ライフ

高校生パラレル 佐→カイ フェイクファーの続き
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年


 佐原は春が嫌いだ。大嫌いだ。こんな気持ちになるのはやっぱり春だからだと思う。曇り空はどんどんあたりを暗くしていた。
 授業に行くという一条を見送って、佐原は屋上でひとりぼっちだった。携帯電話を開いたり閉じたりしながら、倒れるように寝転ぶ。雨でも何でも降ってくればいい。
 ついこの間会ったばかりの一条にまであんなことを言われてしまうとは思いもしなかった。思いもしなかったが、言われても仕方ないのだ。
 なんということをしていたんだろう、とは思わないが、いや思いたくはないが、ではこの重苦しく痛む胃や食道のあたりはどうすればいいのだろう。カイジに全部話したい。カイジに全部許してもらいたい。カイジは全部聞いてくれるだろう。やらせてくれるらしいから付き合ったことも、実際そうだったことも、その彼女のメールがとんでもなく卑猥だったことも、それを自慢げに見せびらかしていたことも全部聞いて、それでも何も言わずに困った顔をするに違いない。悟ったようなことも言わず、彼女の味方もせず、佐原の味方もせず、困ってひそめた眉で佐原を非難して、そして許してくれるに違いない。
 いや、そうだろうか?今のは全部、自分の都合の良いように作り上げたカイジさんなんじゃないか?
(俺、そんなんばっかりだな)
 歯を食いしばる。誰もいないならいっそのこと泣いてしまえばいいのだろうか、いや、
「雨降るぞ」
 佐原は跳ね起きた。待ちわびていたカイジはなぜかセーターの上に、更に伊藤と刺繍されたジャージを羽織っている。それを見て、涙を引っ込めた。上手に引っ込んで良かった。
なんでジャージなんですか」
「寒いんだよ急に」
 春はめんどくせーよ、と、カイジが言う。
 佐原はその言葉を胸中で3回反芻した。春は面倒くさい。
 ああ、そうですよね、カイジさん。だからこんな気持ちに。
 佐原はうん、とうなづいた。おもいきりうなづきすぎて脳みそが揺れた。そんな言葉で急に胸がすかっと晴れていくような気がした。また泣きそうになったがこらえた。
 カイジが来てくれて本当に良かった。ひとりで屋上で泣くなんて、陳腐でダサくてできっこない。
 ああ、春は嫌だ。本当に。
っとに、めんどくさいっすよね!」
 カイジがタバコを取り出す動きをした。佐原はいつものように手を出しかけて、引っ込めた。代わりに携帯を差し出す。タバコより、
「カイジさん、メアド、教えてくださいよ」
 め・あ・ど、と、一文字ずつ区切って強調する。カイジは少しだけくちびるをとがらせて、もごもごと何か言った。
「え、何すか」
「携帯、前、止まって
止まって?」
「そのまま
今、ないの?」
「ない」
っかー!!」
 佐原は再び後ろに倒れ込んだ。なんだ。ないんだ。
 一条にしがみついてまで探していたものがはじめからなかったことに、佐原は赤面した。そしてひどく安堵した。
困らないんですか?」
意外とな
 俺が困るからもう一回契約してくださいよ。
 と、言おうか言うまいか佐原は迷った。カイジを見ると、憮然とした表情で頬を掻いている。
 そのお世辞にもりりしいとは言い難い顔を見て、佐原は、なんだかどうでもよくなってしまった。意外と困らないのかもしれない。もう彼女からメールは来ないし、カイジは多分ここに来てくれる。多分。
カイジさん、今度どっか行きましょうよ」
「どっかって」
どっか。カイジさんもバイトして、金貯まったらどっか行きましょ」
「バイトか
 とてもやりたくなさそうな声色を出される。予想の範疇だったので、もう一度労働を勧めようとした佐原の頬に、ぽつりと雨粒が当たった。焦らしに焦らした雨雲からやっと雨が降ってきたのだった。
「うわ、降ってきた」
どこ行こう」
え!?」
いや、雨降ってきたから屋上にはいられないだろうが」
そうっすね」
 春の雨は温かい。生温くて不安になる。優しくて悲しくなる。
 早く夏になってしまえばいいのに、と、佐原は思った。夏の屋上は熱くていられたものではない。そうしたらもう一度、どこかへ行こうとカイジを誘おう。カイジはきっとお金がないとか何とか言って、タバコを吸うだろう。佐原は目を閉じて、日差しとコンクリートに焼かれながらタバコをふかす自分たちを想像して、笑った。