あつき
2024-07-23 01:05:24
50165文字
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五歳児・同居人・ひとりだち

無自覚ドちゃんと自覚済みロくんが、同居を解消してから元に戻るまでのお話。ハッピーエンドです。



 どさりと、ロナルドとアンテは固い床へ落とされた。視界が明るくなり、亜空間から出られたことだけは分かった。
「ケツがいてえ!」
「無事に出れたーー!!」
 命からがら三次元へ戻れたことへの喜びを噛み締めてから、周りを見渡して状況を確認する。どうやら広いホールの中程にロナルド達は居て、前には無駄に横幅がある豪勢な階段。後ろには背の高い吸血鬼も余裕で通れるであろう、見上げるほど大きな木製の扉。どこか既視感がある。そうだ、旧ドラルク城の玄関ホールに似ている。ただし、内装はこちらの方がいくらか華美であるように思えた。
 蒸し暑かった外と違い、室内はひんやりとしていて湿気もない。空調設備など見当たらないのに不思議だった。そこでそういえば、仕事で走り回ったロナルドは汗だくだったことを思い出す。なのに今は、服も髪もすっかり乾いている。亜空間は汗をも変質させるのか?涼しいここに居れば、再び汗をかく心配もなさそうだ。

 こつ、こつ。革靴が石造りの廊下を打ち鳴らす音が響いて、ゆっくり何かが近づいて来るのが分かった。
 いくつもある奥に続く、暗い廊下のひとつから、知った顔の吸血鬼が姿を現した。
…………ポール!?ドラルクの担当の方まで、今日はどうされましたか?」
 ドラルクの父、ドラウスが驚きに声を上げた。ロナルド達が必死に追っていたフクマは、何故かふたりの後から亜空間より滑り出て、横に降り立っていた。
「突然申し訳ありません。お仕事に関わるとのことで、ロナルドさんのご要望でおふたり、お連れしました」
 旧ドラルク城に似た作りの室内と、ドラウスが居ることから、ここは話に聞いた栃木のドラウス城かと当たりをつける。
「親父さん久しぶり。今日はドラルクにちょっと話があって来た」
「それならいつでも歓迎するから、次は玄関からチャイムを鳴らして来なさい」
 困惑しながらも、優しい声音で諭すドラウス。
 大人として真っ当なことを言われてしまった。冷静に考えれば、突然の不法侵入をキメてしまった状況に、これでは窓を割る半田や床下に潜むヒナイチを嗜められないとロナルドは頭を抱えた。居たたまれなさに悶えているうちに、ドラウスの興味は馴染みの無い吸血鬼へと移っていた。
「そちらは……社交界で見た顔だな。ディーテのところのご子息だな。なぜポールと一緒に?」
「ごきげんよう竜子公殿。いきなりおじゃましてすまないね。俺はこの退治人に連れてこられた身だ」
 立てた親指でロナルドを差して説明されたが、不可思議な状況にドラウスは眉をひそめる。
「親父さん、あいつ今日いるだろ?会わせてくれないか」
