kurotera
2025-01-02 09:59:32
73559文字
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たとかとはなし 下

2023年12月に発行した温泉スカウトパロディ本の再掲です。
書き手本人が見た幻覚で諸々をねつ造しています。
高濃度の幻覚話。


   
 春冷えも過ぎ、昼間は少し汗ばむ日も出てきた。
 あの野槌と大立ち回りを繰り広げた一帯も、既に新緑が芽吹きつつあることに驚きを感じながら、不死鳥はあたりをうろうろと歩き回っていた。
「ここあたりのはずなんだが……
 あの日よりも少し嵩の減った灰の山を見つけ、近寄る。流石に倒れた木がすぐに元通りというわけにもいかず、戦ったときにぽっかりと覗いた空から、柔らかな木漏れ日が差し込んでいた。
 黒々とした灰を、指で撫でる。青い目で灰の山を見渡して、暫く不死鳥はそこから動かずにいた。しばらくしてうーんと一言唸り、項垂れる。
「無い……
 気落ちした声で呟き、灰の上を歩き回る。
 自分が丸呑みにされた位置はどこであったのか。
「あの時、野槌に呑まれてそのまま……?」
 失せ物見つからず、しかし諦めきれずひとしきりうろうろとしても見つからない。いよいよ諦めようとした時――
「うわっ」
 ぴゅう、と風が吹いた。穏やかながらどこか力強い薫風が、灰の表面を撫でていずこへと連れ去っていく。舞い上がる灰が顔にかからぬよう腕で庇いながら、風がやむのを待った。
 風が収まり、腕をどければ目の前の灰はまた幾分か減っていた。随分運ばれていったものだともう一度周囲を見渡せば。
「あっ」
 青い目を見開き、見つけたものに駆け寄る。目当てのものではなかったが、不死鳥が驚くに充分なものがそこにはあった。
 ――と。
……ああ、ここにいた」
 声をかけられる。ぱっと顔をあげて声の方を見れば、見知らぬ人影があった。
「誰だ、お前は」
「誰だと思う?」
 煽るような物言いにむっと不死鳥が睨みつける。
 金の角と牙を持った白塗りの鬼――のような面をつけた着物姿の人。
 いや、人間ではないと本能が告げていた。
「鬼?」
「あははっ、あんな野蛮な奴らと一緒にするのかい?」
 上等そうな扇子で口元を隠しながらそれは笑っていたが、その声色には苛立ちが含まれていた。その振る舞いの奇妙さに不死鳥が後ずさりをすれば、まあよいわと肩を揺らす。
「其方、人をこれっぽっちも怨まなさそうな顔をしているねえ」
「人を怨む? 怨みを向ける者などいない」
……ふぅん」
「お前、本当になんなんだ?」
 焦れた不死鳥が問えば、鬼の面が外される。
 双眸の紅は艶めかしく、どこか挑発するような眼差しでこちらを見つめている。
…………
 その圧に、ごくりと不死鳥が喉を鳴らせばくつくつと笑う。
「なぁに、ただの般若さね。其方をとって食おうなぞ、微塵もないわ」
「般若……なあお前、俺に何か用でもあるのか」
 未だ警戒を解かずに問うが、般若と名乗る存在は扇子で口元を隠したまま笑うのみである。無いならばもう行くぞ、と不死鳥が離れようとすれば、ふん、と鼻で笑った。
「其方の中に怨みは無いが、其方に手を伸ばすものどもの念は……長い年月により深く冥くなっているねえ。この般若の目にとくと見えるわ」
「俺に……手を伸ばす?」
「其方は其方自身の輝きゆえに、それを見ることは叶わぬだろうね。いや、見えてしまった時――其方はどうなるか……フフ、今は悪月、巳の日を心待ちにしようか」
 そう言い残し、般若はすう、と消え去ってしまった。麗らかな日差しが差し込む木立の中に取り残されたのは、困惑しきりの不死鳥のみであった。

 山を下って社に戻り、稲荷社に向かう途中で弟狐とすれ違った。
「小稲荷」
 どこか剣呑な雰囲気で通り過ぎる彼に声をかけたが、しかし返ってくる言葉はなくそのまますたすたと足早に立ち去っていく。腹でも痛いのか、と不思議に思いつつ戻れば、社稲荷の賽銭箱の傍ら、兄狐が憂鬱な表情をさせて佇んでいた。
……おかえり」
「稲荷、さっき小稲荷が……
「ああ、……
……何か、あったのか?」
 兄弟揃ってただならぬ様子に、不死鳥も不安に思えてくれば、兄狐がいや、と首を振りかけ、そして目を瞑った。
「兄弟けんか、かな……どうだろう。弟があれほど機嫌を損ねるなんて……
「お前達が? ……なにか、言い合ったのか」
「言い合った、というものではないよ。弟の様子が少しおかしかったから、尋ねただけさ。そしたら、兄者はもうここの山神になるつもりはないのですか、と聞かれた」 
「山神に……
 狐の兄弟達がここの山神になるということは、今の山神――鴉天狗がその座を追われるということに他ならない。顔を曇らせた不死鳥をちらりと見て、兄狐が肩を揺らした。
――オレは、何も言わなかった。いや、言えなかったと言うべきだね」
「言えなかった?」
「どう答えればいいのか、迷ったのさ。……それが答えだったのだろうね、弟にとっては」
 飴色の目を伏せ、ぽつりと呟く兄狐の横顔は寂しげだった。
「小稲荷は、どうしてもお前に山神になってほしいのか?」
……正直、分からない。弟が本当は何を求めているのか、何を、願っているのか」
「俺は、お前たちと御剣が争うのを見たくない」
「お前は素直だね。羨ましいぐらいだ」
 くすくすと笑い、兄狐が尾を揺らす。暫く黙ったあと、ひとつ、頷いた。 
「ゆくゆくは話をする必要があるのは、分かっているよ。……心配してくれてありがとう。ただ、今は――
 すっと顔を上げ、飴色の双眸で不死鳥を見据える。
「ここの稲荷の神使として、御役目がある」

