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しるひ
2024-07-24 06:40:42
13117文字
Public
小説
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魂の寄る辺へ
note創作大賞2024、オールジャンル部門に応募
https://note.com/ariaketuki_aria/n/n224f09b7e2a8?sub_rt=share_b
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マイナの新刊が書店に並んだのは寒い冬の日だった。小さなスペースだがしっかりと新聞広告に載っているその著作を購入するため、メイジャーは朝一番に町の書店へと向かった。
店内にはちらほらと新刊を手にしている客が見られた。それに少し気を良くして、メイジャーも一冊手に取る。
「君ってその作家のファンだっけ?」
「ええ。派手な内容じゃないけど面白いの」
若いカップルの女性が手にしたマイナの新刊を見て、男性が言う。
「でもその人、クリエイティブAIの信奉者なんだろ。新作もAIに書かせたんじゃないかってファンの間で議論されてるとか」
「まさか! 根拠はないでしょ」
「分からないぞ。作品を支持するファンの間で議論が起こるってことは
……
」
「失礼」
メイジャーはわざとそのカップルの間を裂くようにして、レジまでの通路を押し進んだ。それ以上彼らの会話を聞いていたら怒鳴りつけてしまうところだった。
何食わぬ顔で会計を済ませ、そのまま通りを抜けて広場のベンチに腰かける。人々はみな白い息を吐きながら、足早に行き交うだけだ。買ったばかりの新刊をさっそく開いて目を通すメイジャーの姿を気に留める者は誰もいない。
繊細な心理描写、水を含んだ紙に描かれる水彩絵具のように淡く広がる情景
――
そして、含みを残したまま締めくくられる愛の物語。
表紙を閉じ、しばし己の目も閉じて余韻を楽しむ。登り切ったと思っていた見晴らしのいい山頂から、さらに高い山が目の前にそびえているのを見た思いがした。
目を開けたメイジャーは密かに微笑むと、ベンチから立ち上がり自宅のアパートまで戻っていった。
*
アパートに帰ったそのままの足で、マイナの部屋のドアをノックした。
「マイナ、私だ。少しいいか?」
「ああ、どうぞ入って」
すぐに歓迎の言葉が中から聞こえて玄関のドアが開かれる。マイナは起きたばかりのようで、髪も髭もぼさぼさの有様だった。
「ごめんねこんな格好で」
「かまわない。これを読んだ感想を伝えたいだけだ。読み直しているからその間に整えるといい」
「ああ
……
ありがたいね。じゃあお言葉に甘えて」
リビングのくすんだ水色のソファに座り、マイナの新刊を開く。その間にも著書の主は、ばたばたと忙しなく動き回りながら人間の姿を取り戻すためにあれこれ準備しているようだった。
「おまたせ。改めて新刊お買い上げありがとう」
「お互い様というやつだ。今の時代でもなお、本は書店での初動で大きく売り上げが変わる」
「不思議なものだね。ネット書店やオンライン販売、読者が便利と思う売り方を重視すればいいのに」
「私は便利かどうかよりこの紙の感触が失われることが耐え難い」
「君は昔からそうだったものね。どちらにせよ僕にはとてもありがたいよ」
マイナは柔らかく笑ってみせると、キッチンから背もたれ付きの小さな椅子を持ってきて座った。
「さあ準備できたぞ。メイジャー先生のご感想をお聞かせ願おう」
「もちろんだとも。まず今作の時代背景だが
……
」
感想というよりは批評に偏りがちなメイジャーの言葉を、マイナは満面の笑顔で聞いている。お互いの著作が出版されるたびに部屋を訪ね、思い思いに感想を語るのはとても幸福な時間だった。
「
……
以上だ」
「ありがとう、メイジャー。おおむね君の好みに合っていたようで安心したよ」
「好みの問題ではない。君の書く物語は君にしか書けない、唯一無二というだけの話だ」
