しるひ
2024-07-24 06:40:42
13117文字
Public 小説
 

魂の寄る辺へ

note創作大賞2024、オールジャンル部門に応募

https://note.com/ariaketuki_aria/n/n224f09b7e2a8?sub_rt=share_b


3

 マイナからアパートの彼の部屋に招待されたのはそれからしばらく経ったころだった。
 お世辞にも羽振りがいいとは言えないマイナが、それでも奮発したらしい安ワインを開けてまでもてなしてくれるのは悪い気はしなかった。

「ずいぶんとご機嫌なようだな、マイナ?」
「そりゃあそうさ。君にぜひ見てもらいたいものがあるんだ」

 マイナはグラスワイン片手に上機嫌で、彼の愛用の端末を開いて見せてきた。ありふれたライティングソフトの画面の隅に、見慣れないアイコンのようなものが表示されている。

「マイナ、これは?」
「これが例のクリエイティブAIだよ。基本的には何にでも対応できるけど、僕は文章執筆を重点的に教えてるんだ」

 メイジャーは自分の意識が覚めていくのをはっきりと感じた。いつぞやの記者が言っていた「悪い噂」のことが這い上がるように頭に浮かんだ。
 そんなことはつゆ知らず、マイナは嬉々として語りかけてくる。

「こいつは本当にすごいんだ。悲劇の各キャラクターの心情はもちろん、ミステリのロジック、群像劇の時系列も見事に把握して文章を組み立ててくれる。ただ、人間の細かい感情の機微は確かに甘いところがあるね。今は僕の小説をもとにして文節や単語に秘められた心の動きを学ばせているよ」
「マイナ……それは」
「このままでもそれなりの小説は執筆できるレベルに達しているとは思うんだけど、それだけではだめだ。キャラクターの心情と、書き手の……作者のマインドというものも絡めて学習してもらわなければ」

 メイジャーはそこで意を決して言った。

「マイナ、クリエイティブAIを執筆に使うのは止めたほうがいい」
……どうして?」

 マイナは呆けたような顔でメイジャーを見つめる。そんな姿を見るのもつらかった。

「良くない噂が広がっているぞ。君が話題性とか……理由はさておいて、最新のクリエイティブAIに自分の小説のようなものを書かせようとしている、と」
「つまり、僕がAIにゴーストライターの役割をさせようとしてるってこと? いやはや、驚いたね」

 マイナはまるで他人事のようだ。どこまでもマイペースな彼の様子に、メイジャーは苛立った。

「落ちついている場合か? 君の次の新作はAI製だとか根も葉もない中傷を受けるかもしれないんだぞ」
「噂は噂だろ。それに僕の作品はモニターに応募する前にとっくに入稿してる。AIの入る余地はないよ」
「そんなこと世間の人間に分かるものか!」
「メイジャー、どうしてそんなに怒ってるんだい?」

 マイナは本当に理解していないのだ。謂れのない誹謗中傷に心が傷つくかもしれないことも、自分のキャリアがそれを受けて崩れ去るかもしれないことも。

「私は君こそ理解しがたい。自分の評判を地に落としてまで情熱を注ぐ価値が、そのクリエイティブAIとやらにあるのか? 作家はいい作品を書いて、世間の人間に読んでもらい、刺激を受けまた新しい作品を書く。それでは不満なのか?」
……メイジャー、君は本当に小説を書くのが好きなんだね」
「急になんだ。話を逸らさないでくれ」
「逸らしているつもりはないよ。僕も一言一句、君と同じ気持ちさ」
「だったら……
「でも、君と僕とでは決定的に違うことがある」
「それは何だ?」

 マイナは手にしていたワイングラスの中身を飲み干した。ヘーゼルグリーンの瞳は正気のままで、困惑するメイジャーの姿を映していた。

「時間がないんだ、メイジャー」
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