あつき
2024-07-23 01:05:24
50165文字
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五歳児・同居人・ひとりだち

無自覚ドちゃんと自覚済みロくんが、同居を解消してから元に戻るまでのお話。ハッピーエンドです。



 ハワイ旅行から三週間後、自宅である事務所前に、にっぴきはようやく立っていた。
「うう……一ヶ月ぶりに帰ってきた!!」
「私なんて七ヵ月ぶりだしな」
「ヌゥ……
 カギを開けて事務所へ入ると、メビヤツが跳び上がった。ビッ!ビッ!と、大きなひとつ目いっぱいに涙を溜めて、ロナルドの帰りを喜んでいる。
「メビヤツ~~ッ!!心配掛けてごめんよ!!ただいま!!」
 ひしとメビヤツに抱きついて、再会の喜びをかみしめる。
「ちょっと、半年振りに会った私とは全然そんな素振りなかったのに、メビヤツにだけずるい」
「当たり前だろクソ砂!!お前は自分から居なくなったくせに厚かましいな!」
 そのやり取りに、メビヤツはドラルクの存在をようやく認めたらしい。
 またびっくり跳び上がり、即座にビームを発射した。
「ヴァー!!?ちょ、ちょっと、メビッ、やめっ……!」
 しゃべる暇もないくらい、ビームで死に続ける吸血鬼。「ヌーーー!!」パニックに転がるジョン。
「メ、メビヤツ!!大丈夫だよ!そのへんで許してやってくれ」
 ビ……?とロナルドの言葉を受けてしぶしぶ攻撃を停止したが、まだじとりとひとつ目でドラルクを睨む。非難と不信を込めた目線を、久しぶりに顔を見せた吸血鬼に送っている。ドラルクはスルスルと復活すると、肩を回してため息をついた。
「あーひどい目にあったぁ。メビヤツはドラルク城の兵器だったのに、もうすっかり君に忠誠を誓うガーディアンだな」
 当然だと言わんばかりに、メビヤツはキュルキュルと車輪を動かし、鼻息荒く勇ましく、ロナルドの前に出る。
「うん、すまないメビヤツ。もうロナルド君を傷付けたりしないよ。だから、ここに戻ってきていいかい?」
 じとりと訝しげにドラルクを見る。表情は固く、警戒心が全く解かれていないことが伺える。それからちらりと目線を上げて、ロナルドの意見を待つような素振りをみせた。
「メビヤツ、ありがとうな。ドラ公のこと、信用してやってくれよ」
 ロナルドが言うならと、不承不承大人しくなったメビヤツを褒めて撫でて、久しぶりに帽子を預けた。ふたりで生活スペースへ続く扉を開ける。
 開いたその先には、七ヶ月前のドラルクが出ていく前、その生活感がそのまま戻っていた。世界旅行の間に、へろへろになって帰ってくるであろうふたりに気を遣い、ドラウスが部屋に荷物を運んでくれていた。
「うわ……なんだこれ変な感じ」
 ドラルクが出ていった時は一緒に暮らした日々が幻のようだと思ったのに、今は逆に居なかった時の方が長い夢を見ていたようだ。
「おかえり、退治人と同胞よ」
「うわっ!!キンデメただいま!お前も戻って来てたんだな」
 世界旅行の間、お世話が出来ないのでドラウスに預けていたが荷物と共に戻してくれていたようだ。
「やあ、キンデメさん久しぶり。五歳児の子守り大変だったろう?世話掛けたね」
「なに保護者面してやがる殺す」
「ぐぷぷ。久しぶりの夫婦漫才、元気でなにより」
「めっっっ!?変なこと言うなよ!」
「以前より更に強まった、“同胞の気配を纏うもの”を身に付けていて、否定は無理がある」
「うっ」
 思わず胸元を押さえ、服の上からぎゅっと握る。インナーの中、表からは見えないが、ドラルクが贈った指輪がチェーンを付けて下がっている。
「キンデメも知ってたんだったら教えてくれよ!!」
「あの頃のお主に教えても、怒りに呑まれていただけかと思うが」
「否定できねぇ」
 ロナルドはしかめっ面で、ドラルクに抗議の目を向ける。
「おい、ずりいぞ」
「は?いきなりなんだ」
「お前、ひとには“俺のもの”みたいな主張の塊のもの身に付けさせておいて、お前はなんもなしかよ」
「はあ。つまり?」
「お前も俺のものだって主張してえ」
 唇を尖らせる仕草に、ドラルクはぐっと喉を詰まらせた。とんでもなく可愛い主張をしている自覚が、本人には無い。死にそうになったのを、片耳だけ砂にして気合いで耐えた。
「そんなの、棺桶を君の隣に置いた時点で成立している」
「はあ?」
「私の命は君に預けているんだよ。君だってベッドの上で言ってくれたじゃないか。俺に命を預けろと。私は始めから、そのつもりだったけどね」
 目を細め、少し首を傾げてロナルドに顔を寄せて囁くように告げる。
「つまり、私の丸ごと、最初から君のものさ」
 普段ふざけた態度で煽りちらかしている奴が向ける、真逆の優しい声音と甘い微笑みは、それ相当に破壊力があった。ロナルドを黙らせるには、十分なくらいに。
「そうかよ……
 それ以上追及すること無く、真っ赤になって押し黙った。そのタイミングで、大人しくドラルクの腕に抱えられていたマジロの腹が、くぅと可愛らしく申したてた。
「オヌヌヌイヌ」
「ジョン!お腹空いたね!」
「その前にキッチンの掃除じゃないかね。これに関しては私が悪かったが、シンクにも排水溝にも手を付けていないんだろう?カウンターも拭かないと」
 ドラルクはそう言うと、マントとジャケットを脱ぎ、手を洗って黒のエプロンを身に付けた。ロナルドも上着を片付けながら返事を返す。
「風呂とかトイレ、部屋は頑張ったんだよ。褒めて伸ばせ」
「偉かったでちゅねえ~細かいところの掃除具合は追々確認するとして、五歳でそれだけ出来れば花丸をあげよう」
「おい、成長戻ってんぞ」
「仮に六歳児になったら君は嬉しいのかね?」
「いんや殺す」
「掃除中と料理中はステイだロナ造」
 片手で牽制すれば、「後で殺す」と殺害予告を受けながら、ドラルクはシンクを掃除する。洗剤を泡立てたスポンジでさっと全体を洗いながら、「ジョン、何を食べたいんだい?」とリクエストを聞く。
「オヌヌイヌ!」おむらいす!
 ──どらるくさまと、ろなるどくんの、両方!

