大人になってからの松花馴れ初め

pixiv再掲
独身だけど家族皆仲良しの花巻と、既婚者だけど威厳ある家庭で育てられた松川という設定で書きました。極も最終回も出る前に書いたので抜けてる公式設定多々あります
家族への憧れの話です

 彼──花巻貴大は高校生だったころ、バレーボール部に所属していた。彼のウィングスパイカーとしてのポジションを確固たるものにしたのは、どのプレーもオールマイティにこなす要領の良さと正確さだった。
 自分はそんなにできた男じゃないと花巻は謙遜するが、一度、同じ部のセッターである及川徹は、風邪で花巻が早退した時の部活内での小さな紅白戦で、花巻のいないコートの立ち回りの不十分さを嫌という程痛感したことがある。
 どんなに優秀なリベロがいても、もう一人レシーバーがいれば、と悔やまれる隙。同じ部にいる幼馴染の岩泉一のスパイクが決まらなかった時の別方向からの決定打が欲しいとき。あと一枚欲しいブロックのプレッシャー。
「そこに値する必要な後輩育てる良い勉強になったじゃん」と花巻は持ち前のニヤニヤ顔でカラカラと言うが、そのひょうきんささえもコート内での緊迫を和ませてくれる味だから、やはり花巻は無くてはならない存在なんだと、見舞いがてらに及川は呟いた。
 一緒に見舞いに来ていた岩泉と、ミドルブロッカーとして活躍する松川一静もゆっくり頷いたり、笑ったりしている。
「だからさ、マッキー」
 及川はいつもの大きな瞳を伏せてため息をつきながら、静かに言った。
「お腹出して寝てたからお腹下して学校休むとか、ほんとやめてよね」
 それは花巻たちが、中だるみの時期と言われる高校二年の真夏の話である。

「このように気持ちのたるんでいた自分のことを諭してくれる友人達のおかげで充実した生活を送り、大人になった今でも、楽しく関わってきました」
 花巻の友人代表スピーチは、大層な自分自慢とほんの少しの自虐を交えて会場の笑いを誘った。円卓で聞いていたさきほどの登場人物の及川と岩泉は、
「自慢かよ」
「マッキーのいない紅白戦やりやすかったんだからね!」
 と野次を飛ばし、「うるせー、あん時はちゃんと褒めてくれたじゃねーか!」と花巻はマイクの前でわざとらしく地団駄を踏むと、またどっと笑いがそこかしこから起こる。
 高砂に座って一連の流れを苦笑しながら見ていた新郎の、緩やかな癖っ毛をオールバックにしたせいで余計に年相応に見えなくなっている顔に、花巻はもう一度向き直って穏やかに告げた。
「そんな俺たちバレー部の中で一番冷静で、でも俺たちの悪ノリも乗っかってくれる面白いところもある松川の結婚を、バレー部一同心から祝福します」
 おめでとう! という彼の良く通る声が響き、バレー部が陣取る円卓からうるさいくらいの拍手が巻き起こる。松川は普段崩さない表情をこの時ばかりは赤らめて、笑顔で手を振った。
 松川の横に座る新婦の、控えめな笑い方をする可愛い顔を横目で見ながら、花巻は自分のスピーチが成功し、かつ新郎新婦どちら側の来場者からも好感触だったんじゃないかと胸を高鳴らせた。
 高揚した気分そのままに座席に戻る花巻を、及川と岩泉が茶化す。本来ならそこにいつもいる松川は遠くから少しだけそれを見遣る。
 ああ、これでいいんだ。
 そうして花巻たち三人は、ああ、これこそがいいんだ、と思った。
 三対一に感触のぶっつりと分かれた個々の思惑は、しかしどの人物からも発せられることはなく、式は予定通りに終わった。
 それが五年前の、彼らが二十七歳の晩夏だった。

