Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
kurotera
2025-01-02 09:59:32
73559文字
Public
Clear cache
たとかとはなし 下
2023年12月に発行した温泉スカウトパロディ本の再掲です。
書き手本人が見た幻覚で諸々をねつ造しています。
高濃度の幻覚話。
1
2
3
4
5
6
7
壱
年も明けての三が日は、流石に大わらわで、投げ入れられる賽銭の軽快な音、がらがらと鳴る鈴の音はいつもは静まりかえっている社を賑やかにさせた。
山のあるじたる鴉天狗も新年早々、人々からの年始の挨拶や願い事に耳を傾ける仕事にかかり切りだった。
「そういえばだな、吽形」
「なんじゃ、阿形」
夕暮れになりようやく人間達が去った境内を見回りながら、狛犬たちが話している。
「賽銭箱に投げ入れられたお賽銭は、どうなるのだ?」
「神主がたまに回収に来ておる。その後は知らんが、まあおおかたは社の修繕費や祭りの費用にでも充てられるのだろう」
「その割には
……
我らが社は古いままだ」
社を見上げた阿形が素直な感想を述べれば、吽形は苦笑いを浮かべた。
「確かにのう。さて、どこにしまい込んでおるのやら」
一方、不死鳥は仮住まいである小屋の軒下に置かれた長椅子に腰掛け、ぼんやりとしていた。物思いに耽る顔は、年明けの目出度さにもかかわらず憂いを帯びている。
――
と、琥珀色の双眸と視線がかち合った。
「
……
小稲荷?」
「こんばんはっ」
「ぶわっ!?」
にこっ、と弟狐が微笑むと同時、視界が真っ白になった。額に冷たいものを投げつけられた衝撃に軽く仰け反り、慌てて身を起こせば弟狐はくすくすと笑っている。
「な、な、何を
……
?」
「ぼんやりしているからですよ、そらっ」
もう一発、と弟狐が手にしていた雪玉を投げつけてくるのに、思わず腕で顔を覆う。しかし冷たさも衝撃も襲ってこず、不死鳥はぱちりと瞬きをした。
「こら、不死鳥の邪魔をしてはいけないよ」
「はい、兄者」
兄狐が弟狐の投げた雪玉を、神通力で落としたらしい。
それを怒る様子もなく弟狐は兄狐のたしなめに素直に頷き、尾を振った。兄狐は満足げに頷き、そのまま不死鳥の隣に腰掛ける。
「新年早々、浮かない顔だね。福が逃げそうだ」
「
……
そう見えるか?」
「はい、とっても」
狐の兄弟に挟まれて、不死鳥が小さく息を吐けば白い靄が零れた。彼が言うなら本当なのだろう。悪戯好きな二匹だが、不死鳥に対してはいくらかは誠実である。
「何か考えごと? オレ達でよければ」
「良かったですね。兄者に言えば悩みなんてたちまち消え失せますよ。言いなさい」
促され、躊躇いがちに頷く。
数秒、どう言ったものかと逡巡し、やがて口を開いた。
「どうすれば力を取り戻せるか、考えていた」
「おや
……
ここの生活はもう嫌かい?」
兄狐が寂しそうな素振りで聞けば慌てて首を振る。それはよかった、と冗談めかした言い方に、早口で言い返す。
「違う、そういう訳じゃなくて
……
もどかしいんだ。飛べるようにはなったが、まだ天界に帰れる程じゃない。
……
自分でも分かるんだ。まだ、思うように力が振るえないことは」
己の手を見つめながら、不死鳥が唇を軽く噛む。なるほど、と相槌をうちながら兄狐は耳を動かした。
「お前達はどうやって力を蓄えているんだ? 生まれもっての物もあるだろうが
……
やはり修練を積んでいるのか」
「それもあるけど
……
――
あのカラスを例にしようか。彼は山神だから分かりやすい。ここ一帯の山に流れる龍脈から力を得ているのさ。そしてなにより、この地に住む者達からの信仰だね」
