さもゆ
2024-12-10 03:39:04
61538文字
Public 吸死
 

【ドラロナ】目を閉じろ、息を殺すなキスするぞ

キスしないと息ができなくなる催眠をかけられた若造と、はーやれやれな同居吸血鬼のすったもんだ話。
ド(無自覚)ロ(自覚済み)がくっつくまで。

2024.7.29 たべものpixiv投稿作品


 Day.7


 朝がやって来てしまった!
 しかもロナルドのことを諦めなくてはならない朝だ!
 どころか、昼だ!
 昼の十三時。
 昼の十三時になっても、ドラルクは叩き起こされることも、蹴り起こされることも、引っ繰り返し起こされることもなかった。
 というか、起きていた。とんだ昼ふかしだ。眠れるわけがない。一緒に住んでいる好きな男の命がかかっている時間帯を、呑気に寝ていられるわけがなかった。
 ドラルクはずっと起きていた。そして午前十一時を二分すぎて、ロナルドが起き出したことも、着替えたり、冷蔵庫を開けたり、洗面所に行ったり、戻ってきたり、テレビをつけたり、そういう日常的な生活音が乱れることなく続いているのを、二時間も気配だけで確認していた。眠りさえしなければ前日のままだと諦めの悪いことを考えていたが、朝が来てしまったら、否応なしに当日だった。昼も過ぎ、十四時になったならば尚更。
 ロナルドの催眠はもう解けている。
 それから彼の足音が呼吸困難になることもなく事務所に向かったのを聞いて、ドラルクは、肺から全ての空気を出し尽くしてしまうほどの溜め息を吐いた。死んだ。溜め息の吐き過ぎで死んでしまうのは初めてかもしれなかった。息ができない。
 もとに戻っても、息をしようとするたびに口から砂を吐いて徐々に死んだ。肺が空気を求めて剥がれていっている。鼻や喉から食道、食道から肺、肺から胸の内側をそうやって何度か崩れては戻るのを繰り返したドラルクは、あーあ、と思った。死んでしまうとは情けない。たかが恋が破れた程度で。
 もうドラルクはロナルドにキスができない。
 キスじゃあ、なかったけれど。
 あんなのは、キスなんかじゃなかったけれど。
 もっといっぱい、しとけば良かったな。
 はあー……。ドラルクは死んだ。死んだ回数も、時間も、もう気にしちゃいられなかった。



 ドンッ!



 そのとき棺桶に凄まじい衝撃を受けた。
 ドラルクはまさに死んでいる真っ最中だったので、反応が遅れた。驚きはしたので全身また砂になり、そして、あれいま何時だ、と思った。

 ガンッ!

 また衝撃を食らった。一度目のは上からの衝撃だったが、今度は横からだった。
 またもや驚き死にながらも携帯を手に取って確認する。時刻は二十一時を過ぎている。え。いつの間に?

「は? え。ちょ、な、なに、なん、ギョワァーーッ!」 
 
 それから棺桶が揺れ動いたかと思えば、ドラルクは床に激突していた。もちろん既に死んでいる状態だったので、床に散らばったのはドラルクの塵だ。そして棺桶の蓋が塵の上に落ち、ドラルクは状況を察した。
 ロナルドがドラルクの棺桶を持ち上げ、引っ繰り返したのだった。
 暴挙に出たわりには、持ち上げていた棺桶を丁寧に傍らに置き直し、ロナルドは蓋も拾って棺桶を閉めた。
 床に散らばったままのドラルクは「な、なにすんだ若造」と塵のまま声を上げた。いつもなら飛んできてくれるはずのジョンはいなかった。ロナルドが言った。
「殴っても、蹴っても、引っ繰り返してもいいって、言った」
 ぶすくれた声だった。
 むくれた顔をしていた。
 噴火する寸前、頬も首も赤かった。 
「は」
 ドラルクはまだ理解できていなかった。何を言っている、このゴリラ?
 再生もせず鈍い反応を示すドラルクに痺れを切らしたのか、ロナルドは床に膝をついて塵を掻き集めだした。掌はとんでもなく熱く、なぜか震えている。
「てめーが、言ったんだ。苦しくなったら、起こせって。殴っても蹴っても引っ繰り返してでも、起こせって」
 その手よりもうんと震えた声が続ける。
「て、てめーが、言ったんだろ。俺が死んだら、つまらないって」
 集めた塵に、上から降って、染みこむものがあった。
「何なんだよ、おまえ。俺のこと、もてあそびやがって。からかってるつもりなら、楽しそうにしろよ。なん、なんだよ、くそ……
 ロナルドが泣きながら言った。
「ドラ公。俺に人工呼吸しろ。息ができなくて、苦しい。そしたら、なあ、ずっと、お前のずっとを、俺にくれんの」

