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百夜通い、ならず
pixiv再掲
kbnz馴れ初め編。
100日自分のところに通い続けることができたら、恋人になりましょう。というネさんに、キさんが頑張る話です。
日付がぽんぽん飛ぶので読みづらかったらすみません。映画「500日の○マー」みたいなのを意識して書きました。
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0日目
キバナは、ネズがジムリーダーを引退してから、ここぞとばかりに近づいてきた人間の内の一人だ。
当初、音楽活動に専念したいと引き籠る予定だったネズのスケジュールは、取材や報道陣に囲まれて引退への理由、これからの展望、メディアへの露出の予定を連日聞かれてうんざりした。
新しいジムリーダーの妹の育成の時間はわりと楽しい時間であったのに、その時間さえも取られた。ようやく空きができたと思ったら今度は他のジムリーダーにバトルをねだられ、寂しげに「いいよ、行ってきて」と手を振る妹に申し訳ない思いを抱いた。
キバナはそれこそ、最初は「うざったい内の一人」だったが、マリィの様子を一度見た時すぐにやめてくれた。
けれど。
最愛の妹の元にも寄れずにバトルやトーナメント続き。くたくたでイライラしていたネズは、日々の慰労会と称した打ち上げをしようという誘いを早々に断って、指定のホテルに引き揚げる。明日は朝一にスパイクタウンへ帰ろうと決意して、近くのスーパーで軽く買い物をしに、身軽ななりで外へ出た。
紙袋に入れた食料品を持ち歩いている時、ホテルの前でばったり会った男、それがキバナだ。
「何か?」と聞けば「待ってた」と言う。
「へえ、おれを? どうして」
「打ち上げ、行かねえの?」
「行きません。きっと酒浸りになってマリィにどやされる」
「ふうん
……
」
背の高い彼に見下ろされるのは苦手だ。いや、そのやさしげな目に見下ろされるからか。
斜に構えて見えるけど、キバナは紙袋を「持つよ」と受け取る仕草も、ネズがそれを遠慮するのをうまくかわす動作も、ホテルの部屋へ行くエレベーターを先に開けてくれるところも、ネズにとっては全て見たことのない紳士の対応だった。
たまに、怖くなる。
ネズは知っている、この男と自分の、身分の差を。
「おれはかよわい女子じゃねえんで、そんな扱いされると困ります」
「オレさまがしたいから、いいの」
「
……
そういうのは、恋人にしてやってくださいよ、おれは間に合ってます」
「え? ネズ、彼氏いんの?」
「はたき落としますよ」
呆れてため息をつき、ネズの部屋へ入った彼は、その食料品をテーブルへ置いた。
「なあ、ホテルで朝飯出るだろ、何でこんなの買うんだ?」
紙袋の中のリンゴや野菜をまじまじと眺めて彼が言うのを、いささかまぶしそうに見る。ネズは小さな声で呟いた。
「朝食、金取られるんですよ。その金があるなら、自炊で今夜と明日の朝飯まで賄えます」
「え⁈ 自炊⁈ ホテルまで来て?」
舌を出して嫌がるキバナに悪気はない。そう、誰だってこう言うだろうし、故意的に悪く言うつもりはないのだ。
「おれたちは、貧しかったので」
──一つの食事が、明日への糧だった。その日一日の飢えは、かびかけたパンと水だけでも凌げた。あとの食糧は妹に。力のつきそうなタンパク源や鮮度の良い野菜が出た日には、とにかく全て妹に。
あの日々のせいで、ネズは今もずっと量を食べられない。大量に作ったものを日にちをかけてゆっくり食べる。今回も保存用のストックバッグを持ってきている。
「健やかに育ったキバナには、知らなくていい世界ですよ」
目を伏せて笑うネズの青白い頬は、ホテルの燦々と光る白昼のようなライトに不釣り合いだった。
「
……
嫌味かよ」
「いいえ、羨ましいってだけです。それに事実、あんな経験はしないに越したことはない」
こう、なりますから。とネズは自嘲する。
話しながらも手を動かすのを止めないネズは、「
……
どうせなら」とまた続ける。
「食べていきますか? そんなに大したものは作れねえですが」
キバナは即座に頷いて、ホテルに備え付けの小さなシンクとコンロの前で、痩躯の男が手際良く包丁を使うのを見ていた。
キバナ愛用のスマホロトムは、「打ち上げ始まるぞ!」と催促するダンデからの連絡が一件、届いた。キバナは気づかないフリをする。
「ごめんな、トーナメント誘ったり、その
……
今日の打ち上げとかも、色々」
トントンと野菜を切る音が軽快だ。
「いえ、もう明日にはすぐ帰るので。いちいち気にしてねえですよ」
「マリィによろしくな」
「
……
そんなこと言いに、ホテルで待ってやがったんですか?」
「悪ぃかよ」
ククッと喉を鳴らした。ネズは、はて、と気づく。今日初めて、おかしいと思える事象だったなと。
「お気遣いどうも」
クルクルと、手に持った野菜の皮を剥いた。
◇
50日目
