しちろ
2023-05-07 19:29:31
47467文字
Public LOM・宝石泥棒編
 

宝石泥棒編 3

聖剣LOM宝石泥棒編。マイホーム、岩壁に刻む炎の道、男主人公の裏話。47,000字。


大樹の家にて


「それじゃあ、ここで」
 レイリスの塔を出た一行は、リュオン街道の分かれ道でシオンと別れた。荷馬車の轍が残る主街道はドミナの町へ、もう一方の細い道はマイホームへと続く。
 過去には旅人や行商で賑わっていたこの街道は、盗賊が出没するせいですっかり寂れてしまい、荒涼とした雰囲気が漂う。その悪漢は先日退治されたのだが――カイとシオンが関わった最初の事件でもある――、かつての活気を取り戻すには時間がかかりそうだ。
「たまには寄ってけばいいのに」
「嫌だよ、面倒くさい」
 少しばかり不満げなカイに、シオンはいつも通り素っ気ない。旅の合間合間で帰還していたにも関わらず、シオンは一度もマイホームに来たことがない。旅の同行人なのだし、食事とは言わないまでもコロナとバドに紹介くらいはしておきたいのに。
 そんなことを思っていると、シオンがのそのそと自分の鞄の中を見せた。
「それに、これあるから」
 彼の少ない荷物のほぼ半分を占めていたのは、古い小説や歴史書、端のすり切れた手記などだ。道すがら手に入れていたものらしい。本の虫の行動パターンはバドでなんとなく知っているが、シオンも似たもののようだった。
 今回の旅では疲れてもいそうだし、無理強いするのは止めることにして、カイは素直に礼を言った。
「いろいろありがとう、助かったよ。これも」
 カイが示したのは、シオンに手当してもらった肩口の傷だ。けっこう深かったのだが、彼の処置は実にうまく適切で、大事に至ることなく経過している。
「おかげで、あまり痛くないし早く治りそう。すごいね、キミ」
……別に」
 相変わらず可愛げがない。
 しかしカイは、そんな彼の態度が以前ほどは気にならなくなっている。なんだかんだ、辛抱強く珠魅探しに付き合ってくれたのだ。出会ったばかりの頃のような嫌な感じはもうしなかった。
「ありがとー! またね」
 カイが大きな声で再度礼を言うと、少年は振り返りもせずにひらひらと手を振った。腰のあたりで間に合わせの補修がされた剣と鞘が揺れている。
 その背に向けて、今度は可憐な声が投げかけられた。
「おにいさまー、ありがとうございました!」
 カイの隣で大きく手を振る真珠姫。白くなめらかな頬は薔薇色に上気し、微笑ましい様子を見せている。傍らに、やれやれと言った風の瑠璃が立つ。
 カイは真珠姫、そして瑠璃と一緒だった。
 レイリスの塔で、カイにとっては待望の、瑠璃たちにとっては思わぬ再会を果たした彼ら。紆余曲折あり無事にわだかまりを解くことができたのだが、新たな問題が持ち上がっていた。宝石泥棒サンドラの存在である。瑠璃と真珠姫――特に予告状を受け取った真珠姫には、早急な安全確保が必要だった。
 少しでも狙われにくい場所はどこだろうか。
 思案する瑠璃に、カイが提案したのだ。
「アンタの家……?」
「うん。よく知らない場所にいるよりいいと思うんだけど……どうかな?」
 マイホームならば、常時誰かいるし全員味方だ。滞在するのに必要なものはそろっているし、少なくとも慣れない土地で不安を抱えて潜んでいるよりはいいだろう。
 そんなカイの誘いに、たちまち真珠姫の顔が輝いた。
「いいんですか? うれしい……!」
「いいのか?」
 瑠璃が困惑交じりに言う。願ってもない申し出ではある。しかし小さな弟子もいるということだし、突然押しかけて迷惑にならないだろうか。
 この期に及んで遠慮がちな瑠璃に、カイは屈託なく笑ってみせる。
「もちろん! コロナとバドも喜ぶと思うよ」
 瑠璃は人を頼ることに慣れていない。
 明るい気遣いがありがたかった。瑠璃と真珠姫は好意に甘えることにした。
 そうと決まってからは、真珠姫はうきうきしどおしだ。心休まる場所などほとんどなかったし、なによりこれから行くのは大好きなおねえさまの家なのだ。カイから弟子の双子やサボテン君のことを聞かされると、会うのがとても楽しみだと言ってますます心をときめかせた。
「家族とかが欲しいんだな……あいつ……
 はしゃぐ真珠姫の姿に、瑠璃がぽつりと呟いた。


