治北短編2

pixiv再掲
短編集二つ目です、二人とも稲荷崎卒業後、治の開業まもなく



#2わかれ話をしましょう

引越し荷物は片付けた
夕暮れ過ぎの空の中でぽっつりと、
ぎん色の髪がなびいてて、
俺はずっとそれを梳きたくてたまらんのに、
もうできないんやな、と、
薄ら寒くなってきた秋の風と共に知る
あと五分もしたら業者がきて、
この人と過ごした人かけらも残さず、
俺ごとまとめて運ばれる
お世話になりました、とだけ伝えて、
そしたらあの人も、おう、とだけ声に出して、
それで終いの、はずやった

別れ話をしましょう、と、
俺が言ったのは一週間前
とうとうと過ぎる雲の下、
白くてちらちらしたのが舞っとった
「お前が慣れんことするから、雪降ったわ」
そう言ったあの人は、
一つも動じず話を聞いた
次の婚期はいつかわからん、
見合いもそろそろ難しくなってくる年齢で
あんたの米も売れて、
俺の店も軌道に乗って、
互いに何不自由ない生活になった時、
側におんのがただの一人の、俺みたいな男やなんて
ふと、そう考えた
きれいな奥さん、かわいい子供、
そんで、その子の成長を懐かしむように、
酒をまた飲みましょう
あの人は、俺の一言一言を飲み込んで、
うん、うん、と頷いて、
最後にそっと、呟いた

「本当に、お前は、そうしたいんやな?」

最終確認に、
俺は意固地に、はい、と言い、
あの人はそれに対して「そうか」と言った
振り切るように背を向けて、
部屋に残した愛しい人に、
声にならんよう抑えながら、
ドア越しに詫びる
あん時の自分の声が、
今も頭にこだまする
すんません、ほんまに、すんません
おくびょうもので、すんません
何遍も何遍も、
わけのわからん言い訳を重ねて、
今まで過ごした二人の時間を涙で汚した

こうして荷物を詰め終えて、
何もなくなった俺の部屋に、
この人と二人で立っとると、
越してきたばかりの時を思い出す

春、
うららかに新しい家の匂いを嗅ぎ、
夏、
ベランダで氷を入れた洗面器に足を突っ込んで、
秋、
頭につけてきた落ち葉を笑って払ってもろて、
冬、
こたつの中でくっつく足先にときめいて

あと五分もしたら業者がきて、
この人と過ごしたひとかけらも残さず、
俺ごとまとめて運ばれる
お世話になりました、とだけ伝えて、
そしたらあの人も、おん、とだけ声に出して、
それで終いの、はずやった

「治」
あんたの声が、凛と響いたからっぽの部屋
何日かこの人の顔を見とらん内に、
頬に薄く筋がついとった
赤くて掠れたそのふやけ痕に、
声が重なる、近くなる
「元気でな」
差し出された手が震えとる
目も喉も胸も熱くなる
俺は噛みすぎて痺れた奥歯をようやく離して、

「北さん」

名前と一緒に溢れたんは、洪水みたいな俺の涙やった

すんません、ほんまに、すんません
好きになって、すんません
いつもどんな時も求めたくせに、
俺の方から逃げを選んですんません

割れんばかりの泣き声で、
俺は北さんに言い募る
うん、うん、と頷いて、
「あほやなぁ、お互い」
と北さんが笑った

業者がくるのはあと一分、
泣き腫らした顔二つ、
玄関先で謝ろか
「やっぱ引越し、やめます」って
そんで荷物を結局元に戻して、
今年の秋を味わおか

これは、俺らが幸せのわかれ道を選んだお話
いつか年取った時の、笑いのネタのひとつ