キバナの実家はナックルシティに程近い、丘の上にある。
彼はここら一帯で有名な地主の子で、小さな頃から学業やスポーツなどで特に優秀な成績を治めれば、「あの家の子だから」と噂された。
キバナはそれが気に食わなくて、ここ何年も家には帰っていない。そもそも親とも性格が合わない。
ワイルドエリアの晴れた地域、乾いた風の吹く草はらで、自身のドラゴンタイプのポケモンたちと寝転びながら、空を見ていた。
流れる雲の形を見てはフライゴンが不思議そうに首を傾げる。あれは何の形に似てる、とか、雲の流れから見てもうすぐここも雨になるかも、とか。独り言のようにぽつぽつとキバナはポケモンたちに話すけど、あまりその場から動く気にはなれない。
(どうして)
キバナの心は、今はあまり豊かであるとは言えない。知識、経験、人脈、どれをとっても彼はほぼパーフェクトな人間なのに、唯一、温厚な笑みを歪めて悩むことがある。
(どうして知らなかったんだろ、ネズのこと)
0日目のことを思い出す。
結論から言えば、ネズのあの日の夕ご飯はたいそう美味しかった。キャンプでやるような大雑把な作りとは違う。体を考えたやさしい味。ナックルシティで有名な飲食店で食べるフルコース料理だってそれは美味いが、健康を考えて作る一品というのはこうも違うのかと感じた。
あのときの、ベッドの端で皿を持って静かに食べる彼に、キバナは咀嚼していたかけらを飲み込んで伝えた。「毎日食えたらいいのに」と。
青白い肌の男は少し上を向いて考え込むふりをして、口に手を当てて笑っていた。
「そんな、同棲じゃあるまいし」
ネズが、ふふっと笑って食べ終えた食器をシンクへ突っ込み、軽く水を流す。
汚れを簡単に落とすその音を聞きながら、キバナは目を見開いた。
「どうしたんです、その顔、化かされたみたいですね」
彼は重そうなジャケットを脱いで、簡単な部屋着に替えようと、スーツケースを開ける。
「さて。食べ終わりました?
……
キバナ?」
訝しげに覗き込む彼は、髪の毛を結ぶ紐を取り払ってバサリと揺らす。キバナは、目が離せなかった。
細い腰、華奢な首、相手を見据えた眼力。ぴったりとした黒いシャツに痩せた体がよく似合って、緑色の瞳がじいっとこっちを見ている。
「同棲、じゃ、だめ?」
キバナの口をついて出たのは情けなくも引きつった声だった。
「
……
何言ってやがるんですが、おまえは。万年モテてる奴なのに、ずいぶんと見境のない」
少し早口でまくし立てるネズの表情は、氷みたいに硬い。がしがしとバンダナの上からキバナは頭をかいた。言いたいことと言ったことの合点がいかない。
「あー
……
ううんと、そうじゃなくて
…
」
案の定、もどかしい感情の行き場を探っている自分がいて、ううんともう一声唸った。
「
……
多分、一目惚れ?」
彼は、未ださまよう思考回路のキバナに鼻だけで嘆息する。
「新種のポケモン見つけたわけじゃねえのに、そんな珍プレー起こしてねえで、さっさと彼女でも彼氏でも作りやがれ」
「お前、オレさまの気持ちないがしろにすんなよ
……
」
ネズは、肩をすくめて部屋着をスーツケースから探す動作を続行した。部屋の一つしかない椅子に腰掛けたまま動こうとしないキバナに、振り返って「ふむ」と口を尖らせる。
言うことは実にくだらなくて突拍子もないのに、自分の表情はネズの庇護欲を刺激したらしい。自覚はある、おそらく自分が捨てられた犬みたいになっていたからだろう。
「じゃあこれから百日間、毎日来てくれたら、そういう関係になりましょう」
パッと顔を上げたら、諦めたように笑うネズが、その長い髪をやわらかく揺らめかせた。
立ち上がって、こっちへ近づかれる。普段頭一つ分違う身長も、座っていれば見下ろされる。
「三日で気に付きますよ、勘違いだって」
嘘だ、とキバナは思う。その目に見つめられて、今なおどくどく心臓は早くなるし、呼吸を飲む音もわずかに聞こえた。
それに、ネズ。その、ほんのわずかに色づいた耳は、何を表している?
「
……
毎日、会いに行く」
「殊勝。今ここで襲わないんですね」
とんでもない発言をサラッとするから、「こら」とキバナは吠えた。そっぽを向くネズは、手を取られたことに半歩遅れて気づく。
「百日、な。オーケー」
白くて骨の出っ張った手の甲に、キバナは誓いのキスをする。かち合った目線の上にいるネズは、少しだけ下唇を噛んでいた。
満足して立ち上がり、うーんと声を上げて伸びをして、
「じゃあな」
先ほどから催促で鳴り止まないスマホロトムを片手に、部屋を出た。
赤い絨毯の続く廊下を歩く足の裏は、心なしか軽くて地に付いていないような。
──それが今のキバナの、五十日前の記憶だ。
暗雲がもくもくと向こう側からやってくる。いよいよ心配したドラゴンたちが、鳴き声をあげて主に伝える。「悪ぃ、そうだな」重い腰をようやくあげて、キバナは立ち上がる。
「今日も行くか、スパイクタウン」
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