「人の、信仰
……
」
「馬鹿にならないものだよ。己に対する信仰が厚ければ厚いほど、山神としての格があがる。力を増せば御利益も強くなるから、更に人はやってくる。こうしてオレ達は神や神使としての力を増すのさ」
「なるほど
……
」
「だから山神の座は、みんな喉から手が出るほど欲しいんです。新しい山神が御役目に就いた時に小競り合いが起こるのは、まだ日が浅い方が成り代わりやすいからですね」
オレ達はいつでも山神の座を奪えますけど、と弟狐が肩を揺らし笑う。
「世の中には畏怖を以て信仰を集める神もいるけど、お前はそんなの出来ないだろ?」
兄狐のからかいに、ぐ、と不死鳥が言葉を詰まらせる。ほらね、と兄狐が笑うのに反論しようと口を開き
――
。
ちりりん。
軽やかな鈴の音が耳に届いた。
それは狐たちの耳にも届いたらしい。ぴくりと尾を揺らして、大鳥居の方を見やる。
――
山の神はおられるか。
静かだが重々しい声が境内に響き渡る。なんだ、と不死鳥たちが腰を上げれば本殿から鴉天狗と狛犬たちが出てきた。
「今年もいらっしゃったのう」
「阿形、お茶の用意を」
「心得た」
鴉天狗が装束を整えながら鳥居に向かう。不死鳥と狐たちも興味津々に、灯籠に身を隠しつつその様を眺める。
鳥居の向こうに、影が二つ。社の入り口たる大鳥居を挟んで、鴉天狗が立った。
「あけましておめでとうございます」
先に新年を
言祝
ことほ
いだのは鴉天狗である。すると影の一つはゆっくりと頷いた。
「うむ。あけましておめでとう。息災のようだな、山の神よ」
はい、と鴉天狗が答えれば訪問者は満足げに一歩、大鳥居をくぐった。
黒く艶やかな髪に猫の耳と二叉の尾を生やした華奢な男が姿を現す。黒地に金の装飾を飾った着物は質が良く、只の妖怪では無いことを現していた。
彼の傍らに侍る銀髪の少年も同じく猫の妖怪のようである。
少し不機嫌そうな表情で、銀の尾をふりふり、口を開いた。
「ねえ、何だかキツネ臭くない?」
「新年早々から無礼な猫がいたものですね」
ぼそりと呟かれた少年の言葉に、兄狐が片眉を上げ、弟狐が小さく悪態を吐く。
「澪」
「はいっ、おやかた様」
「
……
いるんだろう? こそこそ隠れているぐらいなら出ておいで」
澪と呼ばれた少年が主人の言葉に居住まいを正し、鴉天狗の呼びかけに灯籠の陰に隠れていた三匹がぞろぞろと出てくる。その様子に、黒猫は軽く目を見開いた。
「
……
一年訪れぬ間に何やら賑やかになったな」
「ええ、まあ
……
茶の用意をしてあります、どうぞ。不死鳥くん、こっちに」
鴉天狗に促され、うむ、と黒猫が頷く。三人が本殿に入っていった後、澪は弟狐にずい、と歩み寄り、尾をゆらりと揺らした。
今しがた訪れた猫の妖怪たちは、社のある山からいくらか離れた樹海の奥に住む猫又である。
おやかた様と呼ばれている黒い猫又は古くから樹海一帯を統べる大猫又で、この社とは先代からの付き合いがあった。付き合い、とはいえ大猫又は人間嫌いで有名で、住み処の樹海から人里や山へは殆ど出てこない。こうして新年の挨拶にはやって来るが、何か緊急を要さない限りは互いに疎遠を良しとしている。
「我もあの夜、日輪のように輝く夜這ひ星を見た。よもや、この者であったとはな」
して、なにゆえ天界の者が、と大猫又が興味深げに目を細め、不死鳥に問う。ことの経緯を不死鳥自ら語れば、フム、と黒い尾が揺れた。
「黒雲と琵琶の音、とな」
「大猫又殿は何かご存じでしょうか」
鴉天狗が助言を求めれば、大猫又は指先で顎を撫で、喉を慣らしつつ暫く思案した。やがてゆっくりと口を開き、そういえばと呟く。
「些か昔の話になるが、うむ、御剣、お前が生まれるより幾百年か前よ
