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さもゆ
2024-12-10 03:39:04
61538文字
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吸死
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【ドラロナ】目を閉じろ、息を殺すなキスするぞ
キスしないと息ができなくなる催眠をかけられた若造と、はーやれやれな同居吸血鬼のすったもんだ話。
ド(無自覚)ロ(自覚済み)がくっつくまで。
2024.7.29 たべものpixiv投稿作品
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さて。
ドラルクの知らない昼の、または確定演出のポイントを纏めよう。
Day.1
ロナルドは足し算ができる。
Day.2
トマト炭酸は間違って買ったわけではない。
Day.3
ロナルドは大人である。
Day.4
酒を飲んだのはヤケになったからだ。
Day.5
ロナルドの好きなひととは、ドラルクのことである。
では以上を踏まえて。
Day.6
ドラルクが夜に目覚めて真っ先に思ったことは、朝が来なければいいのに、だった。
今日はロナルドが吸血鬼人工呼吸大好きに「キスをされないと息ができなくなる」催眠をかけられて六日目の夜だ。
催眠期間は一週間ほど。数字にうるさい吸血鬼が曖昧な表現で示したということは、既にもう、たとえば昨夜の時点で催眠が切れていてもおかしくはないということだ。横着しないで、一時間ごとに唇をくっつけとば良かったかな、とドラルクは思いさえした。そうしていたら一回一回、ロナルドとのキスをもっと味わうことができたかもしれない──だから人工呼吸だってば──どちらにせよ、昼間のうちに動き回れないドラルクにとっては土台無理な話である。ただドラルクは、素直に、残念でならなかった。
もうロナルドと人口呼吸できないなんて。
あの真っ赤な頬に手を添えることも、青い湖面を一番近くで覗き込むことも、彼の呼吸を確かめる術も失ってしまう。そしてそれは、きっと永劫になのだ。だってロナルドには好きなひとがいるのだから!
ロナルドに好きなひとがいるという事実が大きすぎて、それ以外の情報を知りたいと思うには、おかしな話だが、ドラルクには時間が足りなかった。
時間というものがすべての生き物にそれぞれ与えられているとして、自分に残されている時間をすべて使うことができたとしても、ロナルドに好きなひとがいるというこの事実は、きっとドラルクには受け入れられないだろう。大きな事実に押しつぶされるだけで死に続け、その詳細を知ることはできない。しかし押しつぶされながらも、ロナルドはドラルクのものなのに、とドラルクはそう思っている。実際は、そうじゃない。ドラルクがそう思っているだけだ。だがそう思うことは、思うことだけは、自由なはずだった。思考の独占権は自分のみにある。
棺桶から起き出し、明日の朝が来なければいいのにと思ったドラルクは、ロナルドと付き添い及び見守り役のジョンが既に退治の依頼に出かけたことを知り、よっぽど、自分の祖父に電話でもかけようかと思った。
頭の中を一度真っ新にしてしまいたかった。
混沌とした頭の中を、新品のぴかぴか、砂埃ひとつついていない穏やかな夜の色にしてしまいたかった。
ドラルクの楽しい夜に一筋でも鮮やかな光をもたらしたあの青色を、一旦、黒で塗りつぶしてしまいたい。冷静になりたい。ロナルドに対する感情の変化を、ロナルドが好きだと自覚する前に戻したい。
そうしたらロナルドに好きなひとがいても耐えられる。はずだ。分からない。そもそも自分はロナルドのことを好きだと自覚する前から、ロナルドを自分のものだと思っていなかったっけ? 思っていた。──棺桶をベッドの真裏に置いているんだぞ! ──じゃあ駄目だ。行きつく感情は最終的に同じものになるに違いない。“キスがしたい”
