Hizuki
2024-11-02 22:05:48
11808文字
Public あんスタ[零薫他]
 

あんスタ過去ログまとめ[零薫・零敬]

【あんスタ】零薫・零敬。ついったに画像のみで上げたSSのテキスト版まとめ。


『聞きたい言葉』(零薫)


ESのエントランスホールで薫くんと顔を合わせたのは偶然だった。事務所に顔を出すところだというので、目的地が同じならと一緒に行くことにした。すると何かに気付いたらしい薫くんが不意に足を止めた。

「あ、この後の仕事のスタッフさんからだ。このまま出てもいい?」

どうやら薫くんのスマートフォンに電話がかかってきたらしい。仕事のスタッフだというなら、自身に遮るような権限はない。だというのに、わざわざ確認を取ってくれる。

「うむ、構わぬよ」
「ありがとう。もしもし、羽風です。お疲れさまです」

他の者の邪魔にならないように端の壁の方に寄った。合わせて移動しながら薫くんはスマートフォンを耳に当てる。それを見て、背中を壁に預けて目を伏せた。
自分の苗字を名乗り、お決まりの挨拶から始まった。ついさっきまでの軽やかな声はすっと隠れてしまう。代わりに聞こえてくるのは、社会人らしい誠実で真面目な声。それが自分に向けられることはない。
せいぜい同席する打ち合わせの場で耳にするくらいだ。そういえば最近はそういった場もなかったな、と思い返す。彼の声で紡がれる『羽風』という音の心地良さを感じるのも久し振りのことだった。

はい。よろしくお願いいたします。ではまた後ほど」

どうやら通話は終わったらしい。ゆっくりと目を開けると、薫くんと視線が交わった。

「零くん、どうかした?大丈夫?」

いつもの声で、こちらを気遣うように首を傾げる。まだ日が高い時間であることも、薫くんからその言葉を引き出した要因の一つなのだろう。

いや何、心配するようなことはないぞい。真面目な調子の薫くんもよいものじゃな、と思って」
「え、何それ~?ていうか、今更別に珍しいものでもないでしょ?」

思っていたことをそのまま告げれば、薫くんは戸惑い気味の笑みを浮かべる。

「改めて、じゃよ」

そう言って壁の側を離れて、先に一歩を踏み出した。他愛ない話をしながら歩いている最中でも、さっきの薫くんの言葉が頭に残っていた。いや、正確には声が、という方が正しい。

「あ、エレベーター来るよ」

気付けばもうエレベーターホールの近くだったらしい。複数並んだエレベーターの上にある、到着を知らせるライトが一つ点滅しているのが見えた。逃すとまたもうしばらくここで待つことになってしまう。間に合わせるように早足で歩いていく薫くんの背を追った。早めに点くようになっているのだろう、扉の前に着いてもライトは点滅したままだった。

そうか」
ん?」

何故薫くんの声が残っているのかと頭の片隅で考えていると、ふと答えが導き出されたような気がした。小さく漏れた声を拾ったらしい。自分の隣に立っている薫くんがこちらに顔を向ける。

薫くんや、『朔間です』と電話に出る気はないかえ」

半分冗談、半分本気の問いかけは、思ったよりも真剣な声になってしまった。電話口で、あの声で、己の苗字を名乗るという状況がどういうことか、薫くんには言わずとも伝わるだろう。きょとんとした顔で自分を見ていた薫くんの表情が徐々に崩れていく。

「あはは!でも、そういうのはもっといい雰囲気で言ってほしいんだけど~?」

口元に手を添えて笑い出した薫くんは、自分の要望を付け加えてきた。確かにこんな場所で、職場の廊下で告げることではない。

「ふむ、ならばしっかりと準備をすることにしようかのう?」

そう返したものの、薫くんも一体どこまで本気なのやら。けれど、拒絶するような素振りはない。多少は前向きに受け取ってくれているということだろうか。さてどうしようかと考えながら、扉が開いたエレベーターに揃って乗り込むと、12階のボタンを押した。