「タイム」

 ドラルクは取り急ぎ右手だけ再生させて手を上げた。「タイムを要求する。ちょっと待って」

「待たない。ちょっとってどれくらい」
「え? ええーと」
「拒否。なあ、おまえのくち、どこ。これ?」
 お砂遊びをする子どものように塵をすくっては指の間から落としている。
「いやそれ左目」
「こっち?」
「それ、くるぶし」
「こっち」
「エッチなとこ触るんじゃないよマセガキが」
「ウエーーン!!」
「ギャーせっかく集めたのに散らすなアホ!」
「エッチってなんだよ! おっお前の方がえっちだもん! そんなだから俺! 俺ぇ……!!」
「はぁ~~!? 私のいつどんなとこがエッチだったって言うんだ! ただのでけえおっぱい見ただけで赤面してたじろぐような小学生男子にエッチの何が分かるってんだこの情緒皆無のハナタレ小僧が!」
「お、おま、おまえ……!!」ロナルドはとうとう散った塵すら殴って叫んだ。「テメーが人工呼吸だっつって俺にちゅっちゅちゅっちゅしてきた方がよっぽどエッチだわ!! そんなん俺のこと好きなんかなって思うじゃん!! なのにお前! しっ失恋したとか!! このっ悪魔ーーッ!!」
「ざァんねん吸血鬼でしたァ~~!!! ピッピロピー! 何だいロナルドくんあんな紛い物のキスでエッチな気分になっちゃってたってのかハーッほーんと恋愛経験無しの若造はこれだから、」ドラルクの脳みそを介さずによく動き回っていた舌が急に動かなくなった。脳にあたる部分と神経が繋がり、まさしく、理解が遅れてやってきたからだった。「……なに? きみ。は? 私に人工呼吸されて、エッチな気分になってたって?」
 一拍の間をおいて、ロナルドがどもった。
「い、いまのやり取り、ほかにもっと突っ込むとこあるんじゃねーの」
「なに、どこ、たとえば?」
「て、てめーが、……おれのこと、すっ好きなんじゃないかな、とか」
「それは大前提として」
「それは大前提として!?」
「きみ、私に口をくっつけられて、興奮してたの」
 突きつけた人差し指に、ロナルドはたじろぎながらも、本当に小さく、まるで頭の上に小人がいてそれを落とさないように繊細に、小さく小さく頷いた。「……し、して、た。だ、だって、好きなやつにそうされたら、そう、なるもんだろ、そりゃ……

 ドラルクは爪の先まで爆散した。

 そして強烈に、死にたくない! と思った。死んでいる場合ではない! と。
 再生する。簡単にもとに戻った体でロナルドににじり寄り、めそっめそっと涙を零している顔を両手で掴み、無言で唇をくっつけ合わせた。
 ぶちゅっ。
 涙と鼻水にドラルクの唇が濡れ、ひどい音を鳴らした。
 銃声よりは全然マシだった。
「ンっ!?」
 驚いたロナルドが拳を握って、振り上げ、震わせたが、それをそのまま振り下ろすことはなかった。ただちょっと抗議的に、ドラルクの寝間着の肩部分をつまんで、握りしめただけだった。瞼は閉じていなかった。ああ、とドラルクは生気に満ちるのを感じた。息ができる。そのまま数秒、数十秒、一分と経って、ロナルドがぷるぷると震えだし、濡れそぼった睫毛がぱちぱちと瞬きを繰り返したところで、ようやく、ドラルクは唇を離した。
 ぷはっ、ロナルドが肩で息をした。
「どうだい、ロナルドくん。息はできそう?」
 ドラルクが訊くと、ロナルドは真っ赤な顔で「で、できない」と言った。それはまた、甘ったれた言い方だった。「できない、から。もっと……
「もっと?」
「じ、……人口、呼吸……
 ドラルクはまたロナルドの唇と自分の唇を重ね合わせた。ずび、と鼻を啜って少し逃げる素振りをされたので、腰に腕を回し、うなじを手で支えた。襟足は柔らかくて、それなりにいい毛並みで、肌はすべすべとして熱かった。寝起きで良かった、と思った。きっちり着込んで手袋をはめていたならば、きっとこの触り心地は堪能できなかった。
「ん、ふ」
 ずびっ、ずずっ、くふん。ロナルドは鼻水を必死に啜って息をしようとしている。ドラルクは息継ぎをさせてあげなきゃ、とくすぐったいことを思って唇を離し、またくっつけた。角度を変え、何度も何度も。
「んむ、ん、ふぅ……っ」
「は、……
 キスがしたい、という思いでいっぱいになる。
 キスがしたい。キスがしたい。キスがしたい。もっともっとキスがしたい。
「ん、ぅーっ、は、ぅ……ど、どら、ゃ」
「んー?」
「あぅ……は、ぁ。どらこ、……っこれいじょ、は」
「これ以上は?」
「え、えっちなきぶんになる……。人工呼吸、だから。だめだろ、そんなん……
「馬鹿だねロナルドくん」
 私もだけど、とドラルクは心の中だけで付け加え、言った。
「これはキスだよ。これからが、キスだ。数に入れろよロナルドくん。私たち両想いだぞ」
 
