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カメタ🐢とフジサワ🗻
2024-08-13 11:40:59
42953文字
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Action
〜カメタ(@kmt9993)とフジサワ(@fujisawa135)の本編軸ちさたきリレーSS企画〜
*こちらのPrivatter+にて全編公開しております!
『Action』
【目次】
①Prologue(カメタ)
②Scene#1(フジサワ)
③Scene#2(カメタ)
④Cut & Break(フジサワ)
⑤Reaction(カメタ)
⑥Epilogue(フジサワ)
1
2
3
4
5
6
Epilogue
ナイロン生地に覆われた重厚感のあるダークグレーの観音扉と、飾りと合わせた金色の大きな把手。その片側に手をかけ、少し力を込めてゆっくりと引くと、遮音性を高めるためのパッキンが小さな音を立てた。
中に広がるのは、縦長の小ホールに整然と並ぶ赤い座席。その正面には真っ白なスクリーン。100席程度の小さなシアター。
近年のシネコンでは殆ど見ないハードフロアに、黄色リボンのハイヒールが、こつんと音を立てて踏み入れる。
「うっほ、イイ感じじゃ~ん」
上機嫌な黄色のハイヒールに続いて、白いハイヒールが控えめに後に続く。奏でられるこつこつと規則正しい足音。
「そうですね、遠くまで来た甲斐がありました。
……
でも、千束」
「ん?」
「わざわざこんな格好してくる必要ありました?」
白いヒールの少し上、斜めにカットされた赤いフリルワンピースの裾が、歩みに合わせて揺れている。黄色いヒールがホールの奥でピタッと止まり、くるりと勢いよく回れ右をした。
「チッチッチッ。たきな、こういうのは雰囲気が大事なんだよ。完成披露試写会だぞ。キャストは正装して迎えるもんだろうが」
「足元はレッドカーペットじゃなくて、ただの床だけどな」
立ち止まった二人の横を、少し踵を余らせた茶色い平サンダルが、ぺたぺたと抜けていく。その後ろに、こつんと金属製の杖が続いた。杖と並ぶように入ってきた品の良い大きな革靴が、片足を引き摺るようにゆっくりと歩みを進めていく。
「なかなか本格的じゃないか」
「でしょ、でしょ!」
再び黄色のハイヒールが跳ねるように動き出し、座席の端に設けられた階段を一歩一歩降りていく。スタイルの良さと透明感のある肌を生かしたビスチェスタイルの白いワンピース。彼女が一段降りるたびに、腰元の大きなリボンが小さく弾んだ。
「千束、どの辺りに座りましょうか」
後をついていく赤いワンピースの主の手が、迷うように椅子の背もたれにかかって止まる。
「ここはやっぱりど真ん中!
