しるひ
2024-07-24 06:40:42
13117文字
Public 小説
 

魂の寄る辺へ

note創作大賞2024、オールジャンル部門に応募

https://note.com/ariaketuki_aria/n/n224f09b7e2a8?sub_rt=share_b


2

 ある日の夕方、馴染みの出版社の人間と食事のためにアパートのエントランスを出るところで見知らぬ男と鉢合わせた。

「ちょっとすみません。ジョシュア・メイジャーさん?」
「いかにもそうだが、君は名乗る名前を持たないのかな?」
「これは失礼、小さな雑誌の記者をやってます。トーマスって者です」

 自分よりは幾ばくか若い、やや煤けたシャツを着込んだ若者をメイジャーはじろりと睨みつけた。

「君と君の読者が喜ぶようなネタは持ち合わせていないがね」
「それを決めるのは我々じゃなく世間というものですよ、メイジャー氏。例えばあなたの新作が世界的に有名な賞の有力候補になる、そんな話題でも」

 メイジャーはため息をついた。

「そんな薄っぺらな、見え透いた世辞で私が喜ぶとでも?」
「偉大な作家先生のお気に触ったなら謝ります。ただ、文学の世界も最近は話題性に乏しくていけない。実力も実績も十分なあなたの著作が世界に認められるなら、それは世間の話題をかっさらうことでしょうよ」
「私の著作とやらの表紙さえ見たこともなさそうな人間がよく言う。約束があるので、失礼」
「まさか」

 短いが、鋭い声だった。存外真剣な顔で立っているトーマスを、メイジャーは値踏みするように見つめた。

「あなたの著作はデビュー作から全て読んでますよ。薄っぺらい言葉で言うなら、ファンです」
「それはどうも」
「あなたと同期にデビューした……マイナ氏の著作も読んでいます。あなた方ふたりの作品は全く系統が異なるが、毎回ファンの期待を超えてきますね。まるで互いの山を乗り越えることを競い合っているように」
「フン」

 メイジャーは眉をしかめて背広の襟を正した。

「私の作品にあの男が関係する要素など一切ない。少しは話が通じる奴だとは思うが、それだけだ」
「確かに。デビューしてからのあなたは幾多の賞を手にしてきたが、マイナ氏は鳴かず飛ばずだ。世間はあなたこそが偉大な作家のひとりだと感じているでしょうね」
……ははあ、君はそういう記事が書きたいのだな」

 メイジャーの指摘に、トーマスは悪びれずにやっと笑って見せた。

「お堅い作家先生と対照的なライバル。シンプルだが興味を引かれるでしょう?」
「ずいぶん長話をしてしまった。これ以上は正式な取材の依頼として問い合わせてくれたまえ。もっとも、取り次ぎがされるかどうかは別の話だが」
「ちょっと待ってくださいよ。マイナ氏の次回作の噂について、聞きたいと思いません?」

 そこでメイジャーの足は止まってしまった。

「噂?」
「はい。彼、次世代クリエイティブAIのモニターに応募して、当選したらしいですね」
「それが何だ」

 トーマスはそこで初めていやらしい笑みを浮かべた。

「俺たち弱小出版社でも昔からクリエイティブAIには関わりがあるもんで……そういう噂はすぐ耳にします。マイナ氏、次回作をAIに頼るんじゃないかって同業者の間で話題になってますよ」

 トーマスの言葉を最後まで聞かずに、メイジャーは足早に約束のレストランまで向かうことにした。
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