botanin5
2024-11-14 03:10:59
14175文字
Public 薬さに♀(小説)
 

雨のち浮かれ気分

ハッピーエンド
突然、浮気するようになった薬研のお話
・薬研が他の女性を口説く描写があります
・名前の無い女性モブがちょいちょいしゃべります







先ほどから薬研はまったく動かない。傘は一つしかないが、このまま二人一緒に帰れる状況ではない。どうしようかな、とぼんやり頭の隅で考えていると、後ろから声がかかった。

「あら、こんな雨の中なにしてるんですか」

振り返ると、いつも薬研が連れ込んでいた女の人がいた。もう焦る気持ちも嫉妬心も生まれなくて、ぐっしょり濡れている私に驚いて駆け寄ってきたことに申し訳なさがつのった。

「あの、できれば傘をお借りしたいのですが、お店はこの近くなのでしょうか」
「えぇ、貸しますよ。でもその前に、お風呂に入って身体を温めたほうがいいかしら。審神者様がお風邪を召したら大変だわ」
「いや、さすがにそんな」
「いいから来てください」

私と薬研が連れてこられたのは想像していたお店ではなく、呉服店だった。そこの息子さんが彼女にベタ惚れで、良くしてくれているのだとか。詳しくは聞かないでおいた。様々な美しい反物が店に並んでいるだけあって、お風呂を借りた後でとてつもなく肌触りのよい浴衣を着替えにと渡されて緊張してしまった。

薬研は、ずっと何か考え込んでいるようで口を開かない。客間の縁側からぼーっと庭を見ている。雨は止まない。私も、かける言葉は見つからないので女の人とずっとおしゃべりをしていた。想像と違って優しくて、ずっと話しやすい人だった。薬研が気に入るのも分かるかもしれないと思ってしまって、ちくりとした胸の痛みに気づかないふりをした


せっかくだからと、一人で部屋を出て綺麗に並ぶ商品を眺めていると、がらがらと店の入り口が開いた。

「ひっくお~い客がきたぞぉ!っと。あ?あんたこの前の―――

ぱちくり。驚いた顔でこちらを見るのは、いつかの演練で会った不動行光だった。

「びっくり不動くんって着物とか好きなの?こういうお店に来るんだね」
「なんだよ、ダメ刀には似合わねぇってか~」
「そんなことないよ」
俺は使いだ。ひっく。あんた一人なのか?」

前と同じように、お酒で赤く染めた目元をじっとりとこちらに向ける不動に苦笑いを返す。

「奥に薬研がいるよ」
「はっ。あんだぁ~?婚礼衣装でも選びに来たのかよ」
「やだな、もう別れたもん」

上手く笑うことはできなかったようだ。不動くんは驚いたように固まると、ちっと小さく舌打ちして近づいてくる。私の代わりに、傷ついたような顔をしているのが不思議だった。目元にそっと固い親指が這う。

「あーあ、フラれちまったのか。だから言ったろぉ?」
「残念でした~。私が、フッてやったの、さっ」
ちっ泣くんじゃねぇよ」

乱暴な手が頭に回って、ぐいっと肩に顔を押し付けられる。甘酒の匂いがする。不動くんは優しいなぁ。こんな私を、可哀そうに思ってくれているのかもしれない。

あいつは本当に馬鹿だよなぁ。変に欲張ったりするから、罰が当たったんだな。ざまぁみろひっく」

欲張り。確かに、恋人がいるのに他の女の人にまで手を出す薬研は欲張りだ。小さく呟く不動くんの言葉を聞き流していると、店の奥からガタンと大きな音がした。驚いて顔を上げようとしたが、酔っているとは思えない強い力で頭をぐっと押さえられる。肩に鼻をぶつけてしまって、痛いと小さく呟くと。甘酒を持っていたはずの手が腰にも回った。本格的に抱きしめられてしまい動揺していると、不動くんは店の奥に声をかけた。

「おいおい、な~に怒ってんだよぉ。ひっく」
うちの大将を、離してくれるか」
「や~だね」

薬研の低い声が聞こえてくる。咄嗟に言い訳が頭を巡ったが、もう別れたのだし関係ないじゃないかと思いなおす。そもそも、薬研は付き合ってる頃から他の人といちゃいちゃしていたんだし、私が他の刀剣と抱き合ってるのを見ても気にしないのかもしれない。

どすどすと苛立ったような足音が近づいてきた。腰に回っていた不動くんの手が不意に無くなり、頭を押さえていた手も緩んだため、視線を巡らせる。すると、薬研がぎりぎりと音が聞こえてきそうなほど強く不動くんの腕を握っていた。

「離せっつってんだよ」

ぎらついた目で不動くんを睨んでいる。こんな薬研は見たことが無かった。怖くて、肩が震える。どうして、こんなに怒ってるの。止めないと怪我をしてしまう。口を開こうとしたら、ゆるく肩に回った不動くんの手がそのまま私の顎を軽く掴んで固定する。するりと耳元にすり寄ってきて、息がかかりくすぐったい。先ほどまであった甘酒の匂いはあまり感じられなくなっていて、私にも匂いが移っているのかもしれない。

「ひっくお~こわ。そんな怒んなよぉ。お前もうフラれたんだろぉ。別れたって聞いたぞ」
「別れてない」
「えっ」
「俺は了承してない」

驚いた声を上げた私をちらっと見て、薬研はすぐに不動くんへ視線を戻す。確かに、返事は貰ってなかったけど。離婚とは違うのだし、契約書も無い。片方が終わりを告げれば恋人なんていう脆い関係は解消されてしまうものではないのだろうか。どうしたらいいのか分からなくておろおろと二人の顔を見比べていると、後ろからやってきた例の女の人がぺしんと薬研の頭をはたいた。驚いた薬研は不動くんの腕を離して、ぽかんとそちらを見た。

「こんなところで何をやってるんです。他のお客様が来たらびっくりするでしょう。ここは私の常連さんのお店でもあるんですからね。話ならさっきの部屋でしてください」
悪い」
「ほら、上がってください。今お茶をお持ちしますから」
ひっく。俺は頼んでいたもんを取りに来ただけだからな。もう帰る」
「ま、まって」

ぱっと私から離れた不動くんの服を咄嗟に掴む。彼は少し驚いた顔をした。しかし、このままさっきの部屋で薬研と二人きりになるのは、少し、いや、かなり不安だ。彼もいいよね?と視線を送って女の人と薬研に確認する。彼女は「じゃあ湯呑は三つですね」と笑ってくれたが、薬研はまた機嫌が悪くなってしまった。不動くんも、はぁとため息をついた。