……
の1列後ろかな。この劇場サイズなら」
なんせ全面空席、座りたい放題。ならば一番の特等席で今日の映画は見たい。
分かりました、と答えると、赤いワンピースは律儀に座席列を数えて、そのほぼ中央へと座った。その右にぽふっと白のワンピースが、嬉しそうに腰を下ろす。
彼女たちに続いて、シースルーが可愛いツートンカラーのワンピースと、仕立ての良い芥子色のスーツがその真後ろに着席した。
「あれ、ミズキは?」
緩く巻いた透き通るような金色のボブが、後ろを振り向いた時にふわっと揺れる。
「ミズキさんなら先程売店に
……
」
「アイツ、飲む気満々だな」
セットして貰った黒髪の先を気にしながら、赤いワンピースが出入り口の方を振り向いた。
「あ、来ました」
「おまたせ~」
ご機嫌な声と共に、悠々と緑のハイヒールが近づいてくる。
パンツの裾に入ったスリットからはすらりとした足が覗き、茶色のサンダルの横、芥子色の紳士とは反対側の席の前で止まった。
そのまま片手で椅子を倒し、よっこいせと腰を下ろす。彼女の膝の上には、5つの飲み物が乗せられた茶色のプラスチックトレイ。それを左手で押さえながら、右手でハンドバッグを隣の空席に置いた。
「帰りの車、どーすんだよぉ」
後ろを振り向いた姿勢のまま、千束はちらりとトレイの上に目を走らせる。あきらかに大きなカップが一つ、縁のぎりぎりまで白い泡が浮いていた。
「それなら私が」
横にいたたきなが、すかさず手を上げる。ミズキは勝ち誇った顔で、前列の二人の顔を交互に見つめた。
「そういうこと。てか、あんたらの飲み物も買ってきてやったんだから、感謝しなさい」
ほれっと千束の目の前に差し出されたカップからは、しゅわしゅわと炭酸の弾ける音がした。蓋からうっすら緑が透けて見えるから、これは多分メロンソーダだ。
本日、喫茶リコリコは臨時休業である。
なんとか投げ出さずに続けてきた自作映画が、この度ついに完成したのだ。
進行管理の名のもと、たきなに叱咤激励されること
……
いや、激励なしに叱咤叱咤を繰り返されること数か月。途中何度も飽きて投げ出しそうになりながら、紆余曲折を得て、ようやくここまでこぎつけた。ちなみに後半の編集作業において、総合プロデューサーであるクルミ大先生のお力が、大いに発揮されたことは言うまでもない。
出来上がったとなれば、絶対に欠かせないのが試写会だ。そしてどうせやるなら、本当の映画館で自分の映画を見てみたい。これは映画ファンを自称する千束にとって、絶対に譲れない条件だった。
そこで優秀な経理担当とお財布、及び総合プロデューサーに相談した結果、近隣都市の小さな映画館の一室を、二時間ほど借りることが出来た。本編は30分にも満たない短編映画なので、本当は一時間もあれば事足りるのだが、流石にそれでは忙しいだろうと余裕を持っての二時間だ。
その夢の試写会が、今始まろうとしている。
「たきなのそれ、何」
「わたしのは
……
ウーロン茶ですね」
一口飲んで味を確かめた相棒が、飲みます? と、カップごとストローの先を向けてくる。
千束は遠慮することなくぱくっとストローを咥えると、こくこくと喉を潤した。うん、確かにこれはウーロン茶。
ミズキは後列の二人にも、ほいよとドリンクを配る。ミカにはアイスコーヒー、クルミにはオレンジジュースらしい。
「ポップコーンはないのか」
「わがまま言うな、このオコチャマがっっ」
ずずっとオレンジジュースを飲みながら文句を垂れるクルミに、ミズキがキィ~と言い返す。その声と重なるように、館内に低いブザーが鳴り響いた。あっという間に照明が落とされて、周囲が暗闇に包まれる。
