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百夜通い、ならず
pixiv再掲
kbnz馴れ初め編。
100日自分のところに通い続けることができたら、恋人になりましょう。というネさんに、キさんが頑張る話です。
日付がぽんぽん飛ぶので読みづらかったらすみません。映画「500日の○マー」みたいなのを意識して書きました。
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100日目
日に日に激化するダイマックスポケモンの力を甘く見ていた。キバナは絶句する。自分の統括するシティの、外壁が突然割れた。市民の生活を脅かせたそれは、ミュウツーと呼ばれた。長い尾で攻撃を繰り広げるポケモンは、すぐに広大なワイルドエリアへ退避していく。それはかつて己に傷を負わせたキバナのポケモンたちが見えたからだ。
「行くぞジュラルドン!」
素早いポケモンに先を追わせ、奥の手で残しておいたジュラルドンと共に殿を走る。街の人々の怯えは背にひしひしと伝わった。
(早く、早く、追わないと!)
キバナの眼光に焦りが生じる。巣穴に戻るのを許してしまえば、いつまたこうして出会えるかわからない。遭遇した時、今度こそ倒すと決めた。
遠くで白い閃光が走る。うず高くほとばしる赤紫色の光の柱。あそこがおそらくいつもの巣穴だ。ミュウツーはフライゴンを相手に、草原を暴れ回る。
「ジュラルドン、キョダイマックス!」
バンドが輝き、モンスターボールを投げる手が震えた。ジュラルドンの闘志はミュウツーを見るたびに猛っていた。まるで等しく自分の面のように獰猛に、天に向かって高く吠える。
反響で周囲の木々がざわめき、近くにいた飛行タイプのポケモンが一気にその場を離れた。威嚇も牽制も、充分に効果的だ。
赤紫色のおそろしい光は、キバナを確かに高揚させる。同時にミュウツーも、その冷静な表情の下に密かな泡立ちを感じているかのように、咆哮した。砂塵が舞い、キバナの他のポケモンたちも睨みをきかせた。もはや奴に逃げ場はない。
強風の中で踏ん張る彼らに、ミュウツーはひとつ踏み出して大きく手を薙ぎ払った。
◇
あと数時間で陽の光が海から昇る。ネズは、そのホテルの窓から眺める海が好きだった。何度か水中のポケモンが空を舞ってまた海へ潜る。朝日が照らせば、その背びれも体も、淡いオレンジに染まるのだ。
抱えて持ってきたギターを膝に抱いて、ネズはポロンと弦を弾く。思い描く新曲は、バラードのもの悲しいメロディだった。それはネズの一存で、誰にも相談せずに決めた歌。
(いや
……
相談、というより、提案、はされたか)
かつて、自分が納得いかずに押し留めた歌詞を、そっちの方がいいと告げた男。ぐしゃりと潰したはずの用紙をちゃっかり見ていて、心を惑わしてきた男。
かつて、ネズは愛を与える立場にいた。親は死に、妹と二人。安い酒場の裏で必死に働いて身を切る思いで買う紙袋一つ分の食糧。ボロボロの服で守ってきた灰のような心は、ある日妹のためにゴミ捨て場で作った一曲の子守唄を聞いた、酒場のオーナーが動画を配信をしてくれたことから人生と共に救われた。
貧乏な兄妹の歌。貧困層に救いを。この歌は差別を無くす。そんな、あらゆる言葉の暴力に、ネズは違うと何度も首を振った。
まずしいのは、おまえらだ。いつまでも人を見下し、格差を無くせと叫ぶ一方で夕食は豪華に過ごし、友人たちとのパーティーも談話も止めようとはしない。ネズの反骨は、すぐに故郷を熱狂の渦に包んだ。
街を、妹を、愛で満たしてきたばかりの人生の大半。気がつけば、自分は、自分と妹以外の他人を一欠片も愛することなく今まで過ごしてきた。
──愛を知らない自分にも、誰かを愛することができたなら。
歌うメロディはキーが低い。囁く歌声は夜の星の瞬きにも負けそうで、けれどはっきりと確かにそこにあった。
ネズは、笑う。
巨大なカラスが、空の暗さに紛れて、まるで切り絵のように遠くから浮かんで見える。それはだんだんと大きくなり、ホテルの前で止まった。
(ゲームオーバー、ですかね)
彼がこの部屋へ入る頃、零時はきっと一分過ぎてしまう。そうすれば百一日目。キバナに、自分なんかを差し出さなくて済む。
窓から顔を出して、そっと彼の様子を盗み見た。アーマーガアを一足飛びに降り、慌てた様子でホテルへ走るキバナは、入る前にふと──こちらを見た。
部屋に入らず、こちらに気づいた。キバナとネズは、百日目もこうして出会えた。出会えてしまった。ゲームオーバーだと思っていた勝負は、あっけなくキバナによって勝ちをもぎ取られた。ネズは、なんて強い男なんだと舌を巻く。
「ネズ!」
背の高い人間を上から見下ろす機会なんて、早々無い。それはこのゲームを決めた零日目にも、知っていた。上から見ると、キバナの顔はよく見える。晴れ渡った太陽のよく似合う、眩しい男だ。
