kurotera
2025-01-02 09:59:32
73559文字
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たとかとはなし 下

2023年12月に発行した温泉スカウトパロディ本の再掲です。
書き手本人が見た幻覚で諸々をねつ造しています。
高濃度の幻覚話。


  

 お天道様が沈んだあとは、山にはいってはいけないよ。

 今は亡い祖母の言いつけも、この日ばかりは破ってよい日だった。
 山道の入り口から社への道にはずらりと提灯が並び、人々を迎え入れている。年々、住人が少なくなっている長閑な田舎ではあるが、この日ばかりは他の待ちからの人で賑わっていた。
 途中の道には屋台が並んでいて、威勢良く人々を誘っている。
 祖父に貰った小遣いを握りしめ、少年は慣れた道を歩く。去年の夏の終わりに言いつけを破って以来の山だった。
 あの時の記憶は曖昧で、少年は僅かに躊躇いはしたが、夏祭りという非日常の誘惑にはどうしても抗えない。限りある小遣いで何を買おうか、と周囲を見渡していれば。
「おや、人の子だ」 
 嬉しそうな声が少年にかけられる。どこかで聞いたことがあるような、ないような。
「ええ、兄者。人の子です」
 別の声に少年が振り向けば、自分よりもいくばかりか年上に見える少年が二人。
 艶やかな白金の髪に、飴色の瞳。淡い菫色の髪を三つ編みにした、つり目がちな琥珀色の瞳。
 少年達は小さな子どもを見下ろし、くすくす、くすくすと楽しげに笑っている。
「少し、大きくなったかな」
「兄者、人の子はすぐ大きくなりますね。きっとすぐ大きくなるから、忘れっぽいんでしょう。かわいそうな生き物です」
「ふふ、そうだね、弟。……ああ、ほら、人の子がきょとんとしてる。どうする?」
 少年は驚きで何も言えずに固まっていると、白金の髪の少年は淡い菫色の髪の少年に問うた。
「さっき屋台できらきらとした食べ物を見ました。兄者、オレはあれがとっても気になります……ねえ、お前。一緒に食べませんか?」
 琥珀色の双眸が柔らかく細まり、じっと少年を見つめる。最初はその目が少し怖いと感じていた少年も、彼の誘う声は楽しげで、ほんの少しだけ柔らかだと思った。
 こくり、と頷く。きっときらきらとした食べ物は、林檎飴のことなのだろう。自分より大きなくせに林檎飴を知らないことが不思議ではあったが、この二人と遊ぶのも楽しいのかもしれない。
 二人が喜び、笑う。じゃあ行こうか、淡く輝く灯りの中、人の子と人に化けた稲荷の兄弟は歩いて行く。

「賑やかだ」
「そうだろう。皆、祭りが好きだからね」
 不死鳥と鴉天狗も平服姿で屋台を見て回っていた。よくよくあたりを見てみると、屋台も、人間が切り盛りしているものもあれば、妖怪が人間に化け、ものを売りつけている屋台もある。別段、害はないようで、鴉天狗もその様子をどこか満足げ弐眺めていた。
「好きだな」 
「ん?」
 屋台通りを抜け、階段を上がった先にある大鳥居の傍に立つ。眼下の景色を眺めながら不死鳥がぽつりと呟けば、鴉天狗が首を傾げた。
 青い目は屋台の明々とした灯りの色に染まっている。
「この社から眺める麓が好きだ。葉が赤く染まるさまも、一面の雪景色も、桜がそこかしこに咲いて淡い光を放つさまも、濃い緑が陽の光に照らされるさまも、それから……今この光景も、俺は、好きだ。――守れてよかったと、思う」
……ありがとう、本当に感謝しているよ。君がいなければ、今頃ここは雨の止まない地になっていた。山のあるじとして、それからここに住む者として、礼を言わせてくれ」
 居住まいを正し、鴉天狗が頭を下げる。その姿によせ、と照れ笑いをする。
 あの百鬼夜行から二ヶ月、平穏な日々が続いていた。不死鳥たちの傷も癒え、相変わらず稲荷社には願い事が届き、狛犬たちは境内の掃除をし、鴉天狗は山神として御役目を勤めている。
 時折、山奥から三千院と雪女が、里からは化け狸や十文字が訪ねてきた。
 雪女はそろそろこの山を離れるようで、三千院はせいせいするとぼやいていたが、どこか名残惜しげにも見えた。
 狂骨が封じられていた井戸はもう蓋をする必要もなく、鴉天狗と三千院が清めればただの井戸に戻った。龍脈に繋がっていたここも正常に戻ったので、山はもっと豊かになるだろうと、兄狐が言っていた。
 夏は、いよいよ深まっていく。
 

