無窓居室
2024-06-28 20:46:09
33501文字
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鶸の巣

既にカップルになっている😈👹の出産ネタ。でも妊娠するのは😈の方というツッコミ所が満載の話。
男性の妊娠・産卵・悪阻の描写があり、👦と👸が大学生になっています。他あらゆる捏造が大丈夫な心の広い方のみご覧下さい。また、15歳未満の方の閲覧は推奨しません。
シーンによって😈👹っぽかったり👹😈っぽかったりします。



「それにしてもびっくりしたな~、久しぶりに来たと思ったらこれだもん」

 魔王に対して日常的な世話を焼こうとする奇特な人間は、まるで緊張感のない表情で驚きを口にする。小学生の頃はやや重たく見えた前髪を片側だけ上げて、背も肩幅も大人の男性のものになったが、雰囲気は当時と大差ない。

「ブラックとアカネちゃんに子どもなんてなぁ。しかもブラックが産む側なんでしょ?電話で聞いたときには何がなんだか分かんなかったけど、それを見せられちゃね」

 23区の西にある学生街のアパートの一室で、ブラックは勧められるままベッドの端に腰掛けていた。ワンルームの床には撮影機材と資料が散らばっていて、二人で座る場所すら確保できない。
 膨らみが服の上からでも分かるほどになった腹を見て、さとしが枕をクッション代わりにするよう勧めてくれた。言われるままにしてブラックは近況を伝える。
 ブラックとアカネがはっきり今のような関係になったのとさとしが高校に進学したのはほぼ同じタイミングで、さとしが大学受験の準備を始めた頃からはそれ以前ほど頻繁に撮影を共にしていない。しかしブラックチャンネルの管理者は依然ブラックとさとしの二人であり、チャンネルの方向性や企画については都度話し合いを重ねてきた。ときには何の必要もなくつるんだり、雑談したりするのも昔と同じだ。

「そんなわけで、しばらく撮影ペースはゆっくりになっちゃいますが、カメラちゃんも企画を考えてくれるそうなので思ったほど更新頻度には響かなさそうです」
「今は頻度とか気にしなくていいって。てか、たびたび一緒に撮影できなくなるのは俺の都合の方がずっと多いんだしさ」

 溜息を吐きながらさとしは散らかった部屋を見渡す。友人が来ると分かっていても片付ける時間が無い、毎日の慌しさを端的に表す光景だ。

「それこそ気にしないで下さい。レポートと課題の提出期限、もうすぐなんでしょ?私大の芸術学部なんて学費高いでしょうし、留年するわけにいかないと思いますから」
「うぅっ、ハッキリ言うなよぉ……

 涙目になったさとしが呻く。放送学科の二年に在籍しているさとしにとって、三年次に迫ったゼミ選択に関わる今期の成績は重要だ。寝不足のせいだろう赤らんだ目元を擦りながら机の方を向く。パソコンの後ろの壁にはさとしが小学生の頃に書いた〝登録者100万人〟の目標の紙が貼ってあった。

「なんていうか、俺がどんなに変わってもブラックはずっと同じブラックだと思ってたよ。中学生になったときも、高校生になったときも、色んな変化があったけどブラックはブラックのままでいてくれたから……

 紙に書かれた文字を一瞬だけ寂しそうに見つめてから、すぐに頭を掻いて笑った。

「って、ワガママ言っちゃいけないよね。ブラックはもうじきお父さんになるんだ……いや、子どもを産むってことはお母さんになるのかな?でもブラックがお母さんになるとアカネちゃんがお父さんになっちゃうか」
「アカネさんともよくそのことで揉めますよ」
「だろうな~、ややこしいもん。女の子のアカネちゃんをお父さん呼ばわりしちゃ可哀想……とか思うのは余計なお世話かな?お父さん同士、お母さん同士の夫婦だっているもんね。あ、そうそう、そういえばこの前さぁ」

 際限なく続きそうなさとしの無駄話を聞き流していたブラックが、不意にベッドから降りて言う。

「トイレを借りますね」
「どうぞ~」

 いかにも気の良い返事を背に、ブラックは居室とトイレを隔てる扉を閉めた。蓋が上げっぱなしになっていた洋式便座の前で体を折ると、音を立てないように胃の中身を吐き出す。朝からゼリー飲料しか口にしていなかったおかげで手早く済んだ。
 ブラックの戻るのが早かったので、すぐにまた手洗いを借りることがなければさとしはブラックが嘔吐しているとは気づかなかっただろう。呑気に話の続きを始めたさとしの前で、ブラックは今度は隠しきれずに鳩尾を押さえながら立ち上がった。