 数日後、阿形と吽形が慌ただしく境内を駆けずり回っていた。
「何をしているんだ?」
「巳の日が近いからのう。結界を見ておるのじゃ」
「綻びがあると大変だからな」
「巳の日?」
「悪月の巳の日、社の外に出てはいけないよ」
 不死鳥が何のことか分からずに問おうとすれば、背後から鴉天狗の声がした。
「悪月、巳の日……
「百鬼夜行はさすがに知っているね?」
「あ、ああ……」 
「それが年に一度、この地に到来する日が悪月……五月の巳の日なんだ。この日は村の者たちも外を出ない習わしになっているんだ」
「百鬼夜行が来るのか!?」
 不死鳥が目を見開き、身を乗り出せば鴉天狗は首を振った。
「君が調べていたものとは違うけどね。ただの……といえば少しおかしく聞こえるけど、他の地域でもよく見られるものさ。どこからか来た鬼や妖怪が練り歩き、どこかへと去って行く……そんな一夜だよ。もちろん、彼らと遭遇した者はただじゃ済まない。だから村の人間も、山の者たちも家や寝床にこもり、不浄を避ける。準備をしていれば大丈夫、嵐のようなものさ」
「そう、なのか……
 納得したように頷き、そしてすぐにあ、と声を上げる。どうしたの? と鴉天狗が問えば。
「そういえばついこの間……悪月の巳の日のことを言っていた奴に会った」
 今度は鴉天狗が眉を寄せる番だった。
「鬼のような奴だった。名前は、ええと……
「鬼か。山にも少しばかりいるけれど……何か、言われたのかい」
「俺は人を怨まなさそうだと。正直、何を言っているのか分からなかった。悪月の巳の日を心待ちにしているとは言っていたが……
 不死鳥が思い出していくうちに、いよいよ鴉天狗の顔が苦々しいものになる。
「百鬼夜行を心待ちにしているだなんて、たちの悪いはぐれの鬼かもね。関わってはいけないよ」
 さて、と鴉天狗が狛犬たちに振り向く。見回りを終えた狛犬たちは、大丈夫だったとあるじに頷いていた。
「井戸も大丈夫だね?」
「おう、ぴったりと蓋をされていたぞ」
「よし……何度も言うけれど、当日は夜が明けるまでみんな社から出ないこと。狐たちも知っているとは思うけど、念のために言っておこうか」
「心得た」
 狛犬が立ち去り、ふと鴉天狗が不死鳥に聞いた。
「そういえば、この前は朝早くからどこに行っていたんだい?」
「さ、散歩だ。良い天気だったからな」
「散歩」
「さっき言った鬼以外は何も無かったぞ」
…………不死鳥くん?」
 また何か隠し事をしているなと察したのか鴉天狗が不死鳥をじっと見つめる。青い目がついと逸らされ、そして突然、そうだ、と声が上がった。
「御剣、もう少しでいっぱいになりそうなんだ」
「えっ……なんのことだい」
 鴉天狗がきょとんとした顔をさせれば、不死鳥は懐から瓶を出した。中に、淡く輝くビー玉のような功徳が、瓶の八分ほど溜まっている。
「功徳だ。稲荷達に手伝ってもらって、もうあと少しで瓶がいっぱいになるんだ。人々の願いをもういくつか叶えれば……一杯になる」
 蒼天のような青い目をきらきらと輝かせて、不死鳥が語る。その勢いに押されつつ、そう、と鴉天狗が笑った。
「それじゃあ、もうすぐ帰ることが出来るね」
…………ああ、御剣たちのおかげだ。俺は随分とここの世話になってしまった」
 不死鳥がはにかみ、夜空を見上げる。月は無く、星々は瞬いている。空気の澄んだ山の中は人里では見られないほどの小さな星も、よく見えた。
 おやすみ、と告げて寝床に戻る不死鳥の背中を見送る。あの瓶が満たされれば、彼は帰るのだろうと、本の少し感慨深くなりながら己も寝床に戻るべく。踵を返せば。
 牛がいた。
 人の頭を持つ真っ白な牛である。
 男にも見え、女にも見え
 赤子にも見え、老人にも見えた。
……!」
 妖怪か。いつの間に、と鴉天狗が身構える。しかし人面の牛はこちらに敵意を向けるわけでもなく佇んでいると思えば、その口が開いた。