御真祖さまに頼むのは止そう、ドラルクは無意識にも握っていた携帯を手離した。好きな相手がいるのだけれど、好きなままでいるのが辛いのでどうにかしてください、なんて。棺桶の蓋裏に貼ってある妻の写真に毎朝キスする父親よりも恥ずかしい。
とにかく、ドラルクには気を紛らわすものが必要だった。
家事はした。掃除はしたし、昼間ロナルドが洗濯したものは取り込み、畳んで仕舞った。
日用品の買い物もした。ロナルドの仕事帰りにでも頼めば良かったが、軽いものばかりだったのと、気分転換も兼ねて外へと足を運んだ。
ゲームも少しした。昨晩同様、詰みゲーを少しずつ進め、集中できていない、せっかくのゲームを楽しめていないな、と思ったところで止めた。
料理もした。料理はかなりした。というか、ほとんど料理しかしなかった。キッチンに立ち、テレビを時々見て、そしたらいつの間にか日付は越え、ロナルドが帰宅していた。
テーブルいっぱいに広げられた料理の数々を見た汗まみれのロナルドは、それはもう、何というか、複雑な顔をしていた。
おかずの多さにてっきり子どものように喜ぶか踊るかするだろうと思っていたドラルクは、あてが外れたことに、軽く不安になった。自分でも作り過ぎたとは思う。けど、そこまでおかしなことはしていないはずだ。自分の部屋を丸いものでいっぱいにした昔に比べれば。ジョンは豪華な夜食に喜んでいる。テーブルの上でダンスしている。
「
……
今日って」
とロナルドが恐る恐る口火を切った。「
……
誰かの、誕生日だっけ
……
」
ドラルクは拍子抜けして「それ昨日も聞いたぞ」と返した。「誰かの誕生日だろうがなかろうが、私が作りたいときに作るし作りたくないときは作らない。ご飯はきみに噛みつきやしないよ。怯えてないで先にジョンと風呂に入っておいで、ロナルドくん」
「お、怯えてなんか、ねーけど。何かあったのか、お前」
「何かって何が」
「な、何かは、何かだよ。ショックなこととか、悲しいこととか、しんどいこととか、なんかそういうの」
「なんで全部悲観的なことなんだ」
「楽観的なことだったら、うぜぇくらい楽しそうにしてるだろ」
「楽しそうに見えない?」
「その訊き方がもうアウトなんだよ。なに。俺でも解決できそう? 力技が要るなら、協力してやらんでもないぜ」
お人好しだがドラルクに対しては遠慮のないこのロナルドに露骨な心配をされるということは、よほど落ち込んで見えるか病んで見えているかだ。ドラルクは数舜迷って、まあ、と思って言った。「失恋したんだ。しばらくは、むしゃくしゃしてご飯いっぱい作るかも。付き合わせて悪いが、食べられそうなら、食べておくれよ。いらないなら、誰かにお裾分けでもしてくれ」まあ、いいか。ドラルクはロナルドが好きだが、ロナルドにはほかに好きなひとがいる。こちらが勝手に腹立って、落ち込んで、趣味に没頭するくらい、ロナルドにとっては大したことではない。「きみには関係のないことだし」
ごぽ。
キンデメがくしゃみでもしたのか、水槽内で気泡が鳴った。
ヌ
……
。
ジョンのダンスが中途半端な姿勢で止まった。
ぱちり。
ロナルドは相変わらず音が鳴りそうな瞬きをし、「しつれん」と覚えたての言葉を発するように言った。
「しつれん、したの。ドラ公」
「うん、まあ、そうだね。そうだよ」ドラルクは座りの悪い思いをしたが、投げやりながらも頷いた。
「いつ?」
「いつ? ええと、昨日かな」
「昨日っ?」
「昨日」
「昨日、ドラ公が、失恋した
……
」
「そうだよ。だからまあ、しばらくは失恋記念日だよ」
「しつれんきねんび」
「そう」
「どれくらいまで?」
「え?」
「しつれんきねんび。それって、どんくらいまでなの。期間は? いつ終わる?」
「そうだね。ずっとかな」
「ずっと」
「リセットできたらいいんだけど。死をもってしても、終われないらしい」何せ死んでも死んでも再生してくる。ロナルドが好きだ。「朝が来る限りは、ずっとだよ」
「ずっと
……
」
ロナルドはなぜかひどくしょぼくれたふうに肩を落とし、眉を下げ、「
……
そっか。風呂、入ってくる。ジョン行こ」と項垂れて風呂場へと向かって行った。呼ばれたジョンはドラルクとロナルドとキンデメを三度見はしたが、「ジョン」と風呂場の方から再びロナルドに呼ばれ、ドラルクの方を見てきたので、頷いてやると、ヌー! と鳴いて駆けて行った。
