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青果
2025-01-13 23:11:56
40868文字
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語りうる者たちよ
崩壊:スターレイルより アベンチュリンへ贈る最初のファンファーレ(CPなし)
都合上、原作にいない男女のキャラクターが登場しますが、恋愛感情は発生しません。
フィクション時空ですのでふんわりとお読みください。
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2
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4
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6
彼がコテージに入ってきたとき、彼ら
――
男が一人、女が一人
――
はエントランスホールにいた。エントランスホールというのは実質的にこのコテージでのリビングを指す。玄関ポーチをくぐり、ドアを開いた目の前に位置する広い空間は、暖炉と円卓が設置され、居心地の良い談話室を企図していた。
彼
は、予め受け取っていたドキュメントから予想されるままの、金髪で痩身であり、クレバーそうな歩き方をした。シンプルなシャツにスラックスを穿いて、タイは上で締まっていた。色の濃い遮光グラスは、彼の振る舞いにとって邪魔でも余計でもなかった。
「やあ、これから一週間、どうぞよろしく。どっちがリーダー?」
円卓で待ち構えていた彼らに対して、彼は萎縮することなしにそう言った。女は、男を促すように見た。今しがたこのコテージに現れたばかりの彼は視線の動きを敏感に察知して、「君かな」と言い、男に向き直った。男は首肯を返した。言葉で返さず首肯だけで応じるというのは、ひねくれた人間が見れば、傲慢で鼻持ちならない動きに映っただろうが、この男は単純に面倒くさがっているだけだった。
だが、一時的だとしてもこのコテージの現在のリーダーを担っている男だ。面倒そうな素振りを沈めて、彼に説明した。
「荷物は部屋に入れてある。その
――
暖炉の右側のドアから入る部屋。ギリギリに送ったのか? 今朝届いたよ。荷物にはロックをちゃんと掛けていたようだし、今も掛かっているままだからどこまで気にするかそちら次第だが、運ぶ以上には触れていない。そもそも、俺は運んでいない」
「気にしてないよ。欠けて困るとしたら、この星での服の調達先を調べる手間がかかることくらいだ」
「そうなったら俺が教える。君の
……
手間はかからない。それで、君の名前だけど」
「ああ、僕は」
「待った」
男は片手を突き出して、彼の発言を止めた。彼も素早く反応して、口を閉じた。
「ここは皆、休暇に来てる。リゾートだ。バカンスだ。保養地。行楽地。日々の垢を落とし、洗い立ての顔で出て行くために来る。日々呼ばれる名前も垢の一種だ。少なくとも俺は、ここでまでそんなものを身にまといたくないね」
彼は遮光グラスの外側から見ても分かるくらい、面白そうな顔をした。実際、滅茶苦茶な屁理屈をこねる男はどこからどう見ても面白かった。
「なるほど。それで?」
「名乗りたい名前はあるか?」
「いや。すぐに思いつくものはないな」
「じゃあ、名前の最初の音は? イニシャルでもいい」
男がそう言うと、彼はすぐに答えなかった。思案げな顔をするので、女が口を挟んだ。
「言いたくなければ、適当で。私たちに確かめる術はないから」
「分かってる。ちょっと迷っただけだ」
彼のその返答に、男はただ肩を上下させた。
彼は男の動きに追い立てられたようなタイミングで、
「シャ」
と言った。
「シャ?
……
だめだ、他は?」
「何に照会してそんなこと言うんだ。それに、他だって?」
彼は声をたてて笑った。
「名前の最初の音
……
イニシャルに他も何もないだろう」
「もう好きな音でもなんでもいい。他だ、他。好きな数字でもいい」
「それなら、僕はここの三人目だから三にしよう」
「三、ね
……
」
男は煙を吐き出すような言い方でそう言い、顔をゆっくりと上へ向けた。あからさまに、何かを考えていた。横目で女を窺いもしたが、女は助け船を出さない。
黙っていたのはほんの少しの時間だった。すぐに男は顔の向きを元に戻し、彼に向けて「
篝火
かがりび
だ」と言った。
「篝火?」
彼が繰り返した。目を細めるような頬の動きがあったが、遮光グラスで目元が見えないので何を意図した動きなのかは知れなかった。
「篝火だ。夜に目印にしたり、警護に使ったりする焚き火のこと。悪くないだろ?」
「親切にありがとう。
……
それで、君たちは?」
「俺はロゴス、彼女は野分だ」
彼
――
これからは篝火
――
