しちろ
2023-05-07 19:29:31
47467文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 3

聖剣LOM宝石泥棒編。マイホーム、岩壁に刻む炎の道、男主人公の裏話。47,000字。

 瑠璃が待つ宿に入る前に、カイは土産を探すことにした。
 いつも通り双子の弟子へと、今回は真珠姫にも。
 ガトの門前町は多くの巡礼を迎えることもあり、土産物や特産品を扱う店がいくつも並んでいる。名物料理や菓子はもちろんのこと、年頃の少女らしく可愛い雑貨や綺麗な置物を好むカイは、こういう店には目がない。
 ショップのひとつを選んで入店すると、青年が何やら熱心に品定めしていた。
「輝きがない……」 片手で小さな石を光に翳し、手にしたルーペと自分の目とで交互に覗きこむ。
「これもダメだな……使えない……
 幾度も角度を変え品を変え、ぶつぶつ言いながら鑑定作業に没頭している。
 こちらに気付いていないわけではないだろうが、声をかけるのは悪い気がして、カイは好きに商品を見せてもらうことにした。
 いかにも門前町らしい、癒しの寺院をモチーフにした土産物のほか、ガト近郊で採れるものなのか、鉱石や天然石そのもの、あるいはそれらを使った品が多い。
 カイはその中から喜んでもらえそうなものを見繕うと、青年に声をかけた。
「あのう、すみません。これほしいんですけど」
 そこで青年は初めて、カイとシオンのほうを見た。
「申し訳ありません。私は客ですよ」
「あっと、ごめんなさい」
 宝石を鑑定する様があまりにも馴染んでいるから、店員かと思ったのだ。
 青年は柔らかにほほ笑んで、軽く会釈をした。
「アレックスと申します。魔法都市で宝石店を営んでおります」
 ジオに立ち寄られた際には、ぜひご贔屓に。
 店員然として見えたのは、なるほど同業者だったのか。雰囲気だけでなく物腰も柔らかなアレックスは、亜麻色の髪をお団子に結い上げ、品よく整った柔和な顔に丸眼鏡をかけていた。
「あいにく店主殿は出かけてしまっているようですね。私も会計ができなくて困っています」
「それ、全部?」
 アレックスが鑑定していたテーブルにずらりと並ぶのは、磨き上げられた宝石ではないがどれも美しい原石だ。午後の温かな日差しを受けて、寺院のステンドグラスのようにきらきらと万華鏡のような光を放っている。これらを全部買うのであれば、それなりの金額がかかるだろう。
 しかし、アレックスの表情は明るくない。
「どうでしょう。正直、どれも曇っていて価値のない石ばかり……といったところですねえ……
 カイは美しいと思ったが、アレックスのお眼鏡には適わないらしい。
「久しぶりにガトへ仕入れに来たのですが、最近はいい石が少なくて」
「そっちのは?」
「ガトまで足を運んだ甲斐があった、とは言い難いかもしれません」
 鑑定済みの石なのだろう。
 テーブルの端に、とくに輝きのある石がいくつか避けてあったが、アレックスにすればそれも最低ラインぎりぎり程度で、使えるものかどうかは怪しいという。
 カイはそのうちのひとつ――大きめの赤い天然石を一つ取り上げて、窓越しの光に透かせてみた。石は内部で陽光を屈折させて乱反射し、キラキラと輝いている。
「あなたには、その石は美しく見えますか?」
「うん。じゅうぶん綺麗だと思うけどなぁ」
 値段はさておき、コロナや真珠姫に買ってやったら喜びそうだ。
 しかし、アレックスは眼鏡を人差し指で押し上げて、こう言った。
「そちらをお買い上げになるのは、私はお勧めいたしませんね」
 実に手厳しい。いや、彼の見る目が確かなのだろう。そもそも、素人の見立てとプロの鑑定眼では較べる方が間違っている。
 ルーベンスとはまったくタイプは違うが、こちらも堅実で真面目な仕事ぶりの青年のようだ。もともとジオに行く予定だし、瑠璃さえよければ、彼の店に寄ってみるのもよいかもしれない。
 参考までにカイは尋ねてみた。
「アレックスさんなら、人にあげるならどれにする?」
 アレックスは、そうですねえと言いながら顎を撫で、答えた。
「少なくとも赤でしたら、私ならここにある物よりもう少し違う石を選びます」



