ライフ

高校生パラレル 佐→カイ フェイクファーの続き
初出・Webサイト「残りの夜が来た」2009年


雨ふるぞ」
「知ってますよ。一条さんこそ、何してるんすか」
「勉強」
「っかー!!暗いね!暗いよ一条さん!」
 一条は憮然として佐原を見上げた。すぐにでも雨の降りだしそうな屋上は確かに暗かったし、気持ちよくも何ともない。だが一条は屋上が気持ちよいから来ているわけではない。静かだから来ているのだ。
「いないぞ、カイジは!帰れよ、教室」
「えー」
 えーじゃない、と思ったが、佐原は一条の気持ちをまるで無視して座った。
「来ますよ、そのうち。カイジさん友達いないし、ここしか居場所ないですもん」
 もっともだがひどいことを言う奴だ。一条は返事をせずに、考えなしの教師に強制購入させられた、恐ろしく分厚い英単語帳をめくった。
 集中すれば佐原など無視できるはずだったが、しかし、好きでも何でもない分野では、気が散ってしかたがなかった。たまには英語もいいかと思ったのだが、いつもと違うことはするものではない。ここのところ調子が狂う。今朝など、早く起きて油断していたらいつもより1本遅い電車になり、おかげで車両事故に巻き込まれて登校がより遅くなり、ゆっくり走る電車のせいで踏切の音は飛ばされず、女のメールも盗み見られず、音楽室に行かなくなった一条の習慣は、結局一つも果たされていない。
 単語を目に映しながらも、頭はそんなことばかり考えてしまうので、一条はあきらめて本を閉じた。代わりに腹いせをしてやろうと思った。
「佐原くんの彼女
「え?」
「佐原くんの彼女、メール長いだろう」
……え?」
 佐原が顔をこわばらせる。へらへらしている奴のこういう表情を見るのはとても新鮮だ。ほの暗い充足感ににやりと笑っていると、佐原は「うわー」とつぶやいて、頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。それから、
「もう別れましたから、元カノですけどねー」
とだけ言った。なぜ知っているのか、とか、どういう意味だ、とか、一条に対する追求はひとつもなかった。後にも続きそうにない。
 満足したのもつかの間、つまらん、と、拍子抜けしながら、一条は閉じた単語帳のページを親指の腹で擦った。空を見ると、厚い雲が下がってきている。一雨きそうだ。
 やはり教室に戻ろうと立ち上がり、尻の埃を叩いていると、右足に佐原がしがみついてきた。突然のことにバランスを崩しかけた一条は悲鳴を上げかけ、それをすんでの所で飲み込むと、あいている左足で佐原を蹴った。
っぶねえだろ馬鹿!!離せ!!」
「いいっすね一条さん、その声」
 顔を上げずに笑う、佐原の息づかいが足から伝わってきて、思わずぞくりとする。
「ねえ一条さん、カイジさんのメアドとか知ってます?」
 なんだこいつ、と一条は思った。感情を押さえようとしているようだったが、いつもよりも少し早い佐原の口調は、明らかに必死だった。顔が歪んでいくのを感じながら彼を見下ろす。知っていてほしいのか、知らないでいてほしいのか。どちらを答えようか、一条は逡巡した。
ねえ、」
知らん、ほら離せっ」
 結局一条は何の工夫もなしに本当のことを言った。佐原はゆるゆるとした動きで一条の足から離れながら、「良かった」とつぶやく。
 なんだ、嘘をつけば良かった。一条は後悔した。