青果
2025-01-13 23:11:56
40868文字
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語りうる者たちよ

崩壊:スターレイルより アベンチュリンへ贈る最初のファンファーレ(CPなし)
都合上、原作にいない男女のキャラクターが登場しますが、恋愛感情は発生しません。
フィクション時空ですのでふんわりとお読みください。




 ボートを岸に戻したところで野分と別れ、篝火が一人でコテージに戻るとエントランスホールにロゴスがいた。彼はいかにも退屈そうに茶を飲んでいるところらしかったが、ドアを開けた篝火を見て喜色を露わにした。勉学に励む人間はみな堅いように思われたが、他者との親密さを喜び、他者がいない場を不機嫌と共に弄ぶ者もあるらしい。
 篝火は幾度目かに、この男への面白いという評価を上乗せした。

「帰ってきたのか」
「ああ。そっちは? 今日はもう穴蔵に戻らないつもりかな」
「戻ってもいいが、戻らないで済むならそっちのほうがいいな」
「君が決めることだと思うけど、そうじゃないような言い方をするんだね」
「篝火が部屋に戻るなら、俺は話し相手がいなくなるし部屋に戻る。どう、おしゃべりに付き合ってくれる?」

 篝火は彼に笑いかけた。

「かまわないさ、得意分野だ」

 ロゴスは本を読むのが好きらしいと昨日のうちに理解していた。その上、彼は夜にはエントランスホールに出てこなかった。研究か読書かに没頭していたいという理由でこの星に来たようだと推測していたが、そんな人間が宿泊に共用コテージを選択した理由が疑問だった。もう回答は得られたな、と彼は思った。

 篝火が腰を落ち着けると、ロゴスはカップに茶を淹れて差し出した。

「今まではどこに? ショッピングエリア?」
「それ、さっき会った野分にも聞かれたよ。ありがたくも、荷物は全部揃っていたからね。ショッピングエリアに行く必要はなかった。今日は自然公園のほうに」
「ああ……何があるんだっけ、池とボート? あと子供向けのアスレチックパークがあった覚えがあるな」
「どちらもあったよ」

 篝火が肯定すると、ロゴスは露骨に嬉しそうな顔をした。

「ま、なかなかいい感じだったろ? で、どう。休暇二日目なんだろう。何か聞きたいことはないのか?」

 昨夜、篝火と野分に質問一つだけして、解答が得られないと判るや否や、けたたましい音をたてて戻っていった男にしては、可愛げのある話題だった。意地悪でやっているわけではないのだ、とロゴスをフォローした野分のことが、自分のことのように感じられた。

「聞きたいことならある」
「なに? 俺はここに来て五日目だ」
「君の読んでる本、調べたよ。二十八巻が野分、二十七巻が篝火」
「えっ、源氏物語を?」

 ロゴスからは、隠そうとも思っていない喜びを含んだ声が返ってきた。
 自分の読んでいるものを探られる不快が勝つパターンは篝火の想像の中にあったが、この場での振る舞いから考えて、ロゴスは対人関係については不快よりも喜びが勝る側の本読みだろうと確信できていた。

 ロゴスは彼の想定内の表情をして「そうか」と言った。

「どこまで調べた? タイトルだけ?」
「長いようだから、タイトルだけだね。で、僕が提案した三の数字も三巻として、タイトルがあるらしいじゃないか」
「ある。空蝉。これは登場人物のうちの一人を指す」
「そう、それだ。空蝉、のほうが人の呼び名らしい……だろう? 随分と昔のクラシックのようだから、共感覚ビーコンが混乱していなければ」

 ロゴスは苦いものを噛んだ顔をしたが、頷いた。ロゴスが気掛かりそうな素振りを見せた原因がどの単語だったのか、篝火には図りきれないが、共感覚ビーコンか、と当たりを付けた。
 何せ、彼は呼ばれるのならロゴスを選択する。

「篝火、きみは、空蝉って感じじゃない」
「篝火なら僕っぽいのかい? この巻だけ調べてみたら、どうやら主人公が振られる巻のようだったけど」
「振られるか実るかは別に、たいした問題じゃない。この話の主人公はあっちこっちに粉をかけてるんだから」

 そう言いながら、ロゴスは自分の左右に向けて手を動かした。粉を振りかけるジェスチャーだ、と共感覚ビーコンの翻訳を通して理解する。

「いま、篝火、きみが言ったのは作中の贈答歌のシーンだ。修辞、文法がまとまった定型詩の一種を、贈る側とそれに返す側で一往復。簡単に言ってしまえば、言葉遊びでじゃれ合うわけだね」

 今度は、ロゴスは「贈る」「返す」に合わせて指を左右に振った。

「主人公は贈る側だ。まず、『篝火にたちそふ恋の煙こそ世には絶えせぬほのほなりけれ』、それに対して『行く方なき空に消ちてよ篝火のたよりにたぐふ煙とならば』で振られている。……篝火から立ちのぼる煙のように私の恋心は永遠に消えない、と口説いたが、篝火の煙と同じだというなら空に消してしまってくれ、と」