 ◇

 花巻貴大、三十二歳。あと四、五ヶ月ほどで三十三歳になるというこの何でもない日に、不貞腐れながら実家のダイニングテーブルで梨を食べる様は、母親や年の近い姉、妹から見れば、彼が中学生くらいからちっとも変わらないように見えた。
 クーラーはそろそろ付け納めかという宮城の涼しくなってきた夕方、花巻の姉はため息をつきながら、甘い梨に一瞬幸せそうな顔をしつつもすぐ頬を膨らませる、ちっとも可愛げのない弟のまえに座る。
「あんたほんとに良い人も作んないでダラダラしてさあ……いくら童顔だからって、年齢重ねたらだんだん加齢臭とかして女の子来なくなるんだからね」
 妹がほんとほんと、と激しく頷きながら、呆れたように兄を見上げた。
 彼が今実家にいるのは、盆も正月も帰省代が高いからと帰らない自分が、仕事の有給休暇で珍しく気が向いてふらっと足を運んだだけであり、決してニートであったり親に金をくれと頼み込みにきた訳でもない。それなのに母親も姉も、彼女連れないで一人で来ちゃってさあ、と辛い第一声を送ってくる。不貞腐れたくもなる。もう少し来たことを喜んだり労ったりしてほしい。
 姉妹の勝気な性格は恐らく母親似で、父親は単身赴任で不在がちだから権力が弱い。それは花巻も例外ではない。幼い頃から女性の扱いは嫌という程心得て、逆によく女性恐怖症にならなかったな、と思うようなことは沢山経験させられた。
 姉も妹も結婚していて、姉には小学生の男の子が、妹には現在妊娠八ヶ月の赤ん坊が胎内で元気に腹を蹴りまくっている。二人の強い姉妹が、自分の夫や子供を見る愛おしそうな目を見るたびに、気の強くわがままなこの姉妹も苦労をし、乗り越えたからこその愛情や子育てがあるんだな、と感じさせてくれる。
 だから少々の小言には目を瞑りたい。瞑りたいのだが、
「母ちゃん、これりんご混ぜた?」
 甘んじて受け止めた彼女作れ発言を果物と共に飲み込もうとしたら、食感の違う歯ごたえを口の中で感じ、思わずむせる。
「別に梨もりんごも変わんないでしょ」
 りんご一個余ってたのよ、としれっと言ってくる。花巻家の女性陣は強く逞しく、そして大雑把だ。脆くて儚い少女漫画のような守ってあげたくなる女の子など、本当はいないのだ。花巻は昔から憧れる理想の女性像がまた音を立てて崩れていくのを感じ、心の中で男泣きをした。

(そういえば松川の嫁さんはそんな感じだったな)
 と帰りの東京行きの長い時間を過ごす電車内で花巻は思い返す。
 結婚式以降は子供が生まれた時くらいに顔を合わせて少し話した程度だが、楚々そそとしていて線も細い、綺麗な人だった。ああいう人は梨とりんごを適当に切って出す人じゃないだろう。きっと綺麗な銀製のフォークを添えて、かつ梨もりんごも別々の皿に乗せて出してくれそうだ。
(松川、元気でやってるかな。及川も、岩泉も、最近皆では飲んでねぇな)
 人とは不思議なもので、心の中でそう思ったことが本当に現れたり出会えたりする。この場合は花巻の、プライベート用のスマートフォンが共鳴した。
 また姉のめんどくさいメッセージかとあまり歓迎しない気持ちでポケットに手を入れ、携帯の通知画面をちらっと見る。
……松川?」
『今、電話してもいい?』という松川の端的なメッセージに、少しばかり緊張した。
 彼の場合、重要なことは直接会うか、無理なら電話で伝えることが常だった。彼曰く、ちゃんと顔や声を聞いて話さないと相手がなにを考えながら話しているからわからないからだそうだ。
『すまん、今電車で、デッキ出たらこっちからかけるから待ってて』
 花巻はそれだけ打つと、返事も待たず席を立った。窓側の席だったので横のサラリーマンにすみませんと声をかけながら、携帯を握りしめてデッキへ続く扉を開閉する。
 花巻には、松川からの通知が来た瞬間、泥のようなだくだくとした意識がもたげてきていた。早く声を聞いて、友人を安心させなければ、そこまで考えて花巻は、ふぅと息を吐いた。なぜそう思ったかはわからない。しかし彼の勘はバレー部時代から良く当たる。どこにボールが落ちてくるか、どこにレシーブを返せば気持ちよく続くのか。これは彼の天性の才能と言えよう。バレー強豪校で通じる器用なオールラウンダーであった所以だ。
 この時ばかりは外れていてくれ、と願って、そっと携帯を見た。
『もしもし』
 久しぶりに松川の声を聞いた。それがくぐもった、何となくぎこちない声音だった。花巻は自分の勘が外れていないことを悟り、つばを飲みながら言葉を紡いだ。
「松川、どうした?」
『ごめんな、電車の中なのに。簡単に言うから』
 ああ、とも、おお、ともつかない朧げな返事をして花巻は松川の次の言葉を待つ。耳元で聞こえてきた長いため息は、梅雨に逆戻りかと思わせるぐらい重たく、鬱々としていた。
『離婚することになった』
 車内アナウンスが、ここが宮城と東京の中間地点の駅にまもなく着くことを告げる。デッキに出てくる人はまばらで、それでもずっしりと重そうな大きいスーツケースを持った数名が花巻の横を通り過ぎる。彼らのスーツには皺。喪服を着た団体も少し見えた。
 秋が始まる頃合いだった。