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gib_fox
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hq治北
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夢のような、これから
pixivから再掲
治と北さんの馴れ初めのお話。高校時代から大人になるまで、忙しい青春を駆け抜けた二人が惹かれあい、大人になってようやく気持ちを確かめ合う話です。
北→侑と治が思い込んでいる描写や、侑に彼女がいる設定、大耳さんの元カノの話が出てきますので、苦手な方はご注意ください。
当初の設定では大耳さんに恋愛指南を受けている北さんって話にしたかったんですけど、その設定はたち消えて、カケラだけ残ってます。
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待ち合わせより十五分も早く着いてしまった、駅の改札前。そわそわした俺は、今朝の侑の言動を思い出して忙しない心にちょっと余裕を持つ。
──「サム、今日北さんとどこ行くん?」
「
……
まだ、はっきり決めてへん」
「俺ら、映画館行くから、そこら辺来んといてな」
意気揚々と服を選んでるムカつく片割れを置いて、俺は早々に家を出た。最後に侑の服を思い切りふんだくって、「あ! それ俺の!」ってわめく侑の声を無視して玄関を閉じた。大声出した侑を叱るオカンの声のおまけつき。
中途半端に履いた靴をとんとん、と履き直して、数回しか履いたことないスニーカーの紐を結ぶ。手つきはいつものシューズで慣れてるはずなのに、心なしか不格好になった紐は、緊張の現れ。
侑の言ってた方面にはなるべく行かないようなところで、飯の食えそうな場所を探す。スマホのバッテリーもばっちりで、髪も服も前の日からこうしようと決めていた。まるで隙無し、抜かり無し。楽しみにしてたというよりも、ちゃんとこなさな、という使命感のが強い。指先が少し冷たい。
白いTシャツはおろしたてで、ジーンズも珍しく洗うって言ったらオカンがびっくりしてた。
「アンタも彼女?」
そんなことを言われて全力で首を振る。「部活の先輩や」って言ったらちょうど侑が通って、そこで北さんとでかけることがバレた。
さんざんあいつにからかわれたけど、さっきオカンに叱られていたから間接的に反撃はできたか。
それにしても。
夏になろうとしているこの時期、辺りは陽炎がたって暑い。今日は五月なのに気温が平年より上がるなんてニュースをやっていた。襟から胸元に涼しい空気を入れたくても、あんまり風が吹いてないから暑さは変わらない。緊張のせいもあって俺は早くも汗ばんでいた。
(侑らの、行かんようなとこ、飯の美味いとこ)
それでもその暑さを忘れるほど、脳内を占領する今日の飯の場所は、いまだ悩みの種である。しかし。
「あ」
一つようやく思い当たる節があって、俺は手を打った。
◇
汗を拭いて、今日の飯の場所をもう一度確認しようとスマホを眺める。
「治」
やわらかい声がして、俺はハッと顔を上げた。待ち合わせよりも五分前に北さんも着いた。勢いよく立ち上がり、挨拶と同時に俺は礼をする。
「部活やないんやから」
と笑う北さんの足元は、暑いのを考えたのかサンダルだった。白い肌に黒いベルトがよく映える。俺の靴下の中は、じわっと汗も滲んでいるからその涼しそうなのが羨ましかった。
「どこ行こか」
また笑った。この間から北さんは笑顔が多い。角名が「あんまり笑ってるの見たことない」って言っていたのが嘘みたいだ。たしかにたいていは無表情だし、声だけ忍ぶようにあげるくらいの笑い方だけど。そんな表情を見せてくれるのは、何となく、
(俺のまえ、やからやろうか)
と期待する。
でもその期待は、すぐにもたげていた鎌首を落とす。
(ツムのまえでも、そうかもしれへん。同じ顔やし)
って思って、また気持ちは沈んだ。
……
ん? 沈んだ?
