Hizuki
2024-11-02 22:05:48
11808文字
Public あんスタ[零薫他]
 

あんスタ過去ログまとめ[零薫・零敬]

【あんスタ】零薫・零敬。ついったに画像のみで上げたSSのテキスト版まとめ。


『Under the moonlight』(零薫)


「わ、今日の月大きいなぁ。すっごく綺麗」

今日の仕事を終えた俺達を出迎えてくれたのは、空を明るく照らす大きな月だった。スマートフォンのカメラでどこまで撮れるのかはさておき、そのままカメラを起動してシャッターを切る。空の暗さのおかげで月の明るさは分かるものの、やはりそこまでの写真にはならなかった。

「スーパームーンは明日だと記憶しておるが、十分すぎるくらいじゃのう」

零くんの言う通り、月と地球が近付いて一番大きく見えるスーパームーンは明日。その前日ということもあって、ほぼ完璧な月に仕上がっている。素人の俺が見ても普段の月と違うと分かるくらいには。今ここで街中の明かりが全部消えたら、あの月明かりはスポットライトみたいに街を照らすのかな、なんて考えていると、隣を歩いていた零くんがふと足を止めていた。視線の先にあるのは近隣の建物の案内板で。

「近くに展望フロアがあるようじゃ。ちと行ってみんか?」

視線で問いかければ、そう言って目の前のビルを指で示した。近付いて案内板を見てみれば、オフィスビルの上階が展望フロアになっているらしい。

「へぇ?たまにはそういうのも悪くないね。いいよ、行こっか」

こういう特別な時だからこそ、と零くんの提案に頷いた。ビルに入って、直通のエレベーターで上がれる最上階へ。更にエスカレーターを乗り継いで受付のフロアに向かう。時間が遅いせいか人影もまばらで、これから俺達が向かう場所から出てきたと思われる人達とすれ違う程度だった。軽く内装を見回している間に零くんが入場券を買っておいてくれたようだ。追い付いて差し出された券を受け取る。

「あ、ありがとう。俺の分後で払うね」
「いいや、誘ったのは我輩じゃし、ここは出させておくれ」

あ、これは出させてくれないやつだ。
付き合ってきた経験でそれを察して、今回は大人しく甘えさせてもらうことにした。入場のスタンプを券に押してもらって中に入り、通路の突き当りのエスカレーターを上がる。その先に広がるのは、明かりに彩られた街の景色とさっきよりも大きく見える月。

「お~、月が近い!」

柵の側に近付いて、空を見上げた。手が届くことは決してないけれど、間違いなく月との距離は縮まっている。少なくとも地上からこの展望フロアに上がった分の高さだけ。

「こういう日に野外でライブできたら楽しそうだよね~」
「そうじゃのう。実現できるかはさておき、案として出しておくのはよさそうじゃ」

特別な満月の日に、その光の下でライブをする。それは夜闇の魔物の俺達にとって最高のステージになる。コストだの場所だの考えなきゃいけないことは山ほどあるけれど、テーマとしてはアリだ。いつか叶えられたらいいな、と簡単にメモを残しておく。

「せっかくだし写真撮っとく?」
「うむ、構わんよ」

夜空に浮かぶ月と夜景を背景に、適当にポーズを変えながら何枚かシャッターを切る。しっかり合わせてくれる辺り、流石俺の相棒だな、なんて思ったりして。

よし、後で上げとこっと」

厳選してSNSにアップするのは後回し。ポケットにスマートフォンをしまうと、二人で並んで歩き出す。フロアの外周をぐるりと一周回れるようになっていて、中央は吹き抜けになっていた。各所にはその向きから見えるランドマークの案内も添えられている。名前だけは聞いたことあるな、とか、今度時間がある時に一度行ってみたいね、とかそんな他愛無い話をしながら、夜闇の回廊を歩く。
少しだけスピードを緩めて、前を歩いていく零くんの後ろ姿を眺める。何か気になるものを見つけたのか、足を止めると柵に片手を突いて、外に目を向けていた。ちょうど奥から降り注ぐ月光が、彼のためだけのスポットライトのようで。
本当に月の似合う人だな、と思った。
この瞬間を残しておきたくて、もう一度カメラを構える。タイミングよく通りかかった飛行機のエンジン音がシャッターの音をかき消してくれたおかげで、今のありのままの零くんを収めることができた。これは俺だけのもの。

