無窓居室
2024-06-28 20:46:09
33501文字
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鶸の巣

既にカップルになっている😈👹の出産ネタ。でも妊娠するのは😈の方というツッコミ所が満載の話。
男性の妊娠・産卵・悪阻の描写があり、👦と👸が大学生になっています。他あらゆる捏造が大丈夫な心の広い方のみご覧下さい。また、15歳未満の方の閲覧は推奨しません。
シーンによって😈👹っぽかったり👹😈っぽかったりします。



 夜更けのバルコニーで、ブラックは空に浮かぶ鶸色の輝きを見上げていた。多様な形と色を経て満ち欠けを繰り返す魔界の月の相が一巡するには、人間界の時間感覚で十月と十日ほどかかる。今夜はブラックが身籠ってから初めての鶸の満月、卵が孵る予定日だ。
 バルコニーから伺えるダイニングでは、アカネがクッションを敷いた椅子に腰掛けてやはり同じ月を眺めている。ブラックが妊娠中に使っていたクッションは今では二人が交代で使用するようになっており、卵が産まれた日にアカネが買って来た花束はドライフラワーにして壁に飾ってあった。
 夕食もそこそこに、窓越しに月の位置を確かめては、今か今かと落ち着かない様子で足をぶらつかせているアカネに、ブラックが手招きをして見せる。月が西の空へ移るまでにはまだ時間があったが、あまり焦らすもの酷ではないかと悪魔をして思わせる有様だった。
 アカネがいそいそと孵卵器の扉を開くと、卵の一つをカメラちゃんが、もう一つの卵を青鬼ちゃんが大事そうに運び出す。もちろんグレーのおくるみにしっかり包んで。バルコニーでアカネが卵達を受け取り、体に固定すると、そのアカネをブラックが抱き上げ翼を広げた。煌々と辺りを照らす月へ向かい黒い影が飛び立つ。小さな助手達は遠ざかっていく影を見送りながら、一生懸命に手を振り続けていた。


 *


 魔界の都心の明かりが小さくなり、森と山々が眼下に広がる。ブラックがアカネを運んでいるので、今は卵は二つともアカネが抱き締めていた。孵化が近いのでカバー代わりの服を省いて、おくるみ越しに卵へ擦り寄せる頬は喜びに上気している。その表情を目にすると、悪魔の胸にも珍しく感傷に似たものが去来した。
 ——もしもアカネと卵達をここへ置き去りにして、自分が行方をくらませたらどうなるだろう。アカネはきっと悲しむはずだ。しかし産まれた子達に愛情を注いでよく面倒を見るだろう。悪魔とは似ても似つかない、優しく家庭的な第二の伴侶を得ることもできるかもしれない。それでも子ども達を愛するかぎり、アカネがブラックを忘れることはない——
 産みの苦しみの中でアカネの不在がブラックにアカネとの結びつきを強く感じさせたこととは全く逆に、ブラックにとって己の不在はアカネを永遠に手中に収めておくための、唯一の確実な方法に思えた。二人と子ども達の未来から約束された幸せだけを誘拐してしまえば、それが壊れることもない。
 ブラックとの間に子どもを得られればブラックとより確かに繋がれると考えていたアカネと、子を通じて別離すれば愛が永遠になると夢想する自分との、何という違いか。アカネの存在を感じるときの美酒のような酩酊と、自分の不在を想像するときの明晰な感覚は同じところから来るものであり、どちらを選んでも良いように思われる。
 〝受けて立ってやろうぜ〟と笑ったアカネの声が聞こえ、ブラックはそんな過剰なロマンティシズムを振り切った。アカネはブラックの方を伺うこともせず、ただ一心に卵達を抱きしめている。その赤い瞳にも月の光が宿って、さやかな緑色のきらめきを添えていた。思い直せばこの光景を身近で見続けること以上に、痛快なエンタメが他にあるだろうか。翼を羽ばたかせ速度を上げると、台地の上の湖はすぐそこに迫っていた。


 *


 あの日に口づけを交わした湖のほとりで、ブラックとアカネは胸に一つずつ卵を抱きながら今日までの様々なことを語り合っていた。話の内容は子ども達のこともあれば、それをきっかけに思い出された馴れ初めの頃の出来事もある。ブラックは一度ならずアカネをからかって茶々を入れ、それに腹を立てたアカネが逃げるブラックを小走りに追った。二人とも卵を抱えているので、ほんの他愛ないじゃれ合いではあったが。
 ふと、二人は同時に何かを感じて足を止めた。ちょうど満月が水面に映り二つに見える場所でもある。先にブラックが抱いている方、次いでアカネが抱いた卵の殻に罅が入り、次第に大きい亀裂になっていく。孵化が始まったのだ。ブラックが転卵の要領で卵が孵りやすいように位置を整えるので、アカネも見様見真似にそれに倣った。なぜか探さなくてもちょうど良い抱き方が分かる。
 花の蕾がほどけてゆくように、卵の殻が大きく割れる。開いた花びらに似た破片の中から現れた赤ん坊の姿に、二人は言葉を失った。

