東京には熱気が渦巻いている。
…渦巻いているのだろう。窓もなく、外気の入り込まないこの部屋からでは分からないが、一条はそう思った。その中を、やがて一条の預かり知らぬところで死んで行くのであろう人間達が、回遊魚のように動き回っている。目的もなく、ただ生きるために、動き回っている。
一条は水槽を見た。餌の魚が、ちらちらと小さな光を反射しながら泳ぎ回っている。
…数が減ったかもしれない。また新しく買ってこなければ。
「
……会長」
「
……」
カイジはちらりと目を上げる。
「餌を追加したいのですが」
「
……好きにすればいいだろ」
「
……」
カイジは相変わらずクズで愚鈍な王だった。
…それどころか、事もあろうに、悪逆の王たる帝愛の姿を変貌させようと、もがき始めていた。手に負えないと宣言した無能がまだここにしがみついて何かを為そうとしているお陰で、一条はまだ彼に雇用されている。
愚かにも程がある、と一条は思った。帝愛は、巨大な化け物だ。カイジなどに飼いならせるはずがない。こいつがどんなに多くの人間に救いの手を差し伸べたとしても、それらは全て帝愛の餌になるだけだ。
「
…では、出かけてきます」
「
……」
一条はエレベーターに向かった。地上に降りれば、一条も熱気の渦に飲まれる。回遊魚の一匹となって歩き回る。他の魚と異なるのは、自分がそういう魚であることを自覚しているということだ。それだけ分かっていれば、十分だ。それだけ分かっていれば、帝愛のために何をすべきかも分かる。それだけ分かっていれば、帝愛は、カイジなど見放し、自分のところに餌を強請りにやってくるはずだ。
「
…一条」
「
……」
振り向く。仕方なくだ。この男は、一条の雇用主だった。
「
…何だよ」
「
…花、買ってきてくれ」
「
…何の」
「何でも
…白い花。仏花」
「
…何で」
「命日だから」
「
……誰の」
「兵頭の」
「
……」
一条は腕時計を見た。示されている日付には何の感慨も覚えずに、ただぼんやりと考える。
この男は、どこまで人を愚弄するのだろう。どこまで王を貶めるのだろう。
…聖人にでもなったつもりなのだろうか。
それでも一条は頷いた。仕方がない。業務命令だ。
エレベーターの扉が閉まる。
密室の中、一条は、いつか完成するシェルターで、カイジに何の花を手向けてやろうかと考えた。考えたが、想像するシェルターは空っぽで、カイジの姿も自分の姿もなく、ただ冷え冷えとしていて、そしてなぜか、水音が響いていた。