 西日を受けた岩肌が燃え立つように赤く染まる。夕映えという言葉がふさわしい。
 夕暮れ時を迎えたガトはひときわ美しかった。
 一通り観光を終えたカイとシオンは、瑠璃が待つはずの宿へ向かうことにした。
「こんばんは」
 涼しい目元の修道女に、すれ違いざま声をかけられる。寺院へ戻る時間だろうか。
 挨拶をかえし宿に入ると、瑠璃が不機嫌そうに二人部屋のベッドに腰かけていた。
「ずいぶんゆっくりしてたな」
 巡礼者用の簡素な宿の客室には、ベッドと小さな書き物机。それに固い椅子が一脚があるだけだ。それでも旅の大半を野宿で過ごす一行には大変ありがたい。女性のカイは個室をとっていて、その辺はがさつな男連中も気を遣ってくれていたりはする。
「お疲れ、瑠璃。待望のガト名物です」
 カイが差し入れの紙袋を渡すと、瑠璃はぶすっとした顔のまま受け取った。同じ無言でも、ルーベンスと比較するとずいぶんと瑠璃はわかりやすい。
 ガトは寺院以外にも見どころは多い。虹のかかる大滝や修験道、酒の醸造所などだ。どこぞ観光でもすればよかったろうに、寺院を出たきり本当に宿にこもってあれこれ考え事をしていたらしい。真珠姫でもあるまいに。
(でも、まあ……仕方ないか)
 瑠璃は心から珠魅の仲間を求めていた。
 仲間さえ見つかれば、自分たちは前に進むことができる。何かが変わる。瑠璃はそんな風に考えてすらいたように思う。期待を膨らませていた分だけ、落胆と失望もまた大きかったのだろう。
「おい。アンタがそんな顔するなよ」
「は?」
 瑠璃が、ガサガサと大きな音を立てて差し入れを開けながら言う。
「ガトには寄り道で来ただけだ。アイツに何言われようが、仲間を探すオレの意志は変わらない。本命はジオだし、そちらに期待するさ」
 瑠璃の言葉は、割り切ったというよりは、どこか自分に言い聞かせているようでもある。珠魅ではあっても仲間ではない。同族など信じない。珠魅のすべてを仲間だと信じ続けていた瑠璃にはショックだったはずだが、彼は彼なりに気持ちの整理をつけようとしていた。
 袋を開け中を確認した瑠璃は、真顔で呟いた。
「これが噂の、シュタインベルガー……
「なわけ、ありません」
 瑠璃がガトの何に興味を持ったって、一番はシュタインベルガーだ。
 ところが、袋の中身は真新しいラベルが貼られた酒瓶であるはずが、なぜだかホカホカと温かい緑色の球体だった。いや、渡された瞬間から形といい重さといい温さといい、なんかおかしいとは思ったけど。
「なんだこれは」
「ガト名物草ムシまんじゅうです」
「草ムシってまさかあれか? 羽根のないバッタの」
「おっしゃる通り。羽根がなくてぴょんぴょん跳ねて草むらにいるアレ」
……なんで銘酒がバッタに変わった?」
「今日の分は売り切れていたからです」
 店の好意で明日の入荷分から一本取り置きしてもらえることになったが、本音を言えば今日欲しかった。
 少しの申し訳なさと、売り切れてたんだししょうがねーじゃんという開き直りが相半ばに見えるカイだが、一方の瑠璃はまんじゅうの衝撃のビジュアルに度肝を抜かれていた。
 ――喰えるのか、これ。
 むっちり丸々とした緑色のまんじゅうに、ムシの足が生えている。
「ちょっと二人とも、足取らないでよ。そこがカリカリしておいしいんだよ」
「口に刺さるから嫌いなんだよ」
「これを取らないと気色悪くて食えないだろ。人間のセンスって何なんだ」
 エビフライのしっぽを食べる派食べない派みたいな、いたってどうでもいい会話が三人の間でしばらく続いた。
「ルーベンスの話?」
 まんじゅうの最後の一口を茶で流し込み、瑠璃が複雑そうな顔をした。癒しの寺院で気になることを聞いた、というカイの話を受けてのことだ。
「ルーベンスさん、どうも何か事情があるみたいなんだよね。それが気になって」
「事情だぁ?」瑠璃が声を上げる。「そんなものはアイツでなくたって、誰だって何かしら抱えているモンだろう。オレは、別に聞きたくは……
 強く否定しようとする瑠璃の目は、しかし、しっかり泳いでいる。
「気になるんだ」
……なる」
「正直でよろしい」
 カイが寺院で集めた情報を話すと、瑠璃が困惑気味に言った。
「万能薬?」
 そんなものを、なぜルーベンスが?