「これは

 どちらも人間に、つまり両親に近い姿をした赤ん坊達は、目にもあやな真白い髪と翼を持っていた。
 大人の指ほどしかない翼はブラックのものとは違い、鳥の羽根に似た羽毛に包まれていて、月の光の加減で白金や銀にも見える髪の毛の中には、未熟な角らしきものが見え隠れしている。頬は薔薇色、目は艶やかな黒で、顔立ちは整っているように見えるが、それがアカネ由来のものかは幼すぎて分からない。覗き込んでよく確かめようとしたブラックは、そのときようやくアカネにこの子ども達とアカネとの血の繋がりを証明できるものが無いことに思い至った。
 髪の色も目の色もアカネとは違っている。角を持つ生き物は鬼の他にも多い。何より白髪に羽毛のある翼という、父親とも母親とも違う形質を持つ子が産まれた場合、そしてその子に取り違えの可能性が全くなかった場合、平凡な夫婦が至る結論をブラックは想像した。自分がこれまでに味わってきた平凡な幸福を思いながら。
 ブラックが魔術と偽ってアカネには縁もゆかりも無い子を、或いは不義の子をアカネに押し付けようとしているという疑惑を抱く当然の権利がアカネにはあった。本来なら妊娠前に想定しておくべき懸念に、現実になってから思い至ったのだ。それほどブラックにとっても、我が子が天使時代の自分の形質を受け継いで産まれて来たことは予想外だった。
 思わずブラックはアカネを盗み見た。人の裏側を暴いて衆目に晒すのが身上のYouTuberが〝盗み見る〟とは何事だろう。アカネはそんなブラックの思惑になど一切気づかない様子で、丸く見開いた目で子ども達を凝視している。感情の高まりをそのままに、唇は微かに震えて見えた。

「アカネさ……
「可愛い〜〜!!見ろよブラック!アタシ達の子がこんなに可愛いなんて!!」
……
「ほらほら、アタシじゃなくてもっと赤ちゃん達のことよく見ろって!どんな子が産まれてきても可愛がって育てるつもりだったけど、こんな素敵な子達が産まれてくれるなんてな!!」

 目尻に涙を溜めて言う口ぶりに不信を隠している気配は無い。可愛い、可愛いと繰り返しているがその感嘆は子ども達の容貌に限らず、むしろ外見的な特徴は度外視しているようでもある。

……なんか、話が上手すぎて心配になってきた。大丈夫か?どこか具合の悪い所とかない??」

 ひとしきりはしゃいでから勝手に不安に陥っているアカネに影響されるところがあったのだろうか。無心につぶらな目を瞬かせていた赤ん坊が不意に泣き声を上げた。アカネが抱いている男の子の方だ。女の子の方もつられるように、小さなしゃっくりに似た音を立てて泣き始める。

「うわ、ご、ごめん!どうしたんだろ……

 いつかのレストランでは他人の子に目を細めていたくせに、自分の子のこととなると慌てふためく様子にブラックは肩を竦めた。半ば強引に女の子の方もアカネに抱かせ、懐から液体ミルクの缶と哺乳瓶を取り出す。体温で温んだ缶の中身を二本の哺乳瓶へ移すと、女の子を引き受けて代わりに片方の哺乳瓶をアカネに渡した。

「こうやって飲ませてあげて下さい。頭と首の後ろを支えながら、体を起こさせて……そうそう。上手ですよ」

 女の子でお手本を見せながら、アカネにミルクの飲ませ方を伝える。アカネの方も事前に知識は身に付けていたおかげか、危なげない手つきで授乳を行なった。十分にミルクを飲み、哺乳瓶を離した子達にげっぷをさせ終える頃には、アカネ本人もすっかり情緒を落ちつかせていた。

「ブラック……ありがとう。この子達を産んでくれて」

 健やかに眠った息子を肩に凭れさせ、その羽根のある背中へ頬をすり寄せながらアカネが言う。赤ん坊の寝息にも紛れてしまいそうな、甘く柔らかい声で。

「オレちゃんにとってはアカネさんが産ませてくれた子達ですがね。それにしても、良いんですか?」
「何が?」
「この子達、見た目アカネさんにもオレちゃんにもあまり似てませんけど」

 問い掛けながら、ブラックはこの問題に関する拘りが自分の中から急速に消えていくのも感じていた。この問いのせいでアカネが疑惑に気がつき自分を遠ざけるようになったとしても、子ども達までを拒んだり彼女が不幸になったりすることは今や考えにくかった。万が一、誤解によって全てをご破産にするとして、それは彼女の自由ではないだろうか?今までアカネがどれほど良き伴侶であり優れた親だったかを思えば、過つことくらい許される。
 対するアカネの返事は単純なものだった。

「アタシも父さんに全然似てないぞ」
「ああ、そういえば」
「悪魔には子どもが親に似てなきゃいけない掟とかがあるのか?アタシは父さんに似なくても、特に問題なく育ってきたと思うんだけど……

 アカネはむしろ自身に問題意識がないことを申し訳なさそうにしていた。ブラックは穏やかに首を左右に振る。

「いえ、いいんです。アカネさんが幸せなら」
「幸せに決まってるだろ、ブラックは?」
「言う必要ないでしょ?」

 ニヤリと笑った顔を向けると、アカネは赤くなりながら膨れてみせた。その頬の色もどこか甘い。

「まあ、この子達どっちも手足が二本で角も翼もあるし、いつかブラックに似てくるかも知れないぞ。もしかするとブラックの親戚かご先祖様には、白い髪や翼の悪魔がいるのかもな」

 負けず嫌いなブラックが子ども達に自分の容姿を引き継げなかったことを悔しがっている、とでも考えたのか、アカネが見当違いな、しかし優しい声をかけて来た。きょうだいのようにはすっかり眠れないらしく、構って欲しがるように手足をぱたつかせている娘を抱き直して、ブラックは静かに笑う。

——昔々のお話をしましょうか……それは、明けの明星がまだ空にあった頃……

 昔語りの声に合わせて、二人は子ども達と共にゆっくりと湖のほとりを歩き始めた。
 四つの影は物語の進みに合わせて、重なったりほんの少し追い越し合ったりする。湖の水面が揺れるたび、映った輪郭が曖昧に溶けては分かれた。水の中と空の上では満月が、その歩みの先に競って光を注ごうとしているように、鶸色の明るさを湛えて輝き続けていた。



 2024/08/02