【断章】オスカー・ハルハイムと大河カレン

書きはじめたら勢いづいて長々書いてしまった。大河カレンとハルハイムの話。一応時間軸は椿が一回死んで、咲良とカレン両名が渡英してちょっと経ったぐらいを想定してます。馬子の背骨~よりも後の話です。四宮椿が魔術で破ったある密室と、彼女を巡る師弟の話。

スペシャルサンクス
さけはしろみ様 エリス・ベル・ハワースさんを作中でお借りしております。事後報告で申し訳ありません…! いつも遊んでくださってありがとうございます!

今回魔術絡みの解釈話みたいなとこあるんで、一応→ https://privatter.me/page/669c93577d461?p=3#contents
あと、椿が魔術で破った密室の間取り図は作中に挿絵として貼ってます。


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四十五分間設けられた議論時間を全て消費し、生徒四人は各々結論に達していた。だがいずれの方法でも強固な現実を完全に騙す事ができず、皆頭を抱えている。当の先生もまた、その『強固な現実』を前に魔術知識を総動員していたが、四十五分間では納得いく結論を出せないな、と大根芝居に眦を下げた。
狸ジジイ。
恐らく解はすでにある。それも完璧なやつが。そして私が話していない事実も察している。

「ヘカチェ。君はどうだい?」
「わたくしですか? その……皆様のように造詣深くはありませんので、温かく聞いていただければと思います」

少し困ったような顔をして、ヘカチェさんは話を始めた。顔つきが凛として弁護士然とした引き締まった表情に変わる。

「一つ、質問がございます。大河様」
「はい。何すか?」
「A氏は『白昼堂々と』逃げ出したのですわよね」
「そうです。真っ昼間でした」
「ありがとうございます。という事は、部屋だけではなく、病院内に仕掛けられている監視カメラや、衆人環視を振り切らねばなりません。つまり部屋を出ることそのものよりも、出た後に逃げ切る事の方が、確実に困難を極めるはずなのです」
「確かに。夜の方が、カメラは兎も角__衆人環視は緩むはずよね。いても当直の医者と看護師ぐらいだろうし」 バレンシアが言った。
「ええ、まさしく。ですからわたくしは、A氏は部屋を出てはいないと仮定しました」
「へ?」

エリスがきょとんとした顔でヘカチェを見ている。無理もないだろう。だが同時に私も内心、背中に冷や汗を感じる程度には驚いていた。
ハイドヘカチェリーナ・アマネセールは、真実の扉に手をかけている。必死に顔を引き締めて、私はヘカチェさんの言葉を待った。

「待ってよ! 部屋を出てないってどういう事? だって逃げおおせてるんでしょう」 バレンシアが混乱したように頭を引っ掻きながら言う。
「ま、まあ、その、与太話として聞いてくださいませ。皆様がおっしゃる現実の積み上げというのは、証拠の信頼度のようなものでございましょう? そして先程ブリッツ様が仰ったように、信頼度が高い証拠が多ければ多いほど、事実__現実は確固たるものになり、魔術が効かなくなる」
「そう、です。……現実と虚構が綯い交ぜである状態が、一番強い」 エリスが恐る恐る言った。
「A氏はその性質を逆手に取ったのだと思います。つまり、現実と虚構をパッチワークのように接続したのです。『Aは常に部屋にいる』という強固な現実と、『だから今日も部屋にいるはずだ』という予測。A氏はその思い込みを利用した。『部屋にいる』のだから、『部屋にいない』はずはない……と。
そして職員の手によって扉が開けられた時、当然のように部屋を出て職員と共にエレベーターに乗り込み、ICUから外へ出た__このような経路でA氏は白昼堂々と病院を脱出したと、わたくしは考えております」

ヘカチェは言い終わって、どこか居心地が悪そうに先生へと助けを求める視線を向けた。無理もない。
魔術師は往々に、物事を複雑化しすぎる。何故なら魔術は神秘の断片であるから。魔術は人智を超えた奇跡の再演だから。そのような信仰は時々、当たり前に存在する考え方を捻じ曲げる。

「カレン。ヘカチェの回答は、合っているかい?」
「あ〜、まあ、七割ぐらいは」
「七割……、七割ですか!?」 ヘカチェさんは素っ頓狂な声を上げた。
「では皆、もう答えは出尽くしたかい?」
「一個言いたい事がある」 真っ直ぐに手を挙げたのはブリッツだった。「ミス・アマネセール。強固な現実に虚構を『接続する』と言ったな。それは無理がある」
「そうですか?」 ソジュンが怪訝そうに問うた。「できると思いますよ。遊園地を思い浮かべてください。門の外へ出れば普通の街並みでも、門を潜ればそこはまるで別の世界のようでしょう。あれこそ現実と虚構を接続した、最たるものだと思いますが」
「それはそうだろ。構造物があるんだから。でもこれは違う。一人の人間がそこにいると思い込ませたまま、堂々と脱走? 世界そのものを一時的に騙すようなものだ。一介の魔術師にできる事じゃない」

先生はうんうんと楽しそうに頷き、私へと全てを見透かすような視線を投げた。

「では、カレン。答え合わせの時間だ。頼むよ」

あァ__最悪だ。碌なことにならない。