無窓居室
2024-06-28 20:46:09
33501文字
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鶸の巣

既にカップルになっている😈👹の出産ネタ。でも妊娠するのは😈の方というツッコミ所が満載の話。
男性の妊娠・産卵・悪阻の描写があり、👦と👸が大学生になっています。他あらゆる捏造が大丈夫な心の広い方のみご覧下さい。また、15歳未満の方の閲覧は推奨しません。
シーンによって😈👹っぽかったり👹😈っぽかったりします。



 卵が産まれてからの毎日は賑やかに過ぎていった。人間の新生児と違って卵は泣きも騒ぎもせず、世話も温度湿度の管理と転卵くらいのものだが、アカネと助手達は代わるがわる孵卵器の中を覗き込み、ときには覗き窓の前でおでこをぶつけ合ったり、転卵の役を取り合って揉めたりした。ブラックはその様子を愉しそうに動画に収めていく。
 孵化するまで世間に秘密なのは変わらないものの、人目の少ない場所へ卵と共に出掛けることもあった。その場合は人間界でいうスリングに近い横掛けの器具で卵を固定し、上からカバーの役割を兼ねる服を着て、親の体温で卵を温めながら過ごす。二つ抱くのは難しいので片方をブラック、もう片方をアカネが抱くのが常だった。一度だけ人間界へ行ったとき、ブラックはさとしに卵を見せ、感動したさとしの「うわあ!すっごく丸いね!!」という感想を大いに馬鹿にしていた。友人の中でもいの一番に見せに行ったくせにと、アカネはもう呆れる気もせず肩を竦めて笑う。
 森や野原へ卵を連れ出すときにはアカネが選んだおくるみが実に役に立った。卵を服の中から出してしばし休憩を取るとき、滑らかな布は強すぎる日差しからも涼しすぎる風からも卵達を守ってくれた。
 

 ある日、アカネはブラックと二人で小高い丘のある草原へ散歩に来ていた。魔界には珍しいのどかな風景が広がる丘の中ほどには、きらきらと木漏れ日を落とす木陰が広がっている。辺りを撮影したいと言うブラックにアカネは喜んで協力した。ブラックが体に結びつけていた卵を預かり、自分がそうしていた卵と一緒に抱えて、若草の上へ腰を下ろす。膝の上に並べて乗せた卵達にそっとおくるみを掛け、語りかけるように優しく撫でた。
 身軽になって飛び去ったブラックは、久しぶりの外での撮影に張り切っているのか、すぐに見えなくなってしまいまだ戻らない。野の花の香りを含んだそよ風、木の葉を透かして視界を揺らめかせる陽の光に身を任せるうちに、いつしかアカネはうつらうつらとしていた。
 ——膝と片方の手に違和感を覚えて目を見開く。しっかりと抱えていたはずの卵が、一つ転がり落ちてしまったのだと瞬時に知った。地面に落ちた卵は丘の斜面を転がっていく。アカネは慌てておくるみを丸め、その中に無事な方の卵をしっかり包んで動いてしまわないよう木の根元へ押し込んだ。そして転がっていく卵を追いかける。土の上には草が茂り、卵はそれに引っかかりながら進むので大したスピードは出ないはずなのだが、どういう訳かなかなか追いつけない。先に岩や大きな高低差でもあれば割れてしまうかもしれない。必死の思いでブラックを呼ぼうとした。しかし息が無駄に漏れるばかりで声にならなかった。アカネはほとんど半狂乱で脚を動かす。鬼の俊敏な脚力は一瞬で森ひとつを突っ切るほどなのに、卵との距離は縮まらない。ただ周りの景色だけが飛ぶように過ぎ、もう一つの卵を置いた木はとっくに見えなくなっている。
 アカネは新たな不安に駆られた。あちらの卵は大丈夫だろうか?転がってしまわないようにはしたつもりだけれど、長時間そばを離れることはできない。卵が冷えれば孵らなくなってしまうし、野生の魔物にでも見つかれば一呑みだろう。だからといって、追っている方の卵を諦めて戻ることなどできない。
 待って、と叫ぶ声も言葉にならずに消えていく。アタシのせいだ、アタシのせいだ。アカネは卵を追いながらひたすら自分を責めた。力だけは人一倍強かったはずなのに、足も早かったはずなのに、一番大事なときに何の役にも立たないじゃないか。ブラックが抱いていた卵を預ったりしなければ。もう一つの卵を置いてきたりしなければ。全部、全部アタシのせいだ。何もできないアタシのせいで。待って、待って、いかないで——