「おお、始まったっ」
語尾の弾むその声を聞いただけで、千束が今どんな顔をしているのか、隣のたきなには丸わかりだ。
スクリーン一杯に広がる、眩いばかりの白い光。
トーチから放たれていた閃光は徐々に遠ざかり、姿を現したのは女神
……
ではなく、その格好をしたリスの着ぐるみだった。
「
……
無駄に凝ってますね」
「いや、大事だろ。配給会社のオープニングムービー。これがあっての映画じゃん」
完全にパクリでは
……
とは思ったが、一応上映中だということを思い出し、たきなはあえてつっこむのを止めた。
再び暗転。闇の中から響いてくるのは、懐かしいさざ波の音。
徐々に画面が明るくなり、夕方のハワイのビーチが映しだされる。
『いつもと変わらなくないです
……
?』
困惑した表情のたきなが、首を傾げて画面を覗きこんでいた。スクリーン一杯に自分の顔が映るのは、たきな本人としてはなんだかこそばゆいというか、面映ゆいというか
……
妙に耐えがたいものがある。だが隣の千束は「たきなだぁ~」と目を輝かせて、嬉しそうにスクリーンを見つめていた。
『んー? 日常を記録するのが、ドキュメンタリーの醍醐味でしょ』
『これ、ショートムービーなのでは?』
『あー
……
ジャンルはドキュメンタリーってことで?』
『テキトーですね
……
』
『そんなことなぁいって!』
ピンポーンとチャイムが鳴り、「※実はこの時決めました」という字幕がぱっと表示された。
やっぱりそうだったかと、たきなが咎めるように横を見やる。千束の視線がすすっと泳ぎ、カップを持つ人差し指がくるりと落ち着きなく円を描いた。
『じゃ、タイトルは〜情熱
……
いや『常夏大陸』でどーよ』
『
……
大陸じゃなくて島ですよ、ここ』
「いつもの漫才じゃねぇか」
背後から、ぼそりとミズキのツッコミが入る。
全くその通りである。ここまでの内容において、反論に値する部分は欠片もない。
その後も画面の中の千束は、立て板に水が如くぺらぺらと話を続けた。
ふと、たきなは思う。浜辺では全く分からなかったが、もしかして千束も、あの時少し緊張していたのだろうか。
記憶の中の世界を、違う視点で追体験する不思議な感覚。
片や画像の中のたきなは、落ち着きのない千束とは違い、相棒のことだけをじっと見つめ続けていた。それに気づいてしまった劇場のたきなは、思わず下唇を小さく食む。
『あー、よく喋る人だな〜とか思ってたでしょ、今』
『思ってません、別に』
『うっそだ〜、そーゆー顔してました〜! あ、巻き戻す?』
『やめてください。あと、カメラ近いです』
不思議なもので、外側になった途端、色々なことが見えてくる。たきな自身はポーカーフェイスを装っていたつもりだったのに、千束の言う通り、可笑しいくらい考えていることが丸わかりだった。この後の展開を知っているからこそ、余計にその事実が恥ずかしさを掻き立てる。
ふと千束の反応が気になって、たきなはちらりと隣の席を窺った。何が楽しいのか、ただの散歩でしかない映像を、千束は満面の笑みを浮かべながら見つめていた。
突如画面が切り替わり、砂浜に座る二人を見上げるようなアングル。まるでヤドカリにでもなったような気分だ。
『常夏大陸スタートしました! たきなさん、夏はお好きですか!』
『えぇ
……
まぁ
……
冬よりは夏の方が好きですかね』
『おー! だったら、常夏サイコーだねぃ』
そうですね、千束のいない冬よりは。
あの時とほぼ同じ答えが思い浮かび、たきなの口から思わず冷ややかな吐息が漏れた。それに合わせたように、スクリーンが急に薄暗く遠ざかる。再びピンポーンと鳴らされる謎のチャイム。
――