……
時のみかどに献上される筈であった琵琶の話よ」
千年ほど前のことを〝些か昔〟と言ってのけるのは、長寿を生きる妖怪の性である。
「それが、彼
――
不死鳥を?」
大猫又はゆるりと首を振り、さあなと返した。
「我もその頃はまだ若輩。流れてくる風説を耳にした程度
――
……
ああ、あやつらなら、あるいは知っておるやもしれぬ」
「それは
……
?」
「三千院の腐れ縁よ。大江山の鬼
……
名を、酒呑童子という。あやつら、ちょうどその時分に都と睨みおうていたからな。そう言った話も見聞きしておるのではないか。
……
覚えているかは、あやつら次第だがな」
大猫又が口にした名を聞いた瞬間、鴉天狗の顔が曇る。
「あの人か
……
」
「知っているのか」
「有名なお方だよ」
気の進まぬような鴉天狗の様子に、不死鳥が目を丸くする。そのやり取りを見た大猫又はにやりと笑みを浮かべ、続けた。
「なに、覚えておってもあやつらの事、しらを切るやもしれぬ。そういえばもうすぐ節分であろう? きっとお前の親を訪ねてくるだろうな、相まみえる事が叶うならば聞いてみるがよい、不死鳥よ」
大猫又の言葉に、不死鳥が頷く。本殿の外からは何やらはしゃぐ声が聞こえていた。
ふわふわといくつもの雪玉が浮いている。
「えいっ!」
澪のかけ声と共に、それらが勢いよく前方に放たれる。ゆるく固められた雪のつぶては、真っ直ぐに弟狐めがけて飛んでいった。
「っと
……
!」
次々に襲い来る雪玉を避け、弟狐が地面に積もった雪を掬えばそれをぎゅっと丸く固める。
「こっちの番ですよ!」
大きく振りかぶって、こしらえた雪玉を投げつければ澪はふん、と鼻で笑った。
「たった一個だけの雪玉、避けるなんて簡単さ!」
澪が難なく避けようとした瞬間、弟狐から放たれた雪玉はいくつかに分裂した。
「うわっ!?」
ばふっ、と冷たい塊が爆ぜ、幼い顔が雪に塗れる。弟狐がそれを見ればけらけらと愉快げに笑った。
「やったな!」
「ひゃっ!?」
笑う弟狐の額に雪つぶてが投げつけられる。すっかり雪を被った双方が暫く睨み合えば、再び二匹の間を雪玉が飛び交い始めた。それを兄狐は微笑ましそうに眺めている。
そこへ、大猫又と話がしたいと人払いにあった不死鳥が、本殿から出てきた。
「なかなかやりますね
……
!」
「そっちこそ
……
!」
「
……
お前達、何をしているんだ?」
「雪合戦さ」
兄狐が答えれば、雪を投げる手をとめて澪が不死鳥に近づく。
じろじろとその姿を眺めた後、ふうん、と片眉を上げた。
「な、なんだ」
「お前、本当に不死鳥なのかよ? ただの派手な鳥なんじゃない?」
「ほ、本当に不死鳥だ」
「それにしては弱そうじゃないか。おやかた様が言っていたよ、天界に住む者は特別な力を持っているって」
疑いの目を向ける澪に、どう説明すればよいのか言葉を探していると、弟狐が口を挟んできた。
「本当ですよ。でも空から落っこちた拍子に、力を無くしたんです」
「へえ
……
間抜けだな。そんな奴も天界にいるんだね」
不死鳥はぐうの音も出ない。
「そう、だから不死鳥は力を取り戻したがってるんだ。澪は何かいい案を持っていないかい」
兄狐の言葉に澪が尾を揺らす。ころころ、ころころと喉を鳴らして思案する素振りを見せた。やがて、ううん、と首を振り、ぽつりと漏らす。
「おやかた様なら、どうするだろう?」
「徳を積むべきであろうな」
ざく、と雪を踏む音と共に大猫又が現れる。いつの間に、と兄弟二匹が尾を膨らませ、澪がにゃあおと甘えた鳴き声を漏らした。
「まずは汝の身に染みたその痣
……
我が見るにそれは強い業の痕よ。それがある限り天界には戻れぬ
……
お前自身、分かっていると思うが」
