立ててテーブルへ置いた。
「俺、子供、産めたら良かったのにって」
 松川が目を見開いて花巻を見つめ、そしてぐっと心臓を抑えてよろよろとテーブルに突っ伏した。そんなの気づいちゃいない花巻は、恋人の上唇よろしく尖らせた口のまま、話を続けた。
「あ! もちろんエマはかわいいし、松川の要素ばっかりだし、安心だけど、でもやっぱり自分も少しこう……もう少し家族の証っていうかさ。俺と一静の遺伝子? がさ、一緒に混ざったらいいなあ、って、そしたらどんな子が生まれて、エマとどんな風に話したり遊んだりするのかなーって」
「花巻、頼むから待って、お願い、俺の心臓がもたない」
「え、なんでよ」
 俺変なこと言った? と花巻はようやくテーブルに撃沈している松川に気づいた。
「お前、どしたの」
 一静? と、花巻のきょとん、とした顔は、松川の至極珍しい赤面を見てさらに驚愕の色に変わる。
「貴大、俺と女性が一緒にいるのは別に全然前から気にしてなかったよね?」
「お、おお、まあね」
「それで、今日お前は、俺が多分……エレベーターで妊婦さんと一緒に乗ってたの見て? そう考えた訳だよね? 子供産めたら良かったのにって」
「そう、ね。そうだわ」
「それってさ、妊婦さんと俺とエマと三人で乗ってるの見て、女と仲良くしてんじゃねえっていう凹みじゃなくて、妊婦さんが羨ましいっていうことで凹んでるってことだよね?」
「うん、……うん。うん?」
「それってさ」
 松川の一呼吸が、やけに大きく聞こえる。
「俺に抱かれるのはもう大前提ってことでいいんだよね?」
 その言葉に、今度は花巻が目を見開いて、だんだんとうなじまで赤く染まって、手で顔を覆い隠す。テーブルを叩くように手をつけて松川が立ち上がり、花巻ににじり寄る。
「貴大」
……っ、ちょっと、いや、その」
「俺ね、高校から好きだった人とやっと晴れて両想いになって、でも子供もいるから建前もあって、ずっと、ずーっと今日まで我慢してたよ」
 花巻の、松川よりやや細い手首を掴んで自分に寄せる、体勢が崩れた花巻の座っていた椅子が、カタンと派手な音を鳴らして倒れた。
……いっせ」
「俺達キスもしたし、フェラだって抜き合いだってしたけど、時間も無くて最後までしてなかったよね」
……! 露骨に言うなよ……っ!」
 赤らめた顔を背けても、着ているVネックのセーターから覗く首筋が現れてそこに松川が容易に顔を近づけられる要因にしかならない。
「ねえ貴大」
 耳元をぞわりと撫でるあの吐息は、いつか花巻がこの男に、恋に落とされた瞬間の背筋の高揚と同じだ。
「セックスしよう?」