 あんな奴、放っておけばいいんだ。そう思う一方で、もはやそれができそうもない自分に、瑠璃は自分で呆れるしかない。まったくカイも余計な話を聞かせてくれた。
「つまり、カイ。アイツのために万能薬を手に入れてやろうと?」
 雲をつかむような話だ。
「そんなことで、あのひねくれた態度が変わるとも思えんぜ。大体、アイツに一番コケにされたのはオレじゃなくて人間のアンタらだぞ。あんなのに珠魅狩り扱いされてよく平気だな、アンタ」
「あたしはそうは思わなかったけどなあ。寺院で会ったときはルーベンスさん優しかったし。それに、瑠璃だってルーベンスさんと同じようなこと言ってたけど変わったじゃん」
「なんだと? アイツと違ってオレはハッキリとは言わなかったはずだが」
「やっぱり思ってたんじゃんよ! ……まあ、今更いいけどさ。レイリスじゃキミに『殺す』とか言われたし」
「あーそれは…………すまない、あれはオレが悪かった」
 瑠璃は、ルーベンスと一緒にするなと口では言いつつ、自覚があるので口調に勢いはない。
 ルーベンスがああなった理由が仲間の裏切りということは、裏を返せば、それだけ仲間を信じていたということだろう。彼に何か希望や支えになるようなものが見つかれば――瑠璃からすれば、自分にとってのカイたちがそうだったように、信頼できる存在を得ることができれば――もしかしたら、ルーベンスも心を開くかもしれない。
「それでさ、珠魅ついでに薬も探そうかと思ったんだけど、シオンはあたしには絶対無理だって言うし」
「なんだ、アンタ知ってるのか」
 瑠璃が、向かいの寝台に腰かけていたシオンに視線を向けた。それなら、場合によっては話が一気に現実味を帯びてくる。
「先に言っておくが、あんまり気持ちのいい話じゃないぞ」
 先ほど話すとは言ってくれたシオンだが、やはり気は乗らないらしい。
 彼の話を不服顔で聞き始めたカイは、理由を聞いて納得するしかなかった。これは確かにシオンの言う通りだ。むしろ手に入れようとする誰かがいれば、自分は全力で止めるだろう。
 共に話を聞いていた瑠璃は、というと。
「それは……オレだったら……
 自分のつま先辺りに目を落とし、ひどく考え込んでいる。カイとはまた違う、微妙な表情だった。



 翌朝。
「おーなーかーがーいーたーいーーーーー!」
「うわあ、なんだい!」
 カイは、外から聞こえる絶叫で目が覚めた。
「ププ取って! ププ! ププ、ププ!」
 カイが両開きの窓をバカっと開けると、やはり驚いたらしい隣室の瑠璃が、勢いよく窓を開けて顔をのぞかせた。砂のマントをしていない瑠璃は、美形であることには変わりはないが、やけにこざっぱりして見える。
「どうした、誰か腹でも下したのか! ルーベンスか!」
「ちょっとそこ、なんでルーベンスさん名指しなんだよ!」 
「アイツのせいでイライラしてほぼ眠れなかったからだ! チクショウ!」
「めちゃくちゃ気にしてんじゃん! ちゃんと話しなよもう!」
 瑠璃とカイがギャーギャー騒いでいると、瑠璃の後方からシオンの声がきこえた。
……お前らが一番うるさい」
「あ、シオンおはよう」