 この日は確かクソゲー実況の配信日で、それがそろそろ終わった頃だ。同居していた頃のルーティンを覚えていて、絶好のチャンスだとそれもあり勢いで乗り込んだ。
「ああ、ドラルクはさっき帰ってきたよ。タイミングが良かったな」
「どこか出掛けてたのか?」
 ドラウスは眉間に皺を寄せ、沈痛な面持ちでそこを指で押さえ、ため息をついた。
「数週間前から、御真祖様の弾丸世界一周旅行に付き合わされている最中でな……。今日はヌーチューブの配信があるとかでなんとか抜け出してきたようだ」
「あいつマジでじいさんに拐われてたの!?あんなフラグ立てっから……
「ヌーー!!」
 突如として、ロナルドの胸元に丸い弾丸が到達した。
「ぐえっ!!」
「ヌヌヌヌヌン!!」
「ジョ、ジョン!!」
 胸元でヌーヌー鳴き、久しぶりの再開にすりすりと頬を寄せる愛しいマジロに、ロナルドのあまり強くない涙腺は一瞬にして崩壊した。
「うおーーッ!!会いたかったよぉ!!ジョン!!元気か!?ドラ公にひどいことされてないか!?」
 抱え上げてから抱き締め、完璧な丸を撫でた。再開を喜び、久しぶりの可愛さを堪能する。
「ヌヌ?ヌヌヌ」
 ジョンはこてっと可愛らしく頭を傾げて、否定する。
「私がジョンにそんなことする訳ないだろ」
 はっと聞き馴染んだ声のした方に顔を向ければ、ドラウスが出てきた廊下とは別の暗闇から歩み寄る、久方ぶりに見る痩身の吸血鬼がそこに居た。
……おうドラ公。久しぶりだな」
「ロナルド君にフクマさんも。何故ここに?」
 そしてドラウスと同様に、初見の吸血鬼を一瞥する。
「そしてそちらの同胞は?」
「よお、竜の一族の坊っちゃん。直接話すのははじめましてだな。俺は社交場で数度見たことがあるが、そちらは覚えちゃいないだろうな」
 アンテは無遠慮にドラルクをじろじろと上から下まで舐めるように視線を這わせ、ちらりとロナルドに目配せすると、へらりと笑い肩を竦めた。
「あーー。最初は竜の坊っちゃんの方が強いと思ったんだがな……今見たらロナ小僧とどっこいどっこいだな。引くぐらいご両人、お互い執着強いな。うへぇ。胸焼けしそう」
 は?とドラルクが目を丸くする。ドラウスは青ざめて、え?と引きぎみに口許をひくつかせた。
「なんだこの失礼な虚言癖男は。いきなりなんの妄想だ?気軽に若造の名を呼ぶんじゃない。貴様は何故ここに居る?」
 ピりつく空気もどこ吹く風でアンテは場をいなす。
「おっと怒るなよ。俺はこの退治人の小僧に頼まれて、お前たちをくっつけるためにきたんだからよ」
「ヴェボビャッピロパッバァブェアーーー!!!おい!!そんなこと言ってねえだろ!!」
 惚れた男の目の前で、ひた隠しにした想いを暴露されたも同然の状況。熟れすぎて弾け飛んでしまいそうなほど、一瞬で真っ赤になったロナルドの叫びに全く動じず、平素の態度を保ったままアンテは言葉を返す。
「そういうことだろ?俺に頼んだじゃねえか。坊っちゃんがどんなにお前を好きか暴けってことだろ。好きだって言わせてえんじゃねえの?」
「言ってねえ!!どんな言葉の変換だよ!?耳に綿でも詰めてんのか!!」

