青果
2025-01-13 23:11:56
40868文字
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語りうる者たちよ

崩壊:スターレイルより アベンチュリンへ贈る最初のファンファーレ(CPなし)
都合上、原作にいない男女のキャラクターが登場しますが、恋愛感情は発生しません。
フィクション時空ですのでふんわりとお読みください。




 彼女は次のシャトル便で帰る予定だったが、かなり時間が開く。もともと、やや早い時刻だったと記憶しているが、前の便の点検が遅れているらしかった。

 急がなければならない進行ではない。むしろ、早く出発すれば早く出発しただけ早く向こうに到着する。ペナルティを受けるためにも交渉を進めるためにも、心の準備時間が足りない。彼女は自分のことを、外面だけは頑なだが、内面は臆病者だと思っていた。

 少ない荷物で家を飛び出してきたはずだが、帰りの荷物をまとめると量があった。ショッピングエリアから配送依頼が可能だったので、必要最小限のもの以外はすべて送ることにした。
 いま、彼女は身軽だ。

 帰ったら、ペナルティと称してこの身は息がかろうじて残るところまで切り刻まれるに違いなかったが、自分がそこから手足を再生できることを確信できていた。
 心は身体の中心にあり、エネルギーはそこから放たれる。自分の口や手足の外側にまで放出されるとき、それは共感覚ビーコンを経由して変質してしまうことがある。だが、それは共感覚ビーコンの有無には関係のないことであったし、外側へ放出しなければ誰にも届かなかった。

 彼女はシャトルに搭乗できる時刻まで待合室にいればいいのだと考えて、掲示板から離れて歩き出した。待合室、と書かれたサイネージをどこかで見た覚えがあった。

「ああ、先生。間に合ってよかった」

 先生、という呼び名が自分のものだとは感じなかったが、呼びかけの方向と声の大きさが自分宛だと感じて、彼女は足を止めた。声がした方向へ顔を向けると、男が一人、いた。磨かれた床を靴の底が打つが、その音は囁き声に留まった。先ほどまで帽子をかぶっていたものらしく、片手には帽子を携えていた。

「総監。こちらからお帰りなんですか」
「いいや。君に頼み損ねたことがあったのを思い出して」
「私に?」

 彼は彼女の目の前に立った。これと一つに判断できない香りがあったが、この香りを彩雲のようにまとうことが可能な人間だ、と彼女は思った。

 彼は革紐で巻き止めるドキュメントケースを開いて、一冊の本を彼女に差し出した。

「せっかくだし、サインをもらおうと思っていたんだ。君のシャトルは、もうすぐ出るのかな?」
「まだしばらく出ません。……私のサイン?」

 彼女は差し出された本を、思わず受け取った。最新作の、二十八作目だった。顔を上げて、彼を見る。彼は瞳を弧にした。

「ペンはあるから」

 そう言って、サインペンも共に渡される。彼女は拒否するための意思を持つ余裕もなく、ペンも受け取った。
 サインを求められた経験はある。妙な要求では、決してない。

 彼女は受け取った本を、思わずめくった。すると、本のページの重たさが彼女の手の中で転がって、頁が自由に駆けた。そして彼女の目に、奥付が映った。初版の日付だった。そしてそこに、しおり紐が流されてあった。本のしおり紐は通常、製造終了直後は中頃のページに折りたたまれている。

 彼女は再び、顔を上げた。彼と同じ顔になった。

「お名前は、何とお書きしましょうか」
「“アベンチュリン”」

 彼女はペンのキャップを抜き取り、本のページを最初に戻した。そしてそこに、この場にいる二人の呼び名と、少し考えてから、短文を書き足した。
 ペンのキャップを填めて、本と揃えて差し出した。彼はそれを受け取る。

「ありがとう。それじゃあ。同じシャトルに乗せられなくて、悪いね」
「いいえ。お気遣いなく。こちらこそ、ご配慮ありがとうございました」

 彼は首肯するだけで答えた。そして彼女から距離をとり、背を向けて歩き出す。首から背中までが、直線だった。

 彼女は待合室に向けて、歩き出した。自分の首と背中が、彼と同じように真っ直ぐであることを意識した。すると、自然と足を強く踏み出した。歩いて行ける、と思った。切り刻まれることの恐怖は、喉の奥にしまいこんだ。全て、覚悟の上だったはずだ。


 ――あなたのフレイムからはフュームではなく、名誉フェイムが立つ。