無窓居室
2024-06-28 20:46:09
33501文字
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鶸の巣

既にカップルになっている😈👹の出産ネタ。でも妊娠するのは😈の方というツッコミ所が満載の話。
男性の妊娠・産卵・悪阻の描写があり、👦と👸が大学生になっています。他あらゆる捏造が大丈夫な心の広い方のみご覧下さい。また、15歳未満の方の閲覧は推奨しません。
シーンによって😈👹っぽかったり👹😈っぽかったりします。

 「赤ちゃんが欲しいな」

 そうアカネが言い出したのは、ある日の朝食の席でのことだった。テーブルの上にはコーヒーに目玉焼き乗せトースト、ハムとベーコンとソーセージ、果物籠に盛られた林檎が並んでいる。朝の早いアカネが用意しておいてくれたものだ。目玉焼きの形がやや歪なのはご愛嬌だろう。
 ダイニングに差し込む朝日が、赤らんだ頬と強い意志を湛えた瞳をきらめかせていた。夜明けまで一つの寝具に包まっていた寝室ではどうしても言い出せなかったらしい。すっかり明るんだ食卓で、ようやく何でもない風に切り出そうとしているのが健気だと思った。

「だ、駄目ならいいんだけど……でも、いつかは……

 言い訳のように添えられる言葉には簡単に引き下がれないという想いが滲んでいる。ブラックはコーヒーに伸ばしかけた手を止めて、一月ほど前の出来事を思い返した。
 

 お互いに動画の撮影が一区切りついた時期だったので、魔界でちょっとした評判のレストランへ食事に行ったときのことだ。二人が席に着いて間もなく、近くの席に座っていた若い夫婦らしい客が連れていた赤ん坊が泣き始めた。母親と思われる女性があやすが、赤ん坊は一向に泣き止まない。店内に響き続ける叫び声に周囲も不穏な雰囲気になっていく。
 食前のワインに口をつけもせず赤ん坊と夫婦を見つめているアカネに気づいて、ウェイターがブラックに歩み寄った。耳打ちされた席の移動の薦めを、しかしブラックは断った。アカネの視線が非難のそれではないことに最初から気づいていた。

「いいなぁ」

 不意にアカネが呟いた。何ら意図するところなく唇からこぼれた一言は、火のついたような泣き声の隙間を通って辺りに響く。

「すっごく可愛い。あんな子がいたら毎日楽しいだろうなぁ……お父さんとお母さんは大変そうだから、羨ましがっちゃ失礼かもしれないけど。撮影だって難しくなるだろうし、トレーニングや動画編集の時間も……でもさ、幸せだろうなって思わない?なあ、ブラック」

 無邪気に向けられた顔が、ニヤニヤと笑うブラックの表情とぶつかった途端に紅潮した。夫婦の状況を自分達に置き換えた空想が意味するところにやっと気がついたらしい。周りの客も今や不機嫌を忘れて、ブラックと似たり寄ったりの表情でアカネを盗み見ている。場の空気はすっかり暖まり、口の端が上がってしまうのを堪えられないウェイターは必死で口元を覆っていた。
 若い夫婦の母親の方がほっとした様子で微笑む。すると今までの泣き喚きようが嘘のように赤ん坊も静かになり、すぐに心地よさそうな寝息を立て始めた。夫婦の会釈に赤い顔のまま応えたアカネの方は、コース料理のデザートの後まで挙動不審だったが。
 
「ごめん……変なこと言っちゃって……
「とんでもない。もっと聞かせて欲しかったですよ。アカネさんの将来の展望を」

 レストランからの帰り道、まだ項垂れているアカネの肩を抱き寄せてブラックは囁いた。

「オレちゃんも考えておきましょう」

 そんなことがあった。
 

 具体的な話はもう少し日を置いてからにした方が良いかと考えていたが、アカネとしては自分一人の心の内に抱えかねていたのかもしれない。口約束を忘れたり反故にするような悪魔だと思われてはたまらないので、ブラックもすぐに応じる。信用とは重大な問題だ。動画のゲストと契約を成立させる上でも、恋人との関係を継続する上でも。

「その件については幾つかアイデアを用意してあります。アカネさんに差し支えなければ、今夜その準備を」
「こ、今夜!?ブラックはそれでいいのか?」
「もちろん」

 自分で言い出しておいて慌てているアカネを横目に、ブラックは優雅な仕草で熱いコーヒーを味わった。アカネはそそくさと助手達を起こしに向かう。その背中を見送りながらブラックは悠然と目を閉じた。


 *


 アカネが寝室へ呼ばれたのはその日の夕暮れのことだった。ブラックは既にベッドに座って上着を寛げている。朝のうちに承諾したこととはいえ、日も落ちきらないうちから閨で二人きりになり、アカネは恥ずかしさに顔を伏せた。しかし目を背けるわけにはいかない。

「始めるんだろ?……シャワー浴びてきたから、いつでもいいぞ」

 アカネもベッドへ近づき、自ら服を脱ごうとした。初めてのことではない。むしろ慣れてきたところだからこそ普段と違う前提に緊張してしまうのだ。自分から望んだことであっても。
 今さら躊躇してしそうになる己を心の中で叱って相手に歩み寄る。しかし、指示されたのは意外なことだった。