 それからドラルクは、ロナルドがへとへとになるまでキスをした。
 不思議なことに、キスをすればするほど、もっとと思ってしまって歯止めがきかなかった。もっとだったし、ずっとだった。ドラルクのもっとと、ロナルドのもっとがぴったり合わさって、永遠に続いてしまうような気さえした。
 今日はいい夜だ。
 ロナルドは窒息死しなかったし、実はドラルクと同じ気持ちだったと知れたし、これからも彼にキスができる権利を手に入れた、記念すべき日だ。
 力が入らずふにゃふにゃと夢見心地でいるロナルドをそのまま食べてしまうことも考えないわけではなかったが、それはやっぱり、ひどい紳士違反だったので、ドラルクは理性的にロナルドにキスだけをし続け、そしてロナルドが泣きながら「も、やだ。もういらない。息できないっ。は、腹減ったし、も、ちゅーやだっご飯食べるっ」と子どもさながらの駄々を捏ねて逃げ始めたため、ようようキスを止めて「じゃあご馳走作るね」と言った。ロナルドは泣いた。「き、昨日も一昨日も、来週の誕生日だってご馳走なのにっ怖いっ」ドラルクは気持ちよくなって真っ赤な鼻にまたキスを落とした。「畏怖るなロナ造。優しい大人じゃいられなくなる」「てめーが優しかったことなんて一度もねえっ」「心外だな。現在進行形で、優しいだろ」だってまだキスしかしていないんだぞ。充分、優しい。
 泣きぐずるロナルドを甘やかし、宥め、たまにキスをして、そうしてドラルクは、ご馳走を作る前に、とこの一週間のほかの同居生物たちを思い返して感謝した。ご馳走を作る前に、きっと隣で気を遣って爆音ヘッドホンで小躍りしている最愛の使い魔と、常識ある金魚を、迎えに行かなければならないだろう。メビヤツに殺されたっていい。
 だって今夜は失恋解消記念日だ。
 みんなでお祝いしなければならない。 



 完



 おまけ。

「な、なーキンデメ。ちょっといい? どうやったら、人間も皮膚呼吸とか鰓呼吸とかできるようになんのかな。せ、せっかく催眠切れたのに、ドラ公とちゅーすると息続かなくなるんだぜ、もったいねーだろ……。ドラ公に訊いたら、キンデメに訊けって……
「知らん。お主らが呼吸できなくなるなどこの先一生ないわ。安心してちゅっちゅしていろ、クソ陸地生物どもが」
「エ、エーンっ口悪いっ」
「巻き込まれる前に言っておく。接吻以上のことをするときは、絶っっっ対に吾輩を移動させるか、吾輩のいないところで行え」
「せ……っ」
「他種族の交配など興味もない。しかし、まあ、忠告するならば。お主流されやすいし、男同士と言えど、避妊は必ず──」
「こ……! ひ……!」
「オイ、どうした退治人。また呼吸困難か。ドラルク! ドラルクーッ! キスしてやれ! お主の退治人、やっぱ肺呼吸無理かもー!」



 完!