「
……
ああ。大猫又殿、痣を消せばいいのか」
「故に、功徳だ。人、人ならざるもの、つぶさの声を拾い功徳を積まれよ、不死鳥。さすれば痣も失せ、天界に戻る翼を今一度持つことが出来よう」
「つぶさの声を拾い、功徳を積む
……
」
言葉にすれば容易いが、しかし手立てが分からない。難しい顔で不死鳥が唸っていると、澪がじれったいと尾を振った。
「そういうことなら、こいつらが一番〝やり方〟を分かってるんじゃない?」
「オレ達が?」
「だって稲荷の者だろ、お前ら」
「さあて
……
どうかな」
意地悪く兄狐が笑い、しかしふと何かを思いついたように目を細める。そうだね、と小首を傾げ、やがてにやりと笑った。
「兄者?」
「ここは友人を助けようじゃないか、弟。オレにいい考えがある」
弟狐がなんでしょうと身を寄せれば、兄狐が耳打ちをする。それを横目に、大猫又は澪に向き直った。
「澪、そろそろ暇をするとしよう。支度をしなさい」
「はい!」
澪の頭についた雪を優しく払い、大猫又が命じる。すぐさま灯りをとるために澪が本殿へと向かうのを見送り、そしてちらりと狐の兄弟を見やった。
「
…………
ふむ」
「
……
何か?」
見定めるような眼差しを向ける大猫又に、弟との話を終えた兄狐が眉を寄せて首を傾げる。従者への粗相の咎めかと口をへの字に曲げる弟狐の表情に、いや、何、と大猫又が笑い首を振った。
「狸の住職から話は聞いておったのだが
……
ただの野狐にしては神気を溜め込んでいると見た」
「おや、文句なら力比べで聞こうじゃないか」
「抜かすな。寄る辺を失った小童どもをいたぶる趣味はない」
手をひらりとさせながらあしらう大猫又に、弟狐が唸る。それを兄狐が小さく宥めた。
「どこから来た? 西か? 北か? まあ、どちらでも良いわ。今日日、お前達のような者なぞ珍しくもない。我らを疎んだ人間どもに追われたか?」
「オレ達が人間如きに追われるものですか!」
「では去られたか」
「
…………
全て水底に。ただそれだけさ」
知ったことか。と吐き捨てる兄狐に、大猫又が小さく頷く。そうか、と小さくこぼし、どこか遠くを見るように目を細めた。
「さて
……
澪と戯れてくれた事、礼を言うぞ。あの子はなかなか己と同じ年頃の者と戯れぬ。否、我が元にもう一人いたのだが
……
下手に遊びに行かせることも出来ぬ境遇でな」
我が不足であると寂しげに呟きながら大猫又は尾を揺らす。
「ゆえに澪はこの老猫につきっきりになっておる。それが少々心配であったのだ」
「
……
別にいいんじゃないですか。あの子猫も家族がいればへっちゃらってだけで」
「貴様もか」
「
……
」
沈黙を返事とした弟狐に大猫又は肩を揺らす。
「いや、老いの戯れ言だ。流せ。
……
また澪と遊んでやってくれ」
「
……
こてんぱんにしてやりますよ」
弟狐が素っ気なく答えれば、丁度よく澪が灯りを持ってきた。
「お待たせしました、おやかた様」
では行こうかと大猫又が踵を返せば、鴉天狗も見送りに来た。
「では、また相まみえよう」
そう言い残し、大猫又たちは去って行った。
数日後の夜。
和室の柱時計が丑三つ時を告げる中、がぁがぁといびきをかきながら神主は眠りこけている。
その枕元に立つ影が二つ。
「
……
うるさいなぁ」
「鼻と口を布で塞ぎましょうか。静かになるかもしれませんよ」
「いや、まずは
……
んんっ、こほん
……
山神に仕える者よ
……
起きるのです
……
」
影の一つが声を低くし、眠る神主に呼びかける。寝苦しそうに彼は呻いたが、やがてふが、と情けない声を漏らしながらぼんやりと瞼を開いた。
「神主よ
……
よく聞きなさい
……
」