は再度、よろしく、と言いながら円卓に近づいた。篝火の手荷物は少なく、小脇に抱えるドキュメントケースひとつきりだった。ドキュメントケースは量産品だった。
篝火はそれをテーブルの上に乗せ、ロゴスの向かいに座った。
「君たちの名前は、イニシャルから?」
「いや、俺は呼ばれるならロゴスがいい」
「私は、頭に浮かんだ数字をロゴスに聞かれて、二十八と答えただけ」
篝火は遮光グラスを外した。
彼の瞳は黒かった
。
「二十八がどうやって野分に?」
「いま俺が読んでるクラシック作品の巻名。二十八巻が野分。ちなみに、二十七巻は篝火だ。三の三乗だし、連番だ。ちょうどいいだろ?」
彼は今度は極めて明確に面白そうな顔をして笑い、野分のことをちらと見た。野分は、ただ肩をすくめるだけで応じた。
「まあ、それでだ、篝火。このコテージのことを説明する。パンフレットは読んだものと思っているけど、どう?」
「問題ないよ」
「じゃあ、間取りだけ教えよう。着いてきて」
ロゴスは両手をポケットに入れたまま立ち上がった。篝火は座ったばかりだったが、文句をつけることなくロゴスに従う。
野分はそれを目で追って、彼らが水回りの説明に入って見えなくなると席を立った。
篝火に茶を淹れてやるためだった。
リゾートの中でもひときわ薄ぼんやりした星で、目立った観光もない。
この星に光を届ける恒星が、自転と公転の妙で地平の影に沈んだ後、
――
一般的に夜
――
近隣の星々がきらめくさまは絶景であると言うことはできるが、星空という佳景はこのリゾートに限ったものでもない。海はあるが標準的なものであるし、山に関しても同様である。
なにしろ小さい。
わざわざ休暇の消化にここを選ぶというのは、リゾートと名のつく星を制覇したがっているか、同業他社やツアーコンダクターか、とにかく何も考えたくないか、ひっくり返って一つのことだけ考えていたいか、リゾートに行きたいが予算に制限があるかである。
観光客の割合はそれらのどれにも大きく偏っていないだろう。
ロゴスは野分のことを、失恋か仕事で失敗したかで一旦思考を手放したがっている者だと思っている様子だった。野分はロゴスのことを研究に没頭するために来ている一途者だと思っていて、篝火のことは警戒していた。
篝火が怪しい素振りをしたかどうかには無関係に、野分は初対面の人間全員をひとまず警戒することにしていた。
夕食までの数時間、ロゴスは自室に籠もり、篝火は荷解をしていたようだった。野分はエントランスの円卓に座ったり立ったり、本を読んだり窓から外を眺めたり周辺を散歩したりした。
周辺には遊歩道が複数種類設定されていて、それぞれの所要時間と道のりが案内板で明示されている。心身の健康を気遣う旅行者は、案内板頼りにジョギングをする。野分は疲れるのが嫌で、ただ歩くだけにした。
歩くだけでも気が紛れる。知らない星系には知らない植物が生え、知らない鳥と虫がいた。赤い実を垂らしている植物には「非:食用」とけたたましいピンク色で書かれた看板がぶら下がっている。彼女は夜にも散歩をするので知っていることだが、あの看板は、夜には信じられないくらい光る。
コテージに野分が戻っても、ホールには誰もいなかった。
複数人が共用で宿泊できるコテージではあるが、サニタリーとデリバリーの受け取り口は各部屋に備えてある。共用スペースはエントランスホールの円卓とキッチンだけで、食事をデリバリーで済ませてしまうなら、自室だけで衣食住は事足りた。
今日は、ロゴスも篝火も出てこないかもしれない。自分も夕食はデリバリーで済ませるか、と思ったとき、暖炉の右側のドアが開いた。
篝火の部屋だった。
野分が顔を上げると、篝火は目線で挨拶した。彼はテーブルに近寄ってきて、野分の前の椅子を引いた。円卓である以上、向かいの席というのはもっとも距離が遠いことになるが、それが失礼にあたるほど大きな円卓ではない。野分と会話するつもりでいるなら、充分な選択だった。
「夕食は?」
彼女から尋ねた。篝火は首を振った。
「船であれこれ世話を焼かれた上に、僕はほとんど寝ていたからね。今日はいらない」
「そうなんだ。どうしようかな」
「もしかして、待たせていたかな。予定を狂わせた?」
「いいえ。待っていると思ったことはない」
謎かけみたいな言い方をしてしまった、と野分は思った。意地悪く感じさせたかもしれない。篝火の様子を見たが、彼は何も気にしていないようだった。窓から暗くなった風景を見るような、遠い目をしていた。
野分は席を立ってキッチンへ行き、昨日の夕食に作ったスープをあたためた。一人分だけをすくってホールに戻ってくると、篝火はまだ座っていた。戻ってきた野分に、口の端だけを上げたほほえみを向けた。
「君は、ここにはいつから?」
「
……
三日前から」
野分は嘘をつこうか考えたが、ロゴスに照会されればすぐに露呈する嘘だ。正直に答えた。
「この三日間、外には出たかい? 先輩にお勧めを聞いておこうかと思って」
