【断章】オスカー・ハルハイムと大河カレン

書きはじめたら勢いづいて長々書いてしまった。大河カレンとハルハイムの話。一応時間軸は椿が一回死んで、咲良とカレン両名が渡英してちょっと経ったぐらいを想定してます。馬子の背骨~よりも後の話です。四宮椿が魔術で破ったある密室と、彼女を巡る師弟の話。

スペシャルサンクス
さけはしろみ様 エリス・ベル・ハワースさんを作中でお借りしております。事後報告で申し訳ありません…! いつも遊んでくださってありがとうございます!

今回魔術絡みの解釈話みたいなとこあるんで、一応→ https://privatter.me/page/669c93577d461?p=3#contents
あと、椿が魔術で破った密室の間取り図は作中に挿絵として貼ってます。


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講義が終わったころには時計の針が十八時を指し示していた。私はトランクケースを片付け、先生に紅茶を勧められたので遠慮なく貰うことにする。ミルクと角砂糖を放り込み、適当にかき混ぜてやれば、椿が嫌った甘ったるい紅茶の完成だ。
私は好きなンですけど、と文句を垂れれば、低カロリーのグラニュー糖スティックが投げ渡される。煙草の臭いが染みついた一画は彼女の思考の場だった。私と咲良さんが勝手に入り込もうとも、決して追い出されることはない。彼女には許されていたと思う。

「上手い具合に隠したね?」

先生は脈絡もないままに核心へ切り込んだ。私は視線を合わせないように気を付けながら、紅茶の液面を凝視していた。

「言わぬが花ってこともあるでしょ」
「まあ、確かにそうだね。__彼女が一度死に、器になっているという事実は、あの密室の難易度を一気に下げてしまう。そしてその事実が何を意味するのか、彼らが気づかないはずはない」

にゃあ、とバステトが一声鳴いて私の左足に尾を巻き付けた。彼女の視線は険しく、耳は後ろへ引き絞られている。

……知ってて、用意したんですか? あれ」
「まあね。君をそちら側へ篭絡した四宮椿という〝名医〟の事が少し気になった。それに__」

一度ハルハイムは口を閉じ、影から這い出てきた猫を撫でてやる。
その指先におぞましいものを感じ取る。金の杖を呼び出して杖先を影の猫へ向け、バステトが私の魔術式を一瞬で翻訳して撃ちだす。雷槌が影を穿ち、ワインレッドの絨毯を焦がし、そして私が師と仰いだそいつは全く動じないまま深く椅子に腰かけていた。

「安心しましたよ。疑わしきは罰せずって言うじゃないですか。
でももう私には視えてる。__お前の心臓、マアトの羽と釣り合ってねえよ。人殺し」
「君の悪戯には大部分目を瞑ってきたが、育ての親に杖を向けるのは、流石に悪ふざけが過ぎるね」
「ふざけてんのは……どっちだ!」 私は感情のままに雷撃を放ち続ける。届かず霧散する光を飲む影がゆらりと動き、猫の瞳が私を捕らえる。
「お前だよ。カレン」

ハルハイムはついに杖を抜いた。黒い馬の足を模した杖__ハイドノーブル家の家宝の一つだったはずだが。素早く振られた杖から『何か』が飛んでくる。

「がっ……!?」 勢いよく体が弾き飛ばされ、壁に縫い付けられる。反応が遅れる。黒い茨の束が私を固定しようときつく全身を絞める。杖の先が顎に触れ、上を向かされる。
「影より出でた者は影に囚われ、夜であり続けねばならない。それに例外はない。譬えお前が、純然たるモリアーティ家の血筋でなくても」
「__うっせえ老いぼれジジイ。独りでヤってろ」

唾を吐きつける。ぴく、と蟀谷が反応した。
怒りからではない。確かにオスカー・ハルハイムは、私の大魔術の気配を悟った。
だが、もう遅い。


「_____<疑似海戟>、起動」



「太陽よ、天空よ、どうか我が愚行、赦し給え____<        >」




そうして、学術課の一区画が跡形もなく消し飛んだ。
私は埃と瓦礫を払って、疑似海戟<ケプリ=ラー=アトゥム>__背丈ほどもある金の杖を支えにしてフラフラ立ち上がる。バステトは器用に後ろ脚で頭を引っ掻いている。

「あ゛~~……クッソ……逃げられた……
『仕方あるまいよ。相手が相手だ。圧を与えられたのは良かったんじゃないかい』

バステトはどこか怒りが滲んだ口調で巨大な空間を見つめている。尾が揺れるたび、そこに嵌められた金の輪が沙羅沙羅と音を立てた。

「疑似聖杖まで引っ張り出したのに! これ後の私が困るやつだァ~~あ゛~~!!!!」
『咲良の手を借りればいい。それに__』
「それに?」
『肉体と心臓はある。ホルスもかの者を見捨ててはいない。で、あれば__』
「復活の呪文、かぁ……

メガザルじゃダメっすか、とバステトに聞けば、良いわけないだろう、と呆れた声が返ってきた。向こうから慌てふためきながら、シルヴィと咲良さんが走ってくるのが見える。
私は意識的に明るい声で「暴発させちゃいましたァ~~!」と満面の笑みで叫ぶ。

巨大な空洞はまるで失墜の瀑布のように、静かに死の香りを立ち込めさせていた。
拭えぬ夜が、泣いている。