北さんが腕組みをして、「治」ともう一度言う。黒いストレートパンツに包まれた脚をまえに進めて一歩、俺に近づいた。北さんの頭から腰までくらいが、眼に入りこんでくる。
やっと気づいたけど、ノーカラーの白い半袖シャツにきちんとインナーを着てて透けないようにしているから、北さんもちょっと暑いらしい。こめかみにたらりと、透明な汗が滲んでいる。北さんの汗なんて部活で何回も見ているはずなのに、どきりと大きく胸が鳴った。
(見ちゃいけんもんを見させられた気がする)
慌てて視線だけを横に逸らして「はい」と返事をすれば、
「飯食うとこ、決まっとんのか?」
と至極真っ当なことを言ってくる。
「き、決まりました、行きましょか?」
「まだ早いやろ。買いたいもん、買うてからでもええ?」
北さんの言葉につられて、ふらりと足を向けて街中へ二人で繰り出した。さっきまで晴れていたのに、鈍色の空は厚く太った雲を連れている。雨が今にも降り出しそうで、降らない。傘を持つのは必須だろうと、今日はしっかり持ってきた。いつもなら背負わないメッセンジャーバッグの中でそれは歩くたびに揺れている。
(なんやろう、北さんの買いたいもん)
俺は先を歩く相手の後ろにひょいとくっついて歩いた。ムッとして北さんがこっちを見る。あれ、機嫌損ねるようなことしたやろか。袖を引っ張る指が、力一杯ひかれて焦る。
「治、これやったら舎弟やん、横歩け」
……
確かに。
俺はすぐに背筋伸ばして、そっと横に立たせてもらった。
外ばかり歩くのはさすがに暑い。俺らはさっさと目的地を目指して歩いた。北さんは本屋に行きたかったらしい。北さんらしいなあ、とほくそ笑んで、じっくり本を選んでる横で俺も雑誌をめくる。
それにしても北さんがファッションに興味あるとは。意外な発見。
「今と、大学でしか服で楽しめんからな」
そういえば、北さんの服はシンプルだけど、高そうな気がする。今日着ている服のブランドを聞けば近場にあるセレクトショップの名前が返ってきて、どれも高校生の小遣いをちょっとやそっと貯めただけでは買えそうにないものばかりだった。年に一度服を買うらしい北さんは、一年間に一、二枚だけ、きちんと長く使えるのを吟味して選ぶそうだ。安いものや侑の古いので間に合わせていた俺からすれば、大切に大切に色んなことに向き合う北さんには頭が上がらない。自慢じゃなく、
驕
おご
りでもない。当たり前のように言うから俺の中にもすとんと腑に落ちる。
「次に買いたいもん、決まってるんですか?」
「おん、これか
……
これやなあ、と思っとる」
ひょいと顔のまえに差し出されたページを覗けば、そもそもティーンが見るような雑誌名ではない。
(北さんがこれ着たら似合うやろか)
俺はううん、と唸った。
「こっちのんが、似合いそお」
意見に対して北さんは、なるほどな、とつぶやく。
「そっか。治が着んなら、こっちやと思っとった」
「ええ、めっちゃ渋くてかっこええやつですやん
……
俺、こんなイメージ?」
思わず嬉しくなってはしゃぐと、北さんはまた見上げた角度で俺の目を見てはっきり言う。
「似合うで」
……
以前、侑のことを「せえへん」と断言したときのように、今も北さんは俺をはっきりわかっている口調だった。このとき俺は、わかってもらえて嬉しいってみょうな興奮があって、ぶわりと一気に汗が噴き出したのを覚ている。
(似合う、んか)
目の前に広がるイケメンの外国人のモデルさんが、俺を見つめているように見えた。どう置き換えても、俺がこんなカッコよく着こなせる自信はない。大人になったら、こうなるんだろうか。
「
……
はよ大人になりたいですわ」
「ふは、楽しみやな」
北さんが雑誌を閉じる。雑誌の名前だけ、やたらと頭に残った。たぶんこっそり、俺は後日買うんだろうな。うまいこと北さんに乗せられて調子づく自分がいるけど、悪い気はしなかった。
「飯、行きましょう」
十一時半を過ぎて混み始めた人の群れ、その只中で俺の好きな店に向かおうと提案した。うなずく北さんは、そこそこ大きい人なのに小さい子みたいな反応するから、たまにかわいいと思ってまう。まえに銀も同じこと言っていた。
話は自然と、食の話になる。
「今日行くとこはなにで知ったん?」
「一人で街ん中歩いとったときに、偶然。いつもなら調べますよ」
「なにで調べとるん?」
「これ使てて。めっちゃ便利です」
スクロールしながらアプリを見せたり、サイトを見せたり、知らぬ間に触れてた肩にも気づかず、俺はだんだん熱が入る。
「ここも行ってみたいって思ってて。でも高校生あかんのですよ。専門学校入ったらとにかく食べ歩きたいんやけど、金も時間もかかるから
……
」
「計画性持たなあかんな」
「それ! それです。今まさに将来設計考えとって。それ用に年間の、表みたいにして書いたりするんですけど」
「おん」
「朝起きて見直したら、えらい分刻みで飯食いに行く予定入っとって」