 
 ■■■



「ようこそ、マイホームへ!」
 家のドアを開けるなり、見事にハモった子どもの声に出迎えられた。
 マイホームを訪れた瑠璃と真珠姫を出迎えてくれたのは、瑠璃からすれば頭のてっぺんを見下ろせるほど小さい森人の双子。とっさのことで面食らう客人たちにかまうことなく、コロナとバドは矢継ぎ早にまくしたてる。
「いらっしゃい、瑠璃のお兄さんと真珠のお姉さんですね! 師匠から話は聞いています!」
「家の手伝いさえきっちりやれば、いつまででもいていいぜ! でも、マイホームではおれが先輩でそっちが後輩だから、そこは間違えないよーに……っていってえ!」
「こら、バド! ごめんなさーい、調子に乗りやすい弟で! お二人とも、遠慮しないでゆっくりしていってくださいね!」
 出だしから賑やかすぎる。カイが三倍……いや三乗になったみたいだ。弟子のことは話には聞いてはいたが、顔を合わせるのは初めてだった。写し絵みたいにそっくりな顔の双子に対し、真珠姫は嬉しそうに頭を下げている。
 カイは旅先からマメに手紙を出しており、瑠璃と真珠姫を連れて帰ることはすでに伝えてあった。マイホームでは客人を迎える用意がしっかりなされていて、自分たちが住み始めて以来、初めての客とあって特にコロナは張り切っている。バドと協力してパンをたくさん焼いたし、塩漬け肉もばっちり仕込んである。トレントからとれる野菜や果物はマイホームの自慢だ。腕の振るいどころである。
 そして、決して張り切ってはならない来客好きのあの人も、今日はいっそう張り切っていた。
「よし、久しぶりにお客を迎えたことだし、あとは任せてくれるかな! ジャングルで新しいレシピも考案したことだし、あたしがさっそく」
 お気に入りのラビエプロンを装着した家主が、非常に不穏なことを言い出した。コロナとバド、ついでに瑠璃がビシリと固まる。このままでは奈落への片道切符が切られてしまう。
「大丈夫です! 師匠は収穫をお願いします」
「いやいや、ステーキおいしいんだって! 素材がいいんだって、これは本当だって!」
「大丈夫です! 師匠は収穫をお願いします!」
 ケガをしているためか、いつもより小さめの籠を押し付けられて、双子に玄関にぐいぐい追いやられている。マイホームではおなじみの光景ではあるが、初めて見る瑠璃と真珠姫はあっけにとられるしかない。
「なんなんだ、一体……
 瑠璃がしぶしぶ果樹園に旅立っていたカイを見送っていると、バドが仏滅みたいな表情で言った。
「瑠璃のお兄さん……。師匠の料理……食べたでしょ?」
……ああ」
 瑠璃はそれですべてを察することができた。
 人間――そして旅人のくせにカイとシオンはそろって料理が終わっている。あのバカども、珠魅のオレのほうが煮炊きはうまいとはどういうことだと百万遍問いかけたい。ただし、同じダメでも二人が決定的に違うのは、食えりゃいいだろと言わんばかりに見た目通りの味をしているシオンと違って、カイの作ったものは一見まともに見える。だからこそだまされた。この世に生まれてン十年、瑠璃はあの衝撃を忘れることはないだろう。
「マスターのこと、別に邪魔者扱いしている訳じゃないんですよ? 今日から大所帯ですからね。明るいうちにたくさん収穫しておかないと、材料がすぐになくなっちゃいます」
「なるほどな」
 ……邪魔者扱いはしっかりしていると思うが。
「と、いうわけですので!」
 いつの間にか、にっこり笑うコロナが瑠璃の前に立っていた。手には一抱えもある大きな籠を抱いている。
「瑠璃さん、収穫をお願いします。マイホームでは働かざる者食うべからずです」
 有無を言わさず籠を押し付ける小さな権力者に、瑠璃のような新参者が抵抗などできるわけもないのだった。
 