「それだけにしてはとてもよく読み込んでもらえたようだけど。自分でもいつ書いたのか分からないような箇所まで」
「聞き捨てならないな。どこだ?」
「ああごめん、今のはなしで」
おどけるように笑っていたマイナは、ふいに真剣な顔で聞いてきた。
「どうだい、クリエイティブAIが書いたように読めたかい?」
「
……
まさか先日のことを根に持っているのか?」
「そんなことはないよ」
「断言する。これは君が書いたものに他ならない。読めばすぐに分かることだ」
「光栄だな」
「まだ続けているのか。その
……
学習とやらを」
「ああ。もう少しなんだ」
マイナは乾いた自分の唇をぺろりと舐めて言った。
「どうしてその単語を選んだのか、その表現を使う必然性はなにか。僕のクリエイティブAIは、作家の心情を推測して書くレベルにまで到達したよ」
「どういうことなんだ? それは」
「僕ら作家は、書きながら頭の中であらゆる可能性のシミュレーションをし、架空の人物の感情を考察して物語を組み立てている。AIは独自のアルゴリズムで人間の感情を解析し、それらしくふるまうことができていたけど、以前のモデルは『らしい』止まりだった。だけどこいつは違う。僕の意図を理解して言葉を選び、与えたテーマに最もふさわしい文章を
……
小説を書くことができている」
「そうか。もう、十分なんじゃないのか?」
「いや、まだだ」
マイナの瞳がぎらりと野心的な輝きを放った。
「かなりの時間と学習リソースが必要だったけど、もう少しなんだ。あとちょっとでこいつは僕が書く文章を全て理解することができる」
「なんだって?」
知らず険しい顔になっていたのかもしれない。マイナはそれを宥めるように声を抑えた。
「僕の考えるような、僕が書いたような小説を書くんだ。そうなるように僕がこいつに教えたんだ」
「なんて馬鹿なことを!」
全身の血が滾るようだった。感情の赴くままにメイジャーはマイナに詰め寄った。
「今しがた言ったばかりだろう? 君の作品は君にしか書けないと! それが君の価値なんだ、マイナ。唯一無二の、君だけの輝きなんだ。どうしてそれを理解できないんだ!」
「メイジャー
……
ありがとう」
「安易に分かったふりをするな! 君はなにも分かっていない!」
「そうだね、本当は君の言うようには理解できていないのかもしれない。それは謝るよ。僕は本当に幸せ者だ。僕のために本気で怒ってくれる君のような友人がいるんだから」
少しだけ冷静を取り戻してメイジャーはソファに座り直した。マイナはいつもの穏やかな笑顔に戻っている。
「同意してほしいとは言わない。ただ、知っていてほしい。これは必要なことなんだ。絶対に」
「悪用をするわけではないんだな?」
「そんなことはしない。君と、僕の読者に誓うよ」
「なら何のために?」
「それは
……
まだ言えない」
もどかしさが全身を内側から刺してくるようだった。大事な話をしているはずなのに、どうしてこの男はこの期に及んで隠し事をするのだろう?
「マイナ、これだけは信じてほしいが
……
私は君が心配だ。いつでも君のことを慮っている」
「そうなのかい? なんだか申し訳ないよ」
「茶化すな。その
……
心のほうだ。何を弱気になっている。自分の才能が信じられないのか?」
「才能か。作家になってこのかた自分の才能なんてものを信じたことはないけど、この仕事は天職だと思っているよ」
マイナは柔らかく笑む。こちらを安心させるような表情だった。
「いくらかの読者もついて、細々とだけど新刊も出させてもらえる。なにより、発売日に感想を伝えにきてくれるような友人がいる。これ以上なにか望んだら罰が当たるよ」
「君はそれ以上のものを手に入れられる人間だ」
「よしてよ。そんな柄じゃない」
「私の言葉が信じられないのか?」
「いいや。僕にはもったいないくらい、嬉しいよ」
マイナは両手を広げてメイジャーに親愛のハグをした。体温だけではない温もりが伝わってくる。
「メイジャー、ありがとう。君がいてくれて良かった」
その言葉は温かくメイジャーの心に染み渡っていった。
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