「三日で、終わると思ったんですがね
……
」
薄汚れた衣服に、痣と怪我だらけの皮膚。破れたバンダナを取り去って、それを持ったままの手で大きくこちらに腕を振った。
こうしてキバナは、百日を終えた。
「何でこんなとこにしたんだ?」
埃に覆われていた上着を脱いでバサバサと揺らして、キバナは部屋に入るなり聞いてくる。
「嫌でした?」
「だって、お前の家だって良かったじゃねえか」
そうですねえ、とはぐらかして肩をすくめながらも服を脱ぐのを手伝ったら、手を掴まれた。真剣な目がこっちを見て、ネズは目を伏せた。
「
……
おれの部屋、は、人が来ることもあるから
……
それに、ここは」
ここは。ネズは、ギシリと鳴る床を踏みながら、ぼんやり思い返す。
酒を飲む人に追加でビールを置く、酒瓶を投げつけるような喧嘩があれば、店主の後ろに隠れる。たまにチップをくれるやさしい女性もいた。店主はその金を大事に取っとけ、妹になにか買ってやれと言った。
愛を与えて、愛を与え続けて、枯れてしまったネズの愛情は、ここに来れば補充できるだろうか、とギターを鳴らしながらキバナを待っていた。
「ここは、おれが妹と住んでいた場所ですよ。バーからホテルに改装したから、今は随分マシな部屋です」
壁に染みのできた古い壁紙を、空いている手でやさしく撫でる。ネズは懐かしむ顔で、
「ここ、マリィのクレヨンの跡がありますね、取りきれなかったのかも」
それは壁紙とドアの境目、細かい傷も付いていて、ネズは目を細めた。
「キバナ、こんな場所です。おれは、いつ病気になるかわからないような所で育って、ここで生きています。おまえがこちらに降りてくることはないんです」
ネズは、何かを言おうとするキバナの手を包んで、そっと下ろさせた。彼の瞳が炎のようにユラユラ揺れて、真っ直ぐに見ることができない。
「ここで、おれを独りで枯れさせてください。セックスが目当てなら
……
抱かれてやりますから」
真夜中の星が、一つ落ちた。流星がひどくゆっくり、窓の端から端へ放物線をえがいてきらきらと落ちていく。
「ネズ。オレさまは、間に合った」
ネズはわかっていたが、あえて悪あがきをする。
「
……
この部屋に、来た時はもう
……
」
「お前に会ったの、部屋に来る前だろ。だから間に合ってる」
「屁理屈こねやがりますね」
「どっちがだよ」
笑っているキバナの声がした。ネズはそっと、顔を上げる。
「な、オレさまの愛、重い?」
「
……
もらったことが無いので、平均の重さは知りません」
「それじゃあ、重いくらいでいいな」
「
……
キバナ、おまえ、自分の家は」
「家とは、縁を切ってもいい」
いつかと同じ、鼻先をそっと付けて、機嫌を取るポケモンみたいに懐いてくる彼は、ネズの肩を抱いた。
うなじをスリスリと撫でるグローブ越しの感覚がネズをぞくぞくさせた。耳の裏を指先でつつかれて、下ろしていた自分の髪の毛がくすぐったい。
ぺろっと舐められた上唇がおずおずと開く。震える体を抱きこまれて、キバナの想像以上の熱が、唇越しに伝わった。呼吸を忘れるような吸いつきだった。
腰を抱かれてさらに体を密着させられて、キバナの胸に両手を当てて我が身を支える。
「ふ
……
」
ちゅぅと音が鳴って、一旦離れた自分の赤い唇で、は、はと空気を慌てて取り込む。
「がっついた、すまない」
何にも悪びれていない男に、ネズは膨れた。
「ゲームオーバーです、キバナ」
「え! まだ言う? オレさまは間に合ったって」
抗議するキバナの唇を、今度はネズが一度だけ塞いだ。急な施しに動じて、彼は目を見開く。
わざと音を立てて離れるネズのキスは、甘くて蕩けるように、愛に溢れていた。
「おれが、負けたって言ってるんですよ。おまえって人はばかですね、全部を捨ててこっちに来るなんて」
──ネズは、それはていねいにキバナに愛された。時間をかけて、話をしながら、笑い合って。
身をよじってうごめくネズに、彼は思わず息を詰めていた。細い体を折れないように抱きしめられ、膝の上に乗せてきた。ネズに見下ろされるのが、キバナは好きだと気付いたらしい。自分の長い髪が、朝日を浴びてまっしろく光る。
「かわいい」
「
……
百日で、おまえも随分目が悪くなりましたね
…
そういうのは」
「恋人に言え、だろ? だから言ったんだよ」
キバナがそっと腰を進める。その太い首に手を回して、ネズは彼の肩に顔をうずめた。汗と埃と、ほんの少しの彼の匂いと。
新しい曲の歌詞が決まった。あのセリフは仕方がないから使ってやって、この匂いを思い出すようなことを書いてやろう。そして一人で慌てて赤くなるのを、ステージ上から見ててやろう。
ネズは曲げた膝に力を入れて、体重を男に預ける。青白い足の指がぴんと張る自分におかしくて、ふふっと笑った。
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