カメタ🐢とフジサワ🗻
2024-08-13 11:40:59
42953文字
Public
 

Action

〜カメタ(@kmt9993)とフジサワ(@fujisawa135)の本編軸ちさたきリレーSS企画〜
*こちらのPrivatter+にて全編公開しております!

『Action』
【目次】
①Prologue(カメタ)
②Scene#1(フジサワ)
③Scene#2(カメタ)
④Cut & Break(フジサワ)
⑤Reaction(カメタ)
⑥Epilogue(フジサワ)



Scene#1

 目の前に広がる巨大なスクリーン。その光がシアターの中を薄く青白く照らし出す。
 観客は自分以外誰もいない。
 赤い制服を着た幼い女の子が、銃弾の雨の中を走り抜けていた。
 貸切ど真ん中の席は音響が抜群で、大迫力の爆発音が左右から自分に降り注ぐ。まぁ、ホンモノは降り注ぐというより、飲み込まれる感じなんだけれども。
 座席の間に置かれた手元のポップコーンは、一人で食べるにはあまりにも大きいサイズだった。味は二種類。塩味とキャラメル味。塩味はバターソースがかかっているお気に入りの味。
 ちらりと横目に隣の座席に視線を馳せると、ひとつ向こう側の肘掛けには、ドリンクカップがぽつんと差し込まれたままだった。
 ポップコーンと逆の肘掛けに差してある自分のドリンクを口にすれば、じゅわっと炭酸が弾けて、微かな苦みとすっきりした甘みが口の中に広がった。
 ああ、ならさっきの隣のカップは、きっとウーロン茶だ。
 根拠はない。何故だかそう思った。
 もう一度だけ、隣のシートに目を向ける。
 誰かが隣にいたような奇妙な喪失感。でも最初から自分一人だったような気もする。
 少なくともこの物語が始まった時には、自分はたった一人だったはずだ。
 口の中に適当に放り込んだポップコーンは、バターソースのかかり損なった普通の塩味だった。稀に含まれるちょっとしたハズレ。仲間外れの味。
 画面の中の少女はどんどん背が伸びて、あっという間に高校生ぐらいになった。
 この物語はアニメ映画でよくある総集編らしい。ノーカット版を誰よりも詳しく知っている自分だが、なるほど、編集の仕方によって、これはこれで結構面白い。
 17歳の春、少女に友達ができた。
 可愛くてちょっと不器用で、一生懸命な子。
 上映時間はまだ半分以上残っているはず。それだけ彼女と出会ってからの人生に、見せ場が多いということだろうか。正直すぎる構成に、思わず苦笑いして飲み物を啜る。
 舞台はいよいよクライマックス。延空木の上。もうすぐ映画じんせいの終わりがやってくる。
 床のひび割れる音。支えるものを全て失った浮遊感と眼下に広がる大都会の星団。ぱらぱらと舞い落ちていくガラスの破片に花火が反射して、地上に向かって天の川が続くようだった。
 ぴんと一本の鋼の糸が画面の真ん中に浮かび上がった。
 画面が暗転。
 周囲に反響する花火の音で大義名分は消え失せ、ただ命のやり取りをしただけのゲームであったことを思い知らされる。
「ふざけやがって……
 そして迎えたエンドロール……
 
 ――の、はずだった。
 
 ノイズ交じりの画面の向こう。
 もうとっくに空になったドリンクのストローの端を噛む。
 ――こんなシーン、自分は知らない。
 引き上げられた少女の横、手のひらを血みどろに染めたたきなは、意識のない相手の頬に手を添えて、譫言のように何かを呟いていた。
 ――と、ちさ……死な……でくだ…………
 花火の音と、救援に来た大人たちの声にかき消され、彼女の言葉がよく聞き取れない。
 思い出したのは、いつか見た映画のワンシーンだった。
『あなたは死なない……
 たきなの顔が近づいてくる。薄紫の双眸が零れ落ちそうなほど揺れて、祈るように額を合わせた。
『死ぬはずがない……