 ――一夜にして日輪が幾度も昇り、沈む。

 ――幾度目に日輪は数多を照らすが、果てには失われるだろう。

 ――くだんのごとし

 そう言い残し、牛は幽霊かのように消えた。
 
 
 巳の日がやってきた。
 初夏、日もかなり長くなってきたが毎日同じ時刻に村から流れてくる音を合図に、今日に限っては老いも若きも素直に家路についているようだった。
「夕焼け小焼けで日が暮れて」
 本殿の屋根に腰掛けていた兄狐がぽつぽつと歌を口ずさむ。その歌声は穏やかで、どこか懐かしさを孕んでいた。
「山のお寺の鐘がなる」
 歌声に応えるかのように村の寺からの鐘の音が届き、思わず笑みがこぼれた。
 きっとあの化け狸が鐘を打ち鳴らしているのだろう。
 人の子よ、家に帰り安んじろと。
「兄者」
……弟」
 すた、と弟狐が屋根に飛び乗り、兄狐の隣に立つ。少し強ばった声に兄狐は顔をあげ、どうしたんだいと問うた。
「日が暮れますね」
「そうだね。ここに来てから、初めて百鬼夜行の夜を過ごすことになる……恐ろしいかい、弟」
「いいえ、オレは兄者がいれば、何も怖くないんです」
 弟狐が兄狐に微笑む。淡い菫色の髪がゆらりと揺れた。そう、と頷いて兄狐が弟狐を見つめる。
「ねえ、弟。オレもお前がいれば――
「狐くん」
 兄狐の言葉は、屋根の下から発せられた鴉天狗の呼び声に遮られた。 
……何だい?」
「そろそろ時間だ」
「ああ。分かった。行こうか、弟」
 鴉天狗に促され、兄狐が了承する。弟狐がはい、と応えれば兄狐が屋根から降りた。その姿から目をそらし、弟狐は麓を眺める。徐々に朱く、そして暗くなっていく空を見つめ、ゆっくりと瞬きをした。
「夢は今もめぐりて」
 殆ど囁きに近い、歌声だった。
「忘れがたき……
 弟? と兄狐の呼び声が屋根の下から聞こえる。
……今行きます、兄者」
 返事をし、白い尾を揺らして弟狐も屋根を降りた。

 
「とは言うてものう、外を練り歩く魑魅魍魎どもが入らぬように境内の結界を見張るだけじゃ」
「一昔前まではそれはもう大嵐のようだったぞ。先代も手を焼くほどだったな!」
 湿気った風が吹いている。昼間の穏やかな陽気を伴った爽やかな風とは別の、どこかまとわりつくような風だ。
「灯りはつけるのか」
「ああ、ここが神域であるという事をあちら側にも示さなければならないからね。灯りをつけていれば、大抵の者は入り込もうとすらしない。度を超えた悪戯者が無理矢理入ってくるだけさ」
……しかし朔月でないとはいえ、月が細いのは厄介だね。ほら、近くの明星があんなに強く光っているよ」
「はい、万が一灯りが消えてしまえば真っ暗です……
 弟狐の言葉に応えるように、一際強い風が境内に吹いてくる。灯りの火が大きく揺らいだのが見えたが、消えはしなかった。
――来る」 
 鴉天狗が見据えていた遙か遠く、麓の村よりもさらに向こう側。そこには灯りの列があった。その灯りの炎は、赤と思えば青に変わり、青と見れば赤に変じた。
 それを掲げている影の群れには、数多の眼光が輝いている。群れは、ぞろぞろとこちらに近づいてきていた。
 まるで、雨雲のようだと不死鳥は思った。

 日が落ちきった村は、すっかり鎮まっていた。
 奇妙な因習のたぐいもない長閑な村であるが、五月の巳の日だけは日が落ちたあとは一歩たりとも外に出ず、灯りも音も漏らしてはならぬという習わしが昔から強く言い伝えられている。
 なので村で一番の賑わいを見せる商店街も、いつもならば日付の変わる頃まで提灯を明々とさせている居酒屋までもが言い伝えに従いシャッターをぴしゃりと閉めていた。街灯も、役場の人間が全て落としたのだろう。
 今日ばかりはしん、と静まりかえっていた。
 人影ひとつない道に。
 ちょろちょろと小さな影が走る。
 鼠である。
 提灯を持ち、古い襤褸の着物を着た鼠が日本の後ろ足で走り回っている。
 その仕草はまるで、人間のようであった。
 ぢゅいぢゅい
 ぢゅいぢゅい
 数匹の鼠が喚きながら提灯を振り回し、道を駆けていく。