ん、どうしたんじゃ薫くん?」

流石に見つめすぎたのか、俺の視線に気付いたらしい。こちらを振り返った零くんが問いかける。

「零くんが格好いいから見惚れてた。月のおかげで魅力3割増しって感じ?」
「えっ!?」
「何でそこで驚くの?」
「いや、いきなりそんなこと言われるなんて思っとらんかったし

思っていたことをストレートに伝えれば、月が雲に隠れるように格好いい朔間零は姿を消した。代わりに現れたのは照れてあたふたする可愛い零くん。一体何が零くんの感情のスイッチを押したのか、時々分からなくなる。『格好いい』なんてこれまでにもいっぱい言われているのに、どうしてこんなに動揺しているんだか。

「そ、それを言うなら薫くんだってそうじゃろう?ほれ」

俺の後ろに回り込んで、背中を押す。立ち位置はあっという間に入れ替わった。さっきまで俺が立っていた場所で、零くんは満足そうにうんうんと頷いている。

太陽の下の薫くんもよいが、月の下の薫くんも綺麗じゃよ」
「ふふ、ありがと」

いつもの調子を取り戻した零くんが、目を細めてしみじみと告げる。素直に受け取って笑ってみせれば、零くんもスマートフォンをこちらに向けた。

「さっき撮っておったじゃろ。我輩も薫くんの写真が欲しい」
「あれ、バレてた?」
「気付かぬふりをしておったのじゃよ」
「零くんやっさしい~!」

上手く隠し切れていたかと思いきや、そうでもなかったらしい。分かったうえで俺を好きにさせてくれていたのだと知らされる。入場券の分もあるし、写真くらいならお安い御用。零くんのお望み通りに手のひらより少し大きいそのフレームの中に収まる。どうやら気に入ったものが撮れたようで、満足そうな零くんを見ていると俺も嬉しくなってくる。

「っと、もしかしてそろそろ閉館時間なんじゃない?」

ふと視線を向けた下のフロアのドリンクカウンターの明かりが消えていた。奥の明かりはまだ点いてはいるものの、ラストオーダーの時間も過ぎ片付けをしているといったところだろうか。

「もうそんな時間かえ?」
「元々来たのが入館時間のギリギリだったからねぇ」

入場券の発券時間が最終入館時間の2分前になっていた。もう少し遅かったならここで過ごせる時間はなかったかと思うと、タイミングが本当によかったなと思う。

「ふむ、もうちっと早く来られればよかったのう」
「ま、こればっかりは仕方ないよね」

惜しそうに零された言葉には同じ気持ちだった。今日は本当に偶然が重なった結果。たまたま零くんと同じ仕事で、たまたまその帰りに見かけた月が綺麗で、たまたま現場の近くにこの展望フロアがあっただけのこと。

「でも、俺はすごく楽しかったからさ。誘ってくれてありがと、零くん」

長くない時間でも好きな人と同じものを見て、同じ時間を過ごした。それが普段と違う場所で、特別なものだから、なおさらそう感じる。

薫くんが喜んでくれたのなら何よりじゃ。では、行こうか」

聞き返すのは野暮かなと思って、あえて何も聞かなかった。わざわざ聞かなくても分かるくらい、零くんの表情が優しかったから。
スタッフさんの迷惑にならないように少し早足で歩いていく。下のフロアの外周はバーベキューができるテーブル席になっているようだった。今度はここにいない二人も誘って来てみてもいいかも、なんて考えたりして。順路通りに進んでフロアを出て、来た時と同じエスカレーターとエレベーターで下りていけば、月との距離は離れていく。それでも変わらずに明るい光に照らされながら、二人並んで帰路に着いた。