 ある晩、不死鳥は社の屋根から麓を眺めていた。その手には功徳集めの硝子瓶が収まっている。その中身はたっぷりと満ちて、柔らかな光を放っていた。
…………
 それを眺め、そして天を仰ぐ。晴れた夜空に天の川が横たわっているのを見て、そっと息を吐く。ひとつ、あることを決めた。

 数日後。
 不死鳥が朝早くに境内へ出ると、狛犬たちと出会った。
「おはよう、不死鳥殿!」
「おう、おはよう。珍しく早いのう」
 相変わらず親しげに接してくる狛犬たちに挨拶をする。化け狸のところに行くんだ、と告げれば快く見送られた。
 尾羽を揺らし、ひとつ飛ぶ。瞬く間に古寺の屋根についた。本堂からはむにゃむにゃと読経が聞こえてくる。誰かいるだろうか、と窓から中を覗き見たが、住職だけのようだった。
「化け狸殿」
「おわーッ!」
 がらりと窓を開けてそこから入れば驚いた化け狸が勢い余ってりんを思いきり打つ。チーン、と本堂に響き渡る音に悪いことをしたと不死鳥が眉を下げれば、こほん、と化け狸が咳払いした。
「ふ、不死鳥さん、こんなお昼間にどうしたんですか?」
「あ、いや、悪い……これを返そうと思ったんだ」
 不死鳥が懐から巻物を出し、化け狸に渡す。ああ! と納得したのか、それを受け取り、もとの経箱に戻した。
「結局、僕たち実際に見ちゃいましたね、巻物の百鬼夜行」
「しかしお前達も無事でよかった……
「大猫又さんもいらっしゃったので、良かったです。次の日村の子どもに怪獣と戦う巨大ロボを窓から見たと言われた時はヒヤッとしましたが……
「? きょだい、ろぼ?」
「い、いえっ何でもないです!」
 あはは、と笑う化け狸にそれから、と不死鳥が眉を下げる。
「あの瘴気避けの鈴だが……その、どこかにいってしまったんだ。すまない、寺の大切な宝を……
「うーん、でもそれで不死鳥さんが無事だったら、それが鈴の御役目だったんですよ。僕は気にしていません」
 あっけらかんと言い放つ化け狸に、そうなのか、と不死鳥が瞬きをする。
 しかしやはり申し訳がない気持ちが勝るのか、そうだとひとつ呟き、左手につけていた数珠を外した。
「これを」
「数珠、ですか」
「御利益があるかは分からないが……
「いやまたこれは、霊験あらたかといいますか……いいんですか?」
「貰ってくれ。世話になった礼だ」
 不死鳥の言葉にそういうことなら、と化け狸が微笑んだ。

 古寺から戻った後、稲荷社にある長椅子に座って一休みする。日差しは強いが、山の中だからか心地よい風が吹いている。
「やあ」
「稲荷、小稲荷も」
「こんにちは、不死鳥さん」
 くすくすと笑いながら稲荷の兄弟が不死鳥の両隣に座る。そういえば同じようなことがあったな、と思い出しながら、不死鳥は二匹を交互に見た。
 笑みを浮かべながら、兄弟は尾を揺らしている。
「いったいどうしたんだ?」
「行くんだろう?」
「!」
 兄狐の言葉に、不死鳥が目を見開く。飴色の瞳は不死鳥の腹づもりを見抜いているらしい。どう答えればいいか迷った挙げ句、不死鳥は頷いた。
……ああ、お前達には随分と世話になった」
「ふふ、沢山お世話をしました」
「楽しかったね」
 狐兄弟の言葉に不死鳥が頷く。尾羽を引かれるような名残惜しさを不意に感じ、思わず苦笑いを浮かべた。
「いざ別れを告げると、どうにも惜しくなるな」
「ああ、でも畢竟、互いに長寿だろうが不老不死だろうが、別れはあるものさ。もしお前が、数百年後にふとここに舞い戻ってきたとして……この社があるのか、あの村がまだ営みを続けているのか、誰にも分からない。そうだろう?」
 兄狐がちらりと村に眼差しを向ける。弟狐もその言葉を聞きながら、微かに笑みを浮かべていた。
……そうだな」
「だからといって全てが終わるわけではないんだ。社が朽ちても、村に人がいなくなっても、そこにあったという事実は変わらない」
「きっとそれでいいんです」
……お前たちも、俺を覚えていてくれるか」
 不死鳥が問う。二匹の狐はぱちりと瞬きをする。それからお互い顔を見合わせ、にやりと笑った。
「ねえ、弟。惜しい鳥を逃したね」
「ええ、美しい鳥を逃しました。よく空から落ちて、おっちょこちょいでしたね。でもきっとまた、落ちてきますよ」