 ――ぼつ。

 一つ、雨粒が落ちて地面を濡らした。
 鼠に続くように、調子外れのお囃子と共にぞろぞろとやってきたのは、人ならざる者の一団である。
 貧相な体つきの小鬼は大幣を振り回しながら走り、弦の切れた琴の胴体を持つ獣がのしのしと闊歩している。
 お囃子に合わせて梵鐘で出来た頭をカーン、カーン、と自ら叩きながら妖怪は練り歩く。豚ほどの大きさの、真っ赤な虎魚は脚を生やしてズリズリと歩き、その胴の上では大口を開けた女の妖怪がゲラゲラと笑っていた。
 その脇をすり抜けるようにぬるりとろくろ首の頭が宙空を這う。その一団に遅れまいと、青ざめた生首がどすんどすんと楽しそうに跳ねていた。
 しかし皆、どれも表情は暗く、悲しげであり、目には冥い怒りを孕んでいた。
 群れから発せられる呻き声は誰かへの怨嗟であり、助けを求める哀願である。
 それが強風に混じり、家屋の閉じきったシャッターを揺らしていくのだ。
 調子外れのお囃子と、怨嗟の呻き。
 徐々にそれは強く、激しくなっていく。
 それに応えるように、いよいよ暗雲が雲を覆いだした。
 
 ――ぼつ。
 雨粒がひとつ。
 ――ぼつ、ぼつ。
 ひとつ、ふたつ。

「雨じゃ……
「これは……強くなりそうだ。通り雨であればよいのだが」
 阿形の憂いを嘲笑うかのように、雨が本格的に降り出した。
 その勢いは強く、鴉天狗たちをみるみるうちに濡らしていく。
 そんな中、雨音にお囃子の音が紛れて聞こえてきた。
「いる。近くまで来ているみたいだ」
 兄狐が境内に張り巡らせた縄の外を指させば、夜闇の奥から無数の目がこちらを睨みつけている。鋭い獣の目、人のような目、数多の目。
 それらがぎょろぎょろとこちら側を探るように、蠢いた。


 うらめしい うらめしい
         この結界 破れぬものか
 山の若旦那 何するものぞ
                  野狐が潜り込んだか さかしき奴よ
             うらめしい うらめしい
 この社 強い怨みを封じておる
                  無念と言えず 悲しかろう
       骨身に染みて 悔しかろう
                      分け入りぬべきようもなければ
 呼ぼう 呼ぼう 我らが呼ぼう
                   きよや きよや
 きよや きよや

 お前の楽土はここにあるぞ









              ごとり








……!」
 聞こえた音に不死鳥が振り向けば、それは間違いなく井戸の方向である。
 あの封じられた井戸のあたりから、ただならぬ気配が立ちのぼっているのを感じた。
……井戸は封じてある筈……!」
 同じく音を聞いたらしい鴉天狗が戸惑いを隠せずに呟いたと同時。

 ばらり
 
「琵琶の音……!?」
 境内にひとつ、琵琶の音色が響く。
 それは降りしきる雨よりも強く、哀切を孕んでいた。
 誰も彼もの魂をかき乱し、誘っている。
 そんな気がして、不死鳥はその音色の主を探すように、あたりを見渡せば。