「ここを見て下さい。種族の違う者同士が子を成す方法についてです」

 古い羊皮紙の本を手にしていたブラックはそれを開き、ページの内容をアカネに示した。アカネには理解の難しい複雑な用語や図が羅列されているが、ブラックの説明通りのことが書いてあるようだ。
 魔界では異なる種族同士のカップルが子を授かることは珍しくない。二人の友人のモモとマゼンタは天使と悪魔の間に生まれたハーフだ。しかし、一言で〝天使〟〝悪魔〟と言ってもその区分には無数の性質が内包されている。例えば天使には階級分けの他にも個人レベルの異能があり、イオタとバニラちゃんでは持っている能力が全く違うし、悪魔においても山羊の角を持つ栗矢アキラと犬に似た耳と尾を持つタローやレオは近い種だと考えられるが、体の大部分を機械化しているカメラちゃんとは同じ〝悪魔〟であっても肉体的な親和性は高くない。
 両親の相性によっては母体に大きな負担が掛かる上、子が予期しない性質を持って産まれてしまうこともある——というようなことを本は語っているらしかった。もっとも、モモとマゼンタはハーフとして生まれ持った個性を不便とは感じていないようだが。

「確かに、同じ鬼でもアタシと青鬼ちゃんじゃ違いがあるな」
「でしょう。オレちゃん、ずっとこの事について考えていました。ここに書かれているように本来は鬼と悪魔のそういった相性は悪くありません。けれどもご存知の通り、オレちゃんは魔界生まれの悪魔ではないんですよ。この分析結果がどこまで自分に当てはまるのか確信が持てないんです」
「そんな……

 思ってもみなかった事実にアカネは声を詰まらせた。確かにブラックはある日突然魔界に現れて、瞬く間にトップYouTuberになったクリエイターだけれども、そのことについて深く考えたことも尋ねたこともなかった。本来の素性が何であろうが、存在を知った瞬間からずっと、アカネの中でブラックはブラックだったから。友人でライバルになっても、恋人として一つ屋根の下で暮らすことになっても、永遠に変わらないものだと思っていた。まさか今このときに影響を及ぼすことだとは想像していなかった。

「アタシ、馬鹿だな……何も分かってないのに軽はずみなこと言って。悪かった」

 情けない思いで絞り出した言葉に、ブラックのはしゃいだ声が重なる。

「そこで、問題を解決する方法を見つけ出しました!今度はこちらの本を」

 いつの間にかブラックの手に別の書物がある。どうやら魔術についての書のようで今度こそアカネには解読不能だ。涙ぐんでいるのを悟られないようにそっと様子を伺うと、ブラックは力強く頷いて見せた。

「この魔術を使えば種族や性別に関わらず、パートナーの子をその身に宿すことができます!術の精度によりますが母体や胎児へのリスクも自然妊娠よりコントロールしやすい。多大な魔力が必要になりますが、それこそオレちゃんにはうってつけですし……どうです、試してみる価値アリでしょう!!」

 勢い余って立ち上がるので、隣に腰掛けていたアカネは見下ろされる格好になる。ブラックは動画企画のプレゼンとまるきり同じように見えるテンションで、舞台俳優のような身振りを交えて訴えた。

「性別に関わらずとか、魔力が必要とか、まさかブラックが〝妊娠〟するつもりなのか?」

 思わず頷きそうになったアカネだが、何とか踏みとどまって疑問を口にする。流されるわけにはいかない話だ。

「アカネさんにしては飲み込みが早いじゃないですか。その通りです」
「駄目だよ!!危険かもしれないんだろ!だったらアタシが……
「自分なら危険でもいいって思うんですか?」

 重みのある口調で言われてアカネはたじろいだ。先ほどまでとはうって変わって、静かな表情をしたブラックの視線がアカネを捉えている。

「そもそも種族の問題がなくても、最初の妊娠は可能な限りオレちゃんが引き受けたいと思っていました。アカネさんはまだお若い。オレちゃんとは休止期間の重みが違います。扱うジャンルとしても格闘系で、体が資本のYouTuberですから」
「何だその言い方!これは二人の問題だろ!年齢や動画のジャンルのせいで大変なことを代わってもらうなんて嫌だ。苦しいことも嬉しいことも分け合いたいって思っちゃ駄目なのかよ!!」
「そうおっしゃるとき、アカネさんはいつも苦しい方を多く引き受けようとしてますよね。バレバレですよ。オレちゃんならもっと狡く、上手くやれるのに……それに、二人してリスクを奪い合っていてはいつまでも望む結果を得られません。オレちゃんとの子ども、諦めたくないですよね?地獄の底からオレちゃんを追って来た他ならぬアナタです。欲しいと思ったものを掴めるチャンスを、そう簡単に手放せるはずがない」