※諸事情により、ここで常夏大陸終了
――
。
いや、終わるんかい、という内心のツッコミが、各々の顔に露骨に表れた。
1、2秒の暗転の後、明るさを取り戻した画面が、再びヤドカリ目線を映しだす。
浅い砂山の向こうに見えるのは、オレンジ一色に煌めく夕暮れの海。千束を抱き上げたたきなのポニーテールが、じゃれ合うように揺れていた。
青春映画の一片を思わせる眩しい光景。
それは一瞬の出来事だった。たきなの腕の中から、千束の身体がぶわっと宙を舞う。
ばしゃーんと派手な水しぶきが上がり、その前に仁王立ちするたきなの背中。
『ゲホッ
……
きっ、ケホッ
……
貴様ぁっ、いきなりなにすんじゃこらぁ!』
海面に夕日が反射して詳細は殆ど見えないが、叫び声は確実に海の方から聞こえていた。
ここで再び字幕登場。
――
※何があったかは、ご想像にお任せします
――
劇場の千束が悔しそうに口をへの字にしながら、隣のたきなを振り返った。
それに気づかないふりをして、たきなはすました顔でウーロン茶を啜っている。
実は千束に内緒で、この映像をクルミに差し込んで貰ったのだ。たきなにとっては記念すべき報復達成シーンである。ドキュメントショートムービーだというのなら、このシーンを外すわけにはいかない。
流石はクルミ、いい仕事である。甘くストローを咥えたたきなの口元が、満足そうに微かな弧を描いた。
画面は切り替わって、二人が暮らしていたホテルの一室が映しだされる。
広々としたお洒落な客室と、バルコニーから望むオーシャンビュー。時間と共に移り行く空の色すら新鮮で、ここでの毎日は本当に楽しかった。
『ではでは本日は、女優井ノ上たきなに密着しまぁ~す!』
『千束。アホ言ってないで、早く準備してきてください』
コンドミニアムタイプの客室に設置されたミニキッチンで、たきなが朝食の準備をしていた。
『ふっふ~、これがホントの密着取ざ
……
どわぁぁ』
後ろから抱き着いてカメラを回す千束に、たきなのミニナイフがきらりと向く。叫び声と共に映像がグラグラと乱れ、直ぐに近くのテーブルにカメラを置く千束の手が映り込む。彼女が完全にフレームアウトすると、こてんと画像が倒れて、横向きにたきなの背中が映しだされた。二人の賑やかな朝の始まり。
密着と豪語しただけあって、そこから7分間は、たきなのハワイ生活を凝縮したような映像だった。
カメラを終始向けられ続けるのは本当に落ち着かなくて、たきなはあの日、一日中煩わしさばかりを感じていた。
――
が、時折ちらりとレンズを振り返る自分は、思っていたよりもずっと楽しそうな顔をしている。そして気のせいだろうか。そういう瞬間は決まって、映画の中の自分と目が合うのだ。
鏡の中では見たことのない、己の知らない井ノ上たきな。
その正体に気がついて、たきなの口から無意識にストローがこぼれた。
これは千束から見た自分
――
錦木千束の見ている世界だ。映像の自分とやけに目が合うのは、彼女がレンズではなく、その向こうの人物を見ているからなのだ、と。
たきなの視線が再び、右隣の席へと流れる。白い光に浮かび上がる千束の嬉しそうな横顔。どこか愛しむような優しい緋色の眼差しは、真っ直ぐに画面の中の相棒に注がれていた。
ふわりと灯る頬の熱。たきなは気づかなかったふりをして、顔を正面に向ける。
次のシーンはキッチンカー。中と外、ちょっと余計なところまで含めて、千束が楽しそうにカメラ片手に案内していく。一通り紹介したところで、千束が車体を背景にくるりと自分を画面に入れた。
『は~い! というわけで、青空みたいな超かわいいキッチンカーリコリコ、大公開してまいりました~!