 気がつくと居間のソファの上にいた。いつになく真顔に近い表情をしたブラックに上から覗き込まれている。強張った肩と手首を黒い手に掴まれていて、体を揺さぶって起こしてもらったのだろうと察した。
 卵を探して飛び起きようとしたところを抱きとめられる。電源さえあれば部屋をまたいでの移動が可能な孵卵器は、居間の壁際に置かれていて、二つの卵の安全も確認できた。全身から力が抜けていく。ドアの近くの床の上に、明日行く予定の散歩のための荷物が準備してあった。
 外出を前に高揚した気分が見せた夢だったようだ。安堵しても引き攣った呼吸がなかなか元に戻らない。体の震えが収まるまでには更に時間が必要だった。

「ひどく魘されていましたよ。怖い夢でも見たんですか?……無理に話せとは言いませんが」

 ブラックは少しでもアカネが楽でいられる姿勢を探しながら体を支えてくれている。夢の内容を思い出すのは辛かったが、アカネは少しずつそれを言葉にして伝えた。黙っていれば現実になりそうで恐ろしかった。頷きながら聞いていたブラックは、アカネが話し終わると丁寧に労って席を立ち、キッチンから温かいカフェオレを持って戻って来た。

「このところ少し憂鬱そうに見えたので気分転換になるかと思って遠出に誘いましたけど、それがプレッシャーになってしまったのかもしれませんね。明日の予定は取りやめにしましょう。申し訳ないことをしました」
「ブラックのせいじゃない。アタシ、子育てのこと全然知らないから勉強しようと思ったんだ。でも何から始めたらいいのか分からなくて、手当たり次第に色んな本を読んだり、ネットで調べたり……だけど」

 甘味をしっかりつけてあるカフェオレのおかげもあって、いくらか気持ちが落ち着いてくる。長く息を吐いてから続きを口にした。

「どこを見てもアタシにはどうにもできそうにない事故や、病気や、事件のことが書いてあって……想像したら怖くて、でもアタシは親だから、知っておかなきゃいけなくて……

 それ以上はやはり無理だった。血の気の失せた唇を戦慄かせているアカネをブラックが抱き寄せる。

「頑張って下さったんですね。気づいてましたよ、オレちゃんが妊娠したときからずっと、時間があればずっと育児書かマタニティ情報のサイトを読んでくれていたこと」

 ブラックは足元に落ちたままになっている、子どものホームケアについて書かれた本に目をやりながら言った。アカネがソファでうたた寝をしたとき開いていたものだ。

「部屋にもプリントアウトした資料や切り抜きが沢山あるのを見ました。いつも一生懸命なアカネさんらしいです。幸せ者ですね、オレちゃんもこの子達も。……でも、時々はご自分のことも大切にしてあげて下さい」

 溶けるような表情でブラックが笑いかける。まるでカフェオレの底に溜まった砂糖だ。狡賢い悪魔の誘導も、今ばかりはアカネにとって有り難かった。自分の身への心配は〝大丈夫〟の一言で押し通し、喧嘩になっても譲らなかったブラックが、子ども達については安易に確定的なことを言わない。それが却ってアカネを安心させてくれた。
 ブラックの胸に凭れたまま目を閉じると、革手袋をつけた手に優しく背中をさすられる。ブラックが身籠っていた頃にアカネがしたのとよく似た手つきで、こんな感覚だったのだろうかとアカネは少しだけ可笑しくなった。こっそり様子を伺ったアカネの顔を、悪戯っぽい目が見つめていた。


 *


 それから何日か経った晩のこと。アップした動画のチェックを終えて休もうとしていたアカネは、漂ってくるコーヒーの香りに気づいてキッチンへ向かった。ちょうど全自動のコーヒーメーカーが豆を挽いており、キッチンと続きのダイニングのテーブルの上では、ブラックが編集用に使っているノートパソコンを開くところだった。
 後は寝るだけのアカネとは逆に、ブラックはこれから一仕事始めるつもりらしい。出産を終えて夜型の活動に戻りつつあるブラックと、朝の早いアカネの生活リズムはまたすれ違うことが多くなっていた。これが本来の形とはいえ、アカネとしては少々寂しい。

「ほどほどにしとくんだぞ、ほら」

 コーヒーメーカーが音を立てる。いかにもカフェインの強そうなホットコーヒーをカップに注ぎ、軽い皮肉を込めてテーブルまで持って行くと、ブラックは会釈して受け取った。

「すみません、夜中と朝方の転卵はオレちゃんがしますから」
「朝方!?寝ないつもりかよ」
「朝になったら寝ますよ。アカネさんが朝ご飯に呼んでくれたら起きて、もう一度仮眠をとって……
「改めて聞くと昼夜逆転っぷりがヤバいな。卵が孵ったら子ども達に示しがつかないぞ」
「うーん、それを言われると弱いです」