少年のような、しかし重々しい声が神主の頭に降りかかる。夢かうつつか、指一つ動かせないまま男は、寝ぼけた頭で声を聞くのだった。
更に数日後、夕刻。
「ごめんくださいっすー!」
若い男が社にやってきた。すでに人間が山から出なければならない時間は過ぎ去っていたので、境内で雪うさぎを作っていた不死鳥と狐の兄弟はひどく慌てた。
「人間
……
!?」
「村の人間でしょうか、それとも掟を知らない余所者とか
……
」
ささ、と傍らにあった狛犬の像に隠れながら、畏れを知らない様子で鳥居をくぐる若者の出方をうかがう。
「
……
いや、ちょっと待って」
尾を膨らませる弟狐と、怪訝な顔の不死鳥をなだめ、兄狐が両の手でキツネを形作る。そして指同士を絡ませて窓の形を作れば、そこから来訪者の姿を覗き見た。
飴色の眼がきゅ、と細まり、ふむと声を漏らす。
「やあ、彼は人間であって、人間でないよ」
「どういう意味だ?」
不死鳥が聞くと同時、鴉天狗が本殿の扉を開き現れた。
「十文字じゃないか、どうしたんだ」
山のあるじを見るなりぱっと表情を明るくさせて、男は一つ礼をする。
「こんばんはっす、さっそく新しい社の採寸をしに来たっすよ!」
「
…………
どういう事かな?」
「御剣」
鴉天狗の知り合いならばと三人が顔を出す。こんにちはっす、と十文字が挨拶をすれば不死鳥も会釈を返した。
「ああ、噂の不死鳥さんっすか? 俺は十文字家の者っす、よろしくっす!」
「あ、ああ
……
人間、じゃないのか
……
?」
「半妖っすよ! 半分は人間、もう半分は土蜘蛛の血が流れているっすね」
なるほど、色んな奴がいたものだと兄狐が頷く。そして自分たちの企みが上手くいきそうな事に笑みを浮かべた。
「昨日、神主さんから発注があったっす! なんでもご神託があったとかで、もう使っていない小屋を社に改装するとかなんとか
……
」
「待って、そんなこと聞いていないよ」
「え、御剣さんが建てろって神主さんに神託を授けたんじゃないんすか!?」
「言ってもいない。だいたい今更、何を奉る社を建てるつもりなんだ?」
「神主さんは稲荷社を建てるって意気込んでるっすよ」
「それはいいね! オレ達の為に用意をしてくれるのかい?」
兄狐がにっこりと笑い、二人に割って入る。
まさか、と狐の兄弟をじろりと睨めば、二匹とも満面の笑みを十文字に向けている。
口元を軽く引きつらせ、鴉天狗はゆっくりと息を吸い、そして声を低くさせた。
「
……
よくもぬけぬけとそんな事を言えたものだね」
「ただの野狐を山神と勘違いするだなんて、かわいそうな神主です。きっと山神が情けないからですよ」
「ふふっ、そう言うものでないよ、弟。本当の事を言えばカラスが可哀想だろう?」
突風と共に、兄弟の足下が抉れる。おや、と兄狐が鴉天狗を見ればその金色の双眸は怒りに輝いていた。
「そういえば新しい毛皮が欲しかったんだ。丁度おあつらえ向きが目の前にいたね」
「あの時ズタボロにしてやったのに、やっぱり鳥は忘れっぽいんですね。今度こそ忘れないように羽根を全部引っこ抜いてあげましょうか」
指先に燐火を灯し、弟狐が挑発する。両者の剣呑な雰囲気に十文字が困惑した様子で狛犬を見れば、二人はやれやれといった顔をさせていた。
「ま、待ってくれ!」
慌てながら不死鳥が三人の間に入る。
「喧嘩はよくない!」
「
……
喧嘩なんかじゃない。これは山神の沽券に関わる問題だ。これ以上、この獣たちに好き勝手黙っているわけにはいかないよ」
「稲荷達も、どうして御剣に相談しなかったんだ。ちゃんと言っておけば御剣もこんなに怒らなかっただろう?」
「彼が頷くとは思えなかったからね。狐に出し抜かれるほうが悪いのさ。
……
それに、君は早く力を取り戻したいんだろう?」
