Hizuki
2024-11-02 22:05:48
11808文字
Public あんスタ[零薫他]
 

あんスタ過去ログまとめ[零薫・零敬]

【あんスタ】零薫・零敬。ついったに画像のみで上げたSSのテキスト版まとめ。


『互いの始まりを繋ぐ時に』(零薫)


プロデューサーの嬢ちゃんがアイドル達の誕生日パーティを開いてくれるのは気付けば恒例行事になっていた。勿論、自分の誕生日である今日11月2日も例外ではない。そして、その会場になっていたレスティングルームの照明が消えたのは突然のことだった。

ん?」

用意されたケーキの蝋燭は最初に吹き消したし、賑わいも落ち着いてきたこんな時間から何かがあるとは考えづらい。しかもESビル全体の電源が、というわけではないようで、窓から見える他のフロアには明々と電気が点いている。となれば、誰かが何かの拍子に照明のスイッチに触れてしまったと考える方が自然だろうか。慌ただしくなりつつある室内の様子を窺っていると、何かが近付いてくる気配があった。よく知ったもの。問わずとも分かる。

「かお

振り返ってその名を呼ぼうとした声は、小さく柔らかな感触に堰き止められた。沈黙を促すように自分の唇に触れた指先。暗がりの中で悪戯っぽく浮かべられた笑みに、この騒動の犯人を悟った。そして、そのまま彼はこちらの手を引いていこうとする。もうこの時間ならばいいだろうかと、彼に身を委ねた。



まさか薫くんに攫われるとは思わんかったわい」

先程までの賑やかさはもうどこにもない。ESビルを出て、二人分の靴音だけが聞こえる中、隣を歩く人物に目を向ける。

「あはは、驚いてくれた?」
「うむ、流石の我輩も驚いたぞい」

最初は自身の側にいてくれたのを覚えている。けれど、気付いたら姿が見えなくなっていて、まさか自分を連れ出すための準備をしていたとは思うまい。しっかり荷物も持ってきてくれていた辺り、計画的なものだったらしい。他にも協力者がいたのだろう。追求するつもりはないが、何となく誰なのか見当は付く。

「ほら、誕生日ってああやって賑やかで楽しいじゃない?だけど今日はちょっと寂しいなーって」

薫くんが夜空を見上げながら言葉を続ける。乾杯をして、ケーキを食べて、皆からプレゼントを貰って。その中心に自身が据えられ、大体誰かしらが側にいて賑やかにしている状況は、薫くんからしてみればそう感じても仕方ないのかもしれない。

「なるほどのう。そんな回りくどいことをせんでも、きちんと言ってくれれば薫くんとの時間は作るというに」
「零くんは今日の主役の一人なんだからそういうわけにもいかないでしょ。零くんが許しても多分周りがそうさせてくれないって」

同じ誕生日の者はもう一人いる。自身と同じように皆に囲まれ、普段よりも多少素直に、嬉しそうにしていた者が。薫くんとの時間ならいくらでも作るつもりでいるのに、彼は首を横に振る。そして、足を少し早めたかと思うと一歩前に出てこちらを振り返った。自然と立ち止まり、薫くんと視線を合わせる。

「だから、今日の終わりまでの時間は俺に零くんを独り占めさせてよ」

夜空からの天然のスポットライトが薫くんを照らす。何でもない場所がまるでステージのように見える。彼からのファンサービスを最前列の特等席で受けている気分だ。隣に並び立っていては見ることのできない景色。それはとても新鮮で、思わず笑みが浮かぶ。

もちろんじゃよ。今日が終われば、明日は薫くんが主役じゃからのう」

今日が終わるまで、もうそんなに時間はない。日付が変われば主役は自身から目の前の薫くんへと変わる。

「となれば、薫くんの誕生日を一番にお祝いできる権利を貰ったようなものじゃ。明日の昼間は皆に薫くんを明け渡さねばならぬからのう」
「明け渡すって。まぁでもまだ零くんの日だから、ね」

言い回しが気になるのか、薫くんはくすくすと笑った。残っている時間は二周分もない。その間は誰の邪魔も入らない。どこに向かっているのか聞かされてはいなかったものの、歩きながら流れていく景色は見知ったものだった。いつものコンビニでアルコールと軽食を買って、とうに見慣れたマンションのエントランスを潜る。

「薫くんの家に来るのも久し振りじゃな」
「ああ、そういえばそうだね。最近お互いに忙しかったし」

もう一つの自分の家だとも言えるくらい、ここを訪れている。そして、逆もまた然り。互いの私物を置き合い、時を共に過ごすようになって大分経っていた。ソファの前のテーブルにコンビニの袋を置き、脱いだ上着をハンガーにかける。手洗いとうがいを済ませると、座り心地のいいソファに背中を預けた。同じように隣に薫くんが座り、袋の中身に手を伸ばす。

「それじゃ、乾杯」

少し割高の缶を開け、軽くぶつけ合った。皆に祝われ、そのうえこうして薫くんと共に自分の誕生日を過ごせる喜びをしみじみと噛み締める。朝一番に事務所で薫くんから貰ったプレゼントはマフラーだった。『まだもう少し出番はないと思うけど、温かさと触り心地のよさは俺が保証するよ』と。以前新しいものが欲しいと口にしたのを覚えていてくれたらしい。寒いよりは暖かい方が好ましいものの、薫くんがくれたマフラーを身に着けられるかと思うと、季節が進むことも悪くはないように思える。互いに慌ただしかった間のこと、今日のこと、色々と話しているうちに時計の針は重なろうとしていた。

「みんなからもいっぱい言われたと思うけど、最後に俺から」

そう言って、薫くんは改めてこちらを向く。手にしていた缶をテーブルに置き、背筋を伸ばした。

「誕生日おめでとう、零くん」

一等優しい、愛しい人の声が自身の生まれた日を祝福してくれる。ささやかな騒ぎを起こして、パーティ会場から連れ出して、今日の終わりまでの時間を独り占めしたいと告げて。日付が変わるその間際、今日という日の締め括りに。

「ありがとう、薫くん」

ああ、本当に自分は幸せ者だと思う。次は自身が薫くんに返す番。

「さて、今度は我輩の番じゃな」

二人きりの静かな部屋にカチ、と小さな音が鳴る。11月2日が終わり、11月3日になったことを知らせる音。

「薫くん、誕生日おめでとう」

他の誰よりも先に、彼の誕生日を祝えるという喜び。同じ言葉を自分の声で紡ぐ。

ありがとう、零くん」

嬉しそうに、少し照れたように薫くんが笑う。まさかこんなことになるとは思っていなかったから、プレゼントは後になってしまうけれど。テーブルに置かれたスマートフォンが震えているのは、きっと誰かからのメッセージなのだろう。けれど、返事は少なくとも朝まで待たせてほしい。

「朝までは我輩に付き合ってもらうぞい?」
「程々に、って言っても無理だよね。いいよ、好きにして」

昨日の自身と同じように、今日は薫くんが皆に祝われる。11月2日の終わりまでを望まれたのとは逆に11月3日の始まりを貰った。この部屋を出るまでの薫くんの時間は自身のもの。足らなければ昨日されたことと同じことをすればいいだけの話。もちろん休む時間も必要だから、そこまでの無茶をするつもりはない。
薫くんの腕を引いて、抱き寄せる。受け入れるように目を伏せた彼の唇に自身のそれを重ねた。朝までの時間は長いようでいて、きっと短い。