「すみません、もう一度……
「あぁー……

 さとしもこれには察するものがあったらしい。トイレから出てきたブラックにそっとレモン味の経口補水液を手渡した。

「友達が酔っ払って転がり込んできたとき用に買ってあったんだ。残ってて良かったよ」
「充実した大学生活みたいですね」
「大変だけど、まあまあね。ブラックは幸せ?」

 ペットボトルの蓋を開けながら、ブラックは見た目には普段と全く同じ笑顔のまま視線を合わせる。さとしも笑いながら頷いた。二人にとってはそれで充分だった。

「飲んだら落ち着くまで横になってなよ。俺がそこの机で作業してるのが気にならなければだけど。アカネちゃんには俺から言っとくから」
「それなんですが」

 ちょうどその時さとしの携帯に着信があった。アカネからだ。ブラックと一瞬顔を見合わせた後で、さとしが通話ボタンを押す。

「もしもし、アカネちゃん?うん、ブラックなら来てるけど──今ちょうどゲームに夢中みたいでさ。後でかけ直させるよ」

 唇の前で人差し指を立てれば、さとしはどうにか話を合わせてくれた。巧みな嘘など吐けたためしのない口元は、弾んだ声を出すたびに心持ち引き攣っている。

「え、いいの?うん。俺なら元気。……えーっ、間に合う!間に合うって!!……そうだね、ありがと。──あぁ、もう聞いてる」

 幸いにも話題はブラックの状態を逸れていったらしい。経口補水液を口に含むと、意外なほどに甘く感じた。人間でいうところの脱水気味だったのかもしれない。悪魔の渇きは体ではなく魂を由来としたものだが。
 ブラックほど高位の悪魔ともなれば何千年、何万年の間飲まず食わずでも肉体を維持することに支障はない。問題は食欲という〝欲望〟から遠ざかってしまうことだった。ただでさえブラックは魔術による妊娠を継続するために莫大な魔力を消費し続けている。その量は並大抵の悪魔なら即座に存在自体が消え失せてしまうほどのものだ。

(ここまで遠慮なしとは……さすがオレちゃん達の子です)

 腹の膨らみを撫でながら、ブラックは満足しきっていた。子を一人に留めておけば負担も軽かっただろう。しかし悪魔とは望みを叶えることが本質の生き物だ。男児か女児かを選びかねていたアカネに片方は与えてやれないのだとしたら、それは一方の子を失うのと同じであり、悪魔の頂点に立つブラックにとっても死に等しい。
 ブラックは凡そ全てのことに手段を選ばない悪魔だった。そして、動画にせよ恋人と我が子にせよ、愛したものに関して一切の妥協をしなかった。たとえ悪魔の愛の形が、当の恋人のアカネにさえ理解できないものだろうと知っていても。

……うん、うん。本当におめでとう!アカネちゃんも体に気をつけてね」

 すっかり素の状態になって会話を楽しんでいたさとしが電話を切る。ベッドの中で腹をさすっているブラックを見ると、眉を寄せて体に布団を掛けてきた。

「あれで良かった?ブラックにも考えがあるんだろうから何も言わないけど、辛いときはちゃんとアカネちゃんを頼るんだよ」
「それ、わりと核心的なこと言ってません?」
「あーもう!!強情な奴だな!」

 肩をいからせてベッドから離れたさとしは、他に何か要るものはあるか、暑くないか寒くないかと訪ねた後、これ以上自分にやるべきことがないと知ると机に向かって作業を始めた。
 大きくなった体はパソコンの画面の大部分を隠してしまい、作業の詳細はブラックから見えない。ただキーボードを叩く音とマウスのクリック音が小学生の頃より滑らかになったように感じる。ブラックは手入れの行き届かない、あまり快適とはいえない寝具に包まれながらこう思った。

(さとしくんこそ、全然変わらないじゃないですか)


 *


……それじゃ、ブラックのことは頼んだ。——ああ、ありがと。落ち着いたら絶対またコラボやろうな!」

 大学とひめの住むワンルームマンションの中間に位置する喫茶店で、アカネはさとしとの通話を終えた。スマホをポケットへしまって目の前のクリームソーダのグラスにストローを差す。ブラックが妊娠してからというもの、アカネもノンカフェインのお茶や手絞りのジュースばかり飲んでいたので、目の覚めるようなソーダの色やシロップ漬けのチェリーの香りは久々だった。
 向かいの席でミルクセーキを注文したひめの視線に気づいて微笑みかける。しばらく見ないうちにまた一段と美少女ぶりに磨きがかかった気がした。正確には、鬼であるアカネには人間の美醜の基準がよく分からないのだが、種族を問わず他者を惹きつける魅力のようなものが増したように感じる。
 喫茶店はさとしのアパートからも近い。ひめとさとしは同じ大学の同じ学部に通っていた。もっとも、演劇学科のひめと放送学科のさとしでは意識して接点を持たないかぎり学内で顔を合わせることもあまり無いらしいが。