悪びれない様子で兄狐が問えば、不死鳥が目を見開く。オレに良い考えがある、と言っていたことを思い出したのだ。
「功徳を積むにはオレ達が一番〝やり方〟を分かっているって、あの猫又が言っていただろう? 稲荷社が出来ればオレ達は寝床を得られて、お前は功徳を積めて力を取り戻せる。そこのカラスは心配事が減るってわけさ。悪くない話だと思うけど」
「
…………
」
「さすが兄者です。みーんな、幸せですね」
くすくすと弟狐が笑い、それで、どうする? と兄狐が鴉天狗に視線を寄越す。不死鳥もどこか懇願するような眼差しを向けられ反論する勢いを失い鴉天狗は唸った。
「
………………
分かった」
「いいのか!?」
「ただし、そこの狐たちが妙なことをしたら
……
すぐに雷でもなんでも落として、稲荷社を燃やしてあげるからね。不死鳥、君が責任をもってきちんと見張るんだ」
鴉天狗の言葉に、不死鳥の顔がぱっと明るくなる。間髪入れずにがばりと鴉天狗に抱きつけば、うわ、と鴉天狗が声をあげた。
「ありがとう!」
「
……
はいはい」
呆れ笑いと共に鴉天狗が不死鳥の背を叩く。それを見ていた兄弟がくすくすと笑い、十文字も安堵したのかほっとした顔をさせた。
「それじゃあ早速、取りかかるっすよ!」
――
月も終わらぬうちに、不死鳥の寝泊まりしていた小屋は小さな稲荷社になった。
「三人が住むにはちょっと手狭だけど、充分だね」
新しく設置された狛狐の小さな像を眺めながら、兄狐が満足そうに頷く。がらりと様変わりした仮の宿を眺めていた不死鳥が、ふと二人に問うた。
「それで
……
これからどうするんだ?」
「焦ることはないさ。もう数日もすれば、答えが分かるよ」
それから更に、数日後。
窓から差し込む朝の光に意識を揺り起こされ、ゆるりと目を開く。冬真っ只中の朝はひどく冷えるが、木のウロを寝床にしていた時より、ずっと目覚めは良かった。
「
……
んー」
隣の布団では自らの尾を抱きしめながら眠る弟と、彼の隣で熟睡し起きる気配のない不死鳥がいる。彼らをちらりと見て頬を緩ませれば、起こさないように布団を抜け出した。素足の裏に目が覚めるような冷たさを感じながら、そっと戸を開ける。
また夜の間に雪が降ったのだろう、境内は一面白に覆われている。ああ、と声を漏らせば白い靄が唇から漏れた。
冷えるな、と呟き尾を震わせ、いそいそと鈴の緒を引く。
がらがらと鳴る音と共にぽとり、と紙片が落ちてきた。それを拾い上げ、懐に入れて中に戻る。鈴の鳴る音で目覚めたのだろう弟狐が、ぐずりながら布団を掴んでいた。
「寒いです
……
」
「ふふ、お前は寒いのが嫌いだからね。ほら、朝餉を食べよう。不死鳥を起こして」
欠伸と共に伸びをする弟狐を促し、奥にある厨へと引っ込んだ兄狐にはい、と返事をした弟狐が、ぐうぐうと眠る不死鳥の尾を掴む。
「おきてくださいっ」
「ぎゃっ」
ぐい、と弟狐がそれを引けば不死鳥が軽い悲鳴を上げて飛び起きる。
なんだ、と寝ぼける彼から布団を奪い、それを畳んで押し入れに突っ込んだ。
「いただきます」
ちゃぶ台に並べられた握り飯と味噌汁に手を合わせる。軽く塩を振って海苔で巻いたものを引っ掴んで一口かぶりついた。
「ところで、よい知らせがあるんだ」
椀の味噌汁を一口飲んだ兄狐が切り出せば、何だ? と不死鳥が首を傾げる。兄狐は懐から拾った紙片を取り出した。
「〝お願いごと〟だよ」
「なんだ? それ」
兄狐の言葉に、口元に米粒をつけたまま不死鳥が身を乗り出す。その様子を見て愉快そうに笑い、兄狐は紙片を指でひらひらと弄んだ。
「兄者、なんと書かれていますか?」