 ごとっ
 ごとん
 がた、

 地が揺れる。井戸の方角から巨大な影が立ちのぼり、夜空を覆う。
「骨……?」
 井戸から生じた影は骸骨の姿をとり、こちらを睥睨する。あの小さな井戸に封ぜられていたのが不思議な程に禍々しい人骨。――狂骨がいよいよ解き放たれた。
「皆、散れ!」
 吽形が叫ぶや否や、六人が散り散りその場を離れる。同時に、狂骨の手が叩きつけられ境内の砂利を砕いた。自由を得、長年井戸に封じた怨敵を滅しようと腕を振るう。
「結界が!」
 弟狐が叫ぶ。境内を囲むようにぴん、と張っていた縄が狂骨の瘴気に煽られては揺れ、捻れ悲鳴を上げる。
 結界というものは外にはめっぽう強いが、内側からの衝撃には弱い。
「く……っ、鎮まれ!」
 結界がもたないと悟った鴉天狗が印を組み、真言を唱える。それに呼応するかのように阿形と吽形が懐から注連縄を出し、狂骨へと放った。
 真っ直ぐに放たれたそれが骸骨の腕を縛る。そのまま力の限り引っ張り、引き倒そうと狛犬が力を込める。降伏ごうふくの真言に唸り声をあげながら狂骨が身を軋ませる。
「そらっ」
 そこに兄狐の燐火が放たれ、弟狐も骨を断たんと爪を振るう。――しかし。
 ばちん! と音を立てて両腕を縛っていた注連縄がはじけ飛べば狛犬たちが吹き飛ばされる。狐の兄弟も自由になった狂骨の腕に弾き飛ばされた。
「うう……
「皆!」
 髑髏の口が開き、地の底からのような雄叫びが空気を轟かせた瞬間。
 ぶつん、と結界の縄の一つが切れた。それに続くように、境内を守っていた結界の縄たちが音を立てて切れていく。
「くそっ!」
 鴉天狗がせめてもと、再び真言を唱え本殿と山奥への門を封じたと同時――
 百鬼夜行が、なだれ込んできた。
 今こそ好機と百鬼夜行の妖怪たちが境内に殺到したのを見て、鴉天狗が軽く唇を噛む。いや、こうしている場合ではないと飛びかかってきた小鬼を殴り飛ばし、周囲を見渡す。
 狂骨がこの社から完全に解き放たれればどうなるかを考え、背に嫌な汗が伝った。
「く……井戸に封じておった瘴気が溢れてきておるな……!」
「このままだとどうなるんだ!?」
「辺り一帯、一晩のうちにこの百鬼夜行に取り込まれ、二度と現世に戻れないだろうな!」
 阿形の言葉に不死鳥と狐の兄弟が青ざめる。
「せめて人里は守る! いっそのこと、百鬼夜行の全てをここにおびき寄せよう! 阿形、吽形、行ってくれ!」
 意を決した鴉天狗の言葉に狛犬たちが頷き、俄に唐獅子の姿に変じた。大鳥居を越え、魑魅魍魎どもを蹴散らしながら山を駆け下りていく。
「御剣、ここにおびき寄せたとしてどうする! 倒すにしても数が多すぎるぞ!」
……全て、封じる。そうすれば里と山は……無事だ」
 鴉天狗が短く答え、羽団扇を持つ。
「俺も手伝う!」
「君は、ここにいては駄目だ」
「な……
 どうしてだ、と怒りかけた不死鳥を鴉天狗が制止し、首を振った。
「言わせないでくれ」
「何を!」
…………ちゃんと天界に戻るんだよ。いや、狐たちがいるから大丈夫だ。君は、天界に戻れる」
「なんでそんなことを言うんだ! 今生の別れのようなことを――!」
…………
「御剣!」
 不死鳥の手が鴉天狗の腕に縋ろうとする。しかし鴉天狗はそれを払い、無表情で羽団扇をひとつ、振るった。
「風よ、運べ」
「!?」
 辻風がふわりと不死鳥の身体を浮かせる。慌てて藻掻こうとするが身動きがとれない。なぜだ、離せと鴉天狗に叫ぶが、山の神は応えない。
「不死鳥さん!」
 弟狐の叫び声と共に、不死鳥の身を衝撃が襲った。押しつけられたそれは見慣れた装束で、怒りに白い尾をぶんぶんと振っていた。
「弟、どういうつもりだい!」
…………
……いいのかい」
「早くしてください」
 鴉天狗の確認に弟狐が答え、真っ直ぐに不死鳥へと押しつけた兄狐を見つめている。
 兄狐は弟狐の所業に、青ざめた顔でどうして、と叫んでいた。
……分かった」
 鴉天狗がもう一度、羽団扇を振るう。瞬く間に不死鳥と兄狐の叫びと姿は風と共にかき消えた。
 ひとつ、安堵の息をつき、そしてちらりと隣に立つ弟狐を見る。
「二人して逃げるのかと」
「見くびらないでください。これでもここの稲荷社の神使ですよ」
 ふん、と鼻を鳴らして胸を張る。こんな時でも変わらない態度に苦笑いを浮かべ、鴉天狗は肩をすくめた。
「それにしても、狐というものはやっぱりずる賢いね。俺がいなくなれば、君の兄さんは山神になるだろう。満足かい?」
「ええ、とっても。……兄者はきっと山を豊かにしてくれますよ。カラスも嬉しいでしょう?」
 山神と稲荷の神使の周囲に、魑魅魍魎が集う。じりじりと間合いをはかり、今にもいっせいに襲いかかろうという意思が見えた。
……
……
…………死ぬなよ、弟くん」
「お前こそ。思ったんですけど、やっぱりお前を叩きのめしてから、山のあるじになりたいですね」
 魑魅魍魎の餓鬼が一番槍と二人に襲いかかる。
 まずは雑魚を蹴散らし狂骨を止めねばと、炯々と輝く二つの双眸が獲物を見据え。燐火と風が舞った。
 

