【断章】オスカー・ハルハイムと大河カレン

書きはじめたら勢いづいて長々書いてしまった。大河カレンとハルハイムの話。一応時間軸は椿が一回死んで、咲良とカレン両名が渡英してちょっと経ったぐらいを想定してます。馬子の背骨~よりも後の話です。四宮椿が魔術で破ったある密室と、彼女を巡る師弟の話。

スペシャルサンクス
さけはしろみ様 エリス・ベル・ハワースさんを作中でお借りしております。事後報告で申し訳ありません…! いつも遊んでくださってありがとうございます!

今回魔術絡みの解釈話みたいなとこあるんで、一応→ https://privatter.me/page/669c93577d461?p=3#contents
あと、椿が魔術で破った密室の間取り図は作中に挿絵として貼ってます。


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「今日は最終講義の日でね。少々、準備が必要だったんだ」

先生はそんなことを言いながら私の前を歩いている。
そもそもこの神秘管理局のうち、魔術を探求・研究する目的で設置されている学術課は大英博物館の真下__要は地下に存在しているため、どうあがいてもこの『お手伝い』から逃げられる事はなかった。
私は白いトランクケースを指示通り引っ張り出して抱え、小さな講義室へと向かう。そこは私が幼き日、年上の同門たちにチヤホヤされながら魔術を学んだ場所だ。
ハルハイムの持つ研究室、その専用講義室。そこにはすでに五人ほどの学生がいた。各々何か好きなことをして講義開始まで時間を潰している。
だが一人、珍しく馬子がいた。黒く長い髪は軽くウェーブがかかっており、前髪には白いメッシュが「小」の字のように入っている。明らかに魔術には明るくなさそうで、どこか居心地悪そうに椅子に腰掛けていた。

「彼女は?」 私は先生に問う。ああ、と先生は答え、
「ハイドヘカチェリーナ・アマネセール女史。弁護士だ。最近妙な事件が増えているから、魔術に関する知識を得たいとの事でね。特例で出入りを許可されているんだ」

お墨付きもあるし、と先生は微笑む。彼女の耳だけがこちらを向いている。無意識的に音に反応しているのだろう。馬子は大変耳が良い者が多い。

「それから、ヘカチェから最大限距離を取っている彼はエリス・ベル・ハワース。他の研究室の者だが、この講義だけ受けにきている」 名を呼ばれた彼は私を軽く見て会釈し、手元の本へと視線を戻す。「あっちでチェスをしているのはブリッツ・エレイヤとバレンシア・エレイヤ。二人はきょうだいだ。四年前からうちの生徒」

きょうだいが私に手を振る。軽く手を振り返して窓を眺める茶髪美男子へ視線を遣れば、彼と視線がかちあった。気まずい気分になりながら先生に彼は? と問う。

「チェ・ソジュン。とても優秀な占星術師で、僕の研究を手伝ってくれている」
「え゛。まさかクラシック・ホースレースに連れ回してるンですか」
「いやいやいやいや」 先生がそう言うと、ソジュンは苦々しい表情になり視線を彷徨わせた。もうそれが答えだった。
「えっ? ソジュン。もしかして嫌だったのかい」
「せーんせえ。誰だってせんせえの趣味に付き合いたくなんかないよ」 バレンシアが無慈悲に言った。
「同感だ。別にレースは嫌いじゃないし、見るが。先生と一緒というのは本気でお断りだな」 ブリッツも一刀両断にした。
「韓国は、そこまで馬子多くないので、最初楽しかったけど……」 ソジュンはしおしおの顔になって、「ハルハイム先生、ちょっと馬子への愛が怖い、ですね」
「そんなあ……

ハイドヘカチェリーナ女史が優秀な弁護士なのは間違いないだろうが、彼女をわざわざハルハイムの元に__というのはあからさまな趣味が反映された結果なのだろう。そんな気はしていたが。

「っていうかァ。私は何の手伝いで呼ばれたンです? 今のところ荷運びしかしてませンけど」

しかも運んだのは、明らかに中身が詰まっていない、軽いトランクケース一つのみである。
最終講義と聞いても色々あるし、と私は思う。私が学術課で受けた講義は遥か彼方の記憶で、殆ど右から左へ聞き流していた。覚えているはずもない。

「ああ。そういえばカレンには言っていなかったね。
今日は実際に起きた事件を題材に、事件で用いられた密室を『魔術によって』解いてもらう。今からその状況を再現しよう。カレン、トランクを開いて床に置きなさい」

私は言われるがままにトランクを床に置き、中身が見えるように開いた。百八十度開いたトランクの中には何もなく、ただがらんと荷物を詰めるためのスペースだけがある。
よく響く指の音の直後、トランクから勢いよく紙が吹き出して生徒たちの手元へ飛んでいく。そしてトランクの上には大きな白い箱のような物が数センチほどふわふわと浮いており、私が角をつつくとぐるぐる回転し始め、やがて部屋の間取りを再現した。

「これ、は……

私はそれを食い入るように見つめた。それはとても良く知っていた。いや__よく、どころじゃない。知りすぎている。

私はこの密室から彼女がどうやって姿を消したのか、その答えを知っている。