 マイホームに滞在して数日。
 この家で最も背の高い瑠璃は、すっかりトレント収穫係にされてしまった。いや、されてしまった、という言い方は語弊があるだろう。人間の生活様式に不慣れな珠魅たちは、マイホームでは現状大した役には立っていない。匿ってもらっている身で不満などあろうはずはないし、雑用でもなんでも自分たちにできることがあるのならそれに越したことはない。
「しかし、今日も今日とて無茶苦茶に生ってるな……
 それなりの年数生きている瑠璃だが、これほど珍妙な樹は初めて見た。
「わたしは、いろんなのがあっておもしろいと思うわ」
 家事のお手伝いという役割を得た真珠姫は、毎日楽しそうだ。
 トレントが実らせる果実は、色も形も様々で節操がない。実際には、与える種にある程度法則があるようなのだが、カイはいつも適当に放り込むため偏った実ばかりついている。なお半分くらいはパンプキンボムであり、マイホームは未だカボチャの呪縛から逃れてはいなかった。
 トレントは、けっこう高い場所に実をつける。
「う~ん、と」
 小柄な真珠姫では、背伸びをしてもなかなか届かない。
「ほら、真珠」
「あ、ありがとう。瑠璃くん」
 瑠璃が代わりに果実をもぎ取ってやると、真珠姫がうれしそうに笑った。


 騎士の瑠璃と、姫の真珠。
 レイリスの塔から帰って、二人の関係は少し変わった。
 正確には、瑠璃と真珠姫が互いに思うことを話してから。
 カイに言われたことで己を顧みた瑠璃は、たぶん真珠姫と出会って初めて、正面から向き合って話をした。
「真珠姫、今まで何も言わずすまなかった」
 瑠璃の言葉は詫びるところから始まった。
 真珠姫を相手に……いや他の誰であっても、瑠璃がここまで言葉を選んで話をしたことはおそらくなかっただろう。
 二人きりで寂しいから? 他種族が嫌いだから? それは確かにその通りだ。
 けれど瑠璃は自分自身でさえ、本当の理由を今までよくはわかっていなかったのかもしれない。仲間を求める気持ちが強すぎて、焦りばかりが先行していた。
 なぜ仲間を探そうと思うのか。見つけて、自分はどうするつもりなのか。真珠姫と話す前に、瑠璃はまず自分自身について考えねばならなかった。
 己と向き合い、そして至った、結論らしきもの。
 それこそが、瑠璃が真珠姫に伝えるべきことだった。
「オレは確かに仲間を探している。でも、それはオマエの代わりを探すためじゃない。珠魅のことを知りたいから、そして珠魅が……オマエやオレたちが、安心して生きられる場所を探したいからだ」
 この期に及んで仲間探しは止めたくない自分に、真珠姫は呆れるかもしれない。でも、今の瑠璃は彼女に嘘はつきたくなかった。自分は、上手に嘘をつき続けられるほど器用ではない。といってこれまでのように黙っていては、何も変わらない。瑠璃は、ここで逃げたり誤魔化しを口にしたりすれば、いずれまた真珠姫を不安にさせる日が来るような気がした。
 そしてなによりも、真珠姫は自分のたった一人の姫だから。
 大事なパートナーだから。
「これからもオマエを守っていくためにも、オレは仲間を探したいと思っている。だから……
 一度、言葉を切る。
 次の言葉を口にするのには、少し、勇気が必要だった。
「オマエの騎士は、これからもオレでいい……だろうか」
 真珠姫の答えは、とびきりの笑顔だった。


