あつき
2024-07-23 01:05:24
50165文字
Public
 

五歳児・同居人・ひとりだち

無自覚ドちゃんと自覚済みロくんが、同居を解消してから元に戻るまでのお話。ハッピーエンドです。



 時は世界旅行から約三ヶ月後。11月の末に近いある日。ヴリンスホテルを貸し切って華やかなパーティーが始まろうとしていた。その舞台裏、客室のある一室。スーツに身を包み、ロナルドは最後の仕上げに衣服を整えるドラルクに身を任せていた。
「俺達は置いていくんじゃなかったのかよ?」
 ロナルドは自身のネクタイを整える吸血鬼を、仏頂面で不満げに睨みつけた。ドラルクはそれを意に介さず、ははっと笑って「冗談だろ?」と首を傾げておどけてみせる。
「私がロナルド君とジョンを置いて、こんな楽しくもない義理のパーティーに行く訳ないだろ」
 以前はジョンと枠の内側にロナルドは入っていなかったはずなのに、しれっと言う吸血鬼。
「楽しくない~~?失礼極まりないな。結婚式の二次会だろ?お前全力で楽しみそうじゃん」
「まあ華やかな席は嫌いじゃないけど、失礼があってはいけない場面はそれだけじゃ済まんだろ。新郎本人のこともあまり知らんし、新婦側に悪印象を持たせるわけにもいかん」
 享楽主義の吸血鬼に、めでたい席での配慮があったとは驚きだ。
 ドラルクの遠縁にあたる吸血鬼が、人間の女性と婚姻を結んだ。式はごく近い親族のみでささやかに執り行われたそうで、その反動か二次会は大人数で派手にしたいと、多くの親戚とそのパートナーも是非にと招待された。
「そういえばさ」
 ロナルドの胸元、チーフの角度が気に入らないらしく、微調整する手を止めずドラルクは話を続ける。
「ハルニア叔母さんも結婚するらしい。今日のパーティーで一族にも周知されるんじゃないかな」
 どんな相手か、とは聞かない。
「壊れたんだな」
「壊れただろうな」
 ふたりで顔を見合せ、ふはっと吹き出し笑いあった。
「やるじゃんか。お前、キューピッドじゃん」
「噛み合ってなかった歯車がたまたま押されてくっついたんだろ」
 肩を竦めて私には関係ない、とにべもない。
 そして噛み合った歯車は二組あったが、それはどちらも偶然が後押しした結果であり、そうなるべくしてそうなったのだと、互いの関与をドラルクは認めないだろう。
「今日はヒラヒラじゃなくて良かったのかよ」
 いつもの吸血鬼然とした服装ではなく、えんじ色のネクタイを締めて黒のスーツに身を包む男は、ロナルドからしたら見慣れなくてそわそわと浮き足立つ。
「今日は吸血鬼と人間、両方居るからね。君がくれたネクタイを、ようやく身に付けられる機会が回ってきたんだ。どうだ、当然似合ってるだろう」
 いつもとなんら変わらない不遜な態度に、自分ばかりが緊張していることが阿保らしくなってロナルドも肩の力が自然と抜けていた。
「ネクタイで思い出したけど、なんで君、吸血鬼専門の服屋を知っていたの?ブラッドジャムサンドに使ったパン屋も疑問だったんだけど」
「ああ、お前の親父さんに教えてもらった」
「はあ!?」
 予想外の言葉にすっとんきょうな声を上げ、耳をさらさらと砂にしている。今日はスーツを汚したくないのか、死ぬのはぐっと堪えたようだ。
「お前の様子がおかしいって、あの頃俺に親父さんが連絡してきたんだよ。ついでに良い服屋とパン屋を教えてもらってさ」
 ドラウスは明言こそしなかったが、ドラルクが事務所を出たがっていて、それがジョンの時のような悲劇を繰り返すのではないかと懸念していることが伝わってきた。
「親父さんの話から、お前が出ていくことも薄々気付いてた。あんなにも急に出ていくのは予想外だったけどな」
 だから、あの日は泣かずに済んだ。もし何も知らず寝耳に水だったらば、あんなにも冷静に対応は難しかっただろう。
「親父さん、相当心配してたんだぜ。お前が後悔するんじゃないかってな」
 予測通りだったしな、とロナルドがしたり顔で笑い飛ばしてやれば、ドラルクはぐっと牙を噛みしめ、悔しそうな態度を隠さなかった。
「ヌンヌヌヌヌヌ」
 可愛らしいマジロのジョンが小さな手を上げて、存在をピョコピョコと主張する。
「え?ジョンもドラ公が出ていくの止めたの?」
「君を慕っているジョンには、出ていこうと決意した時にちゃんと相談したのさ。そしたら大人マジロのジョンは、私が決めたことに反対はしないけど、それで本当に後悔しないのかと問うてきたね」
「ヌン!」
「お父様もジョンも、私より私を分かっているじゃないか。すまなかった。あの頃の私には余裕がなかったんだ」
 苦笑いしながら、ジョンに謝り優しく撫でて、小さな蝶ネクタイを整える。謝罪の言葉は、目線はジョンを捉えていたが、ロナルドにも向けられていた。ロナルドの言葉に反論もせず受け止めて、珍しくしおらしい。殊勝な態度に面食らっているうちに、支度を終えた目の前の男はもういつもの高慢な吸血鬼に戻っていた。
「さすが私の見立てのスーツ、君を引き立てて魅力を存分に引き出している」
 カジュアル色が強い席なので、遊び心をいれたファンシースーツ。シャツこそ使い勝手がいいように白だが、紺瑠璃色のスーツに銀灰色のネクタイとポケットチーフ。色合いに張りがあるので、ロナルドも嫌いじゃない。
「新品のスーツじゃなくても良かったのに」
「モザイクスーツ男の横を私は歩けんぞ」
 そこで意地悪く笑い、ロナルドに重く絡まる視線を寄越して、甘ったるい声で尋ねる。
……ねえ、服をプレゼントする意味、分かってる?」
「そんくらい知ってるわエロすけべくそ砂おじさん」
「うわぁ遠慮のない罵倒。でも、受け入れてくれるってことでしょ」
……お前もうすぐ誕生日だろ。もうやるもんないし俺でいいだろ」
「ファーー!?ベタなこと言いおって!!今夜その言葉忘れるなよ?」
「下手なものお前にやったら執着の対象が増えるだろ」
 これ以上増やさなくてもさ、と呟き、顔を赤くして銀の睫を伏せる。
「俺で十分だろ」
 そのたったひと言が、その仕草が、どれだけ吸血鬼の心を掻き乱すか美丈夫は知らない。ドラルクはぐっと喉を詰まらせたが、平静を装って尋ねる。
「それは君になら、執着しても良いってことかい?」
「今更だろ。全部知ってるくせに」
「ハハッ!それはそうだな!!」
 ロナルドが手を伸ばす。今日は胸に提げず、左手人差し指に嵌まっている指輪の、真紅の宝玉が輝いた。
 ジョンの右手をロナルドが掴み、左手をドラルクが掴む。にっぴきで微笑み、「さあ、いこうか」とパーティーに加わるべく、客室を後にした。

ヌン!