北さんはキョトンとして、次に笑う。笑うときに揺れるから、肩から温もりがちょっと離れた。俺はスマホをポケットに戻して、なぜか離れたぬくもりを気にする。人とこうやって、話しながら触れ合うことなんて侑以外あんまりなかった。部活中の接触とはまた違う、絶妙で不思議な密着。
(デート、ってこんな感じなんかな)
俺は勝手に顔を赤らめた。「治?」と声をかけられて、そっちに目を向ける。
白いシャツに白い肌、銀色の細い髪の毛が風になびいた。北さんの目の力は、相変わらずこわいくらいある。また俺の心に、さらりと沈殿する謎の感情。
(こんな気持ち、知らん。知らんねん。どう扱ったらええか、わからん)
北さんとデートなんて、
烏滸
おこ
がましい。
教室で、勇気を出して告白したあの女の子の姿が立ちのぼる。陽炎みたいに、俺の中に蘇る。
(そうや、あの子。一生懸命に北さんとどうにかなりたくて、話しかけていたあの子)
ああいう純粋で一途な気持ちに、こんなバケツの水底に泥が溜まった程度の、少量の気持ちが敵うと思っとんのか。治。
俺は行く予定やった店ののれんを、思わず通り過ぎてしまう。
「この先行き止まりやで」
そう北さんが言ってくれんかったら、俺は行き止まりで悶々と考え込むところだった。
俺はのれんをくぐりながら、中に立ち込める飯と甘い醤油の匂いに惹かれた。北さんも、目を輝かせて店内を眺めている。その横顔に見惚れ、長い睫毛が光ってきれいだと思った。
(
……
あかん、気持ち暴走しとる。落ち着け治。ただ二人で出かけとるだけやろ、なに勘違いしとんねん)
俺の自制心はとりあえず保たれて、案内された席へ二人で座った。向かい合ったボックス席の焦げ茶色の椅子を引いて、北さんはさっそくメニューを広げる。うきうきしているのが、ほんの少しだけわかった。北さんは意外と、表情豊か。
「治、どれにするん?」
「まだ俺メニュー見てないですよ」
「ああすまん、そやった」
北さんは中央に見やすいようにメニューを広げてくれた。二人でめくる一冊のメニューは、ぱらり、ぱらりとちょうど良いテンポでめくられる。見終わったなあ、というタイミングが大体一緒で、次をめくられるときに「ちょっと待って」とか「まだ?」とかがない。
「これにしよかな」
俺が指差した食事は、北さんの御目当ての食事の一つ上の写真のものだった。似たようなページの、似たような種類の。
店員に伝えて、飯が来るのを待つ間、二人で話すのはもちろんバレーがらみのことだった。けれど、将来の話もあった。俺はまだ侑に言えていない。北さんも、どうやらそこまでいろんな人にはこの先を伝えてないらしかった。二人で持っている秘密がここでようやく共有できて、話は止まらない。
飯が来る。頬張りながら、聞いて、水を飲んで、話して、またかきこんで、喋って、うなずいて。
こんな店にしたい。そん時はお祝いやな。皆呼ぶん? そらもちろん。ええな、そんときは俺も作業休んでいかな。たまに手伝い行きますよ。そうしてもろたらありがたいわ。
もちろん食事は美味かった。さすが俺が見つけた店。でも飯の味なんてしばらく頭に入らないくらい、北さんとの話に夢中になる。笑って、真剣になって、高校生が話す内容だから大それたこととも知らず話して、でも北さんのがちゃんと調べとているから色んな現実を教えてもらって、俺は代わりに夢を提案して。
(この夢、幻にならんかったらええなあ)
と強く思う自分が、皿の下げられたテーブルにぽつんと置かれた北さんの手を、ぎゅっと握ってた。
「
……
え?」
「
……
あ」
俺はまえにも言ったが、オカンの手さえ掴めなかった子どもだった。侑の方が強引にぐいぐい引っ張っていく。引っ込み思案な俺は、人の手を掴んでまでなにかを欲しい、と思ったことがあんまり無かった。
でもこの北さんとの夢の実現は、果たしたい。どうしても叶えたい夢だった。だから掴んだ、っていうのが正直な気持ちなんだけど。
目の前の北さんの顔が赤くなるのが見えて、俺は大いに混乱した。
一緒に夢叶えましょう。の握手のつもりやったんや。そっと握り直して、指の合間に滑り込んで、俺の手が北さんの指全体を包む。こんな握り方、まるで恋人や。女の子の手を眺めて、男の子が親指でそっと撫でるときの。映画で見たで。なんやあれ、こそばゆいことやっとんなぁ思っとった。
今おんなじことやっとんのは? 俺や。
「
……
あ、の、すんまへん、」
「
……
おん」
「しばらく、こうしとっても
……
?」
触り心地がなめらかだったから。白い肌に俺の、焼け始めた肌にコントラストが良かったから。いろんな言い訳が浮かんで、情けない。
「
……
しゃあなしや、ええよ」
悪態をついても、笑ってくれる優しい人。
こんな言い訳を考えないで、びしっと「掴みたかったから」ってまだ言えない、小さいころの自分がそのままここにいる。
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