「瑠璃のお兄さん、真珠のお姉さん、収穫ありがとうございました! あーあ、今日もやっぱりパンプキンボムなのね……
「もう呪われてるんじゃないの、あのジサマの樹」
「私も少ぅし、そんな気がしてきたわ……
 イタズラが過ぎて、マナの女神さまがバチを当てにきているのかもしれない……。トホホと肩をおとす幼い姉弟は、本人たちには申し訳ないがはたから見ている分には微笑ましい。
 笑って怒ってケンカして泣いて。(なお、姉弟げんかで泣いたコロナとバドを初めて見たとき、瑠璃と真珠姫は天地がひっくり返るほど大騒ぎして、双子とカイを驚かせている)
 元気の有り余っている小さな姉弟を見ていると、瑠璃はどことなくこそばゆいような、妙な気分になる。
(人間の子どもというのは、なんというか……
 珠魅は年を取らない。生まれた姿のまま成長することもないし、老いもしない。
 赤ん坊の姿で生まれ、成長し大人になり、やがて――不老長寿の珠魅からすれば、それこそ光のような速さで――年老いて死んでいく。人間ならば至極当たり前の、一連の生命の流れが、珠魅である瑠璃にはどうにもピンとこない。そもそも珠魅は食事だってとらなくても生きてはいけるのだ。味覚や腹が減る感覚はあるが、空腹になったからと言って人間のように死にはしない。こうして生活を共にしてみて、改めて思う。自分たち珠魅と彼ら人間。根本的に違う生き物なのだ。
(人間の時間……
 コロナやバドを見ていて、ふと瑠璃の胸に疑問が湧いた。
 新たに入手したアーティファクト――小さく燃える炎だった――を検分していたカイに、アンタにもあんな頃があったのかと聞けば、あったに決まってるじゃんとさも当然のように返ってきた。目の前のコイツや生意気なアイツにも、あんな無邪気で可愛い頃があったとか? ……想像がつかない。
 真珠姫は温かなマイホームにすぐになじみ、今ではすっかりくつろいでいる。特に暖炉の前がお気に入りで、午睡の時間になるとそこでまどろんでいることが多い。
「おねえさまのおうち……あったか~い……。瑠璃くんもおいでよう」
 そんな寝言に出くわしたときには、瑠璃はうっかり吹き出しそうになった。気がつくとカイがこちらを見てニヤニヤしており、瑠璃は彼女を空で殴る真似をした。
 ところで、瑠璃と真珠姫の話し合いは一つ絶大な効果をもたらした。
 真珠姫の迷子癖がぴたりと止んだのである。ふらふら歩く時の彼女は、過去の記憶を求めているほか、自身の抱える悩みや不安もまた大きかったのだろう。いつかまた、記憶の声に呼ばれることはあるかもしれないけれど、やたらに考え込んだりする回数は目に見えて少なくなった。



 安らぎの地を手に入れた珠魅の一方、マイホームの主であるカイは、傷が癒えるのもそこそこに槍の稽古に費やした。何も飼育していない空っぽの牧場で若い師と幼い弟子は朝から体力づくりに勤しみ、それが終わると瑠璃を相手に武術に励んだ。
「アンタ、力は強いがいちいち大振りなんだ。ほら、ここ」
「いで!」
 素早い突きをなんなくすり抜けた瑠璃の竹刀が、カイの頭をぱこんと打つ。
 訓練など嫌がるかと思いきや、剣の練習相手がいるのは瑠璃にとっても悪くはなかったらしく、頼めば真面目に付き合ってくれた。
「アンタが怪我した分くらいは付き合ってやる」
 素直じゃない物言いについ笑ってしまうと、瑠璃は腕組みしてフンと横を向いた。その顔がちょっぴり赤くなっているのは見なかったことにしてやる。
 本音を言えば、サンドラと同じ短剣使いにも協力してもらいたいのだが、シオンはマイホームに寄り付かないので仕方がない。
(今度、ドミナの町外れで一本頼んでみるかなあ)
 瑠璃以上に断られる可能性が高そうだけど。
「さて、瑠璃! もういっちょお願いしますよ!」
 カイは四肢を駆使し、槍を回転させる。
 サンドラはまた会いましょうと言った。次は絶対に後れをとるわけにはいかない。



