【断章】オスカー・ハルハイムと大河カレン

書きはじめたら勢いづいて長々書いてしまった。大河カレンとハルハイムの話。一応時間軸は椿が一回死んで、咲良とカレン両名が渡英してちょっと経ったぐらいを想定してます。馬子の背骨~よりも後の話です。四宮椿が魔術で破ったある密室と、彼女を巡る師弟の話。

スペシャルサンクス
さけはしろみ様 エリス・ベル・ハワースさんを作中でお借りしております。事後報告で申し訳ありません…! いつも遊んでくださってありがとうございます!

今回魔術絡みの解釈話みたいなとこあるんで、一応→ https://privatter.me/page/669c93577d461?p=3#contents
あと、椿が魔術で破った密室の間取り図は作中に挿絵として貼ってます。


端的に表すなら、諸事情により__古巣であり、私にとってはある意味で生まれ故郷と呼べる場所に戻ったのは、ある名探偵の遺言状のせいだ。
私はその名探偵がいずれ堂々と帰還の凱旋をすると信じているけど、あるべき場所にその緋色がいない事に寂しさを感じないなんて事はなかった。当然それは彼女のワトソンとして適格だった咲良さんも同じものを感じているはずだろうが、いずれにしてもあの二人の間には私が伺い知らぬ深い情があった事は想像に難くはない。
私と彼女__四宮椿の間にも、咲良さんには明かさない、固く結われた絆と呼ぶには柔らかく、かと言って愛なのかと問われれば答えに窮する『何か』がいくつも転がっていた。

「カレン? どうしたの? ……もしかして、紅茶がお口に合わなかった」

正面に座る友人__シルヴィアウッド・ソールズベリーが、恐る恐るというふうに私を伺っている。
白いテーブルクロスが敷かれた円形のテーブルには、さすがは英国と言うべきか、季節の果物をふんだんに使ったケーキやタルトがスタンドに載せられている。私は無作法にも中間の段にあったフルーツタルトを左手で掴み、自分の取り皿へ誘った。

「違う違う! シルヴィの紅茶が不味いとかナイナイ! ちょ〜っとばっかし、おセンチになってただけッすよォ」
……ご友人が亡くなられたと聞いたわ。無理に元気を出さなくてもいいのよ」
「ん〜……別に無理はしてないンですけど」 意識的に明るく振る舞っているのは事実だが、それは常の事なので無理とは呼ばない。だが。「まあ、ちょっと寂しさは、あるかなァ」
「そうね。別離に慣れたくはないわ」

シルヴィは長いまつ毛を一度伏せ、私は間を誤魔化すようにティーカップを持ち上げて唇へあてがった。鼻腔を通り抜けるセイロンのオルソネーザルアロマが、香りの電気信号を脳へ伝える。一口飲めば喉を通過する温かな液体から、香りだけが再び立ち上って感覚を刺激した。

椿は言った。世の中の人間は、究極まで人間を削ぎ落とすと脳だけになると思い込んでいるが、それは間違いだ、と。全身の神経や細胞とネットワークを形成し、それが相互に作用する事で初めて脳たり得るのだ__と。
そんな風に、講釈を垂れていた彼女はここにはいない。ここにあるのはそれの皮を被った紛い物だ。


「やあご両人! 時間があれば僕を手伝ってくれないかい!」

漣のように押し寄せる過去から私を現実へ引き戻したのは、嫌に明るい扉の開閉音だった。
黒い両開きの扉をウキウキで開け放ったのは、魔術の師匠であるオスカー・ハーツ・ハルハイムである。この男は幻想のあわいに住まう馬子という獣人を偏愛し、特に原種__即ち馬の姿へ変じることができる者たちをとりわけ熱心に追いかけている。何がどこでそうなったかは知らない。

「嫌だなァ。私たちが暇に見えるなンて先生はよっぽどお忙しいンですねェ」
「こらこら、カレン。僕は暇に見えるとは言っていないよ。『暇があれば』と言った。この後のご予定は? シルヴィ」
「急患が来ない限り、無いわ」 魔女は嘘がつけない。つまりシルヴィが無いと言ってしまえば、私に予定を聞かなくても芋蔓式で私が暇だとバレてしまう。
「性格悪〜〜……。あ、私はたった今予定ができました。この後上に行き、エジプトの秘宝を眺めて参ります。ちょうど企画展中みたいですし!」
「無い予定を生み出さない。君がここに身を置く条件は、僕の助手という役割をこなす事のはずだ。完璧にしろとは言わないが、給料分ぐらいは働いておくれ。レディ」
「はァ〜〜〜〜い……

流石にそこを突かれると、もう「Yes」以外の答えは用意できない。
しかし猫は気まぐれなのだ。やる気がある時にだけ、仕事を回してほしい。