……
が、ななななんと! 実は本日でこの子とサヨナラで~す』
大袈裟なナレーションとは裏腹に、千束は少し寂しそうに笑う。そしてもう一度、ゆっくりと車体全体を映しだした。
スピーカーから響く賑やかな千束の声とは反対に、劇場内で物音を発するものはいない。口元が微かに弧を描く者。指先が愛おしそうに手すりをなぞる者。ゆったりと足を組みかえる者。5人は思い思いの眼差しで、キッチンカーの映像に見入っていた。
ハワイ最終日は、たきながカメラマンだった。今度は千束の密着映像らしい。
最終日でも元気全開なのは変わらず、千束はずっと楽しそうな笑顔を鑑賞者に届けてくれる。被写体がすぐカメラマンに寄ってくるので、常に距離が近い構図になってしまうのは御愛嬌だ。
だがその笑顔が一時だけ、全く映らないシーンがあった。場所は搭乗口近くの空港ロビー。千束はぽつんと一人、窓辺に座っていた。たきながこっそり背後から撮影していたらしい。肘掛けに頬杖をつき、足を組んで窓の外を眺める後ろ姿は、次々と離陸する飛行機とハワイの青空を、いつまでも静かに見つめていた。
「なんかさ
……
ちょっと恥ずかしいね」
「自分で作っておいて、何言ってるんですか」
こそっと耳打ちしてきた千束に、たきながぼそりと言い返す。千束は肩を竦めるようにして、えへへっと小さく笑いを零した。
暗転から再び、カチンッと歯切れのよい音。喫茶リコリコの入り口を背景に、『RESTART!』と書かれたカチンコがフレームアウトする。
帰国後の慌ただしさを象徴するように、劇伴に合わせて次々と切り替わる映像。
新商品企画でたきな三度目の奇跡とはいかず、未確認生物のカップケーキが並んだこと。懲りずに再びみんなでたきなを驚かせようとして、今度は本気で口封じされそうになったこと。フキやサクラが泊りに来た時、夜中までハワイの土産話につきあわせたこと。
思い出を振り返るための映像ではなく、今を楽しむ二人がずっと映しだされていた。
「結局ホームビデオじゃねぇか
……
」
「ちっがうし、ドキュメンタリー。クルミの監視カメラの映像も使ってるもん」
「んなもん使うんじゃねぇわっ」
呆れたようにつっこむミズキに、少しだけ振り返った千束がコソコソと反論する。いつものような応酬が画面の外でも続くのかと思いきや、映像の喧騒が引き潮のように消え失せた。ホームコメディから一変。言い合いしかけた二人も、空気に飲まれてそのまま黙り込む。
真っ暗な世界に、誰かの話し声。
えっと驚いた顔で、千束がスクリーンに向き直った。映像はさっきのシーンで終わりだったはずなのだ。あと残っているのは、千束の名前がやたら出てくるスタッフロールもどきのみ。それが千束の知るこの短編映画の構成だ。
だがスクリーンに映し出されたのは、カウンターの端に座るミズキだった。
うっすらと頬を染めたその手には、彼女愛用の陶器製タンブラー。緑の肩の向こうには、ちらりとご愛飲の一升瓶が見える。
左端に『千束とたきなについて』という字幕が現れ、ゆっくりとフェードアウトした。
『あの二人? まだまだおこちゃまよねぇ~。千束なんか図体ばっかでっかくなっちゃってまぁ。ホント、手かかるったらないわ』
『お前もどんどんいき遅れそうだな』
『うっさいわ! 今それ関係ねぇだろっ』
姿は全く見えないが、クルミらしき声が聞こえる。どうやらインタビューアーは彼女らしい。
どういうことかと千束が振り返ると、クルミはしれっとした顔でジュースを啜っていた。
「お前らに任せてたら、本当にホームビデオで終わりそうだったからな。ちょっとはドキュメンタリーっぽく格好つけた方がいいだろ」
まるで明日の天気の話でもするかのように、クルミは事もなげに言い放った。
スピーカーから聞こえてくる声の主が変わる。低く優しく、それでいて温かい声。
カウンターの内側で豆を配合しているミカだった。横を向いたまま、代わるがわる上段の瓶を手にしている。
『二人とも自慢の教え子で、私の可愛い娘たちだよ』
『あの二人なら、さぞかし教え甲斐があったろう』