 影になったたきなの横顔。切なく細められたアメジストだけが、僅かな光を灯していた。
 綺麗だな、と思った。本当に映画みたいだ。
 でも自分なんかのために泣かないでほしい。たきなからはもう、沢山貰ったのだ。彼女にはずっと笑っていて欲しい。
 澄ました綺麗な顔も、自信満々のドヤ顔も好きだけど、一番好きなのはたきなの笑った顔だから。
 もはや映画なのか、本当にあったことなのか、はたまた自分の願望か。全ての境界があいまいになってくる。
 ただもし映画の通りなら、次の台詞は知っている。
 それはきっと、たきなが口にするはずのない言葉で、命のカウントダウンが迫る自分には、あまりにも重すぎた一言。
 彼女の時間を奪うことなく、きれいさっぱり終わりにするためには、この身もろとも夜の街に沈めてしまうのが一番だった。
『Because……
 ここは届くはずのないスクリーンの外側。無意識にその言葉を唇に乗せた時、それは不思議と誰かの声に重なったような気がした。

 *

「というわけで、映画撮影をしまぁす!」
 声高々に宣言した千束に対し、キッチンカー前に集合させられたリコリコの面々は、何とも言えない複雑な温い眼差しを彼女に注いだ。
 特にミズキとクルミの視線が厳しい。また突拍子もないアホを言い出したとばかりに、ミズキはアイスコーヒーを啜りながら呆れを全く隠さなかった。
「何が『というわけで』よ。ハワイで浮かれすぎて、頭の中までフラダンスしとんのか、あんたは」 
「ち・が・い・ま・すぅ~! つか、フラは神聖な踊りなんだぞっ!ハワイに謝れ、ミズキ」
「いや、問題そこじゃないだろ」
 クルミが別の意味でも呆れたツッコミを入れると、千束はたきなの傍へと身を寄せて、ぐっとその肩を自分の元へと抱き寄せた。
「だいたい今回のアイディアは、元々はたきなだもん。なぁ、たきな?」
 マジかよ……とばかりに、クルミが正気を疑うような眼差しを向けてきた。
 とんでもない巻き込み事故である。いたたまれないのでやめてほしい。
「その……昨晩少々口が滑りまして」
 たきなの顔にははっきりと、後悔の文字が滲んでいた。口は災いの元とはよく言ったものである。クルミは心の中でたきなに合掌した。
 そんな空気の中、千束だけがお構いなしに一人ご機嫌でばんばんとたきなの肩を叩いている。一度エンジンが掛かってしまったら、止まらないのが錦木千束だ。彼女になされるがまま、地蔵のようになっているたきなが涙ぐましい。
 クルミは呆れ交じりの溜息をつくと、近くのタブレットを手繰り寄せた。たきなを憐れんで、どうやら少しだけ手を貸してくれる気になったらしい。
「それで、どんな映画を撮りたいんだ、千束は」
 映画製作の根本的な質問に、千束がたきなを抱き寄せたまま、きょとんと瞬きを繰り返した。すぐに何かを思いついたらしく、ハワイの砂浜のように瞳を輝かせながら、ばばんと大きく両手を広げた。
「やっぱ派手なアクション映画かな。高いトコとかぁ、スポーツカーとかぁ、銃撃戦とか! ばーん! どーん! どかーんっ! みたいな」
「無理だな」
 身振り手振りだけは派手な頭の悪すぎる千束の説明を、クルミは冷ややかに一蹴した。
「えええええ、なんでだよぉ。 ミズキがヘリとか運転すればいけそうじゃん」
「アホか! どこぞのハリウッド映画じゃあるまいし、ヘリ一台チャーターすんのにいくらかかると思ってんだ!」
 急に飛んできた流れ弾に、ミズキがペッペッと心底嫌そうに手を払う。
 千束がぶすぅと頬を膨らませていると、タブレットに何かを入力していたクルミが、千束に見えるように画面をくるりと立てて向けた。
 たきなも千束に近寄って、その画面の中身を確認する。
「仮にお前が撮りたいのがアクション映画だとするなら、撮影期間にもよるけど、まぁ、安く見積もってこんなもんだろ」
「げっ……
 カメラ、三脚、マイク、バッテリー等撮影機材のレンタル代、それを運ぶためのレンタカー代、火薬等の消耗品費、ヘリ代、ロケ費用、脚本代、場合によっては出演料……等々。親切にもアメリカドルで表示されているため、ゼロの数が少なく見えるが、日本円に換算するだけで眩暈がする。
「撮影終わった後、編集機材が必要ならそのお金もかかるし、仮にシアターで上映したいなら、そのレンタル料も必要だな」