「不死鳥さん!」
 強く身体を揺さぶられる感覚に、意識を引き戻される。ぼんやりと目を開けば、明るい桃色の双眸と目が合った。
……化け、狸……殿?」
「よ、よかったぁ……!」 
 目覚めた不死鳥を見てへなへなと化け狸が声を漏らす。視線をずらせば、すぐ隣で兄狐が寝かされていた。まだ意識が戻っていないのか、ぐったりとしている。
「こっちも起こさないと……!」
 化け狸がいそいそと兄狐に向き直り、その肩を揺さぶる。
「う……
 微かに声が聞こえ、びくりと尾が揺れた。大丈夫ですか? と化け狸がおそるおそる声をかければ、兄狐は呻き、頭を押さえながら起き上がった。
「ここは……?」
「僕のお寺です!」
「化け狸よ、俺達はいったい……
 三匹がいるのは、村の寺らしい。外では強い風が吹いているのか、時折がたがたと戸が揺れている。
「それが……
「やっと起きたか」
 がらりと戸が開き、現れたのは節分の折に出会った鬼――酒呑童子と茨木童子である。その姿を見て、不死鳥が目を見開いた。
「お前達……! 大江山に帰ったんじゃなかったのか!?」
「はん、オレ達がどこに行こうが勝手だろうが」
「寧ろ感謝して欲しいぐらいだぜ。俺達がいなけりゃお前らはそこらへんで野垂れ死んでいた所だ」
 茨木童子の言葉に困惑したように不死鳥が眉を寄せる。慌てた様子で化け狸が割って入った。
「酒呑童子さんと茨木童子さんが、お二人をここに運び込んでくれたんです。百鬼夜行なので閉めきっていた門を無理矢理開けて入ってきたのにはだいぶびっくりしましたが……とにかく無事で良かった……!」
「っ、そうだ、御剣が……御剣が俺達をむりやり風に乗せて……!」
…………
 じっと黙りこくっていた兄狐が俄に立ち上がり、外に出る。寺の本堂からは山の中腹に建つ社が見える――筈だった。
……あれは、……なんだ……
……不死鳥さん達が運び込まれる少し前から、あんな感じになって……いくら百鬼夜行の夜でもあんなものは今まで見たことがありません。だから僕、心配になって…………お兄さん!?」
 無言でそのまま外に出ようとする兄狐に化け狸が駆け寄り、制止する。きろりと鋭い眼差しで、兄狐は化け狸を睨んだ。
「どけ」
「ど、どこに行くんですか! 危険ですよ!」
「うるさい、どくんだ」
「どきません!」
 化け狸が叫べば兄狐の身体が小さく跳ねた。微かに怯んだ顔で己を見つめる兄狐にも臆さず、化け狸はぐっと唇を引き結ぶ。
…………弟が、…………
 震えた声で呟き、兄狐が一歩よろめくように後ずさる。その姿を前に、化け狸は苦しげに眉を寄せ、しかしひとつ首を振った。
「それでも……何も用意のないままあそこに向かうのは危険です。今あのお社には百鬼夜行の妖怪達が引き寄せられている筈……いくらあなたでもお社にたどり着けるかどうか……
「左様」
 凜とした声が、化け狸の言葉を是とする。その声を聞いた酒呑童子が、軽く舌打ちをすれば、寺に突風が吹き込んできた。
 閉じられた門の前、いつの間にか影が三つ。
「大丈夫っすか!?」
「全く、何してんだか……ほら、おやかた様が直々にいらっしゃったんだ。お前ら感謝しなよ」
 十文字と澪、大猫又である。姿を見るなり酒呑童子が苦々しげに顔を顰めた。
……樹海から出てきやがったとは驚きだ。引きこもりは止めたのか?」
 酒呑童子が皮肉を吐き捨てれば、ふん、と大猫又が鼻を鳴らす。
「旧知の息子の危機であろう。この老猫、それを捨て置くほど薄情にはなっておらぬ。それに……汝らも気がかりなればこそ、ここに戻ってきたのだろう?」 
「別にこの村がどうなろうが知ったこっちゃねえが、美味い酒が飲める場所が無くなるのは、このご時世惜しいんでね」
 茨木童子の言葉に大猫又がくつくつと笑う。そしてさて、と気を取り直して山を睨みつければ、黒い尾を揺らした。
「井戸の狂骨が目覚めたか。その強い怨念に百鬼夜行が引き寄せられた……いや、百鬼夜行があれを目覚めさせたか。どちらにせよ、あのままではあの社……取り込まれるであろうな」
「神域が取り込まれる……ですか? 俄には考えづらいですが……
 化け狸が困惑すれば、うむ、と大猫又が重々しく頷く。
「かつて、戦に追われ落ちのびた者達を、村人達は井戸に落とし殺した。何、その時分には珍しくもあるまい。しかし、浅はかであったのは……彼奴らが棄てたのは神域の井戸よ。つまり……
「山の水脈と共に、龍脈とも繋がっている……
 兄狐が思い至ったかのように呟けば、大猫又は左様と頷いた。
「ゆえに一度、山と村に井戸から生じた瘴気が溢れた時……疫病が流行り、作物は不作。人心は乱れ、土地は荒れた。そこで井戸ごと封印し、土地を立て直したのが先代山神……三千院よ」
「そんなことがあったんですね。ではその封印が破られたとなると……今まで井戸に溜まっていた瘴気は……
「あの時の比ではあるまいて。それをあの小童は、社ごと封じようとしている、といった所であろうな。全く無茶をする……三千院も動けまい、山奥に魑魅魍魎や瘴気が入り込まぬようにするので手一杯であろう」
「それなら助けにいかないと! ここで指を咥えて見ているわけにはいかない!」
 いてもたってもいられず不死鳥が叫べば、大猫又が目を細める。
「思えば長く居着いた地よ。故に我らはここに来た……しかし、不死鳥。汝は我らと違い、天界の者……
「大猫又殿、いまさら生まれた地が違うと、俺をここに留めておくつもりか!?」
「そうではない」
 低い声が不死鳥を制す。
 その鋭い目はやはり見定めるように、不死鳥を射貫いていた。
「あの百鬼夜行、挑んだとしても下手をうてば……汝は永劫生きたまま喰らわれ、死に、再生し、そしてまた生きたまま喰らわれるだろう。……その覚悟はあるか」
…………!」
「不死鳥の肉は、あの魑魅魍魎の群れどもにとっては喉から手が出るほど欲するものよ。汝が百鬼夜行に囚われれば、お前はそうなる。故にあの小童はお前をあそこから逃した。どうだ、それでも――
 大猫又の言葉を、不死鳥は遮った。
「俺は行く」
「その心意気や良し。……稲荷の者は聞くまでもあるまい。さて、しかし無策で行こうものならば、たちまち取り込まれるであろうな」
……どうすれば?」
 兄狐が問えば、大猫又は化け狸に向き直れば、寺の住職ははて、と首を傾げた。