 慣れないクラシックの音律に翻訳が混じり、共感覚ビーコンからの情報量が多くなった。常に彼自身が処理している時間に対する情報量と不一致なほど膨らんだことで篝火が黙ったのを察して、ロゴスは簡易な訳文をつけた。

 ふうん、と彼は相槌を打った。カップに口をつけた。熱意のある人文学者に会うのは稀だった。

「火ってのは消えるものだからね」

 知らない話を与えられた受益者の感想として口にしたが、ロゴスは「俺は別にそういうわけで、篝火って言ってるわけじゃない」と切り捨てた。冷え冷えとした態度で会話していれば、この返答に肝を縮めたかもしれない。だが、ロゴスの背筋の湾曲が友好的な傾きを見せていることは、言葉尻よりも意図を示すに雄弁だった。

「これは屁理屈だが、贈答歌の中でも、消えるのは煙であって炎ではないし」
「ああ、そうか。それにしたって、同じようなものだと思うけど。煙は火にもれなくくっついているものだ。火があれば煙が立ちのぼる。煙が消えるということは、火はすでに消えているだろう?」

 ロゴスは篝火に、「君がそう思うんなら、呼び名にされるのは嫌だったかな?」と言った。
 篝火は、首を左右に振った。

「いや。意見があるわけじゃないよ。暗号みたいで面白い」
「それならよかった。……ああ、ほら」

 ロゴスは、篝火に声を掛けてから窓に目を向けた。動きでうながされ、篝火も窓の外を見る。

 夜が始まろうとしている。コテージの窓に自然な枠を作る木々は影を濃くした。昼間には見えている看板は、すでに夜陰に埋もれている。その夜に、光が灯った。足元を照らすフットライトは蛍の光を真似て、光の強弱があった。道案内を辿る旅行者たちの歓談を思い出深くするライトは火を真似て、街灯は揺らいだ。

 ロゴスは、篝火に灯ったばかりの篝火を見せて、

「なあ、篝火、夕食はどうする?」

 と人懐こい様子で聞いた。予定を尋ねる言い方ではあったが、誘われているのと同じだった。

「昨日は夕食をとらなかったから、今日は外出しようかと思う。そっちは?」
「俺も出る。一緒に行っていいか?」
「もちろん。美味しい店を知っているのなら任せる」
「任せろ」

 ロゴスは笑って、椅子から立ち上がった。篝火も同じように立ち上がる。

「僕は荷物を取ってくるから」
「俺も。――ああ、なあ、篝火」

 割り当てられている暖炉の右側に向かおうとすると、ロゴスが呼び止めた。振り返る。ロゴスは篝火に向けて笑いかけた。

「俺は、篝火が合うなと思って、篝火にしたんだよ。ちゃんと言っておく」
……君、案外に感情的だな」
「人情家と言ってくれ。じゃ、すぐに戻る」

 ロゴスは満足して早足で自室に戻っていった。篝火はロゴスと同じように、部屋に戻る。鍵を開け、中に入ると再び鍵を閉めた。

 部屋の中にも窓があり、外では闇夜と光が入り交じっている。高い位置にある街灯は低木の葉を照らし、産毛の一本一本を数えようとしていた。人々が歩く道を照らし、互いの顔をよく見えるようにし、思い出に暗黒を作らない。デジタルサイネージは表示を変え、色が変わると光が変わった。照明としては決して、役立つものではなかった。
 光は夜になると自動的に灯り、朝になると消える。この星ではどこの光からも煙は立っていなかった。




 野分は、夕食を外でとろうとした。作ったものは残っていないし、あれこれ考えるのが面倒だった。ショッピングエリアに飲食店街があることを知っていて、足を向ける。

 飲食店街があるから、と自分に言い聞かせていたはずだった。目的地は飲食店であり、案内板もサイネージも確認していた。だが、野分は書店の入り口をくぐった。

 共感覚ビーコンが文字に手足を掛けて、意思を野分に注ぎ込む。野分は情報の奔流を手慣れた手綱で制御し、不必要な回路を落とした。
 店頭に大きく「新刊発売」とポップアップの看板がたっている。瞬きを五つするうちに、看板は表示を変えて、発売されたばかりの本の表紙をスライドショーで流した。やがて画面は、売上のランキングに変わる。

 書籍は話題になればロングセラーとなるが、多くは新刊の名前が埋める。

 野分は移動せずに、ランキングを見つめた。下位から発表されていくタイトルは、今月に発売されたものばかりだ。最新版に改訂された観光地パンフレット、コミックスの新刊、人気俳優の写真集、著名なサスペンス作家の最新作、それらを押さえた第一位は児童書だった。

 昼間、野分にぶつかったおもちゃと同じ生き物が、少年と並んで荒野を睨むイラストが映る。

 野分は、看板から視線を外した。平積みにされている新刊たちの中に、先ほど見たイラストが表紙になっている本がある。長く続けられている児童向けシリーズで、新たな読者も昔からの読者もずっと読み続けている。昔からの読者は子供から大人になり、自らの子供に自分の蔵書を読み聞かせる。
 そうして時が過ぎ、今作は二十八作目になる