 顔を見合わせるふたり。吹き出し、にっぴきで笑う。
「ジョンには敵わないな!御真祖様の無茶振りの後でへとへとでも、作らん訳にはいかんな!」
「俺はケチャップ、ドラ公はデミグラスな!」
「冷蔵庫の中を見てみないとな。お父様が食材もある程度は補充してくれたらしいから、多分作れるかな」
 ドラルクがカウンターを拭いている間に、ロナルドも手を洗ってエプロンを取りに行く。定位置の引き出しを開けたら、そこには洗濯されて丁寧に畳まれていたエプロンが、当たり前に入っていた。久しぶりに取り出して、すっかり慣れた手つきで身につける。きゅっと紐を結べば、背筋がしゃんと伸びる。
 前と変わらず、ふたりで並び立つキッチン。狭い部屋を見渡せば、死のゲームはテーブルに、棺桶はソファの横に、キンデメは変わらず水槽で揺れている。ここから見えなくても、メビヤツは今も事務所を守ってくれているだろう。
 可愛いマジロは、オムライスに夢を馳せて、ヌンヌン鼻唄を歌ってカウンターで待っている。
 退治人の横には、戻ってきた同居人の吸血鬼。
「誕生日プレゼントは本当にそれだけでよかったのかね」
 一旦冷蔵庫に向かったドラルクが、扉を開ける前にこちらを振り返り、思い出したように言う。目線がロナルドの胸元に落ちる。それ、とは指輪のことを指していた。

 世界旅行の間に過ぎたロナルドの誕生日。当日は、張り切った御真祖様が全力でお祝いをプロデュースした。
 現地の食材を使い現地の調理方法で、出来上がった見知らぬ料理の数々。美味い。確かに美味かったが、何を食べているのか分からないという恐怖。さらに数口に一回はロシアンルーレットが炸裂する。能力は似ても似つかないが、確かにドラルクの祖父だと改めて思い知った。

 よく分からないものも山ほどプレゼントされたが、大半はドラルクが押し返した。「うちの子に変なもんやらんでください!!」と、ずっとむくれていたことを思い出す。

 傍目に見ても、ドラルクの祖父は孫の反応を楽しんでいた。ロナルドにちょっかいを出せば出すだけ、爪を出して猫のように威嚇することが面白かったのだろう。
 おちょくられていた本人は、普段の自分とそれが酷似していることに気付いていただろうか。
 くくくっ、と思い出して笑えば、ドラルクは何か察したのか、拗ねてじとっと睨み付けてくる。
「もしかして、柄にもなくじいさんのプレゼント断ったこと気にしてんのか。あんな鬼だか蛇だか何が出るか怖いプレゼント、受け取れねえよ」
 それに、とこちらも照れて目線を逸らす。
「あーーー、なんだ、お前がここにいる。それだけで、十分だろ」
 多くは望んじゃいないつもりだったが、今の日常は当たり前ではないと知ったから。
 目の前の吸血鬼はここに戻って来てくれた。それだけで十分だったのに、ただの同居人は卒業して、くすぐったいような、いつもの暮らしにひとすくいのブラッドジャムをかけたような、時折甘酸っぱい時間が混ざる。それが確かに、心を満たしてゆく。

「ドラ公おかえり」
「ただいま、ロナルド君」
 ドラルクは柔らかく微笑んで、肩にそっと手を置いた。ロナルドは目を閉じて、近づいてくる唇を受け入れる。

 可愛いマジロは「ヌヤン」と目を塞ぎ、吸血金魚は今ばかりは見なかったことにして、そっぽを向いた。