彼は野分の葛藤も知らずに、明るく話題を繋いだ。こうして、場をつなぐことに慣れている気配があった。初対面同士の会話であろうとも肩肘張ったところがなく、和やかそうにできる。
「外出はしたけど
……
知っての通り、ここには特別なスポットは何もないよ」
「でも、君はここを選んでやってきて、もう三日間もいる。僕はまだ半日も経っていない。今日という日は荷解で終わってしまったし。経験が浅い新参者に案内する気分で教えてくれよ。貴重な休暇を、後悔で終わらせたくないからね」
野分はスープを飲んだ。昨日の残りだったが、具に味がしみて滋味深い。スプーンでスープ皿をかき混ぜ、野分はううん、と唸るようにして考えた。
「三日間いるけど、まだ全てのエリアに行けていないから。初日はショッピングエリアで終わったし、二日目は資料館のエリアを回って、今日は疲れたから散歩しかしてない。歴史資料館は新館と旧館があって、新館だと特別展をやってた。この星系のいくつかから資料を借りてきているようだし、今しか見られないから有意義なんじゃない?」
「休暇に? ロゴスといい、このコテージは随分、アカデミックなんだな」
「それは、たまたま」
野分はスープをまた一口飲んでから、壁を指した。貼られたデジタルペーパーには、この星のおおまかな地図が映し出されている。
「このコテージから近いエリアを順番に見てまわってるだけなの。少ない知識から、知ってること絞り出してみただけ」
「そりゃ、失礼したね。ショッピングエリアは? どうだった?」
「ここで生活するのに必要なものは問題なく揃うけど、リゾート価格ではある。へたしたら、通販のほうが安いかも。でも、服はおすすめ。ここ、元々は繊維業が盛んだったはずだから」
「いいこと聞いたな。ありがとう」
彼はテーブルの上に頬杖をついて、貼り出されている地図を眺めた。その間に、野分はスープを食べきった。会話と食事が同時だったので忙しかった。短く息を吐いてスプーンを置くと、それを待っていたかのように篝火が話した。
「野分だよね、君はどうしてここを選んだの?」
彼女は顔を上げた。なんとなく、これは狙った質問であるという感じがした。もしくは、今までの質問は前座で、これが今の彼の本命だという、突き刺す感じがあった。
「混雑しているところは嫌だったの」
一番無難な回答を返した。彼は、ふうん、と鼻を鳴らす。興味なさそうなポーズだった。真打ちっぽく聞いてきたのはそちらなのに、と思ったが、野分はそろそろ警戒するのにくたびれていた。
「なのに、宿泊するのは共用コテージ?」
「三人しかいないのは混雑とは言わない。それに、自室にいようと思えば、出なくても済むもの。
――
そう言うそちらは? 休暇の過ごし方に一家言あるみたいだけど」
「僕はこの滞在、仕事と休暇と半々なんだよ。できるなら、仕事は早々に済ませて休暇だけを心行くまで味わいたいね」
野分は、さっきの篝火がしたのと同じように、ふうん、と鼻を鳴らした。さっきの質問からして、ツアーコンダクターの営業でもしているんだろうか、と思った。旅行者の興味があるスポットを知りたい、などの意図だろうか。
彼は質問をすることで、自分よりも野分により多くしゃべらせようとした。だが、質問を多く投げかけるのは初対面の人間と親しくなろうとしたときの常套手段でもある。
野分は、まだ彼について何も判断するべきではないと思った。他者のおこないを、悪意を前提に解釈するのは望ましい態度ではない、という思いがあった。
そのとき、ドアが開く音がした。
野分と篝火がここにいる以上、その音の根源はロゴスだった。
「野分! 篝火! どちらか、仙舟に行ったことはあるか!?」
ロゴスはドアから顔だけ突き出して、怒鳴るように言った。
野分が篝火の顔を見ると、彼は声こそたてていないものの、顔が笑っていた。篝火は行ったことがあるんじゃないの、と聞こうとしたとき、篝火は野分のほうへ滑るように身を乗り出した。
「ロゴスは何をしてるの?」と彼は小声で野分に尋ねてきた。
「分からない。本を読んでる」
彼女がそう答えると、彼はとうとう肩を揺らして笑い、
「何の用?」
とロゴスに聞き返した。
「仙舟の慣用句の出典が分からん」
「僕は、役に立てない。
――
野分は?」
「私も役に立てない」
「そうか! そりゃあどうもありがとう!」
ロゴスはコテージ中に響くような大声でそう言って、ドアを閉めた。まるで嫌味のような態度だったが、そのつもりではないことはこの三日間の経験から察していた。
「あれ、意地悪でやってるわけじゃないのよ」と野分は篝火に言ったところ、彼は笑顔のままだった。ロゴスの態度に少しも傷ついていなかった。
それどころか、
「彼のほうがよっぽど野分って感じだ」
と言って、忍び笑いを漏らした。野分もつられて笑い、「まったく、その通りなの」と言った。野分とは、すなわち台風である。
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