「そゆのは、ウォールナット先生のお力でぱぱ~っとなんとか……
「なるわけないだろ。ボクを便利なネコ型ロボットと一緒にするな」
 もはや呆れすら滲ませない真顔でしゃらりと言ってのけたクルミは、ミカにミルク多めのアイスカフェオレを要求した。
 千束はムムムムと唸りながら、渋い顔で画面を睨みつける。どんなに眺めても、ゼロの数は減ってはくれなかった。やがてがっくりと肩を落として、「お金かぁ……」とカウンターテーブルに崩れ落ちる。
 たきなは自分が言い出した手前、すっかり凹んでしまった千束に、心の片隅がチクリと疼いた。昨夜からあれだけ楽しそうだった千束を思い出すと、ちょっとだけ可哀想になってくる。
「あの、クルミ……何か他の方法はありませんか。できれば、なんとかなるような……
 クルミの視線が『それでいいのか?』と問うてくる。映画製作を千束に諦めさせるなら、このままにしておくのが一番だ。そういう意味では、彼女は最大限の助け舟を出してくれたことになる。
 たきなにしてみれば、はっきりいってこの上なく有難い。でもそれ以上に、千束のがっかりする顔はみたくないというのが、何とも矛盾する自分の気持ちなのだ。
 眉を顰めてしゅんとするたきなの表情を察したように、クルミは小さく溜息をつくと、キッチンカーの助手席へと回った。そしてシートの近くにつっこんであった自分の鞄を取り出すと、中から何かを取り出して戻ってくる。
 そしてたきなに向けて、ぽいっとそれを放り投げた。たきなは大事そうに両手でキャッチすると、まじまじとそれを見つめる。渡されたのは、見慣れた薄型長方形の物体だった。
「最新式のスマホだ。最近はスマホだけで映画を撮ってる監督もいるぐらいだからな。撮影はそれでなんとかしろ。あと、千束の理想はとりあえず置いといて、現実的なのはショートムービーだな」
「ショートムービー?」
「30分以下の短い映画作品のことだよ。その分ネタもぎゅっと詰め込まないといけないから、シナリオの面白さとか発想が大事なんだけど」
 いつの間に復活したのか、千束がたきなの横に並んで、彼女の手の中にあるスマホをひょいと拾いあげた。DA支給のスマホには無かったトリプルレンズの仕様に、おおおと感嘆の声をあげる。
「ボクが手助けしてやるのはここまでだからな。感謝しろよ」
「ありがとうございます、クルミ」
 なんでもないような顔をして元の席に座るクルミに、たきなの顔が優しくなる。クルミは気にするなとでもいうように、澄ました顔でアイスカフェオレを啜っていた。
「んんん~~~、クルミぃぃ~~~!」
 小さな身体がどんと揺れ、クルミの飲んでいたカフェオレのカップがごふりと吹き上がった。
 嬉しさ極まってクルミに抱き着いた千束が、頬擦りしながらわしゃわしゃと彼女の頭を撫でまわす。
「ありがと、クルミ~。さっすがうちのコンピューターの人ぉ」
「わ、分かったからっ、もう、離せっ」
 クルミは鬱陶しそうにそこから逃げようと、手足をジタバタとさせているが、非力な彼女が現役最強と称されるリコリスに敵うはずもない。
 早く助けろと目で訴えてくるクルミに、たきなが慌てて「千束、その辺で……」と、ダメ元で声をかける。
 珍しくたきなの声にすぐに従い、ぱっとクルミを解放すると、千束はすくっと勢い良く立ち上がって、空に拳を突き上げた。
「よぅし、たきな! シナハンいくぞぉ!」
「え、シナハン??」
「シナリオハンティングのこと~! というわけで、ミズキ。後はお店よろしくぅ~」
「は!? 何言っとんじゃキサマ!」
 ミズキに本格的に文句を言われる前に、千束はたきなの手を素早く取った。センセ、と笑顔で振り返ると、ミカは店の中にあった二人のボディーバッグをカウンター越しにぽんと投げてくる。
 千束はそれを片手で器用に受け取って、にひぃと笑うと、たきなを引っ張るようにしながら駆け出した。
「つか、オッサン!何あっさり許可してんのよっ」
「いや、まぁ、今日は客も少ないしなぁ」
「そういう問題じゃねぇんだわ! 甘すぎんのよ、あんた!!」
 椅子から立ち上がって、ミズキがぎゃんぎゃん吼えていたが、当の千束は全く意に介さない。やりたい事最優先。あっという間に距離をとると、百メートルほど先から、「いってきまぁーす!」と元気に手を振っていた。
 