ぽり、とたくあんを囓っていた弟狐が問いかけ、その隣では不死鳥がそわそわとしている。慌ててはいけないよ、とたしなめながら兄狐は紙片を広げた。
「『無くした指輪が見つかりますように。ここに来る途中で足を滑らせてよろけてしまったから、その時に外れ落ちたのかも』」
「失せ物探しですか」
「
……
そのようだ。村の人間が願ったようだね。さて不死鳥、功徳を積む時がやってきたよ。指輪を無くした可哀想な人間の為に、一肌脱ごうじゃないか」
「探しに行こう!」
いてもたってもいられないと、不死鳥が腰を上げる。こら、と兄狐が友人を止めた。
「まずは食べ終わるんだ。探すのは日が落ちてからだよ」
白昼堂々とはいかないからねと言う兄狐に渋々頷き、味噌汁の豆腐を口にする。ふと窓の外を見れば、雪がちらちらと降り始めていた。
日が落ちて暗くなった外に出て、提灯に燐火を灯す。ちょうど、狛犬たちが社の見回りをしているところに出くわした。
「おや、どこに行くのじゃ?」
「指輪を探しに行くんだ」
吽形の問いに不死鳥が答えれば、指輪、と阿形が目を見開いた。
「君、伴侶がいたのか?」
「違う、誰のものかは分からないが
……
人間のものだ」
「阿形よ、あれじゃ。功徳を積むというやつじゃよ」
吽形が言い添えれば、なるほど! と合点がいったと阿形が頷いた。良いことではないかと快活に笑い、そして三人を見た。
「手伝おう! と言いたい所なのだが、そうもいかない。冬の山道はとくに滑る。気をつけていきたまえ」
狛犬たちに見送られ、社から出る。めいめい手にした提灯が昼間の降雪ですべらかになった雪道を照らした。
「しかし
……
稲荷よ、社から村への道で落としたとして、結構な距離があるぞ
……
」
雪でぼんやりと明るい道を見て、ふと不死鳥が呟く。
「そうだね」
「地道に探すのか?」
「そんな人間みたいなことはしません。だいたいの目星はつきますから」
弟狐が願いの書かれたあの紙片を取り出し、フッ、とそれに息を吹きかける。するとそれは蝶の形に変じ、つい、と舞い上がった。
「ついていこう」
蝶の羽ばたきに導かれる三匹ぶんの、足が雪を踏む音が闇に響く。暫く歩いて行くと、蝶がくるりと回り、そしてぽとりと落ちた。
「ここあたりのようですね」
蝶から元に戻った紙片を拾い上げながら、弟狐が周囲を見渡す。少し道が荒れていて、確かに油断すれば足を滑らせてしまうのも道理であった。
「さあ、ここからは地道に探そう」
兄狐の声に二匹が頷く。三手に別れての失せ物探しが始まった。
指輪が落ちたらしい時よりも、雪が厚くなっている。手で雪を払いながら、小さい灯りをたよりに失せ物を探す。
夜の雪が、指先を冷やした。
「稲荷よ、火を使って雪を溶かしてはどうだろう?」
「この量の雪を溶かせば、出来た泥水で指輪が流れてしまうだろう?」
兄狐の答えに確かにと再び地面を睨む。少し離れたところで、小さなくしゃみが聞こえ、不死鳥もぶるりと身が震えた。
――
と、視界の端で、何かが光った。
「?」
もしや、とそこの雪に触れる。
かつり、と何か硬いものが爪に触れれば、それを拾った。
「あ
……
」
あった、と不死鳥が声をあげる。拾い上げたそれはまさしく、銀色の指輪であった。余計な装飾のない質素なつくりであったが、大事に身につけられていたのが分かる。所々に見える小さな傷が、ささやかな歴史を物語っていた。
雪に埋もれていたせいか、きんと冷えたそれは雪明かりで輝いている。
「これだ
……
」
不死鳥の声に歩み寄ってきた兄狐が指輪を見て、満足げに頷いた。
「手がひえひえです」
弟狐が冷えた手に小さな燐火を灯しながら、ほっと息を吐く。それで、と不死鳥が手のひらに載せた指輪を眺めながら、首を傾げた。
「どうやって返せばいい」