 ブラックの目が狡猾に歪む。罠にかかった獲物を前にした、生き生きとした悪魔の顔だ。

「オレちゃんにも不安がないわけではありません。アカネさんのサポートが必要です……アナタでなければならないんです」

 そばに屈み、甘えるように縋ってくる仕草が手練手管だということは分かっている。きっと事前に綿密なシミュレーションをしていたのだろう。ブラック自身それを隠そうともしない。しかし他の選択肢をアカネは思いつけなかった。夢見心地にまかせて口に出した願望を、事細かに検討し、自分を説得するところまで想定し尽くしていた相手の強かさと、自分の考えの浅さでは、どちらがリスクを引き受けるのに相応しいか比べるまでもない。

……本当に、サポートさせてくれるんだな?アタシが必要だって言葉が嘘じゃないなら……そうしよう」

 跪いていたブラックがベッドに上がってきた。無邪気な男の子のように、楽しそうに笑いながら。この悪魔は一体何種類の笑顔を使い分けられるのかとアカネは半ば呆れる。脱ぎかけたパーカーを羽織り直そうとしたところでいきなりシーツへ押し倒された。

「それでは早速、協力してもらいましょうか」
「ちょっ……何だいきなり!妊娠は魔術でするんじゃなかったのかよ!!」
「手段がどうあれ子どもを授かるならパートナーとの絆を深めておかなければ。それにアカネさんも最初はこういうつもりで来てくれたんでしょう?」
「うっ、それは……

 男性としては細身のはずのブラックの体は実は驚くほどの膂力を秘めていて、鬼のアカネでも一通りの抵抗では逃れることができない。シャワーを済ませ、服を脱ごうとしていたことを知られてしまっているのだから心理的には尚更不利だ。

「それに、アカネさん朝からとても可愛くて、もう我慢できませんので」
「この悪魔ーーッ!!」

 暗がりで見るブラックの顔は、今は淫靡な甘さに満ちている。
 夜の帳が下りつつある寝室にあまり秘めやかとはいえない睦言が響いた。


 *


 夜も更けきる頃、アカネとブラックは共に魔界の空を飛んでいた。ブラックは黒い翼を広げ、自力では飛べないアカネを横抱きにしている。
 月は中天を過ぎて西へ傾きはじめていた。魔界の月は夜ごと形だけでなく色も変えていく。今夜は鶸色の満月で、ごく淡い黄味がかった緑色の光が絶えず二人に降り注いだ。
 街から離れ、森を抜け、山々を越えた先に、幾つかの湖を抱く台地があった。こんな高台にどうして湧き出したものなのか、湖面は静かに澄みわたり、月の光を受けて鶸色に輝いている。

「この辺で良いでしょう、都会の明かりに邪魔されませんからね」

 ブラックが急に高度を下げたので、黒い腕の中で臥所での余韻に引き戻されそうになっていたアカネも我に返った。音を立てないブラックの着地にはアカネに伝わる振動もない。台地の地面に下ろされ改めて向かい合うと、月光の中の悪魔の姿はいかにも端正で魅惑的だった。今さら照れくさくなり、アカネは目を逸らしながら尋ねる。

「早く始めようよ、何すればいいんだ?
「術の準備はほぼ終わらせて来ました。あとはキスするだけです。満月の光を十分に浴びられる場所でね」

 己の体の線をなぞりながら答えるブラックに、アカネの胸は少なからず痛む。この頼もしいけれど華奢な体にどれだけの負担を強いることになるのかと思って曇らせた瞳を、続く言葉に限界まで見開いた。

「キ、キ、キス!?」
「はい。オレちゃんからすれば男の子、アカネさんからなら女の子が産まれますよ」
「ちょ、ちょっと待て!心の準備が……
「さっきまでする事してたのに?」
「やかましいわッ!!」

 儀式の厳かさなどまるで無いすったもんだが終わると、今度はどちらから術を完成させるかが問題になった。ブラックは可笑しそうに首を傾げる。

「アカネさんからのご要望だったので、とっくに決まってるもんだと思ってましたが」
「だって授かりだと思ってたんだもん!無事に産まれてくれればどっちでも……でも、できれば男の子……いや女の子……やっぱり決められない!てか、ブラックはどっちが良いんだよ?」
「オレちゃんですか?うーん……

 顎に手をやり特徴的な目の閉じ方をしてから、突然ブラックはアカネを抱え直して再び空中へ舞い上がった。驚いたアカネが抗議する間もなく一番大きな湖の辺りに降りて、水面に映る月と頭上の月とを交互に見やる。

「ここで同時に。そうすれば男女の双子になるはずです」

 なるほど、確かに二つの月があると感心して湖の淵へ近づいたアカネを、ブラックの声が呼び止めた。

「自分の姿は映さないで。オレちゃん達まで二人になっちゃいますよ」
「えぇーっ!?」

 アカネは慌てて水辺から離れ、呼吸を落ち着けてからブラックの手を取った。絡ませた指を優しい力で握り返されて自然と緊張が解けていく。ちぐはぐだった二人の息はいつの間にか空と湖面からの月の光のように溶け合って、重なる男女の人外の影は、まるで一つの命になったように、鶸色の輝きの中でいつまでも寄り添ったままでいた。