  
*

 途中自転車を借りて、千束に引っ張ってこられたのは、近くのマーケット。
 マーケットは開催日や時間こそ限られているが、安く色々な物が手に入れられるところがいい。特に千束はこのごちゃっとした活気のある雰囲気が好きなようで、あちこちのマーケットを調べては、たきなを連れ出していた。
「折角ハワイにいるんだからさ、舞台はハワイにしたいよね」
「はぁ」
「んで、ここなら現地の様々な人間模様が観察出来て、作品のイメージも沸くと思うのよ」
「はぁ」
 シナリオハンティングとは、シナリオを書くにあたり、舞台となる現地へ行って空気を体感してくるものらしい。音や匂い、空間を直に感じることで、創作につなげるのだという。
 ハリウッドばりのアクション映画は予算的に無理だと悟った千束は、『とりあえずハワイ』という、どうにもざっくりとしたテーマを決めたらしい。
「というわけで、お腹もちょっと空いたし、なんか食べながらネタ探しに行きたいとおもいまぁ~す!」
「とりあえず、ノープランってことは分かりました」
「そこは臨機応変と言って欲しいなぁ」
「ええと、行き当たりばったりも千束流……でしたっけ?」
「ちっがうわ!……あ、いや、でも今は違ってないか?」
 自問自答しながらころころと表情を変える千束に、たきなの口から思わず笑いが零れる。
 余計な一言を口にしてしまったと、昨夜は散々後悔もしたが、こうして動き出してしまえば、結局は千束の気の済むまで自分は付き合うだけなのだ。
 なんだかんだ、千束に振り回されるのが嫌いではない自分がいる。宮古島から彼女を連れ出し、ハワイにまで来てしまった今、それはもうたきなの中で、認めざるをえない事実になりつつあった。
 千束の隣は嬉しい。千束と一緒が楽しい。引かれる手を握れば、必ず握り返してくれる彼女の手が擽ったかった。
 買った軽食を当たり前のように半分ずつ分けて、アレが似合いそうだの、これを飲んでみようだの、決して広くはないマーケットを、足の向くままにぶらぶらする。
 可愛い天然素材のアクセサリーもあったが、今お互いが付けているバングル以上の気に入った物は見つからず、ただ店を冷やかしだけになってしまい、お互いこっそり小さく笑いあった。
 最後に足を止めたのは野菜売り場。千束はフレッシュな野菜やフルーツも好きなので、何か買っていっても良いかもしれない。夕食の素材に使えそうなものはないかと、たきなが真剣に品定めをしていると、横から向けられる優しい視線に気が付いた。
 顔を上げると、緋色の瞳が楽しそうに自分をまっすぐ見つめていた。
「どうかしましたか?」
「ううん。たきなが楽しそうだなって」
「楽しそうなのは千束ですよ」
「たきなが楽しそうだからだよ」
 にこにこしながら臆面もなく告げてくる千束に、たきなの頬はふわりと上気する。
 思わず視線を手元の野菜に逸らし、意味も無く一つ手に取った。
 外から分かるほど、そんなに自分は浮かれていたのだろうか。

 声を少し硬くしながら、すぐ目に付いた隣の品と合わせて、二種類の野菜を適当に注文する。何を作るかは後で考えればいい。
 店主から差し出された食材は、たきなの手に渡る前に千束が横からそれを受け取った。代わりにたきなの手には千束の手が差し出される。
「よし、行こっか」
 来たときと同じように、千束に手を引かれてマーケットを出る。温かい手はいつもと同じ、昨夜映画を見ていた時と変わらない。
 ふと耳元に甦る映画の台詞。手を引き続けてくれるぐらいには、自分はまだ、千束の隣に居て良いということだろうか。
 向かいからやってきた恋人らしき二人組が、楽しそうに手を揺らしながら自分たちとすれ違った。千束は後ろ髪惹かれるようにその姿を目で追うと、彼らを真似て、自分たちの手を遊ぶように揺らしはじめた。そして悪戯っぽくにへっと笑う。
「あの人たちもデートかな」
「そうかもしれま……??」
 途中まで誘導されるように答えかかり、たきなの脳裏に大きなブレーキがかかる。強烈な違和感。そもそもこれはデートではなかったはずだ。自分たちが恋人同士ではないとか、そういう話以前の問題として。
「あの、千束……
「ん?」
 千束は相変わらずニコニコとご機嫌で、楽しそうに繋いだ手を揺らしている。
「シナハンとやらは……
……あ」
 千束がぴたりと足を止めて、たきなを振り返る。
 彼女のその表情だけで、今日一日が全く無駄に終わったということを、たきなは否応なしに理解した。