一番端の瓶を引き出して、ミカの手が止まった。彼はカウンター席に座る小さなインタビューアーの方へ、ゆっくりと振り向いた。
『いいや、こちらが教えられてばかりさ』
変わってリコリコの裏口の前。ステンドグラスの窓を背後に不機嫌そうなフキと、ニヤニヤ笑うサクラが立っていた。
思わぬ二人の登場に、千束とたきなは同時に目を丸くする。
『お気楽極楽な馬鹿と、その馬鹿がうつったアホで丁度いいんじゃねぇの』
『またまた、ンなこと言ってぇ~。センパイ、電波塔がいなくなった時
……
っ、ぐほっ痛ぇ』
何故かフレームから外れるように沈んでいくサクラ。フキがチッと露骨な舌打ちをして、目つきの悪い視線を大きく逸らした。
『千束
……
ですか』
再び覆われた深い闇の中、少し戸惑いを滲ませたたきなの声だけが静かに響いた。
カウンター席に座るたきなが、誰かに話しかけていた。
こんなの撮られた記憶はない。たきなの目が大きく見開かれて、慌てて横の千束を見る。千束もまた茫然と、画面のたきなを見つめていた。
『はい
……
あの後、ちゃんと二人で話せました。店長が背中を押してくださったおかげです。ありがとうございました』
音は消されているが、多分、話し相手はミカなのだろう。丁寧に頭を下げたたきなの目線は、さきほどからずっとカウンターの内側へと向けられていた。
会話の端をヒントに、たきなは必至に記憶を辿る。この時自分はミカと何を話したのか。ドリンクカップの結露が、握る手のひらをじっとりと湿らせた。
『一番聞きたかったこと、ちゃんと千束の口から聞けました。それから、わたしが一番伝えたかったことも。
……
ちゃんと、言えました』
手元のコーヒーカップに、穏やかに目を伏せるたきな。口角から優しく唇が弧を描く。
スクリーンを見つめる千束の右手が、ぐっと強く肘掛けを掴んだ。
『こんなに振り回されて、一喜一憂させられて
……
本当に、自分でもどうかしてると思うんですが
……
』
そこでようやく、たきなは言葉の続きを思い出した。できることなら今すぐ映像を止めたいが、残念ながら観客席にそんな術はない。今日に限ってなぜ銃を所持していないのか。
僅かに腰を浮かし、青ざめて振り返るたきなの背後で、愛しさを瞳に滲ませた銀幕の自分が呟いた。
『やっぱりわたし、千束と一緒が嬉しいです』
たきなの顔が身に纏うワンピースのように、ぶわっと首筋から赤く染まる。かくんと力なく座り直すと、彼女は露骨に千束から顔を背けた。
千束はにひぃと笑いながら、たきなの方へ体を傾ける。そして緩く巻いた彼女の黒髪の先を小さく掬い上げると、くるくると嬉しそうに指先で弄んだ。その手を払い除けることこそしなかったが、たきなはちらりとも千束の方を見ようとはしない。
『え、たきな?』
今度は千束の声。
まさか自分もあるとは思わなかったのか、今度は千束がぎょっとした顔で画面を見つめた。
やはり席はカウンター前。テーブル上には一杯のコーヒー。
『うん、ハワイでね、思ってたこと、ぜ~んぶ話せた。
……
本当に、ちゃんと、全部。だからかな。前よりもっと、たきなこと分かるようになった気がする』
コーヒーを見つめる千束の瞳が、優しく細められた。ティースプーンを差し込む持ち手の穴を確かめるように、人差し指がそわそわと小さく動く。
『あのさ、センセ。たきながね
……
私のこと、月みたいだって』
『なかなか乙なこと言うじゃないか』
千束の唐突な話題にも、画面の外からミカの優しい声が返ってくる。
『潮の満ち引きは月の引力だ~っていう話をしたらさ、たきなが ”千束みたいですね” って』
ハハハと低音の笑い声が穏やかに響く。
『自分で太陽だと思ってたんだけどなぁ』
『そうだな』
『たきなは ”暑苦しい所はそうかも” とか言ってたわ』
心外だとばかりに不満げな表情でコーヒーを啜る千束。
だがカップをソーサーに戻すと、彼女はぼんやりと目を細めた。静かに一度、胸の中の空気を入れ替える。
『でもさ
……
月って、太陽が無いと輝けないんだよね』