 子どもを引き合いに出されればブラックもこれまでのように口八丁で逃れることはできないらしい。口元は笑ったまま、目を閉じて何か考えているようだ。責めるつもりのなかったアカネは少しだけ居心地が悪く感じる。すぐ近くに寄り添っているのに、コーヒーを片手に物思いに耽るブラックの横顔はどこかよそよそしい気がした。孵卵器は今はブラックの椅子の後ろ、咄嗟のことがあっても手の届く場所に置かれていて、静かな室内にはほんの微かな稼働音が響く。アカネは覗き窓越しに目を細めた。

「すっかり大きくなったな……出てくるのは来週だっけ」
「順調にいけば。皆さんにお知らせできるのももうすぐでしょう。アカネさんには色々と不自由を我慢していただきました」
「アタシやこの子達のことを思ってくれたんだろ、分かってるよ」

 悪魔の卵は親の体内から出た後も成長を続ける。産まれたばかりの頃は孵卵器の一段目に仲良く並べておけた二つの卵は、今では一個が一段を占拠する大きさになっていた。このまま大きくなっていけば孵卵器を買い換えなければいけないところだったが、どうやら孵化が間に合いそうだ。
 卵が孵ってからしばらくはきっと忙しくなる。子ども達がどんな性質をどのように受け継いでいるかを確かめ、それに合った世話の方法を見つけなければいけない。落ち着くまで公表を控えたいというブラックの提案が、単なる面倒くさがりや秘密主義ばかりではないことを、今はアカネもよく理解していた。

「でも、お父様にまで秘密にする必要はなかったんですよ?今からでもお伝えしては」
「な、なんか言いづらいんだもん……産まれてから会いに行ったほうが間が持つから——じゃなかった、父さんもきっと喜ぶからさ!ブラックこそ家族にくらい報告したら?」
「あの偽物の皆さんですか、余計な騒ぎになる想像しかできませんがねぇ」
 
 アカネにとっては家出同然で離れた父親の元へ子どもが出来たと報告するだけでもハードルが高い。しかも相手が魔界の王かつ自分が産ませた側というのは、情報量が多すぎて何からどう伝えて良いものか困惑してしまうのだ。それに、どんな子が産まれたかを紹介できるようになってから訪ねても、父はあれこれ追求せずに、いつもの気難しいしかめ面のままで頷いてくれるのではないかという予感もあった。
 あちらはあちらで家庭の事情が大変そうなブラックに、明るい調子で話を振る。

「なあ、楽しみだな」
「ええ、オレちゃんの趣味としてはお披露目は盛大に行いたいところですが……子ども達の健康状態と、どういった特徴を持った子かにもよりますからね」
「どんな子でも嬉しいよ。そりゃ、元気で育てやすい性質だったらラッキーだけど。もしそうでなくてもアタシ達二人の子だし、この先なにが起きてもそれがアタシ達四人の運命だから。受けて立ってやろうぜ」

 少し意外そうにブラックが目を瞬く。アカネは犬歯を見せて笑った。

 「アタシ、もう大丈夫だから。ブラックもあんまり構えるなよな」

 肩を叩いた手をブラックに握られて、アカネは照れくさそうにした。ごく些細で何の確証もないことだけれども、この出来事に関して初めてブラックと対等な立場になれた気がした。
 ほっと息をついたところを見定めたように、椅子から立ち上がったブラックが握った方の手をテーブルへ押し付けてきた。そのまま上体でのし掛かるようにされると、板の上へ仰向けに押し倒される格好になる。身動きを封じられてアカネはもがいた。

「え、あ、おい?何これ」
「そういう気分になっちゃったので。いいでしょう?」

 いつの間にかコーヒーカップとパソコンがテーブルの脇へ寄せられている。アカネはその準備の良さに呆れるやら慌てるやらで、雰囲気など微塵も醸し出せない。けれどもブラックは一向に構わないようだった。

「た、卵の前でか!?落ち着かないよ……
「卵が見えない方が気がかりで落ち着かないのでは?」
「うっ、それは確かに」
「お父さんとお母さんがどれほど仲良しか、子ども達にちゃんと見せてあげましょう。これも教育です」
「こ、こ、この悪魔!!」

 抜け抜けと語る悪魔に、アカネはせめてソファへ連れて行って欲しいと乞うのが精一杯だった。