 狐の兄弟たちと少しの間話をし、別れた頃には夕方になっていた。

 山の向こうに落ちていく太陽を眺めた後、本殿へと向かった。声をかけて中に入れば、鴉天狗が巻物を広げ、読んでいた。
「不死鳥くん?」
「御剣」
 どうしたんだい、と鴉天狗が問えば不死鳥がじっと見つめ返す。
 しばらくの沈黙ののち、口を開いた。
「見せたいものがあるんだ」
……もう夜だよ」
「今じゃないと、駄目だ」
…………
 鴉天狗が巻物を巻き取り、紐で括る。ゆっくりと立ち上がり、行こうかと告げた。
 社を出て、山奥へ続く道を進んでいく。そういえば春先にこの道を二人で歩いたことを思い出しながら、鴉天狗は暗い道の向こうを見た。
「ねえ、何があるんだい。また不審なものでも見つけた?」
……いや、お前が心配するようなたぐいではない。安心してくれ」
……そう」
 微かに虫の音が鳴る暗がりを歩いて行く。水の流れを聞きながら、山道を登っていく。このまま進めば竜穴だ。そこへ向かうのかと思えば、あと少しのところで道を逸れた。
「不死鳥?」
「こっちだ。もうすぐ着く」
 短く答える不死鳥の態度に、訝しがりながら導かれる。
 道なき道を抜ければ、少し開けた場所に来た。そこにあった木々は何かの理由で倒れたのだろう、空から月光が差し込み明るくなっている。
「あ……
 向日葵の群れが咲いている。
 どうしてこんな場所に、といった疑問はすぐに解消した。
「ここに植えたのかい」
「植えた、というより……野槌と戦った時のことを覚えているか? ここで俺たちは野槌を倒した……その時に懐から落としてしまったんだ。探し当てた時には、もう芽が生えていた」
 己の背丈に届くほどの向日葵に触れながら、不死鳥が答える。それに歩み寄り、鴉天狗もその大輪に眼差しを向けた。
「お前の言うとおりの花だった。日輪のように大きく、輝いていて力強い。……ついこの前、咲いたんだ」
「そうだったんだね……咲いてよかった。夜に見る向日葵も、中々いいね」
 互いに顔を見合わせ、笑い合う。
 はにかむように笑う不死鳥に、鴉天狗は口火を切った。
「帰るのかい」
……ああ、狐たちには伝えた。皆によろしくと、伝えてくれないか」
「確かに聞いたよ。……元気でね。もう、落ちてきてはいけないよ」
…………今度来るならば、己の翼で降りてくる」
 月のような金色の双眸と、蒼天の如き青い双眸がしばらく見つめ合う。
 しかしこれ以上はと不死鳥が向日葵から離れ、何も無い場所に立った。
「御剣、本当に世話になった。……達者でいろ」
 不死鳥の身が炎に包まれる。温かな風が周囲に吹き、木々と向日葵を揺らした。やがて強い光が周囲に満ち、思わず鴉天狗が目を瞑る。
 しばらくして闇が戻ってきた感覚にそっと目を開き空を仰ぎ見れば、霊鳥の姿をした光が流星の如く天空へと駆けていった。
「さようなら、不死鳥くん」
 ぽつり、掠れた声で鴉天狗が呟く。淡い月光と、そのまわりで燦めく星々から降り注ぐ光が、一人残された若き山神と向日葵の群れを静かに、照らしていた。
 
 


                                  了