 マイホームでの生活が落ち着き、しばらく経ったころ、再び珠魅探しの話が持ち上がった。
 真珠姫ももう反対はしない。
 サフォーのような珠魅が他にもいるかもしれない。もしも困っているなら手を貸してやりたかったし、万が一、宝石泥棒によって苦境に立たされているのならば、今度こそ助けたかった。カイなどは、必要があれば瑠璃や真珠姫のようにマイホームで匿ってもいいとも思っている。
「珠魅探しのことなんだけど」
 当事者の珠魅たちと双子の弟子。一同が居間にそろう中、カイは大きなテーブルに地図を広げ、とある地点を指さした。「ひとつ、気になってる町があるんだ」
 リュオン街道の終点よりまだずっと先。どちらかといえば田舎寄りのマイホームやドミナからは、かなり離れた場所である。 
 示された地名を見た瑠璃は、思わず眉をひそめた。
「ジオ……だと?」
 明らかに怪訝そう、というよりどこか不快げにすら見える。
 小さな体を乗り出し、年長者に混じって地図を見ていたコロナが顔を上げた。
「瑠璃のお兄さん、知ってるの?」
「ああ、有名だからな」
 ジオ。ファ・ディール最大級の魔法都市。
 多くの魔法使いや魔法関連施設が集まり、とくに精霊魔法の研究においては、ファ・ディールの中心と言ってもよい。古い時代から魔法で栄え、魔法によって潤ってきた街だ。
「どういう町かくらいはオレでも知っている。しかし、よりによって何故ジオなんだ?」
 あまり気の進まなそうな瑠璃に、バドとコロナが続けて答えた。
「おれら、マイホームに来る前はジオに住んでいたんだよ。珠魅がいるかはわからないけど、あそこ、お城や魔法学園があるし、変わった店も多いし、調べ物をするのにどうかなって」
「魔法学園では、魔法のほかにも歴史とか、いろんな種族の研究とかもしてるんです。詳しそうな先生に聞けばなにか新しい情報があるかも」
 双子の話を聞きながら、瑠璃は難しい表情になっている。元住人かつ元在学生からのアドバイスは、たかが子どもの言うことと聞き流せるようなものではない。
 ちなみに、の話ではあるが――
 コロナとバドはマイホーム以前は魔法学園に在籍していたのだが、中途退学してジオを出てきた。この件に関して、バドは「大魔法使いを志すおれの器には合わなかったのさ」とうそぶいたが、後でコロナがこっそり「本当は騒ぎを起こして追い出されたの」とカイに打ち明けている。
「瑠璃や真珠ちゃん相手に勧めづらい街ではあるんだけどさ……。コロナとバドの話聞いて、もしかしたらって」
「なるほどな……。カイ、アンタはもう行ったのか?」
「いいや、あたしはまだ」
 ジオは遠い。
 それだけではない。理由はもうひとつ。
 珠魅の核は、核に籠められた強い魔力ゆえに魔法の強力な触媒として、そして単純にその美しさから宝飾品としても狙われる。魔法研究の中心地であり、そして世界中の美術品や物品が集まる商業都市の面も持つジオは、その危険の双方に当てはまる。そんな場所は瑠璃が避けるだろうとカイは思ったし、実際その通りだった。わかっていて飢えた獅子の口に飛び込むような真似は瑠璃はしない。
……魔法都市……
 瑠璃が唸る。彼が最も警戒し、避けてきた類の町だ。
 情報は欲しいが、人が多ければ多いほど危険も増す。珠魅の核を狙う輩がいないとも限らない。とてもではないが、真珠姫を連れていきたいような場所ではない。
 瑠璃が気になりながらも躊躇していると、真珠姫が穏やかに声をかけた。
「瑠璃くん。わたしなら、おねえさまのおうちでまってるわ」
「いいのか、真珠」
「おねえさまのおうちなら安心だし、せっかくだもの。行ったことない場所に行ってみるのも、いいとおもう」
 真珠姫が言うと、バドとコロナがすかさず手を挙げた。
「そうそう。いざとなれば、おれとコロナもいるしさ!」
「真珠のお姉さんのことは任せてください!」
「それは……。だが……
 それでもなお逡巡していた瑠璃だが、次の真珠姫の言葉で肚は決まった。
「それに瑠璃くん。珠魅の仲間がみつかったら、わたしもうれしいから」
 張り切る小さな騎士たちと、真珠姫の微笑みが瑠璃を後押しした。なによりも、マイホームという安全な場所を手に入れたことが、瑠璃の行動を大胆にした。
「そうだな、行ってみようと思う」
 仲間がいるかもしれない。でなくても、決して良い意味ではないにせよ『珠魅の核に興味がありそうな都市』ということは、珠魅の核や手掛かりがある可能性も十分あるだろう。もちろん、身の安全は十二分以上に配慮する必要はあるだろうが。