 追い討ちでさらに心を暴かれて、ロナルドは恥ずかしさのあまり怒りも湧いて泣きたくなる。
 ロナルドは確かにドラルクの気持ちが知りたかった。しかし言葉では押し負けるし、頼りの暴力では解決しない。ひとりでは、ドラルクから欲しい言葉を引き出せる気がしなかった。本音を隠された時に気持ちを認めさせる一助になって欲しいと、アンテを連れてきた。その助け船に誤魔化しようのないストレートな豪速球を投げられてひどく動揺したロナルドは、上手く船に乗っかることなど出来なかった。

 ドラウスは居場所がないように青ざめた顔でことの成り行きを見守り、フクマは読めない表情でニコニコと佇んでいる。ドラルクは怒り心頭に吐き捨てる。
「はあ?気持ちなんて目に見えんのに何を言っとるんだ馬鹿馬鹿しい」
「うちは特殊な能力だから、博識な竜の坊っちゃんが知らんことはないだろぉ?しらばっくれんなよ」
「坊っちゃん言うのやめろ!そんなに年変わらんだろ!!」
「ははっ、おいお~い?俺のこと知らないんじゃなかったのかよ。そうだな、坊っちゃんより少し年上なくらいだな」
 珍しく、ドラルクが押し黙る。顎に手を当てて、何か考えているようだった。
「認めちまえよ。……じゃないと誰かに取られてから後悔しても遅いんだぜ?」
 その言葉にようやく思い出したように顔を上げたドラルクは、得心を得たとばかりに意地悪く笑う。やおら頷き、口を開いた。
「ああ、君、ハルニア叔母さんに振られたもんな」
 便宜上叔母と呼んでいるが、遠縁の親戚にあたる女性の名前を出すと、今度はアンテがぐっと口をつぐんだ。
「自身の能力でどうにかならなかったのかね?彼女にやたらご執心だったみたいなのに、それを打ち明けたのが結婚が決まってからじゃねえ。今も独身ということは、まだ未練があるのでは?叔母さんもとっくの昔に独り身に戻っているんだから、人の恋路に首を突っ込んでないで行動したらどうだ」
 肯定したも同然の沈黙の後、アンテは悔しげな顔で弱々しく呟いた。
……俺の能力は自分には使えねえんだよ。俺に寄せられてる好意も見えねえ」
 双方痛いところを突かれて気勢が殺がれた頃合いに、折りを見ていたドラウスがさっと間に入る。
「ドラルク、そちらの彼にはひとまず引き取ってもらって、ポールとふたりで話し合ってはどうだ」
 ドラルクは鼻を鳴らしてアンテに声を掛ける。
「そうします。うちの若造が世話になったね。フクマさん、彼の送迎をお願いできますか」
「では彼を送って私もお暇しましょう。ロナルドさん、原稿を楽しみにしていますね」
「ちょちょちょ、待てよ。約束のもん貰ってねえ」
 フクマが亜空間を開きそうになったが、慌ててアンテが制止し、ロナルドに声を掛けた。
「おう、だったな。約束だ」
 ロナルドはブーツの隠しナイフを取り出して、躊躇いもなく腕に押し付けようとした。
「はぁ~~~!!!!何やってんだ馬鹿造!!!」
 ドラルクは語彙力もくそもない、シンプルな罵倒でナイフとロナルドの腕の間に自身の腕を突っ込み、ナイフの刃が当たる前に進行を阻んだ。当然塵となり、崩れ去る吸血鬼。しかし塵が間にあったお陰で、ロナルドの肌は傷がつくこと無くツルリとしたままだった。
「バカッなにやってんだよ!!」
「こっちの台詞だ!!いきなり腕を切りつけるなんて頭沸いたのか!?どういうことか説明しろ!!」
 砂山から怒りに震えた声が響く。
「こいつに一緒に来る代わりに、血をやるって約束した」
「はあぁぁああ!?ほんっとうにッッ!!大馬鹿野郎!!!君の全ては私のものだ!一滴だって誰にもやれる訳ないだろう!!」
 ズロッと再生してロナルドを隠すように前に出ると、アンテを凄まじい形相で睨む。真っ赤な顔で「いや、お前のにいつなったんだよ」というロナルドのツッコミは無視された。
「まさか、ひとのものに手を出して無事に帰れるとでも?馬に蹴られるどころじゃ済まんぞ」
 怒りに燃える、低く地を這うような声。しかしアンテも怯みはしない。
「てめえは関係ねえだろ。そっちのロナ小僧との約束だ。吸血鬼との言葉を簡単に破棄出来ないことは、そちらも重々承知だろう」
 お互い一歩も退かず、静かに睨みあった。あわや一触即発の状態かと思われたが、ドラルクは舌打ちすると、時間の無駄だと吐き捨てた。ロナルドに向き合い、細い手をするりと首に回した。すぐに離れた手には、鈍い光を放つ宝石が握られていた。
 半年外れなかった金色のチェーンがあっさり離れていくのを、ロナルドは唖然として見ているしかなかった。
「これで勘弁してくれ」
 放られたそれを見留めたアンテは、「はあ!?」と焦りながら受け取り、ひどく狼狽した。
「いやっ……、お前……これ……
 うへぇと顔を歪ませてドラルクと宝石を交互に見る。
「どうせそれは仮初めの紛い物だ。それでも一回不幸を回避するくらいの力はある。あるいは、一度幸運を招くか。そうすれば自然と割れて手元には残らない代物だ」
 淡々と語るドラルクに議論することを諦めたのか、アンテはため息をついてそれを握ると懐にしまった。
「しょうがねえな。この場は折れてやろうじゃねえの。竜の一族を敵に回したいわけでもねえしな」
 背を向けてヒラヒラと手を振り「お幸せに」と告げて、フクマと共に去っていった。