見送ったドラルクが「夢見がち五歳児には辛過ぎたんですかな。失恋がこの世にあるという現実に」とキンデメに向かって言うと、現実主義の吸血出目金は「知らん」とやっぱり、つっけんどんに言った。どうやら全然まだまだ、どうしようもなくなっていないらしい。キンデメこそ一番ポジティブに違いない、ドラルクは溜め息をつきながら思った。
ジョンと一緒だったとは言え、ロナルドはここ数日同様、長風呂気味だった。
やっとリビングに戻って来たロナルドを見て、ドラルクはぎょっとした。
「熱湯でも浴びたのか? 顔真っ赤」
それはどう見ても泣き腫らした痕だったが、ドラルクはわざとそう訊いた。泣いたのか問えば、泣いてないと返すのがロナルドだからだ。だからと言って素直に泣いたと答えるわけでもない。予想通りロナルドは「浴びた」と見え見えの嘘を吐いた。「最近冷水ばっか浴びてたから、今日は熱湯にした」わけの分からない適当な言い訳さえこいている。ドラルクが更に口を開く前に、ジョンと素早く食卓についたロナルドは、「いただきます!」と両手を合わせて勢いよくご飯を食べ始めた。
美味しいと言い合っているロナルドとジョンの勢いに押され、二の句を告げなくなる。いい食べっぷりだった。見ていて気持ちがいい。
「ドラ公おかわり!」
「ヌヌヌリ!」
あっという間に空になった白米のお椀を突きつけられれば、ドラルクにはもう、無粋なことを訊くよりも、腹ペコ使い魔と同居人をもてなす以外なくなってしまった。はいはい、と言ってお椀を受け取る。ジョンは二杯、ロナルドは三杯おかわりをし、あれだけあったおかずは全部平らげられた。少しだけ満足してしまいそうになった。やはり愛しい使い魔と好きな男が自分の作った料理を食べる様はある種の欲が満たされる。ただしジョンは自分のものだが、ロナルドは自分のものではない。ということを思い返し、ドラルクはやっぱり、楽しい気持ちではないな、と随分遅れてロナルドの先の発言に内心で頷いていた。
ロナルドのことは自分のものではないため諦めなければならないが、それはそれとして、死んでしまうのは絶対に嫌だ。
たとえ好きなひとがいようとも、この六日間、その好きなひとに人工呼吸を求めていないあたり、頼れるのはドラルクだけだったのは間違いないだろう。それにまだ、今日は、ドラルクがロナルドを諦めなければならない予定日の前日だ。眠るまでは当日ではない。
それぞれ寝床についた深夜三時、ドラルクは棺桶の蓋を閉じる前にソファベッドに向かって念押しした。
「いいかい、ロナルドくん。朝になったら、いや朝じゃなくてもいいが、とにかく呼吸が苦しいと感じたらすぐに呼べよ、私を。いや、いや、別に私じゃなくてもいいが。ジョンに応急措置をしてもらってもいい。そこに私がいなきゃ、誰でも、誰でもは良くない。誰かに助けを求めたまえよ、いいね」
「おう」
「すぐだぞ。外だったら、病院に行くのが一番いい。それこそ適切な人工呼吸をしてくれるだろうし」
「うん」
「けどソファベッドで目が覚めて、息が苦しくなって、死にそうになる前に、喉が変な動きをするだろう? 酸素が上手く吸えないと、ちょっとでも異変を感じた場合は、ひゅーひゅー言う前に私を叩き起こしてくれ」
「分かった」
「殴っても蹴ってもいいから。絶対に私を起こせ」
「いいんだな」
「いいよ。棺桶引っ繰り返したっていい。壊したって、大目に見るよ」
「
……
そうじゃなくて。お前を起こして、いいんだな」
「当たり前だろうが」ドラルクはもう慣れた言葉を即座に言った。「きみが死んだらつまらんからな」
「分かった」
ロナルドはシンプルに言った。「おやすみ、ドラ公。ジョン。キンデメ。明日騒がしくしたらごめん」
ヌヤヌヌ。ぐぶぶ。ああ、おやすみをしたくない。
朝なんて本当に来なければいいのに、ドラルクはまた思って、それから静かに、おやすみ、と返した。短い夜が終わる。
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