「ごめん、つい話し込んじゃって」
「いいのよ。それで、ブラックは大丈夫そうだって?」
「ああ、何事も……ないのかな。それは分かんないけど、さとしの所に居るのは間違いないみたいだから。アタシからはそれ以上言うことないよ」

 レトロな店内に憂いを消しきれなかった声が余韻を残す。顔を曇らせたひめを見てアカネは少し後悔した。同時に、ひめになら話してしまってもいいかと思う。
 ブラックは自分の妊娠を、世間——つまり、魔界と天界に知られるのを避けようとしていた。ブラックは魔界一の人気クリエイターだが敵も多い。これを好機とみなして魔王の座を奪おうとする者がいれば魔界に騒乱を招くし、天界が察知すれば不可侵協定を破って干渉してくる可能性もある。お腹の子とアカネはもちろん、無辜の魔界の住人達も危険に晒すわけにはいかない——という理屈は満更嘘でもないのだろうが、ぶっちゃけ面倒くさいというのが一番の本音だろうとアカネは見当をつけていた。純粋な人間界の住人であるひめは、アカネの親しい友人の中では数少ない口止めの必要がない相手だ。

「病院くらい行った方がいいと思うけど」
「アタシもそれが心配なんだ。でもブラックによると誰にでも扱える魔術じゃないから、余計なことされて術を乱されるのが嫌らしい。そもそもアイツの体を診られる病院は魔界にもないらしくてさ」
「そっかぁ、強すぎるのも大変なのね」
「何かアタシに役に立てることがないか調べてるんだけど、どんな事でもブラックの方がよく知ってて立場ないよ。まあ、今に始まったことじゃないけど」

 冗談めかして肩をすくめてながら言うと、ひめは小さく首を振った。栗色の髪がミルクセーキの白に映える。

「じゃあ、モモ先生とマゼンタ先生にも内緒にしておくわ。もうじき小学校の同窓会があるから、さとしくんが口を滑らせないように見張ってないと……タローとレオにも秘密よね、タローなんか知ったらきっと喜ぶのになぁ」
「本当ならひめの口から伝えて欲しいところなんだけどな。ごめん」
「アッシュとパープルには?」
「そっちにはブラックが言ってるはずだよ。あいつらも魔界と直接の接点はないし。どっちかというとまたあいつらが別の宇宙人と揉めたりしても、今はすぐに助太刀できないかもだから気をつけろって意味で報告したんだと思う」

 そんなやり取りが続いた後で、ひめがアカネに向き直った。愛くるしいのにどこか凄みを感じさせる視線は、凡百の女優志望者にはない人の心に分け入るような力を備えている。

「師匠は偉いわ。ブラックって何でもできて一人でどんどん決めちゃうイメージがあるから、信じて待つのも楽じゃなさそうなのに」
「はは、まあな。一度決めたら聞かないとこあるし。でも、あれで何か決めるときは周りのことよく考えてて、その中にはアタシも含まれてるんだ」
「ちゃんと頼ってくれたり?」
「意外と。寝起き悪いから朝はリビングまで抱っこで運んでとか甘えてきたりするし、お腹が大きくなってきてからは添い寝しながら撫でてあげないと眠らないぞ」
「なにそれ詳しく」

 喋り過ぎたと気づいたアカネが慌ててストローで口を塞ぐ。何気ない風を装って継いだ言葉は、それだけに心の底を浚ったような本音だった。

「ま、まあ、アタシにはそのくらいのことしかしてやれないからさ。せめていつも笑顔で、楽しそうにしてようと思うんだよ。ほら、ブラックが好きなエンタメって皆を楽しませるものだろ?」
「強いのね、師匠は」
「アタシが心配してるところを見せちゃったら、逆にブラックに心配かけて堂々巡りだからな。やれることをやるよ」
「でも、お互いに思いやり合うほどすれ違っちゃうなんて……

 ひめは俯いた。しかしその表情には悲しみを上回る情熱の炎がある。

――すっごくロマンティック!!ねえ、もっと聞かせて。きっと次の舞台の役作りにもなると思うの!」
「お、おいおい……
 
 会うたび迫力を増していく演者魂に圧倒されながら、アカネはひめのそういうところに救われるのを感じていた。