 大猫又に命じられ、化け狸が持ってきたのはこれもまた古い箱であった。埃まみれの蓋を開けば、中には年季の入った小さな鈴が二つ、納められている。
「随分と古い鈴ですが……
「代々伝わる魔除けの鈴よ。それを身につけておれば、下手な瘴気に蝕まれることはあるまい」
「なるほど! ……でもどうして大猫又様が寺にこんな鈴があることを知っていらっしゃるのですか?」
「知れたこと。我が数百年前にこの寺に授けたのだ。お前から見て何代か前のものぐさな坊主が仕舞い込んだままにして、こうして埃を被っていたようだが……
 先代住職も知らなかったであろう大猫又と寺との縁に、目を丸くしながら化け狸が鈴を見つめる。それをすぐに掴み、懐に仕舞ったのは、兄狐であった。不死鳥も残りの一つを摘まみ上げながら、大猫又たちに問う。
「お前達も来るのか」
「否、我々は未だ村に跋扈する妖怪どもを追い払う。これは小童との決め事でな、何かあった時には村を守るように頼まれておるのだ。住職よ、汝も我らとともに来るが良い。たまには妖怪としての腕も振るわねば、鈍るであろう?」
「い、いやぁ……僕はただの狸なんで、それほどでも……
「なに弱気になってんのさ! そんな体たらくじゃ、お前のお師匠が草葉の陰で泣くだろ!」
「う……流石に枕元に立たれてぼやかれるのは勘弁です……! 分かりました、お腹を括りましょう!」
 よし! と気合いを入れる化け狸を尻目に、酒呑童子と茨木童子がここでの役目は終わったと立ち上がる。
「どこへ行くんだ?」
「は? お前に言う義理はねえよ」
 不死鳥の問いに苦々しい顔を向けて酒呑童子が吐き捨てる。その様子に十文字がぱっと顔を明るくさせた。
「三千院の所に行くんっすよね、よろしく言っておいてくれっす! あ、そうだ! そろそろ奥の院も建て替えたらどうっすかって――
「自分で言えバカ!」
「それが聞いてくれないんすよ」
「知るか。つーかなんで今オレらに言うんだ……
「え、行かないんすか?」
…………オメーにゃ関係ねえだろ」
「行くんすね!」
 盛大なため息と共に大鬼二人が風と共に失せる。どうやら共に行く気はないらしい。
「さて、時間が無い。山道入り口まで共に行こうではないか」
……大猫又殿、心遣い痛み入る」
「ふん、汝らの為ではない。我が同胞の寄る辺が荒らされるのが看過できぬだけのこと……では行くとするか」
 
 寺を出れば辺り一帯異様な空気が漂っている。
 いっとき止んでいた雨も、また降りだしていた。濡れた道をネズミやイタチたちが喚きながら走り去るのを目で追いながら、大猫又が口を開く。
「山に向かおうとして間に合わなかった者たちが、うろついているようだな」
「間に合わなかった?」
「うむ、我の見立てでは社への入り口は既に封ぜられている。百鬼夜行のおおかたは社内に誘い込めたようだが……残党はこちらに任せたということだろう」
 村の中心に差し掛かると、確かに妖怪の群れがあてを失ったように彷徨っているのが、眼前に見えた。皆恨めしそうな顔をさせて、何かを探し回っている。

