無窓居室
2024-06-28 20:46:09
33501文字
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鶸の巣

既にカップルになっている😈👹の出産ネタ。でも妊娠するのは😈の方というツッコミ所が満載の話。
男性の妊娠・産卵・悪阻の描写があり、👦と👸が大学生になっています。他あらゆる捏造が大丈夫な心の広い方のみご覧下さい。また、15歳未満の方の閲覧は推奨しません。
シーンによって😈👹っぽかったり👹😈っぽかったりします。



 瞼を上げると薄明かりの寝室だった。背中と胴に寄り添っている体温を感じる。耳元に響く寝息は密やかだ。アカネもまだ起きない夜明け前に目が覚めてしまったらしい。
 起こさないように体を離そうとするが、後ろから抱きしめられる形で回された手がそれを許してくれない。鬼の強い力に似合わない滑らかな腕は、優しく、しかし確かに悪魔の自由を奪っていた。
 朝型のアカネと宵っ張りのブラックとは、共に暮らしていても生活リズムがすれ違いになることがままあった。それが妊娠してからというもの、同じタイミングでベッドに入らない日の方が珍しい。ブラックが少しずつ大きくなっていく腹へ手を導くと、アカネはゆったりとした手つきでそこに触れ、中に居る子ども達に語りかける。アカネを安心させるために始めたこのルーティンは程なくブラックにとっても毎晩の楽しみになった。
 もう一度眠ってしまおうかと目を閉じても睡気はやって来ない。静かに身じろぐと腹をさすられた。アカネの方も目を覚ましてしまったようだ。無意識の仕草が愛らしかった。

「ん……
「おはようございます、アカネさん。起こしてしまいましたね」
「おはよ……アタシ寝過ごした?」
「いえ。まだ眠ってていーですよ」
「そういうわけに行かないよ」

 すぐ声に芯を取り戻したアカネは、伸びを一つしてから朝ごはんを作ると言ってベッドから出ていった。何か食べられるものはあるかと訊かれたので「アカネさんが剥いた林檎なら」と答えると、任せろとばかりにもう一度寝具へ押し込まれてしまう。ベッドは二人分の肌のぬくもりでまだ暖かい。まるで小春日和の鶸の巣のようだ。どんな灼熱にも極寒にも耐える肉体を持つ悪魔は、柔らかな上掛けの中でその温度を思うさま貪った。
 ほどなくアカネがうさぎの形に切った林檎を皿に乗せて持ってきた。八つのうさぎの耳の長さはどれも違っている。ベッドの中から動かないまま期待のこもった視線を送ると、アカネは目を細めてフォークに林檎を刺し口元へ運んでくれた。

「ほら、あーん」

 しなやかな指先に甘酸っぱい香りが移っている。林檎のうさぎを2つと半分食べて、ブラックは食事を終わりにした。
 横になったままニュースや急上昇動画をチェックしている間に、アカネと助手達は一日の準備を終えたようだ。ブラックも今度はベッドから降り、身だしなみを整えて玄関へ向かう。コラボ撮影の打ち合わせに出掛けるアカネと青鬼ちゃんを、起きてからの怠惰な様子とはうって変わって背筋を伸ばし見送った。

「何かあったら連絡しろよ、絶対に」
「そうします。アカネさんも気をつけて」

 名残惜しそうなアカネがドアを閉めると、ブラックはすぐに廊下の先へ踵を返した。手洗いまで我慢できそうにない。洗面台のある脱衣室へ駆け込み、排水栓を抜いて林檎を吐き戻す。このところのブラックは、食べたものを少量でも体内に留めておことすら難しくなっていた。人間の悪阻であれば臨月にあたる今頃には落ち着いていることが多いが、魔術による妊娠は勝手が違うらしい。それでも口を濯いでしまえば胸のむかつきは収まったので、目についた洗濯物を片付けてしまおうとランドリーボックスを持ち上げた。

「じーっ!じじーっ!!」

 心配したカメラちゃんが代わろうとしてくれる。しかし二人分と助手達の洗濯物が入ったランドリーボックスをカメラちゃんが扱うのは無理だろう。

「洗濯機を回しておくだけですから平気ですよ。お手伝いは干すときにお願いします。帰ってからアカネさん達がやるのも大変でしょうし」

 一仕事終えるとブラックは再びベッドへ潜り込んだ。二つの卵を孕んでいるブラックの腹は、頭囲の大きい胎児を出産する人間ほどには迫り出さない。しかしスマートな体からはっきりと浮いているそこを、両手で抱えて丸くなる。下腹部の鈍い痛みが誤魔化せなくなりつつあった。アカネより先に目を覚ましたのも実はそのせいだ。痛みは現れたり収まったりを繰り返し、段階的に強まりながら規則のある間隔になっていく。
 ブラックは自分が産気づいていることを理解していた。陣痛の合間をぬって、ベッドの下に準備してあった防水シーツと清潔なタオルを広げる。ズボンを脱ぐと敷いたばかりのタオルの上に鮮血が滴った。男性であるブラックの体に本来は存在しないはずの卵管、その末端が両脚の間に口を開けたせいだ。裂け目は少量の血を溢したが、拭えばすぐに見えなくなった。

「じっ!?」

 洗い上がった洗濯物を干していてくれたらしいカメラちゃんが、異変を察して寝室へ飛び込んで来る。ブラックは平静に頷いて見せた。

「孵卵器の準備をしておいてくれますか?——ええ、もうすぐ子ども達に会えるみたいですよ。……いえ、アカネさんには知らせずに」

 アカネの手つきをすっかり真似て腹をさすりながら笑う。カメラちゃんは怪訝そうだ。

「アカネさんにとって大事なコラボ撮影ですから。相手はずっとファンだった格闘家さんでしょう、納得いくものを練り上げて欲しいんです。それに、帰ったら子どもが産まれてるなんて最高のサプライズ企画じゃありませんか?カメラちゃんにはその瞬間の撮影、しっかり頼みますよ」