半分ほどに減ったカップの中身を、弄ぶように僅かに傾ける。カップの中の新月は、底が全く見えなかった。
『だからね
……
私にとっての太陽はさ、きっとたきななんだと思う』
顔を上げた千束は、少々照れくさそうにあどけない笑みを浮かべていた。
『だってたきなは、私のヒーローだから』
今度はたきなが短く息を呑んで、奥歯を噛みしめる番だった。
震えそうになる唇を一文字に引き、微かに視線を膝の辺りへ伏せる。隣に座る千束の片足が、床を擦るように前後に小さく動いていた。そのまま視線を上げていくと、千束は珍しく頬を染め、なんとも少々気まずそうに画面を見つめていた。
ちらりと横に動いた視線が絡み合うと、彼女は気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべ、小さく肩を竦めた。
たきなのことを心底嬉しそうに語る千束を背景に、聞き慣れたイントロが掛かり始める。千束が気に入って良く聴いていたソロアーティストの曲。
企画 錦木千束。脚本(?)錦木千束、カメラマン 錦木千束・井ノ上たきな
――
。
ほぼ千束の名前しか出ないスタッフロールらしきものの左手に、セピア色の窓が開く。次々と映しだされる映画製作のオフショット。どんな苦労も終わってしまえば全て笑い話だ。皆の口から自然と微かな笑いが零れる。
最後にでかでかと総合プロデューサークルミの名前が登場し、キッチンカーの前で撮影した集合写真を最後に、画面は完全にフェードアウトした。
数秒後、劇場内の照明が再点灯し、眩しいほどの明るさを取り戻す。
「はいはい、ご馳走様でした。
……
もう一杯買っときゃ良かったわ」
ビールの入っていた紙コップを、くしゃりとミズキが握りつぶす。
「なかなか良い映画だったじゃないか」
「あ~
……
」
「ええ、まぁ
……
」
慰めにも似たミカの感想に、微妙な反応で千束とたきなが顔を見合わせる。全く予期せぬインタビューに、まだお互いどこか気まずくて。ハワイの時とは少し違う、ちょっとくすぐったいような、落ち着かないような心地。
「それでお前ら、タイトルは決まったのか」
仕掛け人であるクルミが、氷だけになったカップを当たり前のようにミズキに渡した。
ブツブツと文句をいいながらも、結局ミズキはそれを受け取り、ドリンクを運んできたトレイの上に置く。
「何、あんたたち、まだタイトルも決めてなかったの?」
「そういえばタイトルが出てこなかったな」
「二人ともずっと、映画のタイトル決めかねてたからな」
「公開する前に決めとくだろ、普通」
呆れる後列三人の大人たちを前に、たきなが渋い顔で非難めいた視線を千束に向けた。対して千束も不服そうにたきなを見つめ返す。
「千束が『Because I love you』とか訳の分からないこと言うからですよ」
「なんだよ、このドキュメンタリーのテーマは『愛』だろうが」
「どこがですか」
「見りゃわかるだろ、そんなもん。てか、たきながそういうから、他にも候補作って、映画館で見た後に決めようってことにしたんじゃんかぁ」
ぎゃぁぎゃあと言い合いを始める前列の二人に、クルミは背もたれにそっくり返って、面倒くさそうに溜息をついた。
「それで。結局何にするんだ?」
総合プロデューサーの一言に、うるさかった前列がぴたりと言い合いを止めた。
数秒黙って見つめ合った後、何も映らないスクリーンに顔を向ける。
阿吽の呼吸で再び顔を合わせると、今度は一緒に小さく笑い出した。
改めてスマホの画面で確認することもなければ、互いに耳打ちすることもない。
それでも二人の中には確信があった。
最終候補の中から選ぶなら、きっとこのタイトルしかない。
二人でうんと頷いて、笑顔で同時に後列の三人を振り返る。
千束とたきなの弾んだ声が重なった。
「「 Friends are thieves of time 」」
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