【断章】オスカー・ハルハイムと大河カレン

書きはじめたら勢いづいて長々書いてしまった。大河カレンとハルハイムの話。一応時間軸は椿が一回死んで、咲良とカレン両名が渡英してちょっと経ったぐらいを想定してます。馬子の背骨~よりも後の話です。四宮椿が魔術で破ったある密室と、彼女を巡る師弟の話。

スペシャルサンクス
さけはしろみ様 エリス・ベル・ハワースさんを作中でお借りしております。事後報告で申し訳ありません…! いつも遊んでくださってありがとうございます!

今回魔術絡みの解釈話みたいなとこあるんで、一応→ https://privatter.me/page/669c93577d461?p=3#contents
あと、椿が魔術で破った密室の間取り図は作中に挿絵として貼ってます。


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部屋を再現したそれを、バステトに下賜された金の杖でつつく。コロン、と音を立てて白と黒のチェス駒__ポーンが出現し、透明な密室の中に二つ転がされた。

「二つ?」 バレンシアが呟く。「一個でいいじゃない」
「いや、二個いるンです」

私はエレベーターの側に白い駒を置き、部屋のベッドの上に黒い駒を置いた。
全員が部屋を囲むように並び、私が喋り始めるのを行儀良く待っている。じっとりとした手汗を感じ始めた頃、さすがに腹が決まった。

「ヘカチェさんが指摘した通り、Aは部屋を出ていません。正確にいうと、部屋を出たという事実がありません」
「事実がない?」 ブリッツが目を見開き、呟く。「どういう意味だ?」
「ま〜ま〜そう焦らないでくださいよォ。ちゃんと順番に説明するンで」

私はベッドの上に置いていた黒いポーンを掴んで掲げた。

「結論から言うと、Aは確かにこの部屋を脱出しています。要は『部屋を出た』という事実を改竄したんです」
「莫迦な!」 大声はエリスのものだった。「部屋を出た事実を改竄してしまったら、それは__自分自身の否定だ! 魔術においてそれは……それは……
「お察しですねェ。エリスさんの危惧は正しいです。行動や意識の改竄に関わる魔術を己に使うと何が起きるか? 下手すると契約妖精に意識を乗っ取られる。常識ですねェ。でも、それを回避する方法はあります」

満足げに微笑んでいる先生は、自分の解が正しかった事を認識して悦に入っているらしい。白レンズを磨き始めた時はそういう時だ。放置して私は続けた。

「そもそも、幻想は『そこに何かがある』という信仰から産み落とされます。なら同じ事をすればいい。自分を一度否定し、魔術と現実によって再定義する。現実へ引き戻すアンカーを決めておけば、あとは引っ張るだけでいいンですからね」
「莫迦げてる。確かに実現はできるでしょう。でもそれは、」
「普通の魔術師でもやらない、危険すぎる綱渡りですねェ。……あー、話を戻しますね。この密室を脱したつば……じゃなくてAは、魔術は時間差で二種類の魔術を発動させています。最初に『現実の改変』を、次に『自己の改竄』を、という具合にね」

私は白い駒を透明な部屋の内部へ入れ、黒い駒と向き合うように並べた。

「この白い駒を医者と思ってください。いつも通りにAを診察し、異常がない事を確認します。そして部屋を__出ない」
「そういうことか」 ブリッツが白い駒を手に取って叫ぶ。「Aは現実改変の対象をこいつに絞った。だから、こいつは部屋に残り、代わりにAは堂々と部屋を出る。この時点で自己改竄が始まっているなら、中にいるこいつはAとして全てのものに認識される__」
「正解で〜す。グリフィンドールに十点あげます」

私は一度言ってみたかった台詞を口に出した。なかなか楽しいものがある。

「最初に言った通り、積み上げられた現実が強固すぎるので過去の記録をどうこうするのは無理ゲーです。それができちゃったらさすがにもう奇跡や神秘の領域ですし。でもその時そこにいる医者=Aだと、その空間内の全てのものに思い込ませる時間が、部屋を完全に立ち去るまでの数秒間なら? ほんの数秒でいいのなら、カメラにノイズが数秒走る程度のもの。誰も異変に気づけないでしょ」

先生が長い脚を組み替えながら、説明を補足するように、「内部に残された医者は自分の意識を改竄されたことに気づけないだろう。ドクターにはきっと『目の前で喋っていた患者が突然消えた』ように見えたはずだ」 と背後から言った。

「その後はひたすら自己改竄によって周囲を騙す作業です。Aの健康観察に同行するのは五人。そのうち一人は透明な部屋に残されています。そして医者の立場に成り代わったAは、身代わりを部屋に残して堂々と部屋を出る。エレベーターに他の四人と一緒に乗り、ICUに辿り着く。そして……
「彼らと別れた後、徐々に己を現実へ引き戻しながら、堂々と病院から立ち去った……

バレンシアが呆然と、あるいは恍惚と呟く。
数秒の沈黙の後、講義時間の終了を告げる鐘の音が響いた。