 あな憎し 間に合わなんだ
 これでは楽土にゆけぬ 導きの琵琶の音が聞こえぬ
 かくなるうえはこの里を喰らおうぞ 人はどこじゃ 人の肉はどこじゃ

 喚く妖怪どもの群れの中心、大きく裂けた口から不揃いの牙を生やした巨大な獣が、閉めきった家々の前でうろついているのを見て、化け狸が青ざめる。
「ひええ……なんですか、あれ……!」
「村の人間たちは大丈夫なのか?」
「言いつけを守っておれば心配ない。まだ現世とこちら側の境目が壊されておらぬのでな、山神の加護で人間共は皆眠りこけておるわ。しかしそれも時間の問題……澪、蛮、桃井よ、覚悟はよいな」
「はいっ」
「了解っす!」
「が、頑張ります!」
 三人が応えるのにうむ、と頷き、大猫又は不死鳥と兄狐を見つめ、言葉を続けた。
「ここを真っ直ぐ行けば、山の入り口よ。この村は我らに任せ、行くがよい」
「ああ、ありがとう……お前達も無事でいてくれ」
 礼を一つ、不死鳥と兄狐が走り出す。獲物を探している巨獣の傍らを通り抜ければ、その影を見たのか獣は一声吼え、追おうとする。
「お前たちの相手はこっちさ!」
 澪が石のつぶてを念力で浮かばせ、獣に放つ。
 それは獣の硬い皮膚に当たり、獣の気を逸らした。巨獣だけでなく、周囲をうろついていた妖怪達も一斉に眼光を鋭くさせて四人を睨む。 
「ほら、タヌキ! お前もなんかやりなよ!」
「なんかって言われましても!?」
 澪に叱咤され、化け狸が慌てふためく。その姿に恐るるに足らずと小鬼の群れがめいめいの得物を振り回し襲いかかってきた。
「うわあぁ!? へっ、変化ぇ!」
 袂から柏の葉を取り出し頭に乗せ、化け狸が叫ぶ。
 ぼふん! と煙が立ちのぼればその勢いに小鬼達が怯んだ。もくもくと煙るそれが薄らいでいけば、影が一つ。
 桃色のフルフェイスマスクに、同じ色のぴっちりとした現代風の戦闘服。
 ――いわゆる、戦隊ヒーロー姿がそこにいた。
「あっ! 日曜朝の戦隊ヒーロードラマで見た格好っす!」
 戦隊ヒーローもとい変化した化け狸の姿に、十文字が目を輝かせる。その声に我に返ったのか、己の装いを見て化け狸が素っ頓狂な声をあげた。
「アッ、アッ、願望が出てしまいましたーーーっ!?」
「いいじゃん! さっさとアイツら蹴散らしちゃって!」
 澪に背中を押されええいこうなったら南無三です! と化け狸が小鬼の群れに挑む。変化したその姿で気が大きくなったか小鬼が振るう得物を躱し、果敢に蹴りを放つ。
「ふむ……彼奴も中々やるではないか」
 その様子を見ていた大猫又がにやりと笑う。それを隙と見たか大百足が鎌首をもたげ、背後から襲いかかってきた。
「我を毒牙にかけるか。百年早いわ」
 大猫又が振り返らぬまま、くつりと笑う。黒く艶やかな尾を揺らせば刹那、大百足の数多の脚が切り飛ばされ地に落ちた。ひとつ残らず、血をまき散らしながらその節くれ立った脚は両断されていくが大猫又はその金色の爪ひとつ、動かしてはいない。
「俺も負けちゃいられないっすね!」
 十文字が電柱を駆け上り、周囲を睨めつける。上空を舞っていた妖怪達がその姿に気づき、自慢の鉤爪で害そうと舞い降りてきた。
「くらえっ!」
 十文字が指先から蜘蛛の糸を放つ。それは妖怪達の目の前で網となって広がり、たちまちその身を捕らえた。
 蜘蛛の糸に絡まるは死人の頭に鳥の身体を持つ妖怪で、恨めしげな叫びと共に地に落ちていく。上空を飛び回っていた妖怪達は次々と十文字の網に捕らわれ、羽虫のように落とされていった。
 四人それぞれ、殆どの妖怪を倒してしまった。一気呵成のその様子に怒り狂ったのはあの巨獣である。怒りにまかせて咆吼し、毒の唾液を振り撒きながら大口を開け、四人に向かって突進してきた。
「ぼ、僕に任せてください!」
 打って出たのは化け狸である。流石に澪も目を見開き、化け狸と巨獣を見比べた。
「どうすんのさ!? 流石にあのデカいのは、お前じゃ無理だよ!」
「いいですか、ヒーローの時間にはお約束があります」
……ひーろーのじかん?」
「そう、ロボです!」
 柏の葉を六枚掲げ、高らかに化け狸が叫ぶ。葉が強く光り輝き始めれば、周囲を強く照らした。
「大怪獣にはロボを! これ鉄則ですよ!」
「何それ!?」
 光の中で金属が合体する音が聞こえだし、大猫又が首を傾げる。その隣の十文字は目を輝かせるばかりだ。
「合成獣キングヌエ! ゴーなのです!」
 光がおさまり現れたのは、巨獣に負けず劣らずの巨大な鉄の獣である。猿の面に狸の胴、虎の四肢、蛇の尾を持つ姿はまさしく鵺の姿であった。しかしその身は鉄で出来ており、無骨である。
「かっけえー!」
「おお……壮観だな、鉄の獣か」
「えぇ……?」
 三者三様の反応にえへん! と胸を張りながら化け狸が手持ちのリモコンを握りしめる。
「あれっ、乗らないんすか?」
「急ごしらえなので、そこまで複雑な変化は……えへへ……
「あーもう! なんでもいいから! 倒しちゃえ!」
「はい! 三分以内に倒します!」
「なにゆえ三分なのだ?」
「変化がもつのが三分なのです! 残り一分のところでタイマーが鳴りますよ!」
……
……
……が、頑張れっす! キングヌエー!!」
 百鬼夜行の巨獣とキングヌエが今宵、激突する。爪と鉄がかち合う音は村中に響き渡ったが、人間の住まう家々はしん、と静まりかえっていた。

 ほどなくして山の入り口に辿り着いた。社へと向かう山道を見上げれば、一層寒々しく異様な雰囲気を感じ、不死鳥はぐっと顔を強ばらせた。兄狐も道を見据え、意を決したようだった。
「行こうか。……ここから先は、何があっても……進むんだよ、不死鳥」
 りぃん、と鈴が鳴る。二つの影が鳥居の奥へと消えた。