「そうだな
……
人間はもう寝静まっただろうし、直接返しに行くとしよう」
膝についた雪を払い、兄狐が歩き出す。
「誰が落としたのか、分かるのか?」
「はい、指輪が教えてくれますから」
ほら、と弟狐が前を指さす。指輪から銀色の細い糸のようなものが出て、三人を導くように道に沿って伸びていた。
「この先に持ち主がいるということか」
「そういうこと。行こうか」
山を下り、村の中を歩いて行く。寒い冬に夜更かしをしている者はいないようで、三人が見咎められることはなかった。
三つの灯りはゆらゆらと揺れ、三匹の足は雪を踏む。
銀の糸は、古びた家の前で途切れていた。
小さな家を見上げ、不死鳥がほっと息を吐く。
「ここか」
「そうみたいだね
……
ああ、郵便受けがあるよ。あそこに入れておいてあげよう」
「これに包んでください」
弟狐が不死鳥に紙片を手渡す。和紙の手触りがするそれを広げれば何か書かれていると思ったが、不思議なことに何も書かれていない。言ったとおりに指輪を包み、それを錆び付いた郵便受けの中に入れる。かたん、と小さな音をさせてそれは中に落ちた。
「これでいいんだな?」
「勿論。指輪は無事、持ち主のもとに戻るよ」
さあ、帰ろう。兄狐が踵を返す。寒さゆえか言葉少なに三人は山へ戻っていった。
「どんな人なのだろう」
雪を踏みながら山道を登る途中、不死鳥が呟く。その声に弟狐が首を傾げた。
「何がですか?」
「指輪の持ち主だ」
兄狐がああ、と小さく漏らせば白い吐息がこぼれた。弟狐が尾を揺らして、口をへの字に曲げる。
「そんなの知ってどうするんですか」
「気にならないか」
「
……
あれは結婚指輪だろうね」
兄狐の言葉にそうなのか、と不死鳥が聞き返す。多分ね、と兄狐が肩を竦めれば、前方に鳥居が見えてきた。
「夜中に雪の中で失せ物探しをするのは流石に冷えるね。帰って温かいお茶でも飲んで、休もう」
雪で濡れた尾をぶるりと震わせて、はい、と弟狐が同意する。不死鳥も己の手がひどく冷たくなっていることに気がついたのだった。
翌日、がらがらという音に不死鳥が飛び起きて、窓の格子からそっと外を確かめれば、どうやら稲荷社の鈴を人間が鳴らしたようであった。
やや嗄れた、女の声がしたものの中からはその姿を目にすることが出来ない。
暫く何事かを言って、ざく、ざくと雪を踏む音と共に気配が遠ざかれば、再び周囲はしん
……
と静まりかえった。
「
……
今のは、誰だ?」
「ああ
……
」
厨から部屋に戻っていた兄狐が、そっと扉を開き外に出る。ややあって戻ってくると、その手にはプラスチックのパックに入ったいなり寿司があった。
「指輪の持ち主が来たみたいだ」
「分かるのか?」
「分かるさ」
兄狐が手のひらほどのガラス瓶を不死鳥の目の前に置いた。切り子細工を施されたそれは、うす暗い部屋の中で涼やかに佇んでいる。
中には小さなビー玉のようなものがひとつ、淡い光を放っていた。
「これは?」
「これが、功徳さ。この稲荷社に届けられた願いを君が叶えた時、この瓶に少しずつ溜まっていく。今ひとつだけあるそれは、夕べ見つけた指輪のぶん。その持ち主は
……
願いを叶えた神
――
つまり君に、感謝したんだよ。御利益があった、ってね」
「俺に
……
? 神じゃないのに、か」
「彼らからすれば、この稲荷社にいる者がなんなのか、オレ達が何者なのかなんて、些事でしかないのさ」
くすくすと笑いながら兄狐がいなり寿司のパックを眺める。いつぶりだろうと嬉しそうに声をあげれば、不死鳥はううん、と唸った。
1
2
3
4
5
6
7
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内