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しちろ
2023-05-07 19:29:31
47467文字
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LOM・宝石泥棒編
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宝石泥棒編 3
聖剣LOM宝石泥棒編。マイホーム、岩壁に刻む炎の道、男主人公の裏話。47,000字。
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幕間
夜風が冷たかった。
岩で覆われた高地の夜は、平野と比較にならないほど冷え込む。
人を拒む厳しい風は、日中の、太陽に温められた柔らかなものとはまるで違う。どこからか飛んできた落ち葉が、カラカラと軽い音を立てて斜面を転がっていく。
テラスに出たシオンは、岩を削りだして作られた大きなベンチに腰掛けて、ぼんやり風に吹かれていた。
眼下に広がる門前町は日中の騒動が嘘のように、死んだように静まり返っていた。通常であれば巡礼者や酔客でにぎわう時刻だが、物騒な事件が起きたばかりとあってどこも戸締りを厳重にし、人っ子一人見当たらない。風の音を背景に、建物から漏れ出る明かりだけが道に沿って点々と続いている。ガトの寺院だけは変わることなく煌々と炎が焚かれていたが、今朝までその火を守っていた守り人はもういない。
――
瑠璃のやつ、思いきり殴りやがって。
冷たい風が傷に染みた。
頬どころか骨まで痛みが響いている。切れた口の中で鉄の味がした。
どういう顔になっているか定かではないし確認する気も起きないが、ラピスラズリでできた右で殴られて、ひどいことになっているのは想像に難くない。歯が折れなかっただけましだろうか。無人の町にしても、誰かに見咎められるよりはよかったかもしれない。
だらりとベンチに仰向けになると、欠けた月にかかる雲が絶え間なく流れていた。
それすら眩しく思えて手を掲げると、遠い月がてのひらに隠れる。
「
……
言えるもんだな」
上げた手はひどく重い。
希望の炎のルーベンス。
誰よりも光を信じていたかったくせに、そこから目を背けて蓋をした。
すべてを諦めて、己を偽って。
本当は、心の奥底に残しているものがあったのに。
日中にシオンが見た限り、癒しの寺院で修道女たちが関心を向けていたのは、ルーベンスの死そのものよりも寺院で再び不祥事が起きたということ、それから、次の炎の技師をどうするかということだったように思う。彼の死を悼む人間の一人や二人いてもいいように思うが、ルーベンス本人は騒がれるのを嫌っていたから、たぶんそれでいいのだろう。あるいはここの司祭や、そのうち”ダナエ”が戻ってくれば、花のひとつでも手向けて少しはさみしがってくれるかもしれないけれど。
ルーベンスはこのテラスで殺された。
あれほど血が流れたにも関わらず、彼が倒れていた場所には何の痕跡も残されてはいない。たった半日前の出来事なのに、まったくいつ見ても事件現場とは思えない。
死んだ珠魅は、核を除けば何も遺さない。その身体はおろか、身に着けた衣類も、流れた血のひとひらさえ光となって消えてしまう。珠魅が『儚き種族』と呼ばれる理由に、そんな死にざまも含まれているのかシオンは考えたことはなかったが。
遺品ひとつない代わりに、ルーベンスは言葉を遺していった。
死の間際、なぜだか少しだけ笑って見えた彼を、瑠璃は何と思ったことだろう。
『珠魅の都市
……
もう一度、みんなで
……
』
命が尽きる最期の瞬間、ルーベンスが見たものは
――
。
考えかけてシオンは止めた。自分が詮索したところで詮無いことだ。
身を起こすとひときわ強い風が吹いて、髪が大きくなぶられた。
頭が寒いと思って手をやると帽子がない。殴られた弾みで脱げてしまったらしい。そういえばなじみの大剣も宿にそのまま置いてきてしまった。
少し気にはなったが取りに戻るわけにもいかないので、そのまま坂を下ることにした。シオンはこのテラスが嫌いだ。
常に炎の焚かれた寺院と違い、門前町の夜はとても暗い。家々の窓からこぼれる明かりが、急な山道をひっそりと照らしている。
町中には自分以外に誰もいないように思えたが、視界の片隅に動くものがあった。
子どもほどの小さな影。
草人だった。
こんな時間だというのに、風に舞う木の葉を追って遊んでいる。独特の世界観のもと生きる草人たちは、人の世の出来事や理などあまり関係がないように見える。
草人はシオンに気付くと遊びをやめ、とてとてと走り寄ってきた。
「おなかいたくなくなったの」
腹をぽんぽんと叩き、屈託なく笑う。騒動の渦中にいた草人だった。運よくププを出すことができた彼は、たくさんいるけどひとつというほかの草人たちともはや変わりがない。
「きみはいたそう」
腫れた頬ではなく手を指さされる。草人とは言え、他人に言われると微妙な気持ちになる。
「かえっちゃうの?」
風が吹き、草人の葉がかさかさと音を立てる。
どうやらそのつもりだと感じたらしい草人が、重ねて聞いた。「またくる?」
シオンはやはり答えない。
「ポキール、しんぱいしてたよ。せっかくきみがきて、よろこんでたのに」
「
……
それは余計だよ」
「やっとしゃべった」
なぜだかうれしそうにする草人がうらめしい。
口数が少ない自覚くらいあるが、シオンは別にしゃべりたくなくて喋らないわけじゃない。今は頬が痛いし口だって動かない。
それにしても神出鬼没なあの詩人、ロアでは余計なことを言ってくれた。
あの人はいつでもわかってて言うからたちが悪いと、シオンは思っている。いつものように、格言に満ちすぎて伝わりにくい詩なり吟じるか、出来の悪い自作の歌でも歌っていればいいものを。
草人をあとに坂を下り、一度振り返ってみる。
宵闇に浮かぶ寺院は神秘的だ。空高く灯された炎は、遥か昔から今日も変わることなく、迷える夜の巡礼者たちを導くように暗い夜空を照らしていた。
そういえば、港町のあの日も夜だった。ついこの間、瑠璃と真珠姫が出ていくのを見送ったばかりなのに、自分が逆の立場になるとは何とも皮肉だ。けれどいずれ、こうなるのはわかっていた気もした。
……
帰ろう、あの扉の向こう。
この世界の名は、ファ・ディール。
光と闇を併せ持つ。
輝きに満ちた世界は一見、とても美しい。けれどもその実、限りなく残酷だ。
人は人を信じられず、愛と心から目を背け、羽ばたくことができぬまま、不自由の檻の中でもがいている。
自由を夢見ながら傷つくことを恐れ、蝋燭の火が細るようにゆっくりと閉ざされている。それがファ・ディールという世界だ。
そして今また大樹の葉が落ちるように、青い瞳は奪われ、炎の騎士は命を落とした。誰にも変えることのできない大きな流れ、それは運命のようなもの。
少年の知る世界と、同じ。
遠い日々のいつかの記憶をたどりながら、シオンは一人、目を伏せた。
「どこのファ・ディールも同じじゃないか
……
」
『幕間』 おわり
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