「帰りはポストがあるから、そんなにかからないと思うよ」
 カイがけろっととんでもないことを言う。
 彼女がアーティファクト使いという奇妙な能力者だとは、瑠璃も真珠姫も、理解はできないまでもなんとなく聞いてはいる。
「マイホームからジオまでは、まずリュオン街道を下って……」カイが地図をなぞる。「ここで一泊かな」
「ガト……か。地図だとずいぶん険しい場所にありそうだが、これじゃ寄らないほうがいいんじゃないか?」
 一泊の宿を求めるために、それ以上の余計な時間がかかりそうだ。
「それがちょうどいいことに、アーティファクトがあったりするんだよね」
 カイが棚に飾ってある小さな工芸品を指さした。それは三本の鎖に吊り下げられた奇妙なカンテラで、金属製の円環の中に永遠に消えることのない炎が揺らめき続けていた。
「あの炎。アンタが最近よく眺めている奴じゃないか」
「そ。あれが、断崖の町ガト」
 こともなげに言う。
 果たして、カイの目にはどういう風に世界が見えているのだろうか。
 レイリス以前のカイとシオンの一か月について、瑠璃は実はかなり驚かされた。
 アーティファクト使いであるカイが組んでいたのは、常人には到底為しえない……というよりほぼ不可能な道程だったのだ。世界の有り様や法則など無視して、使い手の思い描く通りに世界を渡り歩くことができ、好きな時・好きな場所へ行ける。便利でもあるし、考えようによっては怖い能力である。
「ガトも有名な町ですよね。大きな寺院があるって授業で習いました」
 コロナが人差し指を立てる。ガトを本山とする癒しの寺院は妖精戦争に深く関わっており、魔法史では必ず名が出てくる。
「おれたちも行ってみたかったんだけど、道が怖すぎて諦めたんだよね。崖沿いの道がずっと続くんだもん。瑠璃の兄ちゃんたちは行ったことあるの?」
「いや、オレたちもないな」
 瑠璃は宗教などに興味はない。
 カイは椅子から立ち上がると棚の炎を手に取り、しみじみ目を閉じた。ほとんどほおずりしそうな勢いだが、やるとやけどしそうなのでやめた方がいい。
「これを使う日を、あたしは心待ちにしておりました……
「そういや、やけに物欲しそうに眺めてたな。なにか理由でも?」
 少なくとも宗教に関心がなさそうなのはカイも同じだ。
「あたし、そんな顔してたかな? 大した理由はないんだけどさ」
 カイの説明を聞いた瑠璃は、呆れ顔で言った。
……本当に大した理由じゃないな」
「いいじゃん、ずっと行きたかったんだよ」
 カイがさも見てきたように滔々と語ったのは、ガトの絶景、寺院のステンドグラス、美味い酒。やけに写実的なそれ等は全て誰かの受け売りらしいが、平たく言えば観光したいということだ。
「すてきですねえ。おおきなステンドグラス……みてみたいなあ」
「でしょでしょ? すごく綺麗なんだって!」
 カイが大げさに腕を振る。揺れるカンテラが危ない。
 真珠姫のハートはがっちりつかんだが、問題は肝心の瑠璃である。彼は人間の文化などに興味はないし、余計な寄り道も好まない。しかし意外にも、瑠璃は割とあっさり了承してくれた。
「まあ……たまにはいいんじゃないか。観光も」
「え、本当に! 瑠璃ありがと!」
「どうせ通り道だし、それくらいはいいだろう」
 アーティファクト使いの創り出す道のりは驚くほど速い。
 それに実は瑠璃も、少しカイの話に興味を抱いた。とくにまあ、シュタインベルガーのくだりとか。珠魅探しがてら、たまには観光気分で街を歩いてみるのも悪くはないかもしれない。人と生活を共にするうち、そんな考え方もするようになった瑠璃は以前とはだいぶ変わったのだが、本人はそれに気づいてはいない。
 珠魅探しが一転遊びになり、抗議の声をあげたのは好奇心の塊のバドだ。
「師匠、ずりー! 大人汚ねえ! ジオはともかくガトならおれも行きたいのに!」
「あっはっは。バドの言う通り、大人とは汚い生き物なのだよ……というのは冗談で、落ち着いたらみんなで行こう。危ない道ってのも見ておきたいしね」
「もう、絶対だぜ!」
 翌日、カイと瑠璃は双子と真珠姫に見送られ、ドミナであまり気乗りしなさそうなシオンを加えてまずは断崖の町ガトへと旅立った。
 季節はすっかり秋。
 月夜の町のマスターが、待望の新酒を仕入れる時期になりそうだった。



『大樹の家にて』 おわり