 野分はその本を手に取った。撫でるように表紙をめくる。中ごろに挟まれているしおり紐を乱さないように留意して、奥付を見た。発行元のスターピースカンパニーの名前を横目に、タイトルを見つめる。そして、他の項目へ目を走らせた。
 発売日は先週だったが、二版になっていた。初回配本にのみ付属させる触れ込みだったはずのポストカードは、二版にも封入されていた。以前、このポストカードの有無でトラブルが起き、ニュースになったことがあった。いま現在も、このシリーズにまつわる人気作ゆえのニュースはあるはずだったが、書店では何もほのめかすものがなかった。

 野分は手に取ったときと同じく、爪を立てることのないように本を戻した。

 夕食の時間帯でも、書店の客は多かった。観光地に来たとしても、ここに足を運ぶ人間は絶えない。

 野分は売り場を離れ、飲食店街へ向かおうとした。そのとき、すれ違いで書店に入ろうとしていたロゴスと篝火に会った。ロゴスは気軽に片手を挙げた。

「お、野分じゃないか」
「二人で夕食?」
「そう。これから。野分の夕食は?」
「私もこれから」

 野分は答えながら、この会話の着地点が分かっていた。篝火を確認すると彼も同じ考えだったようで笑顔を浮かべた。
 この様子では、すでにロゴスの人懐こさにあてられた後だろう。勤勉な探求者然としていながら、ロゴスは対人関係が好きだ。

「じゃあ、三人で飯にしよう。篝火も、いいだろう?」
「僕は構わないよ。二人のお勧めを知りたい」
「お勧め? ……その前に、ロゴス、本屋に用事があったんじゃないの?」

 ロゴスはそうだった、と「ちょっと待っててくれ。具体的に言えば、俺があの棚を一周するまで」を滑らかに繋げて言った。

「それは、足を止める予定があるのかな。あるとないとで、僕らの返答は変わるけど」
「止めない。ずっと歩き続けてみせる」
「分かった。じゃあ待つよ。野分はどうする?」

 野分が「私も待つ」と言えば、ロゴスは沢蟹のようなスピードで歩いていった。監視の心積もりではなかったのだが、ロゴスを目で追った。

「ロゴスと夕食に出たことがある?」

 横から、篝火が尋ねた。野分はいいえ、と答える。

「夜は今まで別々だった。ロゴスはあまり、部屋から出てこなかった。出てきたら出てきたで、すごくしゃべるから」
「じゃあ、あのコテージのメンバーでのディナーは初めてということかな」
「そういうことになる。でも、あんまり大袈裟な言い方はしないで。私、ここに入ってるお店、よく知らないの。お勧めが思いつかない」
「はは、じゃあロゴス任せだな」
「篝火はガイドブックを読んで来たんじゃないの?」

 彼は、肩を柱に寄りかからせた。彼の髪が、白い装飾に塗られた柱に触れた。天井のライトの色と噛み合って、彼の髪が光を反射した。
 書店の入り口ではあったが、スペースは広く取られている。壁際に寄っていれば、迷惑と断じられるようなことはなかった。

「言っただろう、半分、仕事なんだ。それを言うなら、君だってそうじゃないのかい? 僕と違って、君は休暇で来ているのだと思っていたけど。ただ混雑しすぎていない場所を巡るっていう方針だとしたら、味気ないにも程がある」
「たったいま、味気ないって言われたけど、本当にそれだけ。穏やかなところにいたかったの。休暇と仕事がごちゃ混ぜになるようなことをしてるのなら、あなたにも分かってもらえると思うけど」
「さては、嫌なことがあったんだ」

 野分は黙って、篝火と目を合わせた。彼は目で笑う。目尻が尾を引いた。

「ビンゴだ」
……いいでしょう、別に」
「拗ねることないよ、僕は責めてない。話してみれば? 嫌なことって、仕事関係?」
「言わない。長い話になるし。ほら、ロゴスも戻ってくる」

 野分は、約束通り棚を一周して戻ってこようとしているロゴスを指した。篝火は食い下がらなかった。そうだね、と言って寄りかかっていた肩を持ち上げ、姿勢を戻す。彼は、姿勢がよかった。柱に寄りかかり斜めになっていたときに比べ、頭の位置が高くなる。

「待たせた。行こう」

 ロゴスに促されて、三人で書店を出る。早足で先導するロゴスに、野分と篝火が従う形になった。

 野分に一切の確認を取らないこともあってロゴスに確固とした案があるものと思いきや、彼には案がなかった。飲食店街の入り口に立ってから「さて」と言い始めたので野分は慌てたが、結局、彼は看板を流し見ただけで店を決めた。

 そして、そういうときに限って、出てくる料理は抜群に旨い。そのように、相場が決まっている。