 悪魔に相応しい表情で曰うブラックだが、両手はシーツを握り締め、普段ほど余裕のある様子ではなかった。痛みはもはや間欠なく腰から下を軋ませ、その強さも最高潮を保っているというのに、卵が下へ降りてくる気配がない。ブラックがまず案じたのは体内で破卵してしまったか卵自体がうまく形成されていないのではないかということだったが、陣痛に苛まれる臓器の感覚を更に鋭敏にして探ってみると、卵はこれまで幾度か確認したときと同じく、無事な形のままで卵管内に存在していた。

……!」

 ならば早く産み出してやろうと力を込めれば、下肢からまとまった量の血が溢れる。卵は動かない。ブラックは再び注意深く自分の腹の中を意識した。
 おそらく卵の殻の一部が卵管の内壁に癒着してしまっているのだろう。先に産まれて来るべき方が停滞しているせいで、もう一つの卵も移動できないようだ。下手をするとどちらも割れてしまう。のみならずブラックも危ないだろうという予感があった。

「じー……

 シーツを取り替えながらカメラちゃんが呟く。ブラックは不敵に言った。

「ハプニングは企画のスパイスですよ、このくらいでなくては思い出にもなりませんしね」

 身を捩って激痛に耐える。痛覚をコントロールして緩和することは容易いが、それでは卵が今どんな状況なのかを把握することが難しくなる。体の下半分が挽き潰されるような痛みを、詳細に分析しながら魔力で内臓を造り替え、卵が生まれやすいように体内を変化させていく。もちろん、卵自体への影響は最小限に抑えたうえで。
 それは悪魔以外の生き物の想像を絶する困難な作業だった。ただでさえ受胎の魔術の負荷がかかる体で、絶えず襲い来る痛みに集中力を乱されることなく、微細な魔力の行使を続けなければならない。卵の安全を優先するため、肉体の改変に伴うダメージも全て自分が引き受けることになる。さしものブラックも呼吸を乱し、手負の獣のような形相でいきむのを繰り返した。

「フッ……フー……
「じー!!」

 体に力を込めるたび、新しく溢れた血がシーツを濡らす。カメラちゃんは近くを飛び回り、しきりにアカネを呼ぶよう促した。現状に対してアカネにできることは特にないだろう。しかしブラックを力づけることはできる。今のブラックは助手から見てもそれほど危ういらしかった。しかしブラックは頷かない。

「必要ありません」

 誰であろうと他者が目の前で傷つくことを我慢できないアカネに、この姿を見せるわけにはいかない。それ以上にブラックにはアカネが傍に居ないことが少しも苦にならなかった。指を握り込めばそこにはアカネが手を握ってくれたときの感覚が蘇ってくるし、自分の荒い息遣いの中には常にアカネが呼びかけてくるときの声を聞くことができた。ときには力強く、ときにはささやかで恥ずかしそうな声を。

「グ、……!」

 非常に稀なことに、ブラックが呻き声を噛み殺す。果てしない激痛の向こう側で卵の動く気配があった。苦しさに意識をさらわれそうになるたび、痛むところをさする手が現実に引き戻してくれる。ブラックにとっては確かにそこにある手だ。それを思うたび自分の体が感じている苦痛などどうでも良くなる。今ここにアカネが居ないということは、常にあらゆる形で彼女がそばに寄り添っているということなのだ。

……!!」

 卵の一つがベッドの上に落ちた。すぐにもう一つも転がり出る。先に出た方の殻の表面に癒着した肉片がこびりついていた。カメラちゃんが用意してくれていた湯で二つの卵を洗い清める。そして素早く、準備のできていた孵卵器の中へ運び入れた。
 鶸色をした二つの卵は、まるで静かな寝息を立てるように孵卵器の覗き窓の向こうに並んでいる。それを確認するとブラックは立ち上がり、カメラちゃんにぬるま湯で湿らせてもらったタオルで体を拭いた。次に血に染まった寝具とタオルをまとめて魔力で消し飛ばし、汚れのないものに取り替える。
 心地の良い巣が再び営巣されたが、ブラックの表情は片目をぎらつかせ、尖った歯を剥き出しにした凄まじいものだった。怖がらせないように顔半分を覆いながらカメラちゃんに話しかける。

……すみませんが、アカネさんと青鬼ちゃんを──ええ、一緒にどこかお店にでも寄ってきて下さい。きっと、しばらくすれば落ち着きますから……

 早く呼んで来て欲しい、と言いたいのではない。逆だ。カメラちゃんも察したように足止め役を引き受けて、すぐさま外へ飛んで行った。
 人間の産婦にもたまに起こることだが、陣痛と出産の負担に耐えるため、ブラックは激しい興奮状態になっていた。普通の戦いのときの比ではないほどに神経が昂っている。もしこのタイミングでアカネが帰って来れば、すぐさま襲い掛かって取り返しのつかないことをしてしまいかねない。妊娠中に幾度となくアカネの魂を食いちぎる夢想に耽っていたブラックは、念のために安全策を取ることにしたのだった。
 カメラちゃんが行ってしまうと、寝室は静けさに包まれる。

「これを撮影しておかない手はないと思ったんですが……ホームビデオとしては不適切ですね。魔術や医療の研究資料としてなら、いずれどなたかの役に立つかも知れませんけど」

 ちゃっかり回していた魔界製の撮影機器のスイッチを切り、クローゼットの奥へしまうとベッドへ横たわる。孵卵器の中の卵をもう一度見やってから、ようやくブラックは眠りについた。