「今何時だと思ってる。まだ日も出てないぞ」
 瑠璃の横からシオンが迷惑そうな顔を見せた。日の出前の朝まだき。辺りは暗い。
「誰か――子どもかな? ププププ言っててさ。笑い声……にしちゃ変だよね」
 笑い声ではないだろう。声はほとんど悲鳴で、明らかに切羽詰まっていた。
「プププ……?」瑠璃は何やら思い当たったらしい。「まさか……それじゃないか?」
「なにが?」
シオン コイツが昨日言ってた万能薬」
「ええっ!」
 だよな? と瑠璃がシオンに水を向けると、もしかするかもと同意した。
 『回虫ププ』
 万能薬の材料である。当然のことながら、おいそれと手に入る代物ではない。しかし昨日の今日で、そんな奇跡の巡り合わせがあるものなのか。
「でも、もしそうだったとして……瑠璃はどうするつもり?」
……
 カイが戸惑い気味に聞くが、瑠璃は眉を寄せて黙ってしまう。
「とりあえず、追いかけよう」
 それにはカイも同意した。声の消えた方角からして草人は上方へ向かったはずだ。
「お客様、もうお発ちで?」
「戻ってきます! 荷物はそのままで!」
 受付のモティさんに断りを入れ、三人は身支度もそこそこに宿を出た。
 東の空が白み始めている。
「どっちだ?」
「寺院のほうから行ってみようか。誰かいるかも」
 途中の分かれ道で、まずは寺院へ至る左を選ぶ。
 癒しの寺院の朝は早い。
「お早いですね」
 門前を箒で掃き清めている修道女が、こちらに声をかけてきた。
「参拝の方ですか? すみませんが開門まではまだ時間がありますわ」
「あの、こっちに草人が来なかった?」
「でしたら、さっき寺院に入り込んで騒いでいましたけれど、どこかへ行ってしまいましたわ。ルーベンスさんと修道女が一人、追っていったようですが」
 修道女が分かれ道のほうを指をさす。来た道を戻ったか、もしくはテラスへ向かったようだ。修道女の集めた塵には、草人の物らしき葉が交じっている。
「ルーベンスだって?」
「じゃあ、やっぱり」
 カイと瑠璃が顔を見合わせた。
 その時だ。
 けたたましい音を立てて、寺院の扉が開かれた。

「それどころじゃないわい!」

「ボイド警部!?」
「警察のネズミ!?」
 カイと瑠璃の声が重なった。人を視認しづらい暁の時刻でも、その姿は特徴的ですぐわかる。寺院から飛び出した小さな影は、まさしくポルポタで会ったボイド警部だった。
「アンタ、なんでこんなところに」
「それはワシの台詞じゃわい! チミたちまたかね!」
 なぜだか、とてつもなく嫌な予感がした。……ボイド警部がいるということは、まさか。
「癒しの寺院に予告状が届いたんじゃ!」
「なんだって! 内容は!」
 瑠璃の顔色が変わる。
「『希望の炎をいただく』じゃ! チミたち、心当たりは」
 一昨日ごろ、癒しの寺院に届いた予告状。閉門時にはなかったはずが、いつの間にか礼拝堂の経机に置かれていたという。
 修道女たちは癒しの火のことだと思ったようだが、カイたちにはすぐに分かった。
 瑠璃は総毛立つ。
 サンドラが狙う獲物は決